大晦日 その日ばかりは王座の間を訪れる来客も居なかった。 「ふぁー…あったけぇ…」 そう言って炬燵に顔を伏すのは、起きてきたばかりの義希である。 帰省してしまった隊員達の代わりに遅番を勤める彼は、朝方に帰宅しては昼を過ぎた今の今まで爆睡していたと言う訳だ。 現在城下街は、王都在住の近衛隊既婚者組によって守られている。そのうちの一人である小太郎も、日が暮れた後には義希と同じようにこの炬燵に身を落ち着ける事だろう。 何故なら今日は大晦日で、くれあと一実も朝から応接間でのんびりしているのだから。 「ったく…好き勝手魔改造してくれやがって…」 入室するなり義希の気の抜けた顔と直面する羽目になった沢也が、呆れと脱力の中で愚痴を溢す。それを聞き付けた義希は和みと苦笑を混ぜた表情で応えながら、現在地が王座の間であることを認識し直した。 いつもは長テーブルが置かれる丁度中央を陣取るのは、敷き畳に炬燵を乗せた座敷である。ついでにミカンやスナック類などの食料から、ボールペンやプリンターなどの事務用品までが常備されているわけで。 「いいじゃない。今日くらいまったり仕事したって」 書類片手に炬燵の中からむくりと顔を出した有理子が、設置に対する文句に言い返した。義希の帰還と共に起きてきた彼女は、朝から今の今まで炬燵に籠って仕事をしていたのである。しかもジャージにドテラと言う完璧な姿で。 「いくらなんでも気ぃ抜きすぎだろ」 「うっさいわね!あんたは振り袖がどれだけ苦しいかを知らないからそんなことが言えるのよ!」 「そりゃ新年早々同情するが、それとこれとは話が別だ。そんな格好他の職員に見られでもしたら…」 「大臣、今年の変更推移まとめなんとか完成しましたー!」 そこにタイミング良く登場したのは八雲である。彼は分厚い書類を掲げたまま短く停止すると、複雑に瞳を変化させた。 「ほれ見ろ。羨ましさが嫉妬と妬みに変貌…」 「うちの課にもぜひ導入してください!」 「面倒を増やすな!」 「では来年から全課炬燵導入の手続きを…」 「テメエも悪乗りしてんじゃねえ!」 最終的に妬みから希望へと光の色を変化させた八雲に続いて、年末判子押しラッシュで壊れかけた蒼が沢也のツッコミを後押しする。 じゃあまた落ち着いたらー、だの。来年までにはー、だのと諦める様子のない八雲をなあなあに宥め、半分は諦めながらも追い出した沢也は、扉が閉まるのに合わせて盛大な溜め息を落とした。 「いいじゃない。ちゃんと労ってあげなさいよ。役に立ってるんでしょう?八雲さん」 「労う労わないの問題じゃねえだろ」 「彼女作る暇もないくらい働いてくれてるのに…」 「それとこれとは話が別だ」 「まぁ確かに。やくもんは彼女作る気ないからなぁ」 「話がどんどん逸れてるぞ」 炬燵設置案から遠退く議論に舌を打ちながら、沢也は八雲が製作した書類に目を通し始める。 「なんでもいいからほら。二人も入りなさい?折角取り付けたんだから」 立ったままの沢也と、朝からデスクに座りっぱなしの蒼を呼び寄せた有理子は、拒否を拒否する姿勢としてテーブルの二ヶ所にミカンと緑茶を置いた。 「夜になったら椿ちゃんも呼びましょう?沙梨菜も夕方には帰ってくるみたいだし…」 「帰ってこなけりゃいいのに」 「あらあら。いなかったらいなかったで寂しいくせに」 「無駄に煽るな」 仕方なく炬燵に足を詰めた沢也がうんざり口調で言うのを笑いながら、蒼はさらりと話題を変える。 「それで、沢也くん。方々の報告書は纏まりましたか?」 休憩、と言った具合に緑茶に手を伸ばした彼は、視界の端に蔓延る書類の束を遠くに追いやった。 