リーダーの憂鬱






 
 翌日の深夜。

 度重なる会議や会合の後、溜まった書類をある程度捌いた蒼が仮眠に向かった頃。
「和解、出来たみてえだな」
 王座の間に降りてきた妖精の三名を迎えた沢也が、珍しく柔らかな笑顔を見せる。
「迷惑をかけた」
「お恥ずかしい限りですわ」
 対照的な態度ではあるが、それぞれ反省した様子の烏羽と桃の背後。
「苦労したようだな」
「休暇を要請したい」
 疲労困憊な翡翠がぐったりとぶやいた。
「今日が終われば暫く何もない。ゆっくり休んでくれ」
 そう言って、沢也は長テーブルに三名を案内する。
 その数分後、応接室から顔を出したのは、昼間から泊まりがけで仕事をしに来た夏芽であった。
「悪いな。夜分遅くに」
「構いませんよ。家でも生活は不規則ですから」
 寝起きなのか、多少ぼんやりした彼の前にコーヒーを置くと、安らぐ薫りが辺りを満たす。沢也が次に妖精達に、海羽特製の蜂蜜ドリンクを配り始めるのを見計らい、夏芽はにこりと挨拶した。
「御無沙汰しております」
「ああ。本日も宜しく頼む」
「資料は此方で纏めておきましたわ」
 頭を下げた烏羽の隣では桃が、その更に隣では翡翠がそれぞれに返答する。パソコンと紙を持ち出して席に付く沢也を待って、桃が資料を展開した。
 夏芽が妖精と共同で進める事業の会議は、毎度こうして深夜に行われている。それは勿論、日中出入りする人間に妖精の居場所がばれないようにするためだ。
 他にも沢也を通じて文書やメールでやり取りすることもあるが、魔法陣等の重要事項は直接会って確かめるに限る。
 桃が机の上に光で提示した通り。事業は再生紙から始まり、国で出る全てのゴミのリサイクルを目標としていた。
 妖精達のプレゼンが終わると、沢也と翡翠が紙に起こした資料が配られる。夏芽はそれを見て頷きながら、人間側の進展を報告し始めた。
「設備開発は順調に進んでいますよ。沢也くんやリーダーさんの力があってこそですが」
 実績資料や魔法機械の写真を眺める烏羽が、深い感嘆の後独り言のように言う。
「魔法と科学を併せるも悪くはないな」
「折角生まれた技術を、悪用するばかりじゃもったいねえだろ?」
「昨今先人の残してくれた節約技術があっても、国内の資源が持たなくなりそうな状態ですからね」
「そう。国外進出派を黙らせておくには、この問題を徹底的に潰しとかねえと」
 続いて桃の呟きまでもを拾った沢也は、双方の資料を纏めてファイルに閉じた。
 資源が無くなれば、外に求めるのが定石だ。成る程確かにと頷いては唸りを上げ、桃はふわりと中空を仰ぐ。
「それにはこの先どうするべきなのでしょうか?」
「まずは会社を大きくしないと」
「大きく、ですか」
「物理的にな」
 夏芽の言葉を沢也が補足すると、妖精三人の目が瞬いた。
「ゴミを集めておける場所、設備を置いてリサイクルする場合、リサイクルした品を保管しておける場所等々…勿論社員も必要です」
「問題は山積みだな」
「一つ一つクリアしていけばそう難しくもない。国民の賛同が得られるよう、蒼の方でも手を回させてるしな」
「新聞や演説か」
「年寄りの支持率はかなり高いから、そう悪くはならないはずだ。あとは若いのをどう説き伏せるか」
「若者の支持率は低いのですか?」
「低くはない。が、この件に関しては微妙な所だ」
 夏芽が提示した問題を明記しながら、沢也は烏羽と桃の質問に答えていく。小さな間は、彼がコーヒーを飲んだことで出来たものだ。
「若者っつーのは総じて新しいものを好むもんだ。まぁ、例外は居るだろうが…」
「君みたいにか?」
「俺はもう若くない」
「沢也くんが若くなければ、僕なんかはとっくにお年寄りの域に達していますね」
 烏羽とのやり取りに割って入った夏芽の苦笑に、沢也も同じく苦笑で答える。
「いや、実年齢じゃなく」
「確かに、その思考回路は若いとは言い難い」
 更には烏羽までもが苦笑いすると、その空気は端の翡翠まで広がった。
 沢也はため息で苦笑を払い、万年筆片手につらつらと説明する。
「なんにしろ、新しいもの好きの人間に古いものを大事にしろと説いたところで、焼け石に水っつーか…まぁ、上手くはいかないわけだ。情報操作して流行りに乗せた所で、直ぐに廃れちゃ意味ねえし。そんなわけで、完全に浸透させるのには多少なりと苦戦するかもしれん」
「それなら対策は一つです」
 歯切れの良い言葉で注目を集めた夏芽は、コーヒーに口を付けながら皆の真顔を見渡した。
「事業を占領すればいいんですよ」
「一部の貴族がやってるみてえに?」
 簡潔な回答の後、沢也の問いに頷いた夏芽は、有無を言わさぬ勢いで笑顔を竦める。
「腕の見せどころですね」
「確かにてっとり早いが…そうか、そうだな…」
「決めるなら今しかありません」
「後になる程動きにくくなりそうだからな」
 悩まし気な沢也を言いくるめるように、首肯を繰り返す彼の微笑を妖精の三名が見守った。
 最終的に沢也がため息で了承した事で、俄に拍手が巻き起こる。
「資金繰りはお任せを」
「ならこっちは人材をかき集めて送り込む」
「残るは場所か?」
 夏芽、沢也と続いた最後に烏羽が問うと、短い間の後に沢也が呟いた。
「確かではないが、幾つかあてはある」
「頼もしい限りですね」
「善処するが、そう期待してくれるな」
 夏芽による、蒼に似たプレッシャーのかけ方に困った笑顔を注ぎ、沢也は書類を纏めにかかる。



