不透明な感情


 
 水曜日の朝はのんびりとしていた。
 朝特有の明るさの中、いつもより遅い朝食を終えた沢也が親父臭い掛け声と共にデスクに付く。
 ついでに溜め息の一つも吐き出してはパソコンのスリープを解いた所に、ふらふらと横切る色があった。
 それは普段であれば、沢也の姿を見付けるなりマグネットでも内蔵しているかのような勢いで近寄ってくる人物なのだが、今日に限ってそうはならず。加えて相手がぼやけた表情を浮かべている事で、沢也は確信を顔に出した。
 細めた目と歪めた眉をそのままに、彼は彼女を呼ぶ。
「おい」
 名指しされた訳でもないのに肩を跳ねさせて、恐る恐ると言った風に沢也を振り向いたのは沙梨菜だ。
 彼女はこの朝も早い時間帯に、今しがた王座の間へ戻ってきた所。部屋には他に人影が無いにも関わらず、遠巻きに向き合った二人は無言で会話を繋げた。
 沢也の手招きに応じた沙梨菜は歩み寄りながら、作ったような笑顔を傾かせる。
「なあに?沢也ちゃん」
「朝帰りかよ」
「う…浮気じゃないよ?ちょっと、レコーディングが…」
 珍しい詮索を不思議に思いながら言い分ける沙梨菜に対し、沢也は手元で生み出した文字を提示した。
(そのまま普通に会話を続けろ)
 沙梨菜は首肯だけして不自然に言葉を繋げる。
「え…と、上手くいかなくて…みんなして徹夜だよぅ。アハハ」
 彼女が口を動かす間、相対する彼は適当な相槌を打ちながらも伸ばした腕を彼女に近付け無作為に動かした。
 何かを探るようなそれは、沙梨菜が次の言葉を考え始めた時に停止する。
 沢也は沙梨菜に身振りだけで黙るように命令すると、彼女の耳のピアスを指差し、外すように命令、取れると同時に沙梨菜から拐った。それは彼の手から彼の耳に付けられたポケットルビーへと消えて行く。
 沢也は今一度沙梨菜の周辺、あちらこちらに手を翳してから藪から棒に問い掛けた。
「いつからだ?」
「え?」
 もう話しても大丈夫なのかと、戸惑いながらも口を開いた沙梨菜に、沢也は追加で問い掛ける。
「てめえの身におかしな事が起き始めたの、及びこのピアスを身に付け始めた時期」
 整理された言葉を聞いた沙梨菜の瞳が見開かれた。
 何も話してなんか居ないのに、どうしてそこまで分かってしまうのかと、眼光だけで語る彼女に沢也は続ける。
「今の、盗聴機だぞ」
「へ!?」
 驚愕で声を裏返した沙梨菜に溜め息を返す沢也の人差し指には幾つかの指輪が嵌められており、その中の一つには不正な電波を見付けると震動する性能が附けられていた。
 それを知らぬ沙梨菜からしてみれば、手品や超能力の類いを目の当たりにしたも等しい状況なのだが、沢也は特に説明もなく彼女の返答を促すだけ。
 沙梨菜は種明かしを諦めて、眠気の蔓延る脳内になんとか記憶を呼び起こした。
「確か、2週間くらい前に貰ったかな。…それで確かに、それから暫くおかしなことが続いて…」
「具体的に」
「…手紙、貰うでしょう?ファンレター」
 躊躇いなのか、同意を求める眼差しに沢也は首肯だけで答える。沙梨菜は促された先を誤魔化し誤魔化し口にした。
「えーと…その中にね、沙梨菜のプライベートなこと…その、見た方が早いかも。持ってくるね?」
「待て」
 言うが早いか踵を返した彼女を沢也が呼び止める。動きを停止した沙梨菜は、彼を振り向き言葉を待った。
「部屋にも貰い物はあるよな?」
「…んーと…うん。あるかも」
「手紙に書かれた中に、聴覚だけでは判別できないような事実は?」
「あ」
「あったな?」