問われた沢也はルビーの中と外の書類を合わせ、確かめてから返答する。 「なんとか」 「では、今年一年を振り返るとしましょうか」 冷えた指先を湯飲みで温める蒼の一言は、その場にいた全員の足から炬燵に根を伸ばさせた。 義希は顎をテーブルに預けたまま。有理子は電卓片手にミカンを積みながら。蒼はお茶を冷ます片手間温まりながら。唯一しっかり仕事脳の沢也は、だれた空気に引き込まれないようにと書類を翻す。 彼の咳払いを皮切りに、残り時間も僅かな今年のおさらいが開始された。 「こうして見ても、特に書類が多いのは藤堂関連だな」 「いろいろやらかして下さいましたから」 ハムスターに似た仕草でにこりと微笑む蒼の背後から妙な圧力を感じつつ。有理子はミカンをむきむき沢也に問うた。 「あの人、結局どうなったの?」 「要点だけ説明すると。あいつに関わった逮捕者全員に事情を説明、聴取をし直した所。特に初期のマジックアイテム事件に関与した数名が、有力な情報を話はじめた事で、藤堂の逃げ道は完全に無くなった」 それにより身内からの援護射撃も虚しく、藤堂は現在リリスの収容所で囚人として生活している。 それでも犯行の動機や黒幕の存在などを明かすことは無く、黙秘を貫いているそうだ。 藤堂や秀を操る存在が居るらしい事については、小次郎率いる本島の上層部も周知の事実となっている。しかしそれが「誰」なのか、までを明かすことはしていない。それは未だに確証となるものがなく、単に結の能力によって得た情報に過ぎないからだ。 恐らくは主要人物だったであろう藤堂を捕まえても埃が出ない事からしても、黒幕の尻尾を掴むのは容易ではない。藤堂はそれを良く心得ているからこそ、後々の事を考えて黙秘しているのだろう。 つまり、黒幕の思惑通りに事が運べば、国の上層部ががらりと変わる…要は国そのものを手に入れる事も、あちらの目標のうちだと言うことだ。 最終的にどうしたいのかは今のところハッキリしないが、少なくとも国を自由にしたいだけでは無いのではないか、と言うのが蒼と沢也の見解である。 「それはつまり、えーっと…」 「片付いたようで全く片付いてないってこと?」 「そうとも言えるが。いくら貴族の出であろうと、優秀な人間ばかりではないからな。貴重な駒を失った事に変わりはないだろう」 「その黒幕とやらの反応は?」 「これくらいで反応を示してくれるほどの馬鹿なら、どんなに楽だろうな…」 「う。そっか…」 だよなぁ、とため息を漏らす義希が何となく状況を把握しただけでも良しとして、沢也は話を先に進めた。 「黒幕はともかく。藤堂が関与した一般人は粗方片付いたと言っていい」 「あなたに反抗していた魔術師さんもですか?」 「元ハンターの?」 「はい。はじめにマジックアイテムを製作していた彼です」 頷く蒼は沢也が息を吐いたのを見て、やっと緑茶に口を付ける。 「あいつも今は大人しく服役中。現在はマオ村の再建に関する土木作業に就いているとか」 「魔術師なんに土木作業?」 「囚人に魔法使わせる訳にはいかねえだろ?終止魔封じされて見張りつきの生活だ」 何時の間にやら二つのミカンをむいた義希が、沢也の解説に納得をしながら一房を頬張った。隣の有理子もミカンを食べているせいで、周辺に甘酸っぱい香りが漂う。 「リリスに集めた就職難の元ハンター達も、数名を除いて順調に事が運んでいる。しかし担当職員の負担が大きく、期間を延長し、全てを就職させて送り出すとなると厳しいかもしれない…と、小次郎からの報告が入っている」 「あっちもあっちで大変そうね…」 想像できるだけ想像して苦笑を浮かべる有理子の正面。