女子会 春の風が辺りを彩る。 数日の間に随分と暖かくなった。 もう春も直ぐそこに、もしくは既に訪れたかのような微妙な季節。 3月も後半戦に突入してから五日ほどが経過していた。 僅かながら芽が出た庭先の広葉樹を横目にインターフォンを押すと、中からパタパタと足音が響いてくる。 「いらっしゃい。待ってたわよ」 ウキウキ顔で迎えてくれたくれあに挨拶しながら、背中を押される三人はワイワイとリビングに向かった。 ダイニングテーブルを端に寄せ、絨毯の上に四つのクッションが置かれたその場所では、彼女の娘が大人しく待っている。沙梨菜が持ってきたウサギのぬいぐるみで相手をしている間に、有理子がくれあと向き合った。 「この間の今日で申し訳ないんだけど…」 手土産は当然のようにバレンタインの残り物。日々苦笑いで消費を進める蒼を前に、別のお菓子を作るのも憚られた結果である。 「あら、いいじゃない?タダより安いものはないって言うし」 「くれあ、それ。悪い意味の言葉…」 「いいのいいの。みんな身に染みて分かってるみたいだしね?」 城の惨状を聞いていたのか、フォローしきれずに誤魔化したくれあは、用意していたしょっぱいものシリーズと共にチョコレートの詰め合わせを小さなテーブルに乗せた。 「それじゃあ、ちょっと遅くなっちゃったけど、バレンタイン&ホワイトデー女子会、はじめましょうー♪」 纏まりもないままに開始宣言のされた会は、和やかなままぐだぐだと流れていく。 海羽とくれあがそれぞれの飲み物やチョコレートフォンデュを用意している間にも、チョコに興味を示した一実の意識を逸らすのに苦労したりだとか、沙梨菜の髪飾りが狙われて早速サイドテールをほどかれたりだとか。 色々あってやっと落ち着いたのが、開始の合図から三十分後のこと。 母親の膝の上に収まった一実は、たまごボーロ片手にご満悦の様子である。 「でも、良く揃って休めたわね?」 ボーロを指ごと頬張る一実の胸元にタオルを当てながら、くれあは誰にともなく話を振った。その正面で有理子が沙梨菜の髪を結いながら答える。 「ヘルプの人が有能でね?私の代わりに蒼くんの補佐やってくれてるの」 「有理子がいる日はやくもんの代わりに民衆課で頑張ってるしね」 出掛けに紅茶を淹れてくれた亮の手際のよさを思い出しながら補足する沙梨菜に、くれあはパチリと瞬きを返した。 「やくもんって、八雲さんだっけ?」 「そう。沢也の下に付くことになりそうだから、前もって色々ね。その穴埋めもしてくれてるってわけ」 完成したサイドテールを満足そうに眺めてから、有理子はくれあに肩を竦めて見せる。 因みに秀はと言えば、例のごとく定例会だ。亮が居る限りは、この日に突然やって来る事もないだろう。 「しかしまぁ…大きくなったわねぇ…」 有理子がしみじみと呟いては一実の顔を覗き込んだ。その隣から海羽が穏やかな声を注ぐ。 「もう半年だもんな…」 「なかなか来られなくてごめんねーいつみん」 沙梨菜にせっせっせされてキャッキャした彼女は、構われ倒した後に海羽の膝の上に落ち着いた。 一息ついたくれあに、コーヒー片手に有理子が問い掛ける。 「最近どうなの?」 「随分楽になったわよ。まぁ、別の意味で大変になってきてるけど」 まだよちよち歩きだが、動き回る彼女からは確かに目が離せない。納得した有理子は、チョコレートを摘まんだくれあに苦笑を返した。 「でも前よりは顔色良くなったかも」 「有理子ちゃんこそ。クリスマスに会った時とは大違いね?」 「お?とうとう仲直りしたのぅ?」 「まぁ…仲直りっていうか…何て言うか…」 くれあと沙梨菜から注がれたニヤニヤ笑いに戸惑って、そっぽを向いた有理子が耳を赤くする。 その様子を前に、くれあは紅茶、沙梨菜はチョコレートクッキー片手にぽかんと口を開けた。 「有理子もそんな顔することあるんだねぇ…」 「ほんと、何だか安心したわ…」 「しみじみ言わないでよ。それより沙梨菜の方は?あの眼鏡にまた意地悪されてない?」 「意地悪されたとしても、最早ご褒美だからね…」 「それは構って貰えたら何でも良いって感じ?」 