 次の日の早朝の事。
 処変わってこちらは深い森の中。


 セキュリティーパネルが小さな音を立てる。続けて解除音が長めに響き、長い洞窟に明るい光を取り入れた。
 元飛竜の盗賊団アジト。一昔前までそこに常駐していた人物は、入り口を閉めるや否や大きく息を吸い込みながら洞窟内を駆け抜ける。
「リーダーァアぁあぅあぇあ」
 暗闇を暴走した声は、数秒後にあちらへも到達したようだ。短い金属音が僅かながら聞こえたように思う。
 それを返事と受け取って、足の回転を早めた彼を待っていたのは当たり前に顰めっ面だった。
「五月蝿い馬鹿松、大声を出すな!」
 身の丈よりも大きな機械や、部品なのか鉄屑なのか分からない物体に囲まれながら。リーダーはモンキーレンチを振りかざして騒がしさの元凶を叱り付ける。対して門松は、空っぽの鞄を靡かせながら躓かないよう大空洞の入り口に立ち止まった。
「馬鹿松ってなんっすか!そんな悪態つく子にはもう報告してやんないっすよ!」
「ええい、戯れ言はいい。さっさと本題に入れ!」
「全く、機械をいじくってる時のリーダーは、機嫌が悪くていやんなるっすよ」
「馬鹿みたいに騒がしくして邪魔をするからだ」
「静かに来たら怒らないんすか?」
「お前なぁ…絡まずズバッと単刀直入に報告出来んのか。スマートに行こうぜ、スマートに」
「すまぁーとぉう?そんなんオレの辞書にはないっすよ。あっても粉々にくだけ散ってる…もとい破壊した後だと思うっす」
「なぁぁぁー…分かった、分かった。ならお前はどうしたいんだ。喋り倒して俺の作業を滞らせて何が楽しい」
「酷い言い草っすねぇ。オレは単に、最近こっち籠りっぱなしで陽の光も浴びてないリーダーが吸血鬼化してないか心配して絡んであげてるんじゃないですかぁ。もうちっと人間らしい生活しないと、霞さんも渚ちゃん連れて出てっちゃいますよ?」
「その点は話し合って了承をだな…」
「得ててもっすよ。これは何もオレ一人の意見じゃないんすよ?」
「…咲夜か」
「ついでに沢也くんもっす」
「…変な気を回してくる姉弟だ」
「変言いますけどね、あの人達の言う事は聞いといた方が…」
「言われんでもよーーーく分かってる」
 途切れる事なく続いた長い問答は、リーダーがネジを締め上げたレンチを置いた事で短く切れる。間に挟まったのは浅いため息と頭を掻く小さな音だ。
「これ片付いたら一旦切り上げる」
「なら送ってくっす。夕方また来ますから、報告はそんときに」
「ああ。頼む」
 オイルにまみれたツナギの袖を腰で結び直し、門松を横目に見送ったリーダーは、汚れた頬を軍手で拭い、再び作業に取り掛かる。