「うん。下着の色とか、ばっちり当たってました」
 苦笑混じりの呟きに、沢也は盛大な溜め息を吐いては視線を俯かせる。
「何故それを放置したんだお前は」
「だって、丁度ステージが高いところにある日だったし…心配かけたくなくて…」
 苛立たしげな声に沙梨菜が言い分けしていると、言葉の間を埋めるように扉が開かれた。
 二人が振り向いた先には扉を閉める有理子の背中。彼女は神妙な面持ちで一言告げる。
「沢也、小包だって」
「来たか」
「来たかって…待ってたの?じゃあ不審物じゃないのね?」
「いや、不審物」
 溜め息混じりに呟く沢也に、ぎょっとした沙梨菜と有理子の顔が向けられた。彼はそれに構わず天井を見上げる。
「ハルカ」
 呼び掛けの数秒後、舞い降りたハルカを拾い上げた彼は、顔を上げた先に居た沙梨菜に溜め息を浴びせた。
「沢也…ちゃん?」
「お前は海羽を呼んでこい」
 説明もなく命令され、頷いた彼女はすぐ脇の扉に向かっていく。
「門番のところだな?」
 続けて問われた有理子が頷いて答えると、沢也は腕の中のハルカを見下ろし頭を傾けた。
「だそうだ。悪いが持ってきてくれないか?厳重注意付きで」
「分かってるから、笑顔やめて?怖すぎるよもう」
 ハルカは全身の毛を逆立てながらそう言うと、沢也から逃げるようにして裏の世界に消えて行く。
「…どうして分かったの?」
「門松はもう集荷に来た後だ。ってことは郵便課の配達は済んでるってことだろ?」
「まあ…うん、そうね。ランニング中の正宗さんが見付けたんだって。城壁の…向かって左側面辺りで」
「倉庫街側から近寄って、松林を抜け、門番の目に触れぬよう荷物を置いていく。若しくは夜のうちにそれだけ置きに来たか…どちらにせよそこに抜かりは無いだろうな」
 有理子の追加説明に対する考察が終わった所で、王座の間は一気に賑やかになった。
「水曜日の朝にしては、珍しく騒がしいですね。何かありましたか?」
「えと、どうしたんだ?もう来ちゃったか?秀さん…」
「お待たせ。一応バリアで覆って来たけど…いきなり爆発したりしないよね?」
 蒼の入室を皮切りに、沙梨菜と海羽、ハルカと小包までが到着する。
 沢也は説明を後回しに、ハルカと海羽を手招いた。
 ハルカが持ってきた小包とやらは、30p四方の一般的な作りで、確かに沢也に宛てられたもののようだ。彼はそれをさらりと持ち上げ、王座の間の中心に置く。
「俺のバリアの外にまず防音バリア、その後二重に囲え」
 開ける訳でもなくそんなことを言われては、周囲も緊張せざるを得ない。指示に従いバリアを張り巡らせたハルカと海羽は、声もなく頷く事で沢也に合図した。
「いくぞ」
 沢也が呟くと、バリアの中で青色の炎が生まれる。小包の周囲を覆っていたそれは次の瞬間、爆炎で赤く染まった。
「包装が破けた瞬間に、ですか」
「思ったより規模はないな」
「そりゃそうだろうよ」
 バリアを張り替える必要もなく終息した爆発に、海羽とハルカを始めとした面々が拍子抜けの声を出す。
 一人知ったような顔で踵を返した沢也は、追い掛けてくる彼等の視線に答えを示した。
「これは俺への個人的恨みだろうから」
「沢也ちゃん…への?」
 沙梨菜が復唱すると、彼は返事の代わりにデスクに複数枚のカードを並べる。5枚あるそれは全て同じフォントで、ファンクラブ会員証と書かれていた。
「沙梨菜のファンクラブ?」
「みたい…だ、ね」
「知らないクラブか?」
「うん。非公認のやつだと思う」
「どちらかと言えばあなたの恋愛に否定的な会員が多いそうですよ」
