残響 十一月の始めにしては暖かく感じる陽気の中。 広場の隅に怪我をした三人を集め終えた定一の欠伸が炸裂する。 「こうもバタバタ倒れられちゃ、人手が足りなくて困っちゃうよ」 その場に倒れる彼等だけでなく、近場の民間に任せた何名かも倒れっぱなしの現状、そうのんびりして居られないのは確かな事実なのだが。 「とか言いつつ、見物する気満々じゃねえか…」 「だって気になるだろう?魔法で治すだなんて…」 圓の顔を覗き込んでは診察する海羽を見て、定一はまた欠伸を漏らした。その様子に小太郎の溜め息が落ちた所で、海羽がふうっと顔を上げる。 「大丈夫。ちょっと休めばすぐに良くなるよ」 触れる所かただ見ただけで分かるものかと首を傾げる定一を他所に、小太郎は別の意味での疑問を呟いた。 「でもよ、人間体力吸いとられたら死ぬんじゃなかったか?」 「体力っていうか…うーん…定義は難しいんだけど…気力と体力は違うからな」 海羽は説明しながら両手を広げ、圓の下に魔法陣を製作する。木陰の下に敷かれた芝生が光で白む様を眩しそうに見据える二人に、彼女は追加で解説した。 「体力そのものを吸い取ることは、魔術でもできないよ。高度な魔法と高度な科学が加わって初めてできるようになるんじゃないかな?」 魔法陣を維持しながら、いまいち納得していなさそうな二人を見上げた海羽は、唸った後に無理矢理言葉を絞り出す。 「気力って言うのはね、体力が生きるための力だとしたら…動くための力とでも言ったらいいかな…」 「やる気みてえなもんか?」 「そうだな。小さくするとそんな感じ」 小太郎の相槌に海羽が頷くと、定一から気抜けた欠伸が溢れた。 「じゃあ、いっさんは例え吸われてもすぐ回復したんじゃね?」 「そう言うと思ったよ」 小太郎から注がれた流し目を否定することなく流した定一は、傍らの二人を交互に指し示す。 「して、そちらの重傷くん達は?」 圓を運ぶ間、先に手当てされていた義希と諸澄を横目に、海羽はまた一つ頷いた。 「すぐに動くのは無理かな。特に義希は、暫く安静かも」 「まじか」 「まあ…仕方ないよねぇ…」 「命に別状がなくて良かったです」 最後の声はそれぞれに呟いた定一と小太郎の足元から聞こえる。つられて首を回した三人は、のそっと起き上がる圓のぼんやり顔を捕らえた。 「圓くん。大丈夫かい?」 「はい、少し目がぼやけますけど」 「それは眼鏡をしていないからじゃないかな」 「え?あ…えーと…」 定一の心配と指摘にそれぞれ反応する圓の顔に、すっと眼鏡がかけられる。それはいつの間にか彼の隣にしゃがみこんでいた、金髪ふわふわな女性の所業であった。 「落ちてたの見付けたって言ったら、届けといてくれって」 心配そうに言い訳る彼女の前では、圓があからさまに顔を赤くしている。和ましい様子に存分に和んだ定一と小太郎は、邪魔をすまいと一歩後退した。 「人手不足様様だね」 「んじゃ、圓よ。そのアホども頼んだわ」 「まだまだやることは山積みだからねぇ。隙を見て迎えにくるから、暫くそこで休憩してなさい」 二人に合わせて海羽も腰を上げると、圓は慌てて礼を述べる。 「あの、ありがとうございました」 「あ、はい。えと…次は何処に…」 わたわたと返答しながら指示を仰いだ海羽の声は、小さな着信音に遮られた。 「ああ…」 「ストーカーさんかい?」 「す、ストーカー…?!」 定一と圓の言葉に苦笑しながら頷いて、海羽はぷつりと音を切る。 「君も大変だねぇ…」 「すみません。取り敢えず戻ります。もし他に重傷者が居たら…」 「わーってる。連絡すっから早く行け。機嫌損ねるとまた面倒だろ?」 温く笑う定一に断る海羽を小太郎が急かした。彼女は躓きそうになりながらなんとか水晶に座る。 