天高く聳える太陽が照らし出すは森の中。 その中でも一際眩い閃光が煌いたのは一瞬だけ。後には直立する4人の人影と。 「いきなりそれ?」 膝の根元からつま先までが消え失せたエニシアの姿だった。 何が起きたのか。把握してないのは恐らく被害者である彼だけで、他の面子は淡々とした様子で会話を始める。 「これ!サン…」 「大丈夫よ。どうせ死なないんでしょう?」 「まぁまぁ、ジャッジー。ムゥちゃんもいるしー?」 ジャッジの非難を制止しながらも、サンはエニシアを見据え続けていた。 「何故避けなかったの?」 先のやり取りからして、自らの足が消し炭になったのは目の前に佇む彼女のせいだと言うのに、エニシアは無感情に吐き捨てる。 「避ける隙もくれなかったくせに、よく言うよ」 「いいえ。あんたは避けられた筈よ」 蔑みの眼差しを注がれて尚、目立った感情を表さないエニシアの足元に広がる鈍い色をした血液が、彼の手に支えられたワインの色を連想させた。 「ムーン」 サンは表情を変えぬまま、後方に佇むムーンに合図する。彼は元から承知していたかのように数歩前進すると、右手を眼鏡のレンズに添えた。 「反射の下に存在せし者へ」 言霊と同時、オレンジ色の光が周囲に満ちて、次第にエニシアへと集結してゆく。その輝きは数秒間、エニシアの失われた足先に留まり、最終的に拡散して消えた。 「”立ちなさい”エニシア=レム」 そんな無茶振りを、と思われるのも当然ではあるが、残念なことに今のエニシアには”立ち上がるための”足がある。先ほどのムーンの魔術は、一瞬にしてエニシアの「怪我」を無に返したのだ。 「君、こんなことも出来るわけ?」 感心なのか呆れなのか。妙に気の抜けた声で呟くエニシアに返答するは、やはり離れた場所で様子を窺うジャッジとティスだ。 「今のムーンは満月じゃからのう」 「月は太陽に影響されやすいものよー?」 「意味が分からない」 「特に、輝きの面でねー」 辛うじて目視出来る程度に離れたティスが、ひょいっと人差し指を立てる様を見詰めながら、エニシアは数秒思考を巡らせる。 「…性格が変わると使える技も変わるってこと?」 「やれば出来るではないか。エニシア」 「良く考えました。褒めてあげちゃう〜」 遠くで頭を撫でる仕草をするティスと、腕を組んで頷いてみせるジャッジの言葉の後。 「もう一度よ」 相変わらず仁王立ちのまま、サンがエニシアに言葉を突きつける。 「食事中なんだけど?」 「私に待てとでも言うの?」 「待つことすら出来ないんだ?」 「エニシアさん」 エニシアの屁理屈を押し留めたのはムーンの威圧的な声だった。エニシアは弱気だった彼の眼差しが鋭く歪むのを認識すると、手にしていたワインを飲み干して。 「…どの道、避けて通ることは出来ないって感じだな」 言いながらパンをジャッジに投げ渡す。 「本気で来なさい?エニシア=レム」 その様子を黙って見守っていたサンは、エニシアが自分と向き合ったことで初めて微笑んだ。 …微笑んだ、と言っても。その愛らしい姿から想像出来ぬほどの皮肉さを持ち合わせたそれには、エニシアが思わず「面倒だな」と呟いてしまうほどの鋭さがある。 「あなたのその曲がった根性、叩きなおしてあげるわ!」 「それ、僕にメリットないだろ?」 嬉々として応戦状態のサンと、これ以上無いほどにやる気の無いエニシアと。そして、どう出るか分からないものの、その場に佇み続けるムーンと。 「私に勝てなければ、あなたの望みは潰えるかもしれないわよ?」 少しでも本気を出させようとしているのだろうか。挑発を含んだサンの言葉の真意を確かめる為、エニシアはジャッジに視線を流す。 「言うとおりにするんじゃな」 直ぐ様返された含みを持つ言葉が、エニシアの瞳に若干ながら色を持たせた。 サンとエニシア、2人の間合いは僅か数歩。 エニシアはゆっくりと右足を引き、剣に手を掛ける。それでもサンは姿勢を、表情を崩さぬまま、エニシアを見据え続けていた。 「気を付けてねー。エニシアくん。サンは強いわよ?」 緊迫した空気を豪快に破り捨てるかのように、ティスの柔らかすぎる野次が飛ぶ。 「2人とも規格外じゃからのう」 次にジャッジの皮肉めいた声が飛んだ時、サンの瞳が微かに動いた。 刹那。エニシアは先と同じ嫌な予感を察知する。