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その関所だけは、避けて通る事が出来なかった。 「そっちのマントは？」 それぞれの身分確認を終えた兵士が、頭からスッポリとマントを被る人物に怪訝な眼差しを向ける。 「罪人じゃよ。知り合いが城に居るのでな。直接引き渡させて貰うぞ」 「大丈夫なのか？騒ぎを起こさないでくれよ？」 「だいじょーぶよー？心配しないでー？おにーさん」 スタスタと門を潜るジャッジに続いて、ヒラヒラと片手を振るティスと。 「お勤めご苦労様」 そう言って門番に酒瓶を渡しながら、罪人の背を押すカナタと。4人がそそくさと後にした関所の先には、誇り臭い街並みが広がっている。更にその向こう側には… 「何時見ても、悪趣味だよなぁ」 カナタが目を細めて呟く通り、趣味の悪い金色の建物が連なっていた。 王都ハイタウン ハイラント王国で唯一寂れていない街。しかし寂れては居ないものの、豪華絢爛な城と比べてしまうと貧相なことこの上ない、まさにこの国の縮図のような場所である。 「とうとうこんなとこまで連れてこられた訳だけど…？」 「安心せい。ほんに引き渡したりせんわ」 「当たり前だよ。ところでさ」 「何じゃ？」 「その身分証、本物？」 「そうとも言うが、そうでないとも言うのう」 真っ直ぐに城を見据えながら曖昧な返答をするジャッジに顔を顰めたエニシアは、同時にマントの端kからカナタが顔を覗き込むのを認識した。 「ファンには会ったんだろう？あそこに頼めば、本物のようなニセモノなんて簡単に手に入るってこった」 「役人公認の詐欺ってことか。随分危ないことするんだね」 「そーかなー？そうでもないと思うけど、ねー？カナタ」 いつも通り、能天気に呟くティスに呆れた眼差しを向けたエニシアであったが、カナタは困った風でもなくサラリとこんなことを言う。 「そーだな。エニシアにも直ぐに分かるさ」 その言葉の意味は、数分後には必然的に提示されることになるわけだが。 「どうぞ、こちらになります」 黄金に染まる、身の丈の倍はあろうかという城門の前。ジャッジがとある人物の名を告げるやいなや、門番が開いたそれの中に案内された。 エニシアはすぐさま「どういうこと？」と問いかけるもカナタに制止され、何の説明も聞かされ無いまま３人に続く。 何処を見ても金色に輝いている不気味な城内、その色が次第に薄らいで、城の奥にある石畳の通路までくると、やっと気持ちが落ち着いたように思えた。それはエニシア達が庶民であるからなのか、それとも王族の趣味が悪いだけなのか、それとも他にやましい理由があるからなのか。一概に判断出来ることではないのだが。 そうして門から歩くこと数分、門番はとある扉の前で足を止めると、短く一礼して４人の前から姿を消した。簡素というか粗末というか、それでいて重厚な扉の作りからして、余り良い意味で存在する部屋ではないだろうことが窺える。 「取調室、という名の応接室じゃよ」 「なるほど、また取り調べられるわけだ」 「理解したようじゃな」 「知り合いが居るって、嘘じゃなかったんだね」 「そうでもなければ、こんなところには入れないだろうね」 扉の前で交わされる会話に、聞きなれない声が混じる。それは薄暗い廊下の奥の方から、控えめに響いてきた。徐々に近付く足音、大きくなる人影。それはエニシアの姿を目視するなり、やはり控えめに自己紹介を始めた。 「僕はシャン。マジシャンのカードの化身、ということになるかな」 真っ白な髪に紫の眼差しを携えた冴えない彼は、エニシアのやる気の薄い瞳を見て小さく肩を竦める。 「で？君は何を聞きたいの？」 「僕は尋問官ではない、そうではないんだよ」 相槌もなく不機嫌そうに問いかけるエニシアの声に、慌てたシャンの声が続いた。 「場所が気に入らなければ、移動しようか？少し、散らかっているけれどね」 左右にゆっくりと首を振り終えた彼は、４人が頷く間も無く歩みを進める。踵を返したシャンに続くこと１分弱、４人はまたも１つの扉の前に案内されることとなった。 