「陛下に宜しくねー」 「ドジって落ちるなよー!」 見送りの言葉に危なっかしく手を振り、出発した海羽を待ちわびる人物は現在どうしているかと言うと。 応接室の一角で右往左往、苛立ちを隠せずにうろうろしている最中である。 ノックと共に有理子が部屋に入ると、一瞬だけ明るく変化した顔は溶けるように不機嫌に戻された。しかし彼女が連れてきた人物の顔を見るなり不気味な程素早く愛想笑いを浮かべる。 「これはこれは藤堂さん…会議は終了されたのですか?」 「ええ。まあ。そちらはどうされたんですか?他に会議でもありましたか?」 開いた扉をそのままに、秀に歩み寄った藤堂もまた、同じような愛想笑いで答えた。 有理子はそっと扉を閉めて二人のやり取りを見守る。 まず背筋を伸ばしに伸ばして海老ぞりでもし兼ねない秀が、先の藤堂の問い掛けに返答した。 「いえ。私はこちらの招待にあずかりまして、婚約者と過ごしていたのですが…」 「婚約者?それは初耳ですね」 「おやおや。藤堂さんは新聞もお読みにならないのですか?」 「新聞…?ああ、あのゴシップ紙の記事の事ですか?あんなものを信じると思われているなんて…嘆かわしい…」 「新聞は新聞でしょう。普段は嘘でもそればかりは真実です」 笑顔のまま皮肉り合う二人の構造は、さながら昔の沢也とくれあのそれに等しく。そこから推測して要約すれば、二人が貴族の中で「同じような立ち位置」に居るであろう事が窺えた。 有理子は聞いているだけで気分の悪くなる自慢合戦が始まった事に頭を抱えかけたが、ぐっと我慢して営業スマイルを維持する。 そこに飛んできたメールが彼女の携帯を振動させた。有理子は白熱する不毛な戦いを横目にそれを開き、目だけを動かして心の中で読み上げる。 「もう暫く待て」とだけ記されているのは、彼女に此処に藤堂を運ぶよう命じた沢也からのものだ。 彼の言う暫くはいかほどのものだろうかと。頭の中で記憶をほじくりかえしながら状況の改善を待つ有理子の口から、小さな小さなな溜め息が溢れた。 会議を終えた藤堂を有理子に押し付けてまで、沢也は何をしているのかと言うと。 場所は薄暗い牢の中。 丁度蒼が運んできた犯人の手当てを終え、帰還した海羽を呼び寄せた所であった。 「意識が戻るくらいで良い。なんとかならないか?」 「やってみるよ」 未だ気絶したままの犯人を前に、海羽は沢也に首肯する。 先程の圓と同じく、魔法陣の光を浴びた彼は数分後に意識を取り戻した。 「…なんで生きてるんだ?」 「覚えてないのか?」 目を開けて、状況を認識した彼の開口一番に沢也が問い掛ける。男はぼんやりと振り向いて虚ろに答えた。 「なんとなく…覚えている。死んだものと思っていたんだ」 再び天井を見上げ、記憶を辿るように朦朧とすること十数秒。ハッとした風でもなく、彼は呟く。 「そうか。あいつが…」 蔦に取り込まれながら見た光景を脳裏に映し出した男は、微かではあるものの確かに笑みを浮かべた。 「あいつが、助けてくれたんだな?」 「そう聞いている」 「どうなった?生きているのか?」 「大丈夫だ。命に別状はない」 「…そうか」 沢也の返答に安心し、溜め息で意識を切り替える。その様子から悪意のようなものは感じられず、寧ろ何処かスッキリとしたようにすら見えた。 「あんた、大臣だったな?」 「一応そうだ」 「俺に用事があるとすれば、一つだよな?」 「今のところは」 受け答えは簡潔に続き、直ぐに途切れる。傍らで見守る海羽と蒼を横目に捕らえ、男は懐に手を入れた。 出てきたのは一枚の写真。そして、名刺だ。 「こいつが作ったもんらしい。俺に分かるのはそこまでだ」 「何処でこれを?」 「不審者情報を頼りに捜査していた。会ってみれば製作者本人が直接売り歩いてたんで、購入ついでに名刺を貰ったんだ。