そんな自らの感覚を頼りに、咄嗟に左に飛んだ彼の右側は。 「は?」 やはり先ほどと同じように、閃光を経て焼け焦げる。樹も草も、土ですら。 「ぼうっとしてると、また焼けるわよ?」 台詞の合間、一瞬にして到達した攻撃はエニシアの前髪を焦がして後方に流れる。彼女は一体どうやってこの光を生み出しているのか。傍から見れば、ただ仁王立ちしているだけに見える筈だ。 「その眼さ」 3発目の攻撃をかわすエニシアのオッドアイが、遠くからサンの眼差しを捕らえる。 「次は何処を焼かれたい?エニシア=レム」 ふっと閉じられた瞼が一瞬で開くと同時。伸びてくる光の帯、それとは逆方向に流れる明るいオレンジの髪、そして。 「へぇ。眼の中に魔法陣?」 間合いを詰めたエニシアが示す通り、サンの瞳の中心から白い魔法陣が消え失せた。 「この間合いで避けにくるなんて」 すっと瞳を細め、間近に迫ったエニシアの色薄い眼差しを直視したサンは、身を翻して切先をかわす。それを追うエニシアのステップは、対野獣戦の彼からは想像も付かないほど素早かった。 「伊達に殺人鬼と呼ばれてはおらんのう」 「私も避けられなかったもん〜。エニーの剣〜」 外野2人が和やかに感心する合間にも、サンとエニシアの攻防は激化してゆく。 「どーせ、死なないんでしょ?君も」 独り言のように漏れた言葉が途切れる手前、振り切った剣がサンの胸元に到達した。しかし。 「邪魔する気?」 パリンと響いた不可思議な音に、手応えとは別の感触が伝わる掌に。エニシアは眉根を寄せて、サンの後方に立ち尽くすムーンに視線を流す。 「死ななくても、痛いですから」 「当たり前の事言うんだな」 ムーンの眼鏡の左レンズから彼女を「守った」魔法陣の光が消えたことを確認し、再び始まったサンの攻撃を避けながら、エニシアは悠長に溜息を漏らした。 根元を焼かれた木々達が轟音を立てて倒れる事で、狭かった空間も何時しか広くなっていた。それすら気に止めることもなく、サンの光はエニシアに襲いかかる。 彼女が瞬きする度に巻き起こる閃光と風。そのどちらもが暖かく、寒がりのジャッジには有り難いほどに周囲の気温が上がっていった。 エニシアは15回目となるサンの光魔法を避ける片手間、肩の防具を脱ぎ捨てて右に飛ぶ。瞬時に襲い来る光が傍の木を焦がし、次にエニシアが立っていた地面を、続いて倒れた樹の幹を。 休む間も無く続く攻撃を掻い潜ってサンに向かっていくエニシアの動きは、ジャッジやティスだけでなく、サンを守る側のムーンまでもを魅了した。 「意外にすばしっこいのね。もっと鈍いのかと思ってたわ」 「そりゃどうも」 サンも周囲同様、皮肉めいた感嘆を漏らしたかと思いきや。 「本気、出させて貰うわね」 閃光を避けた直後、エニシアが振り下ろした剣がムーンの魔法陣に弾かれると同時。続く彼女の言霊が響き渡る。 「破滅の光」 エニシアの行動範囲全てを覆うように広がった赤い魔法陣は、次の瞬間眩い光の柱を立てた。 「跡形も無く焦げたらどうなるんだっけ?ジャッジ」 「心配無用。ムーンさえおれば再生しよる」 「余計な心配しなくていいよ」 ジャッジを振り向いたサンの鼻先、降りてきた剣が前髪を散らす。 「おあいこだね」 そう言って確かに微笑んだエニシアは、瞬いたサンを警戒して後方に飛んだ。 サンの上方にある樹から木の葉が落ちてくると言う事は、恐らくエニシアは一瞬の間にその位置までジャンプして、上から降ってきたのだろう。 「飛んだんですか?」 「いや。丁度樹が倒れてきたからその上を走っただけ」 ムーンの驚愕の声に答えながら、エニシアは2度目となる光の柱を掻い潜った。 「次は無いわ。一瞬で終らせてあげる」 サンはそう宣言して、樹の密集した地帯へエニシアを追い込もうとする。それに気付いたのか、エニシアが不意に腕を垂れた。 「そう。君たちが普通の人間だったら、一瞬で終るのにね」 立ち止まり、真っ直ぐにサンを見据えながら呟いたエニシアは、飛んできた光の固まりに向けて飛び出すと。あろう事か、立ち止まることなく突き抜けて見せた。 「痛みからも一瞬で逃げられるのに」 目の前に到達したエニシアの、焼け焦げた口元が言葉を放つ。それを認識したサンが脳内で後退の指示を出した時には既に遅く。 ノイズを纏いながら、サンの上半身が宙に舞った。 |