xxの秋


 
 
 長袖の欠かせない季候が続く秋の夜。
「鍛練の秋ですかー?」
 間延びした声が明かりの灯る城の道場に響く。
 声の主、銭の居る入り口を振り向いたのは、いつもは城門に佇む正宗と茂達だ。
「珍しいですね」
「野暮用がてら。この時間なら居るかなぁーと思いまして」
 槍に似た棒を縦に直して問う茂達に歩み寄りながら、銭はのんびりと言葉を返す。
「野暮用?」
「お呼び出しです」
「参謀か」
「ご名答ー」
「して、目当ては茂達の情報力と見た」
 正宗のズバリに肩を竦めた彼は、頷きながら二人の側に座り込んだ。
「とは言え、勿論全部は見せて貰えなかったんでしょう?情報交換しましょうよ」
 話が早いと言わんばかりに切り出した銭に、顔を見合わせた正宗と茂達が倣う。因みに三人が口にしなかったその情報とは、ズバリ個人面談の際に見せられた資料のことに他ならない。
 沢也が「持ち出し厳禁」として本人の情報のみ開示している資料の正体は、本隊長及び参謀本人が記した「評価」そのものであった。
 元は処置に納得がいかない隊員への説得手段として個々に見せている物なのだが、この場に居る三人に置いては全てを納得している為に、上司の率直な評価、という極めて優秀な情報として扱われている。
「業務は大丈夫なの?銭くん」
「今日は非番ですーと、言いたい所なんですけど、まあ普通に休憩中って所です」
 現在既に遅番の時間帯。
 仕事終わりに鍛練に励んでいた門番達は、頭だったり首だったりに巻き付けたタオルで汗を拭いながら、銭の説明に納得の意を示した。
「協力してくれた隊員数名と、合格した定一さんと正宗の分も文章に起こしてあります」
「定一さんもですかー?抜け目ないなぁ…」
 茂達が滑らせたノートを受け取る銭の反応に、正宗の苦笑が軽く問い掛ける。
「どっちが?」
「どちらもですよ」
 表紙に向けてにそう答え、そのまま茂達にノートを滑らせた銭は、顔を上げて門番達を見た。
「ではでは、見せて貰っちゃう前に」
 そう前置きし、彼はまず自らの評価をすらすらと語り始める。茂達はそれを一字一句漏らさずノートに書き留めた。
 資料の形状は至ってシンプルで、攻撃や防御、判断力等といった各項目毎に5段階の評価を付けられていると共に、特筆すべき点は箇条書きで記されている。
 正宗と茂達に関してはバランス型と評された通り、攻撃防御、体力から頭の回転速度、不利な場所での武器の使い方や、周囲に人が居た場合の対処など。様々な面で問題なしとされた為、合格点に至ったようだ。
「つまり、俺らは個々で動くとこれと言った特徴が無いってことかな」
「勘や記憶力も含めた評価に見えますよー?それって結局本人も無意識のうちに上乗せされる物ですし」
「それ同様、あちらも無意識に評価に上乗せしたと言うことですか?」
 正宗の謙遜ぎみな皮肉と、銭の見解とを茂達が纏めると、銭は頷き正宗も納得したように唸りを上げる。
「そう言う意味か。確かに、いっさんは防御面が心配な割りに言及されてないみたいだし」
「いっさんはぼくと違って追い詰められた時の対処法を持っているみたいですから」
「経験の差と言う奴ですか。あなたもベルマンに追いやられていなければ、間違いなく合格だったでしょうに」
 茂達の呟きを軽く笑い流し、銭はまたノートを覗き込んだ。
 確かに彼は命中率や殺傷能力に関しては、定一より優れていると評されている。逆に機動力や機転は評価が低い。
 互いの武器の性質を考慮し、差し引きした上でこの数値なのだろうと、銭は一人納得しながらページを捲った。
「しかしまあ、良く見てますよねー?」
 不合格のうち減給した隊員、現状維持の隊員、僅かながら昇給した隊員等、それぞれの名前とデータを見比べながらの呟きに、茂達は頷いて返答する。