何でも人が足りなくなったんだとかなんとかって」 沢也は説明に頷いて直ぐに、制作していたメールを飛ばす。その無音に被せるようにして、男は自らを嘲笑った。 「人間、余裕がなくなると駄目だな。目先の利益に目がくらみ、その先が見えなくなる」 「分かっているならそれでいい。とにかく今は休むことだ」 安堵に任せて息を吐き、沢也は部屋を後にする。残された三人はそれぞれに彼を見送って、それぞれに次の行動に移った。 「特別待遇は出来ませんが、何かありましたら仰って下さい」 最後に念入りに診察を終えた海羽を連れ、蒼も退室の体勢を取る。男は起き上がりがてら頷いて二人を見据えた。 「こちらも何かありましたら伺いますので、その際はよろしくお願いします」 「…もしも叶うなら、あの隊員との面会を頼めないか?」 控え目な発言を聞いた蒼は海羽に判断を仰ぐ。 「えと、目を覚ましたら聞いてみます」 「そうか…分かった。悪いが宜しく頼むよ」 彼女の言葉で義希の容態を悟ったのだろう。俯き気味の男を看守に任せ、二人は沢也の後を追いかけた。 一方その頃城下町では。 「すみませんっした」 煙草屋のカウンターの更に奥、倉庫と呼ぶには広い部屋の隅にある寛ぎスペースで、腕の手当てを終えた帯斗が外から戻った千世に頭を下げていた。 「いつもお世話になっているんだもの。構わないわよ」 「…どうしてですか?」 直角だった腰を元に戻しながら、帯斗は伏せ目がちに問い掛ける。 「どうしてあんなところまで…」 「この仕事をしているとね?」 言葉を遮って近場の椅子を引いた彼女は、帯斗にも着席を促し自らも席に着いた。着きながら続いた声はとても穏やかで静かに響く。 「色んな事が見えるのよ。お客さんのことだけじゃない。この前を通り過ぎたものの中から、ほんの一握りだけど。見付けられる事もある」 背後にあるカウンターから帯斗に向き直り、千世は世間話のように言葉を投げた。 「あなたは悩んでいるのでしょう?」 ピクリと帯斗の肩が揺れる。それを同意と受け取って、千世は意味のない弁解をした。 「私が声をかけたあの日、あなたは珍しく俯いていたから」 彼女にとっては話の繋ぎでも、帯斗にとっては気持ちを揺らがせるその台詞を最後に、暫しの沈黙が訪れる。 耳に届く喧騒は先より落ち着いて聞こえたが、日常に比べればまだ慌ただしい。 カウンターから見た解決の瞬間から既に30分以上経過しているが、帯斗の他に寝かせてある二人の隊員は、まだ気を失ったままだ。 千世は周囲の確認を耳だけで終わらせて、俯いたままの帯斗の頭に声をかける。 「言いたくなければ言わなくてもいいのだけど」 「いえ…心配かけたままにしておくのも心許ないっす…」 慌てて手を振り赤面を落ち着かせた帯斗は、取り繕った表情を無意識に曇らせた。 「俺、間違ってるんすかね…?」 歪んだ瞳に涙が滲む。けっして泣いている訳ではなかったが、酷く苦しそうな口調も手伝って、彼の心情を表していた。 「どうしてみんなは隊長を放置したんでしょうか?…どうして俺だけが隊長の考えを理解できなかったのか…」 「分からないのね?」 途切れた言葉の続きを千世が代弁する。帯斗は躊躇いながらもなんとか頷いて、そのまま俯いてしまった。 千世は一息を天井に上げ、カウンターに向けて持論を放つ。 「あの隊長さんは一見して無鉄砲に見えるけど、ただそれだけであんなことができるほど、何も考えていないようには見えない」 「…千世さんは、隊長を知ってるんすか?」 「時々来るのよ。お友達の煙草を買いに。カートン大量購入してくれる上客よ?」 そうなんすか、と。曖昧に微笑んで納得を口にした帯斗を、千世の瞳が真っ正面から見据えた。 「彼はあなた達を信頼しているのよ」 彼女の言葉は帯斗の瞳を見開かせる。