座ったまま背後のホチキスに手を伸ばす沢也がさらりと提案した。 「残ったらこっちで面倒見るか」 「そうしたい所ですが…人手と時間が足りますかね?」 「使えるもんを使えばなんとか」 断言しながらも気の進まなそうな苦笑を浮かべる彼を見て、異論を唱えた蒼が朗らかに言う。 「沢也くんも表情豊かになりましたよね。その顔を見れば、あなたがどうするつもりでいるかが手に取るように分かりますよ」 「変わったのは俺の顔面じゃなく、お前の観察眼だろ?」 二人のやり取りを見て、適任者…つまりは沢也の姉である左弥の顔を思い浮かべる有理子の隣では、良く分かっていなさそうな義希が二つ目のミカンを半分に割っていた。 蒼が首を傾けて話を誤魔化すと、沢也はいつものようにため息で不機嫌を払う。 「そいや。リリスの警備副団長は?どうなったん?」 「心配ない。既に模範囚としての実績を叩き出しているそうだ」 「義希くんさまさまですね」 「わぁ。なんだか嬉しいなぁ」 「調子に乗るから誉めすぎないで」 有理子の様子を見て、「また何かあったな」と、口には出さずとも察した沢也が、面倒に巻き込まれないうちに話を切り替えた。 「残されたリリスの警備団については、元近衛隊のメンバー三人が元副団長と和解、帰ってくるまで責任を持って云々とか言ってうまく纏めたらしい」 「そか。うまくいってるみたいでよかった」 「本当に気楽だな。お前は…」 のほほんと言う効果音が最適な笑顔を浮かべる義希に対し、他の三人はそれぞれ微妙な表情で宙を仰ぐ。 「まぁ、ねぇ…」 「確かに。こちらで上手く回らなかったのは、僕達の力が及ばなかったせいですからね」 「そうなんかなぁ?」 「そうでなくてもそうなんだよ」 どこまでも能天気な彼を沢也のため息が黙らせると、有理子が長考から帰ってきて別の疑問を注いだ。 「そう言えば、リリスの方は平気なの?貴族被害」 「あっちは小次郎の手前で門前払いしてるからな。それ専用の人材もいるし」 「黙って払われてくれるの?」 「ごねたらこっちに回すよう言ってあるからな。あっちで失敗した人間は、こっちに回ってくるって寸法だ」 「確かに、本島の方が広くて大変だろうしなぁ…貴族の相手なんかしてらんなそう」 義希が懐かしそうに呟いていると、不意に背後の扉が開いて海羽が顔を出す。 「あのな、おせちなんだけど…」 「はい!伊達巻!沢山!」 「エビと昆布巻き。あと野菜多めに」 「僕は蓮が食べたいです」 「イクラとカズノコ!あとは日本酒があれば何でもおっけー!」 言い終わる前に答えを得た彼女は、それぞれの希望を頭の中の重箱に詰めた。 「お雑煮も食べるよな?」 「勿論!お餅いっぱい用意しといてな!」 「出来ればすまし汁で!」 「三つ葉があると嬉しいです」 「あと来客用の小鉢、余分に作っといてくれ」 「うん、分かったよ」 続く要望にも軽く頷いて、海羽は早々に厨房へと戻っていく。 会話の通り、彼女は現在メイドさん共々、明日に向けての仕込みの最中なのである。いつものメンバーだけならともかく、城に勤める職員やら来客やらの分も準備しているのだから、本当に大変だ。 「明日から来客ラッシュだっけ?」 「来客だけで済めばいいがな」 「明けるまでは年末調整で忙殺されてくれてますけど」 「明けちまえば手が空くからな…あっちは」 蒼と沢也のぼやきを受けて、隣の有理子の手元を覗き込んだ義希は、年始からスケジュールがみっちり詰め込まれた手帳を見て身震いする。