「この後圓君や諸澄君にも協力を要請するつもりですが、大方的を得たものばかりでしょう」
「帯斗は?」
 正宗が問うと、茂達はただ首を振った。
「彼、なかなかプライドが高いですからね」
 補足のように言う銭を見て、頷いた茂達の脇で正宗が苦笑混じりに頭を掻く。
「銭も良く見てるよなぁ。何だかんだ」
「それが僕の立ち位置だと自負しております」
 恐れ入りますとでも言いたげに、銭は白手袋をした手で敬礼をして見せた。
「普段は目立たずとも、あなたや本隊長のような方がいるからこそ、やるべきことが見えてくるのですね」
 茂達が呟くと同時、ゆらりと銭が立ち上がる。
「茂達さんは元々分かってるんじゃないんですかー?やるべきこと」
「これ以外に、ってことさ」
 代わりに答えた正宗に肩を竦め彼は、くるりと回転しては振り向き気味の体勢で入り口に向き直った。
「欠点の克服ですかー。それならたまにはぼくにも付き合って下さいね?」
 休憩時間が終わったのだろう。手を振りながら急ぎ気味に退出する彼の背中を二人の声が追い掛ける。
「近接戦なら喜んで」
「遠距離戦は勘弁な」
 揃った返しを立ち止まって笑い、ぺこりと頭を下げた銭は、そのまま入り口から姿を消した。


 その翌日の事。


 相変わらず傾いた表札の下がった近衛隊駐屯地の入り口が開くなり、驚愕の叫びが室内に響く。
「なんすか、このガラクタの山は!」
「芸術の秋だ!」
 続けて負けじと大音量で答えた轟の声が、彼の名に相応しくその場に居た全員の頭の中に轟いた。
 彼が握っていたノコギリがフィンフィンと揺れる中、数秒の硬直から直った面々にきちんとした説明がもたらされる。
「城で開催された不用品リサイクル合戦に参加していてな!」
「そんな戦い的なものでしたっけ?!」
 ガハハ、と飽きずに笑う轟に困ったようなツッコミを注ぐ帯斗の背後、彼に続いて帰還した諸澄がのそのそと入室しては茶々を入れた。
「いや、そんな話聞いたことねえぜ?」
「とか言いつつちゃっかり貰ってるじゃん」
 言いながら帯斗が指し示したのは、「諸澄の」と貼り紙のされた修繕済みの立派な椅子である。
「貰えるもんは貰っとけって話だろ?そう妬むな帯斗ちゃんー」
「ちゃん付けで呼ぶな気色悪いだろー!」
「ははは!元気だなぁお前らは!」
 入り口を塞いで喧嘩をおっぱじめる二人を豪快に笑い飛ばす轟に、口を尖らせた諸澄のターゲットが移行した。
「つかさ、勤務中に遊んでちゃ駄目だろ」
「貰っといてダメダシ?!」
「だってこれとか、隊と関係ねーじゃん」
 今度は諸澄が言葉と共に指先を伸ばす。彼が示したちゃぶ台に似た台は、確かに小さすぎて駐屯地には合わなさそうだ。
 轟はノコギリから金槌に持ちかえながら、逆の手をひらひらと翻す。
「ははは、心配するな。場所を借りているだけだ。まだ出勤はしていない」
「もしかしてプライベートでも…」
「ああ!芸術の秋だからな!」
 勢い任せに振り上げられた金槌に怯え気味に、二人は気を取り直して報告書制作に戻った。
 やれやれとのんびりモードな彼等の作業を、轟が奏でる作業音が盛り上げる。
 特別書くことも無い報告書が完成する間にも、作業途中だった轟の手元では半壊した本棚が元の形を取り戻しつつあった。
 轟は釘を打ち終えたそれを上から眺めながら、ペンを置いた二人に話題を振る。
「秋と言えば。この前、中央広場で圓隊員を見たぞ?鯛焼きを食べていた」
「へー。圓さんは食欲の秋っすか」
 相槌がてら、自分は何だろう等と考え始める帯斗の向かい、何とも意地悪な表情で諸澄が一言。
「ぼっちで鯛焼きとか笑うしか…」
「いや、黒髪つやつやの美人連れだったぞ?」