千世はそれを凝視することなく、顔を横へと反らした。 「だから安心して後を任せた。事件の事も、自分の事も」 「…俺は…それに答えられなかったんすね…」 「そうではないわ」 再び俯いて呟いたものの、否定された事に驚いて顔を持ち上げた彼を待っていたのは、千世の穏やかな笑顔と。 「あなたは優しいのね」 「…いえ」 「違うの?」 「違うっす」 問い掛けるような優しい声を受け入れずに首を振り、帯斗は自身の顔を覆った。 「やっぱり分かんないんすよ…こんな状況なのに、俺はまだ想像できてないんす…」 絶叫にも似た声は、懺悔のように部屋を満たす。 「みんなが死んじゃうかもしれないって、そうなった時の事が、ちっとも考えられないんす」 「良いことじゃねえか」 帯斗の声に応えたのは、カウンターの向こうの諸澄だった。 「ズミ…!おま…怪我…」 「これくらい、いつものことだ」 松葉杖を付きながら、千世に促されて入室してきた彼は、やはり勧められた椅子に座って息を吐く。続いて顔を出した定一が、戸惑う帯斗に長文を注いだ。 「一つ疑問なんだけど。君は隊長が死んでしまうかもしれないと思ったから、ああして駄々をこねていたんじゃあなかったのかい?」 「そうっす」 「意味わかんねえ。なら、想像出来てるって事じゃんか」 呆れてゆるく頭を掻く諸澄に、帯斗は不服そうな眼差しを注ぐ。 「死ぬのは悪いことなんすよね?だから俺は、そうならないようにしようとしただけっす」 「…悪いこと?」 「確かに、何か変な言い回しだね」 定一は諸澄の疑問符に同意して千世を振り向いた。カウンターに座る彼女はまるで聞いていないかのようにじっと通りを見据えている。 「ズミだって、俺が死ぬと思ったから助けたんだろう?それならなんで義希さんは…」 「確かになぁ…今回のは無茶だと思った」 「苦肉の策だったよね」 帯斗の疑問を遮った諸澄に、定一が続いた。帯斗は目を瞬かせて二人を見上げる。 「けど、普段はそれなりに慎重な人だろ?まあ馬鹿だけど」 「そうだねぇ。お馬鹿だけど」 揃って吐き出された悪口に千世がふふっと吹き出すと、帯斗の意識が僅かに逸れた。 「お前はいつも無茶するくせに、今回は完全に停止してたろ?頭も体も」 見計らって問い詰めた諸澄に、帯斗は返す言葉もなく。 「助けなかったらお前がこうなってたわけだ」 見下ろした先に見えたのは、諸澄が示した包帯だらけの彼の足だった。 「帯斗くん」 苦しげに顔を歪めた彼を定一が呼ぶ。無理矢理顔を上げた帯斗に、定一は問うた。 「どんな気持ちだい?」 「…凄く、辛いっす」 「自分のせいで人が怪我をしたから?」 掠れた声の直ぐ後に響いたのは、棒読みの指摘。 「今回は怪我で済んだからその程度の痛みだけど」 身を縮めた帯斗の胸を指差して、定一は更に言葉を繋ぐ。 「もし諸澄くんが死んでたら、そんなものじゃ済まなかったよ?」 いつもと同じ彼の声が、帯斗の拳を固く握り締めさせた。 「義希くんはね、それを承知の上でああして体を張ったんだ。僕らはそれを分かってるから指示に従った」 震える彼の頭に手を乗せた定一は、一息置いてその顔を覗き込む。 「違いが分かるかな?」 「…俺が、分かってないからっすね」 ははは、と。乾いた笑いを無理に溢した帯斗と目線を合わせ、定一は言った。 「僕らは何も君を信頼していない訳じゃない」 「…心配くらいさせろよな。同僚なんだぜ?俺ら」 くだらないとでも言いたげな諸澄を、思わず見上げた帯斗は薄く微笑み口にする。 「ズミに言われたくない」 「ひっで…」 「嘘だ。ごめん…」 軽口を直ぐに引っ込めて、また俯いて。帯斗は呟く。 「ごめんな、ズミ…」 溢れそうになる感情を圧し殺しながら。 