ついでに思い出した事を勢いのまま口に出した。 「そういや、蒼の補佐ってさぁ…」 「まだ決まってないのよね…」 「どっちかっつーと、お前の代わりのが早く見付かりそうな気さえしてる」 沢也が有理子に向けて言うのを聞きつけて、また義希の質問が繰り出される。 「そんなに難しいもん?」 「給事スキルはともかく。連日貴族相手に仕事をして、精神状態を正常に保っていられる人間なんてそうそういやしねえんだよ」 「つまり有理子は凄いって事だなぁ」 「頭痛薬さえありゃなんとかなるからな」 「それは誉めてるの?貶してるの?」 「まあまあ、有理子」 宥める義希に口を尖らせて、彼女はふいっとそっぽを向いた。 「ま、メイドさん達にムリさせたくもないし…前みたいにわたしが蒼くんの補佐の片手間、財務業務を手伝うのが最善かしら?」 「下も順調に育って来てるんだろ?」 有理子は茶々を仕舞って問う沢也に、唸りながらも答えを返す。 「計算が苦手で移動した方がいいかもって言ってる子も居たりするから、近いうちに希望聞いてあげてくれない?」 「お前が聞いて報告上げろよ。お前が常駐しないなら、民衆課の人間とシフトしてもいいし」 ここへきてやっと緑茶を手にした沢也は、冷めきったそれを一口だけ飲んだ。その間も唸り続けていた有理子が訝しげな顔を上げる。 「それって民衆課の子達は文句言わないの?」 「畑違いでスキルアップしてえ奴が何人か。加えて他の課と繋がりができるのは大歓迎だし、役に立てるのなら喜んで…だそうだ」 「最早仏の集まりね…」 「民衆課…恐ろしい子…」 有理子が呆然とし、義希までもが口を開けて感嘆を漏らす傍ら、判子と格闘していた蒼がにこにこと肩を竦めた。 「何人か引き抜いて沢也くん直属の部下にしませんか?」 「そうだな…それも視野に入れ始めるか…」 「あら。前向きな発言」 「もうすぐ三年経つんだぞ?それくらい育っててくれんと困る」 「いつになく厳しいお言葉ですね…」 ずっとワンマンでやってきた大臣だの参謀だのと呼ばれる男の表情が、二人の茶々を受けて妖しい微笑に変わる。 「いつかお前が判押しと接待だけに集中できる体制を作ってやるよ」 「有り難いですが…それはそれで物足りなくなりそうです」 本当にそんなことを考えているのかは分からないが、頼もしい発言に蒼の苦笑が漏れた。 そこに再び舞い戻った海羽が、おいしい匂いを連れてくる。 「あの…食べてるうちに味が分からなくなってきちゃって…」 「味見?喜んで!」 小鉢に盛られた幾つかの皿をお盆ごと受け取って、義希が早速箸を付ける。一口食べるごとにサムズアップをする彼にほっとしたように、海羽は続く質問を口にした。 「あと、年越しそばなんだけどな…かき揚げでいいかな?」 「何でも」 「一番楽なのでいいですよ?」 「わたしもその頃には手伝えるから」 「うん、ありがとう」 煮豆を食べた有理子と蒼がいい笑顔をする中、物足りなさそうな義希が拗ねて口を尖らせる。 「いいなぁ…年越しそばー」 「食べてる傍から…ってかあんたはボスの差し入れ貰えるでしょう?」 「え?そうなん!」 「そっか。義希、今年が初めてなんだよな」 海羽が去年の小太郎を思い出して呟くと、沢也が意地悪そうな笑顔を見せた。 「この流れもお決まりになってきたな」 「そんなし馴染んでる?オレ」 「居なかったの忘れるくらいには」 「喜んでいいのか分かんなくなった…」 有理子の一言で項垂れた義希が机に伏し、感想を聞き終えた海羽が退出した事で、話の流れが元に戻る。 「自然破壊関連はどうですか?」 