 当たり前の憶測を遮った轟の台詞は、見事に振り向いた二人を固まらせた。
 出来上がった間に割り込んだのは扉の開く音、そして空気を知ってか知らずか能天気な義希の感嘆である。
「いやあ、恋愛の秋だなぁ」
「なんすか…入ってくるなり」
 周りに花でも飛ばしそうな勢いの彼に帯斗が訊ねると、義希はニコニコにやにやとテーブルに歩み寄り朗らかに言った。
「さっき圓がさ、金髪美人とデートしてるの見たんー」
 いやー、春だけど秋だなー。等と訳の分からない事を呟く上司を他所に、驚愕の表情を震わせていた二人の若者が一斉に叫びを上げる。
「圓だけは一生こっち側の人間だと思ってたのに!」
「不覚にも油断したっすー!」
「君達それ凄く失礼な発言だって気付いてて言ってるのかい?」
 それによって、とうとう部屋の隅に巣食う主が顔を上げて呟いた。
 新設されたソファからむくりと起き上がり、自筆の「起こすな危険」貼り紙を背中から剥がした定一は、驚きを通り越して項垂れる二人を無視して独り言を口にする。
「しかし、黒髪美人に金髪美人ねえ…。僕が見た子は、赤毛だったけどなぁ」
 ボソリとしつつもハッキリとしたそれを聞き付けて、また勢いを付けた帯斗と諸澄ががたりと立ち上がっては、定一と天井に向けて絶叫した。
「何マタかけてるんすか!」
「許せねえあのやろぉおお」
「それって、お前らが怒るような事態なのか?」
 二人の大声に続いたのは、いつもよりは控え目な声量の轟の疑問。
 当たり前だと食い付きかけた諸澄が思わず閉口する程の真面目な顔付きに、ソファに座り直した定一も同意する。
「確かに。本人も幸せそうにする所か…」
 なんとなく、疲れて見える。それでいて元気と言うか、生気がないと言うか。
 言葉にはし難いが、みんながみんな確かに違和感を感じていたのだろう。騒ぎはすっかり収まって、代わりに今度は微妙な空気が部屋を支配した。
「今日、圓さん非番すか?」
 いつもなら大抵駐屯地に居るのに、とそわそわ辺りを見回す帯斗に、義希が天井の隅から回収した答えを提示する。
「これから面談の筈だぞ?朝方急遽時間を変更したとかなんとか、沢也がそんなこと言ってた気がする」
 出掛けに小耳に挟んだそれを脳内で繰り返していると、全員の携帯が一斉に音を立てた。
 届いたメールは沢也からのもので、噂をすればなんとやらと、それぞれが内容確認に移る。
「詐欺罪…?」
「あ。添付ありっすよ」
 諸澄と帯斗が呟いた通り、メールの内容は詐欺罪で指名手配された人物の詳細、及び画像。つまるところ全隊員捜索に当たれとのお達しだ。
「あんれま。この子…」
「知り合いっすか?」
 驚いた定一の声に帯斗が反応する。
 5人の携帯の画面を占領する写真には、赤毛の女が写り混んでいた。
「さっき言った、圓くんと一緒に居た子」
 定一の言葉にぎょっとした隊員達を復活させるかの如く、追加のメールが飛んで来る。

 一方そのメールを送った張本人である沢也は、丁度圓との面接を開始した所だ。
 とうに昼も過ぎたと言うのに、傍らにパンケーキランチを置きっぱなしの状態でソファに座る彼の正面。
 ガチガチに緊張していますと体で表す圓の前に、有理子がそっとホットミルクを置く。
「最近変わった事は?」
 携帯を脇に起きながら問う沢也は、有理子の手からコーヒーカップを受け取って一口飲んだ。
「少し窶れたな」
「…そ、そうでしょうか…?」
 返答を考えていたのか、圓は沢也の不意な発言に脊髄反射で答える。挙動不審に思える反応をそのまま流し、沢也は更に問いを投げた。
「誰かに昇給の話はしたか?」
「え…?」
「誰でもいい。例えば独り言でも。口に出した事は?」