 蒼が昨夜聞いた情報を軽く口にすると、女子三人の瞳がぱちりと瞬く。
 注目を集めた彼が笑顔を傾けたと同時に沢也が舞い戻り、自分のデスクに腰かけた。
 沙梨菜の部屋から出てきた彼が小脇に抱えていたのは、ハルカと同じくらいの大きさのクマの縫いぐるみ。
「あ。それ、この前貰った…」
 沙梨菜が呆然と呟く中、沢也の手に腹を裂かれたクマから腹綿…と一緒にカメラのレンズが顔を出した。
 息を呑む仲間たちを他所に、カメラの全貌を露にした彼は、複雑そうな機械を自分のパソコンへに繋いでいく。直ぐに作業を終えた沢也は、最後にカメラに向かって。
「これも計算のうちだろ?」
 実ににこやかに問い掛けた。
 様子を見守っていた四人、プラス一匹が覚えた寒気は、次の瞬間確かな物となる。
「受けて立ってやるよ」
 闇を帯びた笑顔のまま、沢也は低い声でそう宣言した。
 同時に始まったタイピングが生み出すのは、画面上を滑る大量の文字。それと、静まり返った空間に僅かに響く機械音。
「一体何が行われちゃってるのかな?」
 キーボードを二刀流、ついでにスマホまでもを操りながら作業に打ち込む彼の様子を前に、沙梨菜がなんとか状況に追い付こうと声を出す。
「ハッキング合戦と言ったところでしょうか?」
「はっ…」
「凄いな、指の残像が見えるな」
「ざっ…ほ、ほんとだっ…!」
 蒼と海羽のひそひそ声にそれぞれ反応して、沙梨菜はおろおろと上半身を動かした。
 その脇で沢也の所業を呆れたように眺める有理子が溜め息を付くと、不意にガタリと音がする。
「もう終わったんですか?」
 椅子から離れてデスクの前に回った沢也に蒼が問い掛けると、彼は頷きながら否定した。
「本番はこっからだ」
 プリンタが吐き出した紙のうち数枚を手渡された蒼は、指示をされる前に確認する。
「民衆課ですね?」
 沢也はそれに頷いて、自らも室外へと足を進めた。
「楽しそうなので後程合流します」
「僕留守番してるから、みんな行ってきていいぞ?」
 蒼の進言を聞いた海羽がそう言うと、有理子と沙梨菜が顔を見合わせて沢也に続く。


 二階で民衆課に向かう蒼と別れた三人は、更に階段を下って南棟…地下牢や道場があるフロアまで来た。
 先頭の沢也は十字路で左に折れ、突き当たりにある階段を上る。その間後ろの二人が口を開かずにいるのは、沢也がずっと携帯で話をしているからだ。
 彼が繰り出す会話内容からしても「技術課」に向かっていることは明らかなので、邪魔をして怒られるよりは黙っていようとの腹だったのだが。
 いざ三階の技術課に着いてみると、沙梨菜は口を開きたくて仕方がなくなった。
 技術課は部屋と廊下を隔てる壁のうち上から半分ほどが硝子張りになっており、入室前から中の様子が窺える。沙梨菜は中で働く職員のうち一人を指差して有理子をつついた。
 見上げると、彼女も訝しげに顔をしかめて小首を傾げる。よって沙梨菜は我慢を解除することにした。
「あの、沢也ちゃん?技術課にあんなイケメンさん、居たっけ…?」
「話しかけてみろよ」
 通話を切って入室する沢也の返答はそっけなく、沙梨菜は仕方なしにそのイケメンさんに歩み寄る。
 パソコンと向き合う彼はフードを被っており、後ろからでは顔がよく見えない。しかし先程硝子越しに見た感じからして、街を歩けばかなりの人数が振り向きそうな程整った顔をしていた。
「あのー…」
 沙梨菜が恐る恐る声をかけると、目を擦っていた彼が振り返る。その拍子にグレーのフードが脱げた。
「さ…沙梨菜さん…!こ、これはどうも…珍しい…いやあ、ええ、はい…な、何のご用で…?」