「諜報部を数名残して観察を続けてるが、今のところ後続の被害はでていない」 「となると、年明けから修繕作業に入れそうですかね?」 「それは大地(だいち)の見解を聞いてから」 沢也の言う大地とは左弥の夫の事で、様々な職業を渡り歩いてきた結果か自然観察に特化しており、自然破壊による影響を予測して沢也に忠告した張本人である。 下手な専門家を雇うよりも適切なアドバイスをくれるため、最終判断するに当たっては彼の意見が欲しいところだ。 「まあ、どちらにせよ被害はそれなりに大きい。翡翠の言う通り、元に戻るまでにはかなりの年月を要するだろう。俺等に出来るのは、それを補佐する作業だけ」 切り崩された木々を根元から掘り返し、地面を均し。苗木を植えてある程度育つまで管理しても。そこから先は自然の力に任せるしかない。 「橡さんは最後まで妖精の力でなんとかなると騒いでいましたが…」 「半分は正解だが、妖精の力だって万能な訳じゃない。そもそも人間のせいでこうなったもんを、妖精任せに治そうとすんのは間違ってるだろ?こっちとしても連れ出すにはリスク高過ぎるし」 「正論過ぎて返す言葉もないのですが…これでよくあそこまで粘れましたよね…」 「それくらい嫌だったんだろ。小山内(おさない)家に吸収されんのが」 予測されていた通り、雛乃の婚約者に拾われる形になった橡は、最後まで恨み辛みを言いながら負債の全額を支払った。よって、現在は貴族としてギリギリ生きてはいけるが、殆ど権限のない状態にある。 「結局雛乃さんの家の下に付くことになったんですか?」 「いいや。そこは上手くやったらしい。逆に言えば雛乃ん家の当主が無能すぎ」 元々の部下より財産がなくなりながらも、それよりは上の立ち位置を守る辺り、沢也の見解通りなのか、橡がそれなりに優秀なのか。 測りかねた蒼が笑顔を強めると、別の所でも笑みが強まった。 「あいつもお前に高飛車な手紙送ってる暇があったら、小山内に媚び売っときゃ良かったのにな?」 「沢也くん。笑顔が怖いです」 雛乃から送られてきたクリスマスパーティーの誘いを断った事により、巻き起こった抗議を受けたのは沢也である。 申し訳なさそうに眉を下げる蒼に肩を竦め、眼鏡を押し上げた彼に有理子が思い付いたままを問い掛けた。 「もう一人の…来栖さん、だっけ?は、どうなったの?一度来たきり連絡もないみたいだけど…」 「逃亡した」 簡潔な返答により短い間ができる。そこにすっとんきょうな声を落としたのは有理子だ。 「は?逃亡って…」 「庶民の生活には付いていけません、だと」 「ちょ…それ、どう…」 「全域に指名手配して確保。現在リリスで説教中」 「怒りを通り越して呆れてる感じです」 先程は笑顔だった沢也が真顔で答えるのを見て、蒼が分かりやすい補足を入れる。 有理子も同じく呆れた事で、何度かため息が連鎖した。 数分の沈黙の後。廊下が騒がしくなった事で、揃って時計を確認する。メイドさん達が早めの帰宅を始めたのだと理解して、有理子はふと大扉を振り向いた。 「流石に今日は来なかったわね?」 平和に過ぎた昼下がりに安堵しながら、彼女は電卓に視線を落とす。 「まだ分かんねえぞ?夜中に一緒に年を越しましょう、とか言って押し掛けてくるかも」 「それならそれで、不法侵入万々歳なんですけどね」 「そうなったらそうなったで面倒だろ?」 にこやかに黒さを飛ばす蒼と、ぼかした沢也のツッコミが有理子の瞳に影を呼ぶ。 「年越しくらいゆっくりさせてあげたいわ…てかあの家、それで大丈夫なの?」 年末にまで遊び呆けていられるのか…と驚愕する彼女に対し、沢也と蒼が無感情に呟いた。 