それを聞いた諸澄が、全くどちらが痛ましいのかと頭を掻いて帯斗の肩を叩いた所に、小さな千世の声が落ちた。 「雫…」 カウンターの正面に立った彼女を呼ぶ声は、いつも冷静な彼女の感情を滲ませる。 帯斗とは種類こそ違えど深刻な雰囲気を盗み見て、定一は寝たままの同僚を肩に担いだ。 「ほら、そろそろおいとましよう」 促しを受けた二人が協力してもう一人の隊員を担ぐ。 「悪かったね。邪魔して」 「またいらしてください」 「ありがとう」 最後に振り向いた定一に手を振った千世は、その間に誰もいなくなった煙草屋へ滑り込んだ雫に溜め息を浴びせた。 「それで、あなたは何かしら?」 「分かってる癖に」 「そうね」 言いながら扉を閉めて、いつものようにカウンターに座り、千世は通りに向けて言葉を放つ。 「だけど雫。あなたには忘れている事がある、そうでしょう?」 「忘れてなんかいない」 雫が今日を楽しみにしていた事は知っていた。だからこそこうして不機嫌になった「理由」もその目で見た。 それでも千世が雫に同意することはなく。 「それなら、我慢しないとね」 「我慢…?いつでも、どんな理由があっても、私が我慢、しなきゃいけないの?」 「それなら、他の人に我慢させるの?」 今日、どんなことが起きていたのか。町に降りてきたのなら分かるだろう。分かっているけれど、気持ちが押さえられないのだ。 雫の表情からそれを感じ取り、千世は呟く。 「あなたが好きになったのは、そこらの店主や職人ではないの」 それでも融通がきかないこともあるのに。そう頭で続けながらも口には出さず、彼女は結論を言った。 「彼は王様なのよ」 ハッキリとした口調に、態度に、震えを抑えた雫が勢いよく立ち上がる。 「だから、なんなのよ?職業なんて関係ない…あの人はあの人だよ!」 言ってしまえば雫が激昂することを分かりきっていた千世は、騒音と共に退出する雫の背中を黙って見送った。 「あの人はあの人かもしれない。だけど、だからこそ、目を逸らしてはいけないのに…」 一人きりになったカウンターで、目の前に流れる人混みに独り言を紛れ込ませる。 「あの人は、王様であることを選んだ人なのだから」 千世の小さな声は誰に届く事もなく、虚しさを纏って地に落ちた。 いつしか日は落ちて、空が橙から群青に染まり始めた頃。 元から青みの強い王座の間に灯りが点る。先方のスケジュールと意向を聞いて、長テーブルを囲んで居るのは現在5人。 部屋の主である蒼と、急遽補佐として給事に徹する有理子と、毎日そこに入り浸っている秀と、その見張り役とも言える海羽と。 「いい加減帰してはくれませんかね」 最後に、今日は他に予定を入れていないと言うことで、引き留めに引き留めた藤堂である。 いい加減蒼の算段には気付いているであろう彼が、頃合いを見てそう言った所に、ずっと外に出ていた沢也が戻ってきた。 「ご心配なく。ご到着だ」 彼が引き連れて来たのは、小次郎の部下達が総出で捜索、逮捕した例の写真の人物だ。 暴れるでもなく、しかし瞳に闘志を宿らせたその男の矛先はしっかりと藤堂を向いている。 沢也は固まる空気に溜め息を紛れ込ませると、真顔で藤堂を問い詰めた。 「面識がないとは言わせませんよ?」 「知らないな」 「自分だけ逃れようってのか?!」 二人の単調な応答に割って入ったのは、両手を手錠で拘束された彼である。熱が籠った台詞からしても、男が全てを話したことは明らかであるにも関わらず、藤堂は涼しい顔で彼を見据えた。 「そうはいくか…散々こきつかってくれやがって…!絶対安全だっていうから手を貸したのに!」 「この人は何です?やかましい」 「あくまでもしらを切る気か」 暴れる男の肩を叩き、沢也は独り言と共に呆れ顔の藤堂に歩み寄る。 「これが何だか分かりますか?」 