「正直そんな感じ」 くれあの呆れ顔に沙梨菜ののほほんとした顔が返す。有理子までもがつっこまずに呆れた様子なのを見て、くれあはため息のように言った。 「やっぱりまだ忙しいのね」 「まだって言うか、沢也の場合は一生忙しそう…」 「確かに。小太郎もそう言うとこあるから、沙梨菜ちゃんとは分かり合えそう…」 「そなの?」 有理子に同意して、沙梨菜に目線を長し。返ってきた疑問符に肩を竦めて、彼女は補足する。 「小太郎、ああ見えて努力家なのよ?」 「沢也ちゃんは努力家って言うか…仕事の虫なだけに見えるよ?」 「仕事が趣味なのよ」 「あ、それ!」 「成る程ね。それはそれで大変そう…」 沙梨菜と有理子のやり取りを、困ったようにくれあが纏めた。 減らないメッセージ付きチョコレートの山を横目に、思い出したように有理子が聞く。 「それはそうと、あなたホワイトデーのお返し貰えたの?」 それが自分宛だと気付いた沙梨菜が、チョコレートのホールケーキとの格闘を中断して小首を傾げた。 「貰えたって言っても有理子は納得してくれないと思うけど。沙梨菜的には貰えた感じだよ?」 「食べ物?」 「有理子も飲んでたじゃん。ロイヤルミルクティー」 短い間で威圧を生み出した有理子がにこやかに言う。 「沙梨菜ぁ?」 「ほら、納得してくれないー」 あはは、と。眉を下げながらも笑った沙梨菜は、ケーキを口に放り込む事で頬を膨らませた。 「まあいいじゃないの。沙梨菜ちゃんが良しとしてるんだから」 「そうなんだけどね…」 「沢也ちゃんは沢也ちゃんなだけでお返しになるのです」 「ほらほらまた訳のわからない事言い始めちゃうから。それより、ね?」 流れをくるりと方向転換させたくれあは、その矛先である海羽ににっこりと訊ねる。 「イチゴに集中してるとこ悪いけど、もう使ったの?」 「へ?」 眠ってしまった一実を抱えたまま、溶かしたチョコレートにイチゴを付けては口に運ぶ作業に勤しんでいた彼女は、突然の振りにすっとんきょうな声を返した。 「へ?じゃないのよ。倫くんに貰ったでしょう?」 くれあは端に寄せたテーブルから例のチケットを取り寄せて海羽に提示する。それを見た彼女がぼんやりと聞き返した。 「みんなも貰ったのか?」 「そうよ。あなたにだけ特別じゃなくてごめんなさいね」 「わ、ちが…そう言うつもりじゃ…」 「分かってる。からかっただけ。で、使ったの?使ってないの?」 何時ものようにからかいを間に受ける海羽に、言い訳と問い掛けを同時に繰り出したくれあは、安心したような海羽のため息を見守りつつ答えを待つ。 「まだだよ?」 言い終えた海羽は、フォンデュフォークにまたイチゴを刺して、しかし思い直したように天井を見上げて呟いた。 「あの、聞いてもいいかな?」 言葉と共に降りてきた視線に、くれあの頷きが答える。海羽はイチゴをチョコに浸した後、真面目な調子で問い掛けた。 「あのな、くれあはその、何をお願いするつもりなんだ…?」 「ベビーシッター。今度予定合わせて、一日お願いするつもり」 即答に瞬いた海羽は、唸りながらも残りの二人を振り向く。 「わたしは晩酌。酒と肴あっち持ちで、つい先日」 「沙梨菜はお買い物付き合ってもらったよ?棚が欲しかったんだけど、ポケットルビー無いと辛くてさ。助かっちゃったよぅ」 視線に気付いて答えた有理子と沙梨菜にも頷いて、また唸る作業に戻った海羽にくれあが問うた。 「海羽は何をお願いするの?」 自然と和やかな空気が流れる。そんな中、三人を見渡しては瞳を泳がせた海羽がしどろもどろに返答する。 「ま、まだ…迷ってて…」 「例えばどれとどれで迷ってるの?」 「え…?は、恥ずかしくて言えないよ…」 「ふーん?恥ずかしい事なんだね?」 ムフフ、と妖しげな笑顔を浮かべる沙梨菜に、両手を拳にした海羽が俯き気味に言った。 「だ、だって…なんか、みんなに言うのは恥ずかしい、だろ?」 その反応からして、いかがわしい事ではないのだと覚った三人が思わず顔を緩ませる。 