 言いながら、頭の上にあった眼鏡を装着。続けてデスクから探し当てたゴーグル…のような何かを上に乗せる。
「…に…仁平さん…?」
「ええ…に、仁平ですが…ボクのか、顔にななななな…何か?」
 頷いた仁平は、口を開けて固まる沙梨菜を小首を傾げて眺めた。
 室内が不思議な空気に包まれる。
 仁平の同胞たちは我関せずといった風に仕事を続けるばかりで、有理子は入り口で沙梨菜同様の固まりを見せ、沢也は沢也で勝手にパソコン数台を接続し始めた。
「義希よりも残念なイケメンが存在するなんてー!」
 沙梨菜の高い声が空気を吹き飛ばすと、入れ替わりで緊張に似た慌ただしさが持ち込まれる。
「仁平、民衆課と通信を繋げ」
「それは常時接続と言う意味でしょうか?でしたらこちらが早いかと…」
 仁平は沢也の指示に例のイヤフォン型通信機を提示した。
「有理子、八雲んとこ。走れ」
「了解」
 直ぐ様命令を受け入れた彼女が、一つのイヤフォンを手に駆けて行く。その背中を技術課の面々が名残惜しそうに見守った。
「こ、ここここの相手は…例の爆弾制作者にままままま間違いないのではないでしょうか?」
「ああ。甘く見るとこっちがやられかねないから、徹底的に潰してやれ」
 嬉しそうにパソコンと向き直った仁平の呟きに、沢也の満面の笑みが答える。
 被害者の一人である筈の沙梨菜は、仁平と沢也、及び他の職員が夢中でキーボードに向き合う様子をただただ呆然と眺めていた。


 丁度その頃。
「メールだ」
 駐屯地で報告書を製作していた義希が、ズボンのポケットから携帯を取りだしては声に出す。
 するとその場に居た全員が同じように携帯の画面を眺め始めた。
「何か始まりました?」
「らしいなぁ」
「どっかの馬鹿が参謀を怒らせたみたいっす」
 圓、定一、帯斗と続いたその声は、彼等にも沢也からの指令が入ったことを示している。
「圓、ここ頼んだ!」
「は、はい!」
「メカに弱いおっさんは避難誘導班と言うことで」
「ちょいと街を駆けずり回ってくるっす」
 義希の掛け声を合図にして、電波の探知機片手に出発した四人は、メールでの指示に従って捜索を開始した。
 沢也の指示は至って単純。
 随時メールで届く地図範囲内に集合、警戒、次の指示を待つこと。
 イヤフォン型の通信機を使わないのは、単に混線を防ぐため。
 何故なら現在、沢也と技術課と民衆課が総力を上げて犯人の居場所を特定しているのだから。
 駐屯地に残った圓は、隊員全員と沢也に報告メールを送信、数十秒後にリプライを確認する。
 一人か二人と指定された連絡係りに付いた彼は、リプライに書かれた指示の通りイヤフォン型通信機を装着した。
「もっと橋依りの区画かもしれませんね」
「ししししし…絞りこみ、強化致しますです、はい」
 聞こえてきたのは八雲と仁平の声。幸い圓は二人と面識があるため、酷い緊張状態に陥ることは免れた。
「あの、こちら駐屯地です。次の指示をお願いします」
「圓、そっちにも地図はあるな?」
「あ、はい…今、準備します…!」
 沢也の声に頷いて、駐屯地のデスクから地図を掘り起こす間にも新たな指示が飛んでくる。
「F、G、I、J、K区画までは絞り込んだ。現在、西南西方向に進む形でローラー作戦中。第一の半数をそっちに集めて不審な電波を探すよう指示を出せ」
「り…了解しました!」
 引っ張り出した地図を脇に、小さなパソコンを正面に据えた圓は、沢也の言葉を文章に直して、メールを一斉送信した。
「せ…セセセセキュリティの攻防は続いております、はい…な、なかなかには、激しくてありますです」