 彼は沢也と設計したリサイクルに関する機械を制作、組み立てている最中だ。飛竜の盗賊団…もとい郵便課の面子の中には、リーダーと同じく機械に強いメンバーも少なくない。しかし現在の彼等は各地に散って、配達がてら現地で情報収集をすると言う重要な任務に付いているのだから、どれだけ仕事量が多くとも一人でやる他ない。あともう少しすれば他の手が空いて、こちらにも人員を回せる時期が来るだろうから、それまでの辛抱だ。
 しかし材料も設計図もいい感じに揃ってきて居るのに、肝心の組み立て作業の進行が捗らないとなると、どうにもこうにも落ち着かない。目の前に宝箱があるのにトラップ解除で無駄な時間を取られている時のような、何とも言えぬもどかしさが張り付いて離れないのだ。
 門松の言う通り、イライラしていることに間違いはないし、先のが八つ当たりで無いとも言い切れぬ事に気付いた彼は、一旦作業場から離れて煙草をくわえる。
 成る程、此処が正念場かと再認識すると同時、長く細い煙を吐くと、少しだけ頭がスッキリしてきたように思えた。
 資材の山と。天窓から注がれる光と。半端に組まれた機械の群と。それから自分の掌を順に見据えて気持ちを切り替える。
「っし…」
 頭の中の設計図と予定表を照らし合わせて書き直したリーダーは、ゆっくり煙草を吸い終えて、減らしたノルマを手早くやつけにかかった。

 陽が落ちた頃。


 門松操る飛竜が天窓から降りてくる。
 各地への団員送迎の関係で朝はクリフから徒歩だったらしい彼は、全ての面子を現アジトに送り届けてから迎えに来たのだと、何時もの調子で語った。
 ランタンを消し、入り口の戸締まりを確認して飛竜に乗り込んだリーダーは、空に上がるよりも早くに報告を始めた門松から手綱を受けとる。
 大分暖かくなってきているとは言え、夜の空はまだ寒くらいだ。いそいそと上着を着る門松の口はそれでも休むことはなく、強化剤事件の薬剤制作本拠地についてを垂れ流している。リーダーは合間に挟まる雑談を適当に聞き流しながら、飛竜の高度を安定させた。
「で?纏めるとどうなる」
「場所は大体特定済みっすが…」
「勝手に踏み込む気は更々ない。沢也に指示は仰いだのか?」
「まだ証拠が不十分だから、暫く様子見だって言われました」
 声がどもっていると思えば、口を尖らせている様が背中越しに見える。リーダーは僅かに振り向いてむくれっ面の門松に釘をさした。
「不服そうにするな。下手に動いて逃げられてみろ?長期化コースだぞ」
「それはそうっすけど」
「暴れたりないってだけで暴れられちゃ困るんだよ。良い大人なんだからそれくらい分かれ」
「ならちょっとは構って下さいよ」
「そりゃ手合いでって意味か?他にも相手は居るだろうに」
「最近みんなマンネリ化してきてるんっすよ。分かるでしょう?仮にもリーダーなんすから」
「もうリーダーじゃないと何度いっても分かってくれねえ奴等の事なんて分かってやりたくないが、残念ながら良く分かるな」
 ため息と同時に前に直り、単調に呟くリーダーの背中。門松は瞳を細めて不機嫌に言い放つ。
「お国の事も勿論大事っすけど、あんましほっぽりっはなしにしとくと…」
「はいはい、逃げられるんだろ?対策考えるから少し黙っとけ」
「そっすね。自然対策班についてはあっちに着いてからのが都合も良いっすし」
 勝手に納得しては口にチャックをかける彼の調子を不思議に思い、固まったリーダーがゆっくりと背後を振り向いた。
「…何の話だ?」
「着いたら分かりますって」
 にかっと笑って言ったきり、本当に口にチャックが付いたかのように静かになった門松を諦めて、リーダーは思案に集中する事になる。