 試験内容はともかくとして、爆弾事件などでの功績や、パソコンスキルや事務スキルへを買われ、今回僅かながら昇給の運びとなった圓であるが、本人は未だに自信を持ちきれずにいるようで、他の隊員達にも話してはいないらしい。と、義希からの報告を聞いていた沢也の質問に、圓は思い出し思い出し答えを見付ける。
「…文鳥に…」
「文鳥?」
「飼ってる文鳥には、報告しましたが…」
 彼らしい回答に珍しく微笑んだ沢也は、もう一度コーヒーを啜ってからのんびりと質問を続けた。
「最近…そうだな。ここ数ヵ月の間に、他人から貰ったものはあるか?特に常に持ち歩いているようなもので」
 目の前の彼が何を目的としているのか。測り終えた圓の表情が曇っていく。
「…もしかして、今持っている物でしょうか?」
「気付いてたのか?」
 意外そうでもなく言う沢也に頷いて、圓はそっとマグカップに触れた。
「おかしいとは思ってたんです。思ってましたが、どうしていいか分からなくて…」
「勘違いだったらどうしよう、とでも思ってたんだろ?」
 静かな声は圓の中の僅かな動揺を落ち着かせ、正直に首肯する手助けとなる。
「勘違いなら勘違いで、その方がいい。次からは変な遠慮しねえで義希にでも話してみることだ」
 続く助言に頷いた圓は、カップの中に息を落とした。
 彼が一口だけミルクを飲んだ後、ひっそりと本格的な捜索が開始される。
 狭いテーブルに次々と並べられていく圓の私物。その大半は彼の趣味そのままな、地味色をしたシンプルな雑貨であった。
 そこに隠れる沢也の目当ては、彼の右手にはめられた指輪が教えてくれる。
「中、見てもいいか?」
 沢也は呟いて、関知振動に誘われるまま拾い上げた。圓はそれを受け取って更に中身を広げて行く。
 身分証明、ポイントカード、眼鏡の保証書、キャッシュカード、保険証、そして。
「これは?」
「……これ…なん…ですか?」
 示されたのは、手作りのお守りだ。
 震える指先でそれを受け取る圓の口から、簡潔な経緯が語られる。
「これは、僕が誤認をやらかしたスリの被害者から貰ったもで…」
「あの女か」
 聞き付けた沢也は、記憶の中から呼び起こした特徴を文章に起こし始めた。圓はその仕草を見守りながら、ポツリと一言。
「やっぱり…僕がモテるなんて、おかしいと思ったんですよ」
 自らを笑うようにそう言って、深い溜め息を吐く。震えたようにも聞こえた声から様々な感情を感じ取りつつも、沢也はさらりと話を流した。
「被害は?」
「大したことはありません。デート代を奢らされた程度で…」
「何人に?」
「…ええと、6人ほど…」
 聞いた限りでは強引に引っ張られて丸め込められたのだろうが、それにしてもあからさま過ぎるだろうと。半ば呆れ気味に息を付いた沢也の様子を見て、圓は申し訳なさそうに身を縮める。
「個人情報を引き出されたりは?」
「分かりません。でも、段々エスカレートしているような気はしてます…」
 つまりその6人とも現在進行中、と言うことになるか。それなら話は早いと言わんばかりに、沢也はタップした携帯を置いた。
「なら直ぐにローラーかけるか。城側から橋側に向けて捜索開始」
 言いながらも悠長にコーヒーを飲む彼を、呆然とした圓の瞬きが見据える。
 沢也はお守りをポケットルビーに収納しては、自らも出陣しようと腰をあげた圓を引き止め面接を再開した。
 冷めたパンケーキでレタスと卵とマヨネーズを巻きながら、必要書類を前に出す。圓は色んな意味でのそわそわを押し殺してそれを手に取った。
 渡したのは例外なく昇給に関する同意書と、持ち出し禁止の評価表。
 慎重派の圓が念入りに三度ほど見直す間に、別件の書類片手に進めていた沢也の食事がなんとか半分ほど消費される。