「電波の発信源の撹乱は徐々に弱まっているようですね。あ、F区画、除外の方向で」
「I方面も該当電波はない。残りの4区画に集中。近衛隊は出来るだけ海側から詰めろ」
「第8セキュリティ、赤信号」
「そのかわりにあっちは残り二枚」
「一人は防衛、仁平と残りの三人で落としにかかれ」
 圓が返答する間もなく流れていく会話には、仁平以外の技術課の職員も混ざっているらしい。
 全てのセキュリティを突破した方が必然的に主導権を得られる、と言うことになるのだろうが…相手は爆弾魔だ。それより先に、居場所を特定しなければ。
 技術課の総力を上げればあちらのセキュリティくらい直ぐに破れるだろう。それを知っているだけに、圓は彼等が時間稼ぎをしているのだと悟った。
 駐屯地で言葉の波を聞き続ける彼が、一人密かに息を飲んだ時。
「…J区画付近で反応有り、諸澄さんからの情報です」
 到着したメールを読み上げた圓は、続いて隊員にも報告メールを製作する。
「分かった。後は直接聞く。隊員達に周囲を固める指示を出せ」
「了解です」
 後続の指示までを記載してメールを送信すると、通信機は静かになった。先程まで聞こえていた雑音ですら半分程度の音量でしか響いてこないことに気付き、圓は思わずドアを振り返る。
「八雲。駄菓子屋の裏にあるアパートの所有者、及び住人の照会」
 不意に沢也が口を開くと、同時に雑音も蘇った。
 それは喧騒とはまた違う、酷く耳障りな…しかしこうしてイヤフォン越しに聞いた記憶のある。
「風の音…」
 圓の呟きは、続く八雲の報告に流された。
「ビンゴ。俺が先に乗り込む。隊員には合図があったら突入するように伝えろ」
 沢也は最後にそう言い捨てて、有無を言わさず通信を切断する。


 駄菓子屋の裏にあるアパートは、何処か薄暗いコンクリート造りの二階建て。しかし上階はほぼ倉庫と化しており、建物ごと所有者が経営する会社の持ち物だった。
 沢也は極秘で取り寄せた沙梨菜のファンクラブの名簿と、掲げられたの表札、そして八雲の声とを照合し終え、空中から地上へと降下する。
 静かに着地してスクーターをルビーに納めた彼は、音も立てずに玄関の鍵を無断で解錠した。
 思いの外簡素な造りだった為、沢也は拍子抜けして扉を開く。
 時間に余裕が出来たせいか、狭苦しい視界から入ってくる景色が妙に目についた。
 山と積まれた段ボール、中に詰め込まれたパソコンの部品、多量のコードと、薬品と。
 無機質な中に紛れ込むやたらと明るい色の切り抜き、写真、ぬいぐるみ、リボン、花…全てのものは、闇に染まって色褪せて見えた。
 物によって狭められた廊下の先、続くタイピングの音が淡い光の中に落ちて行く。
 沢也はその光の色を埋めるようにして部屋の入り口に立った。
「大分暴れてくれたな」
 突然響いた低い声に、室内でディスプレイと向き合っていた男が小さく身構えた。
 入り口から見て右手にある壁一面に設置された画面が、暗い室内を照らし出す。
 複数に区切られた画面のうち幾つかが繰り返し流しているのは、盗撮した沙梨菜の着替えや就寝シーンなど、編集された映像のようだ。
「その映像、俺のパソコンから流して民衆の反感買わせるつもりだったんだろうが…ま、残念だったな」
 沢也は、視界の端に映るそれを銃口で示して歩みを進める。彼が立ち位置を変えた事で、ライトに隠されていたお互いの表情が露になった。
 眉根に皺を寄せた男は、ゆっくりと近寄ってくる沢也を見据えたまま指先を移動させる。