中途半端な位置で立ち止まった彼が、顔の高さに掲げたのは小指大のUSB端子だ。訝しげな顔で沢也の持つそれを眺めていた藤堂は、背後の有理子が持ってきたノートパソコンを見て表情を曇らせる。 「優秀な魔術師雇ってくれて、感謝しますよ。藤堂さん」 沢也が微笑むと同時、接続した端子の中身がパソコンのディスプレイに表示された。 撮影された動画は鮮明に、藤堂と男を映し出している。 「動かぬ証拠ですね」 それを見て一番始めに口を開いたのは秀だった。嘲笑うようなそれにより、藤堂の冷静さが失われていく。 「私に良く似た誰かでしょう」 「声紋照合でもしましょうか?」 「自ら掛け合わねばならぬほど、コマが減っていたと言うことですか。自業自得ですね。更に往生際が悪いとくれば立派な悪役だ」 沢也に続いて責め立てるような茶々を追加した秀は、トドメと言わんばかりに盛大な高笑いをした。 「悪役だ…?それはあなたにこそお似合いでしょう」 「私の何処が悪役ですか。余り口が過ぎるともっと痛い目を見ますよ?」 言い合いはそこで終わり、王座の間は静まり返る。 してやったり顔の秀の隣では海羽が、真顔の沢也の隣では有理子がそれぞれ緊張の面持ちで話の行く末を見守っていた。 一人王座の間の直ぐ側で、通常通りの笑みを浮かべる蒼の正面では、沢也に手を引かれた男もうっすらと微笑んでいる。 沈黙を保っていた藤堂は、回る思考をまとめ上げたのか、俯かせていた顔を重たそうに持ち上げた。闇に染まった空と同じ顔色が、彼の焦りや憤りを感じさせる。 「それで?私をどうしようと言うのでしょう。そんなもの提示したところでどうにもなりませんよ?証拠などこの手で…!」 捲し立てた藤堂の腕が沢也に向けて伸びた。狙いは勿論データだろう。 それを見て焦りを帯びた秀と男を他所に、沢也は軽々と藤堂の腕を取った。そして。 「この手で…どうするつもりですか?」 パソコンを片手に持ったまま、相手の腕を捻り上げる。一瞬の宙返りを経て床に倒れた藤堂は、痛みで物も言えないようだ。 有理子は沢也の手からパソコンを拐い、歩み寄る蒼に手渡す。蒼は起動したままのそれをルビーの中に収納した。 「取られて破壊された所で構わないんだがな。コピーだし」 「それなら離したまえ…!」 「どうぞご心配なく。藤堂さんにはこれから取り調べに付き合って頂くことになりますから。貴方への待遇を決めるのは、それが終わってからです」 身を捩る藤堂の腕に、蒼が問答無用で手錠をかける。やれやれと秀が息を吐くと、黙ったままだった男がくくくと笑い始めた。 「ざまあみろ!クソ貴族…!」 「笑ってる場合か。お前もこれから取り調べだ」 沢也の脳天チョップで男が黙った所に、タイミング良くボスが顔を出す。 「こんなことをして、ただで済むと思わない方が…」 「ご安心を。本日会議に同席した貴族の方々に根回しをお願いしてありますから」 「心置き無く調べて貰えるな」 ボスに連れられていく藤堂に対する蒼の応答を、笑う秀の一言が追いかけた。 硬直した藤堂は彼を振り向き鋭い視線を注ぎ続ける。 「余計なことは言わない方が身の為じゃあないですかねぇ?藤堂容疑者」 恭しい礼は皮肉満点に藤堂に返された。火に油を注ぐ言葉に耐えた藤堂は、歯軋りをしながら部屋を後にする。 「いい気味です。そう思いませんか?海羽さん」 秀の放つ柔らかな笑いが静かになった王座の間に響いた。 響いて、その場に残りはしたが。それに対する答えが返ってくることはない。 「さあ、あんな男の相手をしてお疲れでしょう?お茶にしましょう」 それでも秀は満足そうに背筋を伸ばすと、俯く海羽の腕を引き、無理矢理椅子に座らせた。 cp49 [file7” 暴走”]← top→ cp51 [子守唄] |