Act.14:[プリエステス]







 そこは城の西側にある見張り塔だった。
 階段がある部分を主柱とし、細い通路を伝わせただけの、あまり広いとは言えない円形の空間。見渡せばぼんやりと城下町が見える。屋根の代わりには満天の星空が広がっていた。
「聞いたよ」
 見通しの良い風景の手前、エニシアに背を向けたままカナタは呟く。ティスはと言えば、先程エニシアと入れ違いに中に入り、手を振りながら階段を降りていってしまった。カナタは続けて振り向きざまに肩を竦める。
「そう怒らないでやってくれよ?ジャッジなりに、色々考えてのことだろうから」
 ティスから報告を受けたのだろう。困ったような笑顔を浮かべる彼に、エニシアの訝しげな顔が向けられた。
「…君も人間だったんだ?」
「そうだな。…と、言いたい所だけど」
 周囲を囲う背の低い壁に寄りかかり、何処か遠くを見据えたカナタは、長い間を持ってこう告げた。
「俺は元から人間ではないんだ」
 エニシアの眼が瞬く。カナタはその動作を認識しながら、胸の前に人差し指を立てた。
「願いが叶えば身長が伸びる」
 再びエニシアの瞳が閉じ、また開かれる。不可解極まりないと言ったその表情に構わず、カナタは話を繋げた。
「俺がカードとして生きるようになって、もう100年ちょっと経つ。その間に人々が星に向けたものの中で、大なり小なり叶った願い事の数はそれなりの多さだ」
「話が見えないんだけど」
「俺の元々の身長がこれくらい」
 あからさまに嫌気を押し出すエニシアの顔の前、人差し指と親指で示された大きさは僅か10cm弱。エニシアの表情は益々険しくなる。
「あんたは見たこともないだろうけど、妖精と呼ばれる種族のごく一般的なサイズさ」
 くるりと体を回転させ、夜景と星空に向き直った彼は平然とそんなことを言ってのけた。
 妖精は過去も現在も、この国に生息していない筈の種族だ。あるとすれば…それは。
「細かいことは全部省いてつまるところ、俺もカードの製作に関わったうちの一人だってこと」
 そう、100年程前の戦争の際に囚われた妖精、ということになるだろう。納得するために数秒間、その後無表情に直した顔を上げたエニシアに、カナタは一つ頷いて見せた。
「カナタって言うのは俺の本名。この国に来る前から使っていた名前なんだ」
 元々人間であったのならば本名が存在する。つまり、あだ名を名乗っていたのはジャッジやティスの方だったわけだ。
 エニシアは当たり前のことを再認識した頭を、別の方向に回転させる。その思考は口の端から漏れていた。
「どうして」
「どうして敵国で、兵器にもなるカードなんか創る気になったか?」
 先回りで示された質問に頷くエニシアに、カナタは曖昧に微笑んで。
「どうしてだろうな」
 ぼんやりと空を仰ぎながら、小さく小さく呟いた。
 カナタに釣られて上を向いたエニシアは、そのまま暫くの間口をきかなかった。
 闇に浮かぶ無数の光を、ただぼんやりと見つめる様は、傍から見ればきっと間抜けなことこの上ないだろう。

