昼下がりの日光が注がれる縦長の窓の枠組みが、床に綺麗な模様を生み出していた。時折揺れるカーテンにかき消されてはまた現れて、その繰り返しを眺めるティスの瞼が今にも落ちそうになっている。
「彼女は今取り込み中でね、もう暫くここで時間を潰してもらうことになるだろう」
 数分前に部屋を出て、外の様子を聞いてきたシャンが扉を開けながらした報告を聞き届け、ティスが幸せそうに眠りに落ちる傍らでエニシアが眉根を寄せた。
「質問に答えてくれたお礼に、僕も何か話をしようか」
 口を開く前にシャンに切り出され、タイミングを逃したエニシアは膝に傾れてきたティスの頭を邪魔そうに受け止める。
「だけど、君にアイシャの詳しいことなんて話したら、怒られてしまうからね」
 ジャッジの正面、カナタの隣に座り込み、シャンは独特な間を持って人差し指を立てた。
「代わりに、僕たちカードを作った人のことを教えてあげるよ」
「…カードを、作った?」
「そう、カードは何も自然に生まれてきた訳ではない、それくらいは君にも想像が出来るだろう」
「それはそうだろうけど」
「彼は錬金術師だった」
「魔道士じゃなくて?」
「当時、魔道士というのは居なかったからね。この国に魔法と言うものが入って来たのは、一昔前の戦争の時だよ。東に”妖精の国”と通称される場所があってね」
「知ってるよ。負けたんだよね、100年くらい前に」
「そう、押し切られる形でね。100年前に侵略を諦めたんだ。魔法は、その時にその国から略奪したものの一つだよ」
「その妖精から?」
「そう、何人かの妖精がこの国に連れて来られてね。色々と調べていくうちに出来上がったのが、魔道さ」
 低くなった声色。話の重厚さに反して、エニシアの膝の上で寝返りを打つティスの表情も、外の気候も穏やかだ。
「あっちの国で使われている魔法とは、かなり異なる特色があるんだけどね。まぁ、当たり前さ。当たり前だよ。彼等は最後まで、本当のことを話さなかったのだから」
 悲しそうに話を繋げたシャンは、溜息を吐き出した後に天井を見上げる。
「拾った知識で生み出したものだから、何処か不完全なのだよ。この国の魔道はね」
 納得がいかない、と言った表情でそう言い終えた彼は、次にエニシアを見据えて身を乗り出した。
「しかし彼は、あちらの知識を駆使してカードを製作した」
「何の為に?」
「より強大な力を得るために。元々は国の指示で製作がおこなわれ、最終的に戦争に使われる筈だったんだ。君も多少は知っているだろう。カード達が凄い力を持っていることを」
 シャンはエニシアの眉が歪んだことを返事と取り、ゆっくりと頷くと、また人差し指を持ち上げる。
「しかし僕達は、今こうして別のことをしている…何故だかわかるか?分かるかい?」
 問いかけに、エニシアは無言を貫いた。シャンはその小さな間を待って、早々に答えを口にする。
「力が強大過ぎたのだよ」
 エニシアに向けられた人差し指。彼の指先に生まれた炎の色が、ゆらゆらと揺らめいて宙に紛れた。名称通り、恐らく魔道士なのであろうシャンは魔法を提示していた掌を収め、静まり返る部屋に次の言葉を落とす。
「それを見越した製作者は、カードの存在を国から隠した」
「今も隠されたままってこと?」
「そうだ」
「その癖、こうして城に入り浸ってると」
「そうなるな」
「意味が分からないよ」
「国の動向を探るためでもあるのだよ」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、って。良く言うだろ?」
「灯台下暗しとも言うのぅ」
 そうしていつも通りの流れで話がひと段落したところで、シャンは小さく微笑んだ。
「とにもかくにも、彼は優秀で謙虚な人間だった。自分の力の限界も良く心得ていた。そして、魔法の便利さや恐ろしさ、全てのことを良く理解していた。其れゆえの決断だったわけだよ」
 ゆったりとした口調に合わせて訪れた風が、カーテンを越えて部屋の隅々までいきわたる。
「彼はカードを生み出したことこそ後悔したことはなかったが、その力が暴走するのを恐れた」
 エニシアはその軌跡を眺めながら、ぼんやりとシャンの声に耳を傾けていた。