「無能のあいつが居たところで邪魔になるだけだからな」 「余計なことをするならこちらで、ってところでしょうか?」 「じゃあ今日はともかく。明日からは必ず来るってこと…?」 「だろうな」 「でしょうね」 ため息に似た肯定を愕然と聞き終えた有理子は、頭を抱える勢いで隣に話を振る。 「うー…じゃあせめて、今日は来るのよね?」 問われた本人はポテチに捧げていた意識を、数秒かけて会話に戻した。 「ん?」 「ん?じゃなくて。倫祐よ!倫祐」 「う?ああ。いや、あいつもオレと一緒に遅番…」 半端に言葉が途切れたのは、有理子の顔色がすっと変わったからである。 「怒るな、オチツケ!有理子、ぐるじい…」 ついでに胸ぐらを掴まれた事で、休息状態から遠退いた彼を蒼の宥めが救った。よって有理子の怒りの矛先は別の所へと向かった。 「あいつもあいつだわ!出勤前に顔を出すとかしなさいよ!」 「来たぞ。朝方」 「は?」 「報告書持って」 沢也の言う朝方が自分が起きてくる前だと気付いた有理子は、頬を膨らませて食いかかる。 「そうじゃなくて!」 「年越しは何が起こるか分かりませんからね」 「それはそうなんだけど…じゃあ次は何時会えるのよ」 「本島でも強化剤が出回り始めたらしいからな。年が明けたら様子見でまた暫く出張だ」 淡々とした報告は彼女を怒りごと硬直させた。有理子は頭が追い付くのを待って短く問い詰める。 「倫祐が?」 「ああ」 「ふざけんな」 「そりゃ秀に言え」 渾身の一撃を流されて、でも確かにその通りだと納得してしまった彼女は、苛立ちを体内に留める…つもりが上手くいかず。 「やってらんないわ」 わなわなと震えながらすっと立ち上がり、拳を作って大扉を振り向いた。 「おい」 「連れてくる」 「なら後で海羽連れて会いに行けよ。今は流石にまずい」 「どうして?」 「ボスに招集されて仕込み手伝わされてる筈だ」 押し黙った有理子がすごすごと腰を落ち着けると、そこにいつもの靴音が響いてくる。 まさかと思うもそれしか思い当たらずに、叫びたい言葉をそのまま飲み込んだメンバーは、扉が開く前にため息で立て直した。 「さあ海羽さん!私と共に年を越しましょう!」 予想通り過ぎる展開に思わず苦笑を浮かべながら、招かれざる客を受け入れる。 乗り込んできた彼は海羽の姿が無いのを確認すると、直ぐ様長々続きそうな抗議を始めた。 それが納まったのが十秒後のこと。 厨房の火を落とすだけ落として出てきた海羽が、秀の目に映るなり。今度は熱烈な今後のプラントークが開始され、その場にいた全員の顰蹙を買ったのだが本人には気付かれるわけもなく。 仕方なく秀に付いていく事にした海羽は、例の如く派手な衣装を着せられて、超高級とか言う本島の料亭に出向いて行った。 そうこうする間にも、ボスと倫祐に半端になっているおせちの仕込みを依頼したり、元々居座る気でいた秀が義希と入れ違いにやってきた小太郎とくれあを追い出しかけたり、海羽を心配した有理子がハルカに裏の世界からの監視を頼んだりと、残された面子はてんやわんや。 特に有理子とハルカのぶーたれ具合が酷く、その目は今にも物理的に突き刺さりそうな光を放っていたとかいないとか。 とにもかくにも散々な大晦日を過ごした面々は、海羽が用意していってくれた年越しそばを完食し、年明け前になんとか仕事も納めては泥のようなため息を吐く。 願わくば。 来年こそは平和に年を越せますようにと。 一同心の中でリベンジを誓う年の瀬であった。 cp59 [雪のような]← top→ cp61 [新年] |