「俺は故郷が好きだった。だけどこの国の人間はそうじゃない。それが無性に悲しかったからかもしれない」

「あの人を見てたらさ、何でもいいから力になりたくなって」

「危険は承知の上…っていうか、だからこそ俺はこうしてカードになった」

「もしも何かあったら、自分でなんとか出来るように」

「今のところ、カードが悪用されるような事態にはなってない。だからと言って、俺の憂いが解消された訳でもないけどさ」

 2人揃って明後日の方向を眺めながら、会話にならぬ会話を続ける。
 カナタの独り言が途切れた後、数分間の沈黙が訪れた。
 エニシアの返答はない。彼は何を考え、何を思っているのか。未だつかみ所の無い心情を探すように、カナタはちらりと視線を流す。
「さて、俺達の正体が分かって…何か変化はあったか?」
「いや」
「だろうな」
 即答に苦笑して、カナタは下方に浮かぶ薄明かりを見据えた。転々と続くそれは、光源が少なすぎて街の途中で途切れて見える。
「あんたにはどうだっていいことなんじゃないのか?俺達の正体が、何であろうと」
「そうかもしれない」
「じゃあ何だって、そんなこと知りたがったんだ?」
 久方ぶりに、エニシアの瞳が降りてくる。カナタはその眼に向けて悪戯に微笑んで見せた。
「さっきちらっと会った時、ハーミーが言ってたぞ?あれはかなり興味のある目だったって」
「一つ聞いてもいい?」
 質問に質問で返された、それを珍しく感じたのか。カナタはとりあえず頷くことにしたようだ。エニシアはそれを見て再び空を仰ぐと、覇気の無い声で尋ねる。
「君はカードとして生きてるの?妖精として生きてるの?」
「どうかな」
 問われたカナタはうーんと長めに唸り、顎に手を当てて、思考を搾り出すかのように星を見上げた。
「妖精って言うのは元々人間より長生きでさ。あのまま妖精でいることを選んだとしても、もしかしたら今も同じように生きてたかもしれない。だからかもしれないけど、あまりそーゆうことを意識したことはないな」
 質問の意味はとりあえず置いておいて、自分の見解を述べたカナタは、続けてエニシアに問いを投げ返す。
「あんたはどうなんだ?巷では殺人鬼と呼ばれ、不老不死になっても、自分のことを人間だと思えるのか?」
 此処に来るまでに散々話してきた問題に、エニシアは迷わず首を振った。
「僕は僕以外の何者でもないからね」
「サンと同じこと言うんだな」
「やめてよ」
「何で」
「僕はいいけど、あっちが怒りそう」
「そうかもな」
 違いない、と笑って答え。息を整え終えたカナタは、背後にある月を振り向く。
「サンとムーンもさ、俺と同じ時期にカードになった。だけどあいつ等は俺と違って元は人間だ。俺達カードを作った奴の仲間の、生物学者の娘と言語学者」
「へえ」
「あいつらはカードとしても特殊だけど、人間としても特殊なんだぜ」
「意味がわからない」
「俺は二人の仲間と一緒にこの国に連れて来られたんだ。俺以外は大分疲弊していてな、もう永くないだろうって話になってさ」
 言葉を切ったカナタは、過去を懐かしむかのように瞼を閉じた。
「妖精は、死後もこの世に自分の意思を残せるんだ。あいつらは自ら望んで、人間と融合する道を選んだ」
「…融合?」
「そうすることで自分の力をこの世に残す、勿論人間と融合するだけが道じゃない。けど今回はそうなった。なんでだか分かるか?」
 問いかけに、エニシアは微かに首を傾げる。カナタは頷いて、答えを口にした。
「あいつらは人間と融合するだけでなく、カードにも意思を残すことを選んだからだ」
 意思を残す、その行為の意味を考えながら、エニシアは話の続きに耳を傾ける。
「それがサンとムーン。サンの規格外の魔力、ムーンの技の豊富さは妖精の力の賜物ってことさ」
 カナタは大きく肩を竦めると、壁に身を預け、首だけをエニシアに向けた。
「その人間離れしたサンですら、あんたと同じように自分を人間扱いしてるんだぜ?」
「やっぱりどんなに特殊でも…自覚がある限り人間として生きていくしかないってことだよね」
 溜息交じりの返答を聞いたカナタは、星空でも町でもなく、ただ遠くを見据えるエニシアの横顔を観察する。
 何を考えているのか。鈍く輝く眼差しから窺えることは唯一つ。
「不服そうだな」
 苦笑と共にそう零してみるも反応は無く、次にどう言葉を投げかけるべきかの判断に困ったカナタは、続く沈黙の中、巡る思考に身を委ねることにした。


















Act.13:[ハーミット]-3topAct.14:[プリエステス]-2