「僕はカードでありながら、そして魔術師でありながら、魔法の存在意義について悩んでいる。人間は人間のままであるべきなのではないか。魔法があるから争いが生まれ、死人が増える。そう、人が愚かであり続ける限り」
 闇の中に浮かぶ光を見るような瞳でエニシアを捕らえたシャンは、濁った眼差しに肩を竦めて見せる。
「だから君のように、自分を過大評価しない人間には、ついつい期待してしまう」
 困ったように微笑んだ彼の一言がエニシアの瞳を歪ませると、丁度そこにノックの音が響いた。
「年寄りの勝手な好意だ。気を悪くしないでくれ、しないでくれよ」
 そう念を押して、シャンは再び部屋を後にする。それを見送ると、カナタから小さな溜息が漏れた。
「この世の全てに理由があるなんて、思わない方がいいと思うけど」
「つまり、お主は理由もなく人を斬っていたと言いたいのじゃな?」
「そういうこと」
 不機嫌そうなエニシアの分かり難い台詞から心情を要約したジャッジは、ティスを邪魔そうにしながら体勢を変える彼に向けて意地悪な笑みを向ける。
「では、お主の恋人は何故人を斬っておったのじゃろうな?」
 ピクリと、エニシアの頬が引きつった。それを認識しながら、ジャッジは言葉を続ける。
「タワーからの手紙、読んだのじゃろう?」
 あの後、天文台を後にするエニシアに託されたのは、タワーからの短い手紙だった。誰も目にしてはいないが、彼はそれに目を通した筈だ。カナタもジャッジも、溜息を漏らすエニシアの口元を注視したまま沈黙を続ける。
「あの子供、君よりも頑固でしょう?」
 舌打ちのような答えにカナタと肩を竦め合い、ジャッジは小さな体をクッションに預けた。エニシアが座る方向に上半身を近づける形で。
「知っておるか?エニシア。タワーは崩壊を意味する」
 うつ伏せの上目遣いでこちらを眺めるジャッジを見下ろしながら、エニシアは言葉の続きを待った。
「崩壊させるつもりなんじゃよ、あやつは」
「僕を?」
「そうじゃ」
 物騒な言葉にか、それとも干渉されること自体にか、顔を顰めたエニシアに、ジャッジの妖しい笑みが注がれる。
「しかしのう、崩壊した後に待っているのは…再構築、復活、そう言った類の言葉なのではないか?」
 言い切ったジャッジはエニシアの様子を窺う。彼はティスの寝顔を眺めるように俯くと、鼻で笑うように呟いた。
「まるで今の僕そのものだね」
 落ちた言葉が部屋を抜けていく。エニシアはそれを追いかけるように窓を振り向くと、いつものようにやる気無く持論を語り繋いだ。
「死んだように見えても、また直ぐに生き返る…いや、死んですらいないんだから、意味なんてないのか」
 それはまるで独り言のように、しかしその数秒後、思い出したように。彼はジャッジに問いかける。
「やっぱり一遍死ぬべきなんじゃない?僕」
「流石に、死者を蘇らせることは出来ぬからのう。それに比べれば、お主の中身を変える方が容易い」
「普通、やらないと思うけど。そんな面倒なこと」
 言い捨てて溜息を漏らし、エニシアは懐から封筒を取り出した。そして中に収められた手紙を開いて、拾った言葉を口に出す。
「「変えられずとも構わない」、「ただ知りたいんですよ、あなたの理由が」、「知った上で、見届けたい。何も知らないより、その方がずっとマシだから」…君たちみんな、こんな考えなの?」
「そうじゃのう。ターは特に、その辺が顕著に出ているようじゃが」
「やっぱり、普通じゃないね。君たち」
「そう思うか?」
 ジャッジは問う。いつものように、妖しい眼差しを携えて。エニシアは手紙を仕舞う片手間に瞳を歪めると、皮肉を込めて口を開いた。
「だって…」
 その言葉は扉を叩く音に遮られる。続けて開いたそれの隙間から、シャンがそっと手招きをした。
「さて、時間じゃ。次のカードに会いにゆくぞ、エニシア」
 そう言って立ち上がるジャッジ、ティスを起こしにかかるカナタ。エニシアはティスが膝から退いた数秒後、不服そうな面持ちで扉を潜った。


 ”彼女”とはカードのこと。
 立て続けに引き合わされる人ならざるもの。
 次の尋問の内容は、そしてそれをする意味は。


 薄暗い廊下に灯るちっぽけな蝋燭が、進み行くエニシアをあざ笑うように通り過ぎていった。



















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