「だから、その…参考までにと思ったんだけど…みんなは恥ずかしく無いんだな?」 「それは、私達とあなたじゃ違うもの」 「違う…?」 「沙梨菜も、沢也ちゃんに貰った券の使い道聞かれたらちょっと恥ずかしいかも」 「あ…そ…」 理解して、すっかり俯いてしまった彼女の頬を有理子がつついた。 「海羽、真っ赤」 「有理子ちゃんも純情だなぁなんて思ってたけど。この子は相当ね…」 「てかね、海羽ちゃんと倫ちゃんって、何処までの仲なの?」 くれあが肩を竦めた後に、ぽやんとした沙梨菜の質問が滑り込む。 「何処まで…?」 「手は?」 「手?」 「繋いだことある?」 不思議そうに首を傾げていた海羽が、それを聞いて更に慌てて手を振り乱し。 「さ、沙梨菜こそ…どうなんだ?有理子は?」 咄嗟に周囲に被害を撒き散らした。 「あらあら、こっちにまで飛んできたわ…」 「私には聞いてくれないの?」 「だって、くれあは…」 「全部してそう?」 有理子のぼやきをスルーして割り込んだくれあの問いは、揃いも揃って首肯で返される。 「正解☆じゃ、順番にお答えなさいな」 明るくにこやかに指を鳴らし、それをそのまま有理子に向けた彼女の威圧に負けて。 「まぁ、手くらいなら…」 「沙梨菜も繋いだことあるよ?まぁ、それがどんな意味かは正直微妙だけど…」 「あ、ある…かな…」 次々と答えた中でもやはり、最後の海羽に視線が集まった。 「あるんだ?」 「あるのね?」 「わぁおう」 「でっ…でも、それはまだ旅をしてた頃の話で…」 囲まれてまた手を振り乱し、膝の上一実を思い出しては硬直する海羽から元に直り、それぞれが口々にため息を漏らす。 「まぁ、それはそうよね…」 「それでもなんか意外…倫くんって女の子に興味無さそうに見えるから」 「そだね。沙梨菜もそう思ってた」 腕を組み、順々にチョコレートに手を伸ばす三人の仕草を海羽の瞬きが追いかける。 「ってかね、義希と小太郎以外は本当、心配になるくらい何考えてるのか分からない…」 「同感だわ…」 「言うほどかなぁ…?読みにくいのは確かだけどさ」 「心配って、あの、どの辺が?」 一人話に付いていけなくなった海羽が問うと、有理子とくれあが同時に振り向いた。沙梨菜は天井を見上げたまま一人唸っている。 「沢也と倫祐はともかくね」 「蒼?あれは昔からそうじゃないの。何時だって本気か冗談か分からない顔しちゃって」 「特に恋愛関係はね…読めそうで読めないって言うか…多分心配は無用なんだろうけど心配になるって言うか…」 説明も無く話を進めた二人は、困った海羽がイチゴの消費に戻る様を横目に見据えた。 「普通の恋愛なら、有理子もそこまで心配しないんだろうけどねぇ?」 戻ってきた沙梨菜が口を挟むと、海羽の意識も引き戻される。 「また何かあったの?」 くれあが問うと、有理子が彼女を振り向いて首を傾けた。 「くれあ、何処まで聞いてるの?」 「小太郎が義希くんから聞き齧ってきたのを聞いてる程度よ?だから倫くんについても、蒼についても、もっと言えば沢也くんの近況なんて殆んど知らないの。寂しくてやんなっちゃう」 「それは沙梨菜も似たり寄ったりかな。なんだかんだすれ違い生活でさ」 「業務の事は定例会で報告しあえるけど、プライベートまではな…」 色こそ違えど、四人揃って浮かべた苦笑を各自飲み物で洗い流し。 「で、倫くんはどうなの?」 仕切り直しと言った具合で問い掛けるくれあに、吹き出しかけた飲み物を何とか飲み込みながら、海羽はひっくり返った声で返した。 「え?な、なんで僕に聞くんだ?」 「この子は何も知らないわよ。なんたって殆んど接点無いんだから」 「もっと接点作ってあげたいよねー?」 有理子と沙梨菜のフォローに頷いては固まる海羽に、くれあはチケットを提示して呆れた声を出す。 「だから、コレで作ればいいじゃないの」 「よし、会議だね☆」 「か、会議??」 「作戦会議」 「それはその、あ、後で!それよりその、蒼のお見合いって…どうなったんだ?」 直ぐ様乗った二人の勢いを押さえるように、海羽が慌てて話を逸らした。