 そうして十数分の後。


「……」
「ね?」
 現アジトである元忍者の里に降り立ったリーダーは、門松に案内されるままたどり着いた団らん室の入り口で口を開けて固まった。
 何故ならそこでは左弥と大地がまったりゆったり寛いでいたから。
 リーダーは隣でニヤニヤする門松の胸ぐらを掴み上げ、声を殺して苦情を放つ。
「なぁぁぁにが「ね?」だっっ!勝手に客人招きやがって…」
「一人や二人増えたところで問題ないんじゃないんすか?」
「そーいう問題ないんじゃない!色々あるだろう?こう…だぁぁあぁ!頭に事後報告で事を決める組織がどこにあるんだって話だ!」
「あらあら。帰宅早々絶叫とはお元気そうで何より」
 門松の茶化しに思わず配慮を忘れたリーダーに、背後から咲夜の輝かしい笑顔が注がれた。
「私の姉が泊まったら何か不都合でも?」
「不都合はない。寧ろ失礼がなかったか不安で仕方がないくらいだ」
「酷いっすよリーダー。オレ等の事信用してないんすか?」
 咲夜側に移動しては女のような声色と仕草でさめざめする門松に、リーダーは苛立ちと人差し指を突き付ける。
「くねくねするな気色悪い!大体誰もそうとは言っていないだろうが。留守中に客人を、しかも長期滞在で受け入れたっつーのに報告がなかったことがだなぁ…」
「それは失礼をした。てっきり話は通っている物だと思っていてな」
 不意に割り込んだのは左弥の声だった。リーダーは僅かな硬直の後に彼女に向き直り、頭を掻き掻き肩を竦める。
「いえいえ、そちらは悪くありませんよ」
「うちの妹は若干ワンマンだからな」
「若干かどうかは別として、恐らくうちのかみさんには話が通っているんでしょうから、単なる腹いせの可能性は有るわけで」
「しかしそれをみすみす放置するつもりはないので、せめてもの抵抗を試みていると言ったところか?」
 仁王立ちに解析され、面食らったリーダーは苦笑混じりに片手を広げた。
「分かっているのなら話は早い。経緯はいいから目的を教えてくれませんかね?」
「良かろう」
 示されたソファーに戻りつつ、左弥はこれまでの経緯を簡潔に語る。途中、大地の補足も挟みながらのそれは、ものの数分で終了した。
「成る程。それで現地の地質調査の傍ら、咲夜にくっついてって城で教鞭を振るうと」
「それには足がある此処に留まるのが効率的だとの判断でな」
「食費光熱費くらいはお支払しますので、暫く置いては貰えませんかね」
「一人や二人増えたところで問題ない、それは本当にその通りだし、役に立てるのなら嬉しいですよ」
 やっと状況を把握できて肩の力が抜けたのか、ソファーに背を預けたリーダーが思い直したように天井を見上げ。
「で。物は相談なんですが」
 身を乗り出しては交渉を持ち掛けた。対面に座る二人は瞬きだけで先を促す。
「金は要らんので、滞在中…奴等の退屈を晴らしてやってはくれませんかね」
 そう言って背後の団員達を親指で示したリーダーは、肩を竦めて苦笑した。
「長くは持たんでいい。時間稼ぎにってところか。良かろう。引き受けた」
「敵わんな。やっぱ」
 筒抜けな内情にもまた苦笑して、頭を掻きながら立ち上がると、どっと疲れが押し寄せる。しかしそうのんびりと休んでも居られないと、彼は密かに自分に言い聞かせた。
「それじゃあ、ちょっとの間頼みました」
「お任せ下さい。ネタなら腐るほどありますから」
 大地の進言に安心して、団らん室を後にしたリーダーは、その後数時間程家族サービスに徹することになる。