シャンは４人を振り返ることすらせずドアノブに手をかける。そうして、音を殺すようにゆっくりと戸を開いた。隙間から垣間見えた室内は酷い散らかり様で、それこそあのファンが居た書類の山に埋もれた部屋よりも散乱としているように見える。 「これで、少し？」 エニシアの口から小さく漏れた皮肉を横目に、シャンは４人を中に通した。薄暗い廊下よりも更に暗い室内は埃臭く、そしてカビ臭い。そんな中、気配に敏感なエニシアが、部屋の隅を指差してぼつりと口にする。 「何してるの？あの人」 「怯えているのさ」 問われたシャンは当たり前のようにそう答え、またゆっくりと首を振った。エニシアの指の先には、確かに怯えたように丸まった背中が1つ。それは会話に気付くやいなや、ナイフを取り出し威嚇を始める。 「誰だ、何だ、何を連れてきやがった！」 「僕の客さ。君の事を見てもらおうと思ってね」 「ふざけるな！今すぐ出て行け！この部屋は私の…」 「そうかい？君の助けになるかもしれない、と思ったのだが」 「余計なお世話だ！」 男の剣幕に溜息を漏らし、シャンは仕方なく彼に背を向けた。それに従って、また部屋を移動する羽目になる。 扉を閉めた途端に室内で始まった癇癪を聞きながら、シャンは来た道とは反対側に歩みを進めた。４人がそれに続くと、先頭の彼は前を向いたまま事のあらましの説明をはじめる。 「彼は、魔道士なんだ」 冴えない声が廊下に響く。しかしその声は、その場にいる人間以外に届くことはない。 「魔法の製作に失敗してね。仲間が大量に死んだのさ」 「その罪悪感に潰れそうになっておる、ということじゃな？」 「そう。愚かだと、思うかい？」 立ち止まったシャンは自室の扉を開きながら、背後のエニシアに問いかけた。 「人は愚かだよ」 「お主も人の事を言えぬほど愚かだと思うがの」 室内に足を踏み入れるついでに茶々を入れたジャッジは、瞳を細めたエニシアの表情を下から見上げる。 「ああ。僕も愚かだ」 「ではなぜ、人は繁栄すると考える？」 「愚問だな」 カナタの後に続いて部屋に侵入したエニシアの背後、疑問を口にしたシャンにすぐさま返されたのは、いかにもエニシアらしい答えだった。 「愚かだからさ」 赤で統一された室内、各々が腰を据える中でいち早くソファーを陣取ったジャッジは、欠伸交じりにクッションを抱きかかえる。 「だからお主は人を斬るのじゃろう。エニシア」 「悪い？斬っても斬っても沸いてくるんだからいいじゃないか」 「その精神で人を滅ぼそうとでも宣うか？」 「僕はそこまで傲慢じゃないよ」 溜息のようにそう吐き捨てて、エニシアは閉まった扉に背を預けた。 「僕一人が意気込んだ所で、人類は滅亡したりしないさ」 「君は面白いね」 気だるそうな言葉に反応したのは、他の誰でもないシャンだ。彼はエニシアの数歩先で脚立に腰を据えたまま、身を乗り出すようにして手を振るう。 「だから問おう。問わせておくれ。君は魔術を手に入れて、欲求を全うしようとは思わないのかい？」 「愚問だよ」 くだらない、そう言わんばかりに質問を切り捨てたエニシアは、心なしか瞳を輝かせるシャンに向けて答えを放った。 「僕は人を斬るのが好きなんだ。ただそれだけ」 腰に下げた剣の柄から、鞘に納まる切っ先を見透かすように。 「世界を変える気なんて、さらさらないよ」 エニシアは覇気も無くそう呟いた。 それを受けたシャンは小さく息を吐くと、曖昧に微笑んで小さく零す。 「そうか。では、そう言う意味でも、あの子は特別なのかもしれないな」 「あの子？」 「アイシャだよ」 何処か懐かし気にその名を呟いたシャンは、微かに丸くなり、次第に細くなっていくエニシアの眼差しを捕らえていた。 「そう言う意味でも、って？」 「そのままの意味さ、そのままのね」 頷いて微笑んだかと思えば、不意に俯き、紫の眼差しに闇を点す。 「他者から見て傲慢な欲求だとしても、自分の力量を推し量ることの出来る人間であれば、或いは…」 独り言は上の空に、続けて漏れた溜息と哀愁に眉を顰めたエニシアに、シャンは再び曖昧に微笑んでゆっくりと首を振ったのだった。 |