それに乗っかったのは言い出しっぺのくれあである。 「あら、またお見合いしたの?」 問い掛けに振り向いては頷く沙梨菜と、上手く流れた事に安心する海羽との間で有理子のため息が落ちた。 「色々あってね…」 「なんか、沢也ちゃんが書類云々言ってるのは聞いたかも」 「それってどんな書類よ…?」 「お見合いする前に審査する書類だよぅ。なんか、ちゃんとしてるとかしてないとか…」 機密事項で無いことに安心すると同時に、その書類の送り主まで思い当たった有理子のため息が長く深くなる。 「その子ね、孝さんの紹介なんだけど…」 と、彼女がかいつまんでした説明を、三人は黙って聞き入った。 数分後。 長く細い唸りを吐き出したくれあが、人差し指で頬を叩きながら独り言のように呟く。 「それで、第2審査か…」 「わたしも隣の部屋でちょっと聞いただけだから、まだどんな子かは分からないんだけどね」 言い分ける有理子の横から海羽もまた唸りを上げた。 「でも、まずは通るかじゃないのか?」 「沢也が言うには、通るだろうって」 「何で分かるのよ?」 「資料じゃない?」 「ああ…てっきりエスパーかと」 質問に答えてくれた沙梨菜に真面目な顔で返したくれあを、有理子と海羽が笑う。 「それで、通ったらどうなるのよ?まさかそのまま結婚なんてことは…」 「そこまで決めてないんだって」 当然の質問を持ち出したくれあの声を遮って、有理子が結論を言った。 「え?」 呆然とする三人の顔を順に見渡して、肩を竦めた有理子はカップの中に解説を落とす。 「決めてあったのは第2審査の内容までらしいのよ。その先まで来る人間なんて居ないだろうと踏んでたのね」 「え。第2審査ってそんなし厳しいの?」 驚いたような沙梨菜の声に首を振り、有理子は微妙な表情で言った。 「一ヶ月、わたし達と全く同じ生活をするだけよ?」 再度口を開けて固まる三人から目を反らさずに、コーヒーに口を付けた有理子の頬が苦笑で歪む。 「貴族には苦痛になるみたい」 「つまり貴族って言うのは、毎日毎日贅沢の限りを尽くすのが当たり前なわけね?」 「ついでに身の回りの事は執事さんとかがやってくれるのも当たり前なんだってー」 「その上仕事までしなきゃいけないのに、どうして応募してくるのかしらね?理解に苦しむわ…」 愚痴の如く、棒読みで繰り出される言葉の全てを聞き終えた海羽が、チョコレートの付いたイチゴを回しながらポツリと一言。 「みんな、先の事はどうとでもなるって考えてるんだろうな」 困ったような微笑とは裏腹に、沢山の何かが詰まったようなそれに。 「海羽の言葉が重いわ…」 「うん、ずっしりきた…」 震えながら答えた有理子と沙梨菜は、逃げるようにチョコレートを貪った。 「だけど先に行けなければ意味なんてないじゃないの。海羽や蒼なら、その辺りは心配ないし…」 一人あっけらかんと言ったくれあに少なからず同意して、チョコレートを飲み込んだ有理子が天井に短く投げる。 「あとは」 それを追いかけて見上げた四人は。 「仕事が出来るかどうか?」 「蒼ちゃんのタイプの子だといいねー?」 「蒼くんに好意的だといいんだけど…」 「あら。相性の問題じゃなくて?」 全く違う事を時間差で呟いては顔を見合わせた。 「あらあら。意外と問題山積み?」 「うー…頭痛薬買い足しとこうかしら…」 「胃薬も必要だね☆」 「平和に終わるといいな?」 はー、と。揃って長いため息で話を区切りつつ。 何時かはこの輪の中に入るであろう、まだ知らぬ存在を想像しては、密かな思いをカップに注いだ。 それから数時間後の夕暮れ時。 出勤した小太郎は、駐屯地の扉を開くなり銭の微笑に迎えられる。 既に隊のジャケットを羽織り、何やら書類を見下ろしていた彼は、小太郎が席に着くまでを見守って話を切り出した。 「隊長ー。今度新しい隊員が入るそうですね」 「ん?そうだったか?」 覇気も無く問い返す小太郎の表情を真っ直ぐに見据える銭の瞳が僅かに細くなる。 「しっかりして下さいよー。なんだかぼんやりしてますけど、何かあったんですか?」 