 次に圓が本当に昇給しても良いのだろうかとの葛藤を始めた所で、沢也の携帯が無機質な音を立てた。
 ビクリと身を揺らす圓の前、直ぐに届いたメールを開いた彼は、やはり無機質に報告する。
「確保」
「え?」
 沢也はキョトンとする圓の目の前に携帯の画面を提示して淡々と解説した。
「あの会話を聞いてたなら、直ぐに逃げ出そうとしても可笑しくはないだろ?」
「…橋の手前で張ってたんですか?」
 義希からの報告メールを眺める圓に頷いて、沢也は片手に食べ掛けのパンケーキを掴む。
「悪いな。色々あって後回しになっちまって」
「え?あの…一体何が…」
「簡単な事だ」
 掴んだままの食事を口にすることなく、彼がルビーから取り出したのは小さな小さな機械であった。
「それは…」
「お前が渡されたものと同じ型の盗聴機」
 解答を終えてやっと、ハムを挟んだパンケーキを口に放り込む。圓は沢也がもそもそと頬を動かす様を、ぽかんと口を開けて見守った。
 沢也は咀嚼を終えてコーヒーで口を洗い、やっとのことで先を話す。
「この間、仁平が知らない女から受け取ったんだと。あいつは仮にも技術課の人間だから、これの正体には直ぐに気付いたそうだ」
「じゃあ…犯人は…」
「割れていた、と言いたい所だったんだが。どうにも複数人で結託してやってるらしくてな。一網打尽にする必要があった」
 確かに。仁平の記憶を元に捜索したのなら、既に解決していてもおかしくはないと。頷く圓に沢也は肩を竦めて見せた。
「まあ早い話が、仁平が接触した女と、お前が接触した女は別の人間だったってわけだ。更に言えば他にも数件、民衆科経由で出された同様の被害届を調べた所、同じように盗聴機が発見され、聴取してみりゃ被害者が接触した相手がそれぞれ違う人間らしい、と判明した。ついでにお前が色んな女とつるんでるって話も…」
「う…噂になってたんですか?!」
「まあ、ある程度は」
 真っ青なのか真っ赤なのか、いまいち分からぬ顔付きで飛び上がった圓に沢也の曖昧な答えが返る。噂の出どころに関する説明を流した彼は、話の続きを早口に捲し立てた。
「だから近衛隊として顔の割れてない轟だの、八雲みてえな事務員に聞き込みさせて規模や人相割り出しながら、技術課で盗聴機改造して盗聴し返した所…」
「僕の知らないところでそんなことが…!」
「そうだ。餌にして悪かったな」
「いえ…それは、その…別に構わないのですが…。それで、その先は…?」
 このお人好し、と呟きそうになるほど輝かしい反応を前に、沢也は眼鏡を押し上げることで表情を押し込める。
「逆探知で本拠地を特定、ついでに今日の今頃会議があることを突き止めたんで、昨日のうちに銭に下見に行かせ、お前の面接日を変更、盗聴機に引っ掛からないようメールで報告。今に至る」
 簡潔な解説が終わると、控え目ながら拍手が巻き起こった。
「お見事としか言いようがありません…!」
 沢也はふざけているとも思えぬ真剣な眼差しから逃げるように目をそらす。
「偶然が重なったのか、元より相手が国に喧嘩売るつもりだったのか…ま、そこはこれからの聴取で明らかになるかもな」
 ついでに適当に話までをも逸らした彼が携帯に向き直ると、丁度そこにプレートを持った有理子が戻ってきた。
 圓は目の前に置かれた、沢也と同じ食事と有理子とを交互に見比べてオロオロする。
「あの…」
「ちゃんと食べないと、どっかの誰かさんみたいに顔色所か目付きまで悪くなっちゃうわよ?」
 図星を付かれて驚いたのも束の間、続けて別の意味でビックリしては身を縮める圓を横目に、沢也の呆れた溜め息が割り込んだ。
「本人を前にして悪口言ってんな」
「はいはい、怖い怖い。沢也も早く食べちゃってよね?」
 ひらひらと手を翻す有理子に訝しげに舌を打ち、沢也は再び圓と向き直る。