 やっと渚が寝付いたのが9時過ぎ。
 それから霞の愚痴と団員からの要望を聞き終えて、一人夜空を仰ぐ午前0時。
 昇る煙草の煙がのんびりと、時間の流れを示していた。

 アジトは一つの村のように、中央の広場を中心にして、幾つかの建物と畑とで構成されている。
 リーダーは広場にあるベンチに腰掛けて、ぼんやりと煙草を楽しんでした。
 そこに人の気配と物音が訪れたのが、滞在から十分後くらいだろうか?
「此処は空がよく見えるな」
 先の団らん室がある建物から出てきた左弥が、挨拶代わりに口にする。リーダーは半端にそれを振り向いて微笑を浮かべた。
「余計な光がないですから」
「敬語は止せ。そう歳も変わらんだろう。寧ろ私の方が若い」
「そりゃ失礼。口では敵わんと思うと、つい…」
 軽く言い分けて、彼は隣に立った彼女に煙草を差し出すが、受け取る代わりに肩を竦められてしまう。同じように返答して箱を収めつつ、リーダーは世間話程度に問い掛けた。
「それで?蒼の結婚相手ってのは、どうだったんだ?」
「特に問題はなさそうだ、とでも言っておこう」
「意味深だなぁ…」
「なに。小さな問題だ。どうあろうとそのうちには解消するだろう」
「あんたの言う小ささがどれくらいのもんかは分からないが、それならまぁ、ひと安心か」
 短くなった煙草を灰皿に押し付けて、また直ぐに新しい煙草をくわえた彼は、煙を吐き出す片手間続く質問を投げ掛ける。
「弟は?」
「あいつの心配はいらんよ。例え時間はかかろうとも自分で何とかする」
「信頼厚いな」
「当然だ。私が鍛え上げたのだからな」
「他はどうしてた?」
 会話の始めからずっと空を見上げていた左弥が、そこで徐にリーダーを振り向き悪戯に微笑んだ。
「そんなに心配なら、会いに行ってやればいいものを」
「そう頻繁に出向くのもな…いざとなったら助けてやるくらいでないと」
 悩まし気な唸りを軽く笑い、左弥は腕を組み直す。
「年寄りの辛いところか」
「ははは、若いのは気だけってね…」
 ゆらゆらとたゆたう煙を追い掛けるように、笑いあって天を見上げた二人は、一息付いてそのまま空に言葉を上げた。
「大丈夫だろう。きっと何があっても乗り越える」
「今も昔も、信じて待つの一択とはね…まったく、楽させてくれちゃって」
「その分、バックアップはしっかりやらせてもらわんとな」
 しみじみ呟いて、ため息のように息を吐き。左弥は横目にリーダーを見下ろす。すると彼は唐突に立ち上がり、煙草をくわえたまま大きく伸びをした。
「あんた達一族の言う事は聞いておくに限るってね。肝に命じておきましょう」
「こらこら、敬語に戻っとるぞ」
 上から注がれる子供のような微笑に、左弥は呆れにも似た苦笑を溢す。リーダーは誤魔化すように笑みを強め、次に長く煙草を吸い上げた。
 まるで漫画のように。ドーナツ状で吐き出された煙が夜空に昇る。
 広がっては拡散していく白を眺めるうちに、憂鬱も煙のように消えていった。
「大丈夫そうだな」
「ん?もしかして心配かけちまってた感じかな?」
「そうだと言いたいところだが…生憎私ではない」
 左弥の楽しげな笑みを横目に見据えたリーダーは、その表情だけで彼女を寄越した人物を覚る。
「礼を言うと、かえって怒られそうだな」
「良く分かってくれているようで安心した」
「幸い情報は筒抜けだからな」
「お喋りもたまには役に立つと言う事か」
 左弥は納得なのか皮肉なのか、判断が難しい言葉を残して背を向けた。リーダーはまた新たな煙草を取り出しながら、声だけで彼女を追い掛ける。
「あんたも、ありがとう」
 半端に振り向き微笑を浮かべた左弥は、言葉もなく手を振って寝室に戻って行った。
 リーダーは彼女を見送った後、もう一度大きく伸びをしては、また空に煙を昇らせる。
 短くなっていく煙草と、あと数分の今日を噛み締めるかのように。






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