「いや、今日はちょっと…」 言葉の途中で溢れた欠伸が終わるのを待って首を傾げた銭に、小太郎は言い訳のように不機嫌そうな顔を向けた。 「寝不足ですかー?」 「色々あんだよ…」 「大変ですねー」 「棒読みに言うなし!」 叱り飛ばされた銭は、それをあははと笑い飛ばして書類の詰まったファイルを閉じ、徐に小太郎の正面に座る。 「それで、その新しい隊員なんですけどね?」 「…ああ」 「暫く隊長にお任せしようかと」 「ああ………って、はぁ!?」 眠そうに聞いていた小太郎が、ノリツッコミの要領で我に返った。銭は彼の驚愕の叫びをスルーしてのんびりと言い放つ。 「なのでぼくは暫く轟さんの下で修業してこようかとー」 「はぁ!?だから、なん…いきなり勝手に決めてんなし!」 「因みに参謀命令ですー」 「ふざけんなあのクソ眼鏡!なんで直接言ってこねぇ…」 憤るままに立ち上がり、バインと机に両手を付いたところで、小太郎はぴしりと硬直した。 それを下から眺めながら銭は問い掛ける。 「思い出しました?」 「…思い出した」 口元だけではあるがにこにこ顔の銭と、顔面蒼白になりつつある小太郎のひきつった笑顔が向き合った。 今にも何処かに駆け出して慌てたいであろう小太郎が動き出す前にと、端に寄せていた緑茶を引き寄せた銭が話を始める。 「隊長が参謀の呼び出しブッチするから、代わりにぼくが呼び出されたんじゃないですかー」 「…おい、銭…」 「なんですか?」 「あの眼鏡、何か言って…」 「存分に痛め付けてやってくれと言われたので、現在進行中で痛め付けにかかっている次第でーす」 「やめろ!分かった!おれ様が悪かったから!」 「では寝不足な上に参謀の呼び出しも忘れてしまった、その理由を話して聞かせて下さいよー」 興味津々と言った具合に瞳を輝かせる銭から引き気味に、小太郎は仕方なくと言った調子でポツリと呟いた。 「今日…うちで女子会があってよ…」 「隊長、いつのまに女子になったんですか?」 「違う!おれは参加してない!」 ボケ発言にしっかりとつっこんでから、頭を掻き掻き彼は言い分ける。 「本人に聞いても答えねぇんだからよ。どっかから仕入れる他ねえだろ?」 誰に対してのそれかは分からないが、義希だけでは情報源が足りなかったのだろう。 「つまり徹夜で盗み聞きしてたんですかー?」 「笑うな!こちとら心配してやってやってんだし!」 「ツンデレも度が過ぎると大変ですねー?」 そんな小太郎の性質を理解している銭は、彼の失態を大いに笑った。 そうして一頻り笑い終えた辺りで、赤くした顔を抱える小太郎に向き直り。 「しかし流石は参謀。ビックリです」 笑い涙を払いながら、銭は言った。 「あ?」 当然すっとんきょうに疑問符を吐き出す小太郎に首を傾けて、彼は続けて解説する。 「言ってましたよー?どうせまた勝手にキャパオーバーしてんだろうからって」 内容を咀嚼して理解するまで大口を開けていた小太郎が、理解すると同時に抱えていた頭をそのまま後ろに反らして絶叫した。 「うぐぁ…あんのエスパー野郎…」 「あはは。お節介も程ほどにしてくださいよ?これから忙しくなるんですから」 銭はぐじゃぐじゃと掻き乱した金髪をそのままに、ぜーぜーと項垂れる彼を横目に緑茶を啜る。そして長い一息を入れると、実に楽し気にサムズアップした。 「ぼくもできる限りフォローしますからー。どうぞ頑張って躾て下さいね」 「躾って…」 嫌な予感を隠しきれずに顔をひきつらせた小太郎は、銭が開いたファイルをそっと覗き込む。 そこには細かな資料と共に、やたらと目付きの悪い、先鋭的なファッションの厨二病患者が悪態甚だしい態度で写し出されていた。 「狂犬ですー」 「ふざけんな!誰だこんなん雇った奴!」 「あははー」 「笑ってる場合かぁああぁあ!」 再三の絶叫も激昂も全て笑いに変えられるのは、自分が失敗したせいなのだと分かっていながら。 どうしようもなく叫び続けた小太郎に、数分後にやって来たボスが最後の止めをさした。 cp73 [ホワイトデー]← top→ cp75 [Lunch Time:前編] |