良く腕が無事だったな、とムーンは思う。無残な姿に成り果てたエニシアを見下ろしながら。 一瞬にして全てを焦がす光の中を、高速で移動したことで全焼は防いだ物の…エニシアの怪我は目を覆いたくなるほどの惨状だった。それはもう、「良くその状態でサンを真っ二つにすることが出来た物だ」と、ジャッジが感心するほどに。 「なかなかやるじゃない」 数十秒間続いていたノイズが消え、姿が元通りになると同時に、サンはムーンの脇からエニシアを見据えた。 「どうしてそのやる気を生きることに使えないのかは、甚だ疑問ではあるけれど」 片手間に服の埃を綺麗に叩きいた彼女は、焼け爛れた顔面の中に浮かぶ青い瞳に向けてふっと微笑んで見せる。 「あなたが考えを改めるまで、私は諦めないわ。また会いましょう、エニシア=レム」 続けて自己完結に頷いて、喉が焼けてモノを言えぬエニシアに背を向けた。 「次に会うときは、お互い笑っていたいモノね」 片手を上げて、別れを惜しむこともせず、サンは颯爽と場を後にする。 微かに靡く彼女の髪が持つ、夕陽に似た赤とオレンジの綺麗なグラデーションが見えなくなるまで見送って、ムーンはくるりと体を振り向かせた。 「エニシアさん」 名を呼ばれたエニシアは真っ直ぐに彼を見据えた。ゾンビのような形状の彼に意識があることが、最早奇跡にも思える。 「僕は、あなたの生き様は素晴らしいものだと思いますよ」 ムーンは、うつ伏せに寝そべるエニシアに言葉を注ぎながら大きな丸眼鏡を支えると、その左レンズに魔法陣を呼び起こした。 「だから僕個人としてはあなたを応援したいんです」 微笑んで魔法を発動させ、エニシアが光に包まれる様子を見詰めながら、ムーンは続ける。 「ですが、僕はサンのことも尊重したい。解りますか?」 「分からない。分かりたくもない」 「そうですか」 光の中で顔面から首にかけての回復を得たエニシアが小さく呟くと、ムーンは複雑な笑みを傾かせた。 「僕は、サンが好きなんですよ。一人の人間として」 「だから何?」 「僕はあなたを応援しながら、サンに加担することになります」 「随分だな。それ」 「そうですね。でも、それが僕の答えなんです」 「勝手にしたら?」 「貴方のそういう所、やっぱり凄いと思います」 「受け入れたわけでも、理解したわけでもないんだけど」 「はい。分かってますよ」 眩い光の固まりから解放されたエニシアは、ムーンが嬉しそうに頷くと同時に身を捩る。 「貴方は貴方、ですからね」 「誤解してるんじゃないのか?」 満足気なムーンの言葉に、エニシアは珍しくも喰って掛かった。 「さっきあいつが言ったこと。聞いてただろ?」 「それでも貴方は、誰にも頼らずに生きているじゃないですか」 間髪入れずに飛んでくる返答に対し、エニシアは口を閉ざすことで話の先を促す。 「どちらが正しいなんて、答えなんて、ないんですよ」 自分のことでもないのに、誇らしげに肩を竦めたムーンは、次にエニシアを指差して。 「貴方なら、自分で選べるでしょう?」 嬉しそうに、そう問いかけた。それでも訝しげに顔を顰めたエニシアを見て、ティスが横からしゃしゃり出る。 「どちらの道を進むか〜」 「どちらの?」 「前に進むか、後ろに進むか、じゃろう」 「どっちが前なの?それ」 完治した体を起こしながら問うエニシアに、ムーンが苦笑交じりの答えを示す。 「サンに言わせれば、他人の意見を受け入れて、自らと向き合い、自分を変えていくことが、前ですかね」 「逆に後ろは、自らと向き合うこともせず、他人の言葉も信じないで、そのままの自分で居ることになるわね〜?」 「どっちも嫌だから、死にたいんだけどな。僕は」 「それだけは許さんよ」 ぐるりと1周回った会話の最後、ジャッジの発言に全員の視線が集まると、彼は小さく肩を竦めてハッキリと言い切った。 「わしがな」 「私も〜」 「僕もです」 連なった同意を聞き終えたエニシアの瞳が細くなる。 「どうしてそこまでするんだ?僕の為ってわけじゃないんだろ?」 「本当にそう思いますか?」 「私はエニーが好きよ?だから生きてて欲しいの〜」 「誰の為かどうかは、己で見極めることじゃな。エニシア」 ティスの言葉の後、少しの間を置いてエニシアに鋭い眼差しを注いだジャッジは、正面でオッドアイが歪むのを見てふっと顔を下げる。 「しかしの、こうしてお主を生かす事には意味があると言うことを…忘れるでない」 「意味、ね」 「意味が分からない〜?」 「いや」 エニシアの適当な返事に反応したティスが、珍しく否定されたことに驚いて目を丸くした。 「その意味が分かった時。僕は選択するわけだ」 エニシアは紡ぐ。自らの末路を。 「どっちの道を、進むのか」 「違いますよエニシアさん」 俯き気味のその表情を覗き込むように、ムーンが人差し指を立てる。 「先に選択しなければならないことがあるんじゃないですか?」 「そうかもね」 エニシアは嘲笑を漏らし、同時に顔を上げた。視線の先では、ジャッジも薄笑みを浮かべたままエニシアを見据えている。 「まだ決めかねておるのか?」 「いや」 またも否定して、エニシアは開けた森林の奥にある樹の合間へと視線を流した。 「どうせまだ、時間はあるんだろ?」 小さく呟いて。 「なら、あいつに会うまでに…」 中途半端に決意を示したエニシアに、それぞれの反応を返すジャッジとティスの傍らで、ムーンが静かに立ち上がる。 「それなら、僕は」 「行くのか?」 「はい」 ジャッジの問いに即答し、エニシアの体調を確認したムーンは。 「信じていますよ。貴方が良い方向に向かうことを」 そう微笑んで、ゆったりと踵を返した。 彼が向かう先は何処なのか。それも知らぬまま、別れも告げぬまま、エニシアは喰いそびれたパンをジャッジから受け取ると、小さな小さな溜息を漏らした。 それを聞き届けることも出来ぬ位置まで来たムーンは、徐々に歩調を緩めていく。 そうしてある地点まで辿り着くと、何処にとも無く呼びかけた。 「サン」 「何?」 木陰から返答するは、勿論名を呼ばれた本人。ムーンは彼女の傍まで歩み寄り、殊更嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとうございます」 「何のことかしら?」 曖昧な笑みを返すサンと、変わらぬ笑顔を浮かべ続けるムーンと。 彼は彼女が寄りかかる樹の陰に差し掛かると同時、本来ならハッキリと告げられるであろう言葉を、敢えて小声で呟いた。 「僕の考えを、尊重してくれて」 「貴方のためだけじゃないわ」 サンは笑い飛ばすようにそう言うと、木の葉に隠れた空を仰ぐ。 「分かってますよ」 ムーンも同様に上を向き、まるで独り言のように。2人揃って声を漏らした。 「「全ては、世界の思うままに」」 |