「完成した…!遂に、遂に完成したぞ…!」 そう言って息巻く一人の男。彼は狭い部屋の中央で、淡い光に照らされながら歓喜の笑顔を浮かべていた。 中央にぽっかり空いた空間以外は、書物やら得たいの知れない瓶やら、先端に宝石の嵌められた立派な杖やら、羅針盤のような代物等々…部屋は様々な物で溢れかえっている。その片隅を掻き分けながら一枚の便箋と封筒、そして羽ペンを探し当てて床に座り込むと、男は走り書きのように文字を連ねていった。 「やめておけ、やめておいた方がいい…」 震える手を嬉々として押さえ付け、無心に文字を書いていく男の背後から、冴えない中年の男が声をかける。 「何を言っても無駄だ。何と言われようと、私はこれを王に届ける!」 「ああ、愚かな…何と愚かしい…」 「煩い。お前は見ているだけで、何も手伝ってくれなかったではないか!」 男は書き終えた書類を手に立ち上がり、冴えない男を睨み付けると。 「これで、戦争を終らせてやるんだ…!私が産み出した、この魔道でっ…!」 興奮を撒き散らしながら、部屋の戸を潜っていった。 それが、約半年前のこと。 男は現在、同じ部屋の片隅で膝を抱えて踞る毎日を送っている。不自然に散らかされた部屋は、半年前と違って中央にスペースが無く。代わりに彼の居住スペースだと言わんばかりに、右角の隅だけが床を覗かせていた。 「どうしてだ…何故…何故…あんなことに…」 震える唇から漏れる独り言は、誰に意味を悟られる事もなく…いや、誰にも意味を悟られぬように。 何も映し出さぬ男の視界が不意に暗くなり、背後に誰かが立ったことを示唆する。と、男は怯えたように振り返り、ポケットから一振りのナイフを取り出した。 「だから言ったのに…だから、止めておけと言ったのに」 「何だ…お前か…コノヤロウ…脅かしやがって…」 男は声の主を確認すると、また壁を向いて独り言を始める。今度は、背後の男に向けて。 「私は間違ってなどいない。私はただ、戦争を終らせたかっただけなのだ。それなのに…それなのに…」 「魔法は、魔法とはそう言うものだ」 「お前は私が間違っていると言いたいのだろうな。シャン。そうだろう、関与しなかったお前は気楽でいい…」 「そうは言うがな…」 シャンと呼ばれた男は、ため息と共にそう呟いたかと思うと、傍らに散らかされたままになっていた書類を拾い上げる。 「お前が少しでも私を手伝っていれば、こんなことにはならなかったのだろう?」 「いや、結果は変わらなかっただろう」 半年前。男が産み出し、王に届けられた一つの魔法。それによって起きた事態が克明に記された書類を読み上げて、シャンは寂しげに返答した。男はその言葉を信用することすら出来ぬまま、手にしていたナイフを床に突き立てる。 「私に魔道を教えたのはお前だろう…どうしてこんな目に合わせるのだ…私に何の怨みがある?全く、どうかしてる」 「魔道と言うのは…魔法と言うのは、人を生かしもするが、殺しもする。僕はあなたに、そう教えた筈だが…。そもそも、教えを請うてきたのは、あなたの方ではなかったか?そうだろう」 「…私はただ、救いたかった…沢山の命を、私の魔法で…それなのに何故…」 「僕があなたに力を貸さなかったのは…」 シャンは語調を強めた男にそっと首を振り、途切れた言葉の合間をため息で埋める。 「あなたが考えた魔法が、人を殺すことだけに使用される物だったからなのだよ」 「こちらが破壊兵器を持っていることを示せば、あちらも白旗を上げざるを得ん…そうだろう?間違っているか?」 「結果、あなたの仲間をも葬り去ることになってしまった今も…まだそんな事が言えるのかい?」 食い付いた男に悲しげな瞳を向けて、シャンはまた、静かに首を振る。 男の魔法は大量の敵国兵を葬り去ったその後で、自国の制御を離れて暴走し、周辺の全てを焼け野原にした。暴走は丸一日続き、その爪痕は今も国境周辺に残されたままだ。 それによって、彼は沢山の友人を失った。沢山の人々を殺めた。それでも、国に罪を問われる事はない。 何故なら… それが、戦争だからだ。 魔法の犠牲となった人々の遺族から、何らかの復讐があるかもしれないと怯える彼ではあるが、何故大量の味方が死んだのか、国が使ったその魔法を誰が製作したのか、そんなことを特別公表するわけもないので、今のところは、ただの彼の妄想で済んでいる。 しかし、何時かは…何処からか噂を聞き付けて… 投獄されていない以上、自分で身を護るしかなく、だからと言って魔法を使う気にもなれず、日夜苦しみ、恐怖に苛まれ、半年前の嬉々とした表情など見る影も無くなってしまった。 シャンは日に何度か彼の様子を見に来ていたが、慰めたり励ましたりしたことは一度もない。それも、彼を部屋の隅に追いやる一つの要員となっていた。 全てを理解していながら、シャンは暗い眼差しで男に言葉を投げ掛ける。 「魔法は…いや、魔法に限ったことではない。兵器には善悪を区別する機能なんて無いのだよ」 「そんなことはわかって…」 「分かっていないから、こう言う結果になったのだ。…そうなったのだよ」 シャンは男の言葉を遮ると共に、男に人差し指を向けた。 「あなたなら、と…思ったのだがね、思っていたのだが…」 歯噛みする男。彼に背を向けて、シャンは小さく呟く。 「やはり、魔術など…魔法など、存在するべきではないのだろうか…」 部屋の中央。本の山に埋もれた魔法陣を見下ろす彼の目には、言い知れぬ絶望が宿されていた。 |