「それより圓。囮代として被害額くらいは…」
「そんな…!昇給して貰えるだけで有り難いですし…こうしてご飯まで頂いてしまってるんで…受け取れません!」
 パンケーキに釘付けになっていた目は、持ち上がると同時に両掌と共にぶんぶんと振り乱された。
 予想通りの反応を微笑ましげに眺める有理子が、彼の肩をぽすぽすと叩く。
「それなら。暫くは義希にでもタカるといいわ。良い店教えてあげば喜んで連れてってくれるわよ?」
「でも…」
「倒れられた方が困る」
 尚も遠慮する圓に沢也が釘をさすと、彼は十数秒の長考を経てなんとか首肯した。
「分かりました…」
「義希にはわたしから言っとくから。遠慮なく奢ってもらいなさい?」
 安心したように言う有理子の手が、今度は圓の頭に乗る。圓はそれを拒否こそしなかったものの、俯いた先では明らかに瞳を泳がせていた。
「有理子」
「なによ」
 呼び掛けに振り向いた有理子は、不思議そうに且つ邪魔そうに沢也を見据える。沢也は彼女に他意が無いことを深く認識して、圓を指差し短く告げた。
「年上」
「あら、それは失礼」
 慌てて謝罪した有理子は、誤魔化すように微笑んでそそくさと自室に戻ってしまう。
 残された二人は苦笑を竦め合い、食事がてら残りの面談を進めることにした。


 それから三日後の正午。


 昼休憩中の現在。
 中央広場の側にある隠れた名店と密かに評判な食堂から出てきたのは、有理子に事情を聞いてウキウキの義希と申し訳なさそうな圓である。
「リストに載ってた子達は全員逮捕したし、これでひと安心だな?」
「…はい」
「どした?まだ食べたんない?」
 主犯から末端まで、グループの全てを逮捕、聴取し終えたのがつい今朝がたのこと。
 相手が全員女性なだけに、できる限りを避けてまで聴取に立ち会った沢也が不機嫌なのはともかくとして。圓まで浮かない顔をしている理由が思い当たらず、義希は俯く彼の顔を覗き込む。
 慌てた圓は片手を振ってしどろもどろに弁解した。
「いえ、あの…実は、一人だけまだ…」
「圓くん」
 圓の言葉を遮ったのは、事件当日に義希が見た圓の密会相手である。
 短くふわふわな金髪を靡かせながら歩み寄る彼女は、驚く圓に一小首を傾げつつにこやかに語りかけた。
「この前はありがとう。鯛焼き凄く美味しかったよ」
「あの…いえ…」
「それでね、これ」
 引き気味に動揺する彼の手に、彼女は小さな箱を握らせる。
「この前のお礼に」
 そう言って臆面もなく微笑まれた圓は、とうとうすっかり硬直してしまった。そんな彼をそのままに、彼女は颯爽と去っていく。
「また今度遊んでね?」
 大きく手を振って雑踏に紛れ行く背中が見えなくなると、代わりに手を振っていた義希の体が斜めに傾いた。
「た…隊長…これ…」
 引っ張った義希の腕を離した圓は、まるで危険物でも扱うようにキャラメルの箱に手を添える。若干涙目な彼を軽快に笑い飛ばし、義希はひらひらと手をはためかせた。
「心配しなくても、ただのキャラメルだと思うぞ?」
「でも、食べたらとんでもないことになったりとか…」
 あわあわオロオロと戸惑うばかりの圓の手元。ひょいと拾い上げた箱の中からキャラメルを一つ取り出して、圓の口に放り込む。
「あ」
 突然の出来事に抵抗すら出来ずに味わったそれは、圓に害を及ぼすことはなく。寧ろ解れていく表情を見て、義希も思わず顔を綻ばせた。
「うまいべ?」
 問われた圓は恥ずかしそうに俯くと、そのまま小さく首肯する。
 白く、甘いキャラメルの香りが周囲に充満して、穏やかな秋の安らぎを感じさせていた。





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