「おかしな動きしてみろ?そのパソコンの中身、ああ、主に趣味的フォルダーな?お前の作った破壊プログラムを応用して、全国民に配信してやるよ」
 対して笑顔の沢也が宣言すると、床に座る男の表情が確かに変化した。
「あの恥ずかしいポエムとか、自撮り写真とか、その他諸々流出…」
 嘲笑に似た解説を聞き終えぬうちに両手を挙げて降参の意を示した彼を前に、沢也はふっと息を吐く。
「賢明だ」
「だからお前は嫌いなんだ…!」
「存分に嫌ってくれ」
 そうして沢也が降伏していながらの悪態を受け入れた所に、義希と帯斗が到着する。
 二人に連行される犯人を見送って、残った沢也は証拠品の押収作業に参加した。


 その日の夕方。

 聴取を終えた沢也は、現在食事片手に王座の間で押収品の確認をしている最中である。
 有理子は休憩中の義希と買い出しに、海羽も秀に連れられて出掛けているし、沙梨菜は親衛隊の厳重警備を受けながらのレコーディングへと戻っていった。
 唯一残った蒼は、沢也の遅すぎる昼食を見守りながら、仕事の片手間問い掛ける。
「気は済みましたか?」
「何のだ」
「逮捕できたんですよね?」
「だからこうして押収品があるんだろ」
「あなたが逮捕したんですよね?」
「だから何だよ」
「なんと言いますか。自ら出陣とは、沢也くんらしくないですよね」
「前ん時も行ったろ?嵐の日」
「それはそうですけど」
「何が言いたい?」
 勿体ぶった蒼の質問攻めを溜め息で遮った沢也は、ついでに書類を揃えて彼を振り向いた。
 蒼はそれを待っていたかのように、笑顔を強めて指を回す。
「沢也くん、昔から沙梨菜さんが絡むと向こう見ずになりますよね?」
「売られた喧嘩を買ってるだけだ」
「普段は買わないじゃないですか」
「…そうだな」
 珍しく早々に反論を切り上げた沢也を見て、蒼は思わず仕事の手を止めた。
「もしかして、気付いてなかったんですか?」
「いいや」
 気付いていた。いや、いないのか。否定しながら否定しきれぬ様子の沢也は、蒼から注がれ続ける瞬きに対して言い訳る。
「悪いが、この先は俺にも説明できねえ。まだ検証中だからな」
「検証…ですか?」
「理由がハッキリしないんだ。ただ、お前が思っているようなもんじゃねえことは確かだが」
「そうですか?意地を張っているだけではないですか?」
「本気で言ってんのか?」
 呆れたように溜め息をつく彼は、いつもの調子そのもので。だからこそ嘘をついているとは思えずに、蒼は困ったように小首を傾げた。
「…本当に悩んでいるみたいですね?」
「ああ。まさか自分自身が暇潰しの対象になるとは思いもしなかったが」
「あくまでも研究の…観察の一貫ですか?」
「他にどうしろと」
 苦笑に対する即答を凝視して、蒼は小さく息を吐く。
「成る程。納得しました」
 そう言って、彼は静かに再開した判子押しの合間、振り向いた沢也に見解を提示した。
「あなたの感情は、まだ不透明な訳ですね」
「不透明…か。言い得て妙だな」
 自分でも理解しきれない行動の元となるもの。それは確かに不透明で、言葉に直すとどれもしっくりくることはなく、それでいて確かに沢也の中に存在する感情なのだ。
「ハッキリさせつおつもりですか?」
 蒼は問う。まるで責め立てるように。
「ああ。気になっちまったもんは、放っておけない質なんだ」
 沢也は当然のように答えると、自らを呪うような微笑を浮かべた。





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