file5”嵐”後編 激しすぎる雨に加えて風も強くなっていた。視界の悪さと強風のせいで移動すらままならぬ状況の中。 「しっかしまあ、どういう原理なのかね?」 定一は頭の上に浮かぶ透明なバリアから、帯斗の頭上を占領するハルカに視線を落として呟いた。対して帯斗は頭からハルカを下ろしながらまじまじともふもふを見据える。 「中に魔術師が入ってるんじゃないすか?」 「それを言うなら魔術師が化けているのかもしれないしねえ」 うにうにむにむにと弄くられた挙げ句、有らぬ疑いをかけられたハルカは紫の瞳を細めて二人を見据えた。 「怒ってるす…」 「言ってることは分かっちゃうみたいだね」 表情からそれを察して唸る定一の一言で、顔を青くした帯斗はハルカを天に掲げる。 「てことはやっぱり中に人が…!」 「いやいや、だから変身した魔術師だって」 あわあわと取り乱す帯斗からハルカを受け取った定一は、両腕に彼を抱えながら大きな欠伸を漏らした。 帯斗はその間にポケットの中の小魚で一服し、ため息混じりに話を変える。 「それはそうと、銭さんにはびっくりすよ」 「彼は変人だからね」 「変人て…まあ、完全に否定は出来ないすけど。でもあんなんで人間だって分かるもんすかね?もっと内側を見てみたら実はってことはないすか?」 「さあ、どうだろう。どのみち中身を開けてみる訳にはいかないんじゃあないかい?」 「う。そう言われると確かに…」 「そんなに疑うなら、君もやってみたらいいじゃあないか」 「何をすか?」 「決まってるだろう。銭くんがやったことをだよ」 「…え…遠慮しとくっす」 「特攻型の君にも、怖い物はあるんだねえ…」 「そう言ういっさんはどうなんすか?気にならないすか?」 「うーん…僕はそれより…」 定一はそう言って手元を見下ろした。 固有名詞こそ出なかったが、誰の噂かは理解したのだろう。ハルカは膨れたような表情で前方を見据えている。それどころか、帯斗が小魚を差し出してみても見事な無反応だ。 「…めっちゃ機嫌悪そうす…」 「ねえ?この話題はよした方がいいんじゃないかい?」 定一が肩を竦めて帯斗を諫めると、同時にハルカが地面に降りる。駆けていく彼に二人が続き、パン屋の軒先に入った辺りで小さな白がふっと消え失せた。 「あ」 「え、ちょ…」 ハルカが見えなくなると、当たり前に暴風雨が二人を襲う。半端だった立ち位置をしっかりと店側に寄せた彼等は、見えぬ空を呆然と仰いだ。 「…傘のある所で助かったねえ」 「呑気に呟いてる場合すか?!あの猫何処に消えたんすかああああ?!」 「えーとめーで、めーでー。僕らに割り振られた白いにゃんこが消失した件についてー」 帯斗の叫びの後、定一の気のない呼び掛けが離れた場所に居る仲間まで届く。 大通りから一本それた商店街でその間の抜けた響きを受けた仁平は、単調に言葉を繰り返した。 数が不足していた為に通信機を持たぬ海羽が時間差でそれを聞き届けると、彼女にしては大きな声が溢れる。 「あ。説明忘れてた」 「こ、小太郎さんが手を離せないと喚いておられます」 「うん、えと、僕が説明した方がいいですか?」 彼女が仕切りに通訳する仁平に訪ねると、彼はまたそれをそのまま呟いて相手側に判断を仰いだ。 「わわ喚くは余計だ、頼むと申しております」 仁平はそう言って、身に付けていた通信機を海羽に差し出す。指先につままれたそれを不思議そうに眺めながら、彼女はそろそろと耳に装着した。 途端に聞こえてきた賑やかな会話。海羽は恐る恐ると言った調子で発言する。 「ハルカは…あ、猫さんは多分、誰かに呼ばれて飛んで行ったんだと思います」 「飛んで?!」 驚いた帯斗の大声が耳元で響いた。思わず傾いた体を直して彼女は続ける。 「えと、その…魔法で?」 「そんな魔法があるなんて初耳だねえ…」 「詳しく説明するとちょっと複雑になっちゃうんですけど…その、彼だけに使えるもので、僕達から見たら瞬間移動みたいに見えるんですけど…えーと…」 「うん、成程ねえ。で、呼ばれたっていうのは?」 恐らく理解を諦めた上で事実だけを理解したであろう定一の問いに、海羽は見えないと分かっていながら頷いて回答した。 「それも詳しく解明されてるわけじゃないんですけど…僕のように魔力があって、面識のある人の声は、遠くに居ても聞くことが出来るみたいで…」 「じゃあ、それってつまり、君が今この瞬間にあの猫を呼んだら…」 「凄く遠くに居ない限りは、すぐに僕の所まで来てくれます」 「うへえ…」 「想像以上のびっくりにゃんこだねえ…」 「どんな生物すか…それ…中に人が居ても難しいすよ…」 海羽は反応を聞きながら、帯斗と定一の言い回しに対する笑いを堪える。 「それで、行先は何処なんだい?君の他に魔力があるって言っても…」 「沢也か倫祐の所だと…」 定一の質問への回答は、通信機のざわめきを一瞬にして沈黙させた。海羽が戸惑っていると、数秒後に定一が困ったような声を出す。 「…ええと、君…海羽ちゃんだっけ?」 「はい?」 「それって結構な爆弾発言っていうか…重要な情報なんじゃないのかな?」 「え?どうしてですか?」 「初耳過ぎて頭が痛くなってきましたけど」 帯斗も同じく困惑したようにそう言った。海羽は暫し思案して、しかし思い当たる節もなかったのでそのままを口にする。 「でも、2人とも特に隠してはないと思うけど…?」 「ちょいと参謀さん、聞いてるならなんとか収集してくれないかなあ…この状況…」 定一が助けを求めると、直ぐに沢也の声が告げた。 「特別フォローするようなことはない」 「…まじか」 「して、あのにゃんこさんはそちらなのかな?」 「少し待て」 簡潔過ぎる会話に手持ち無沙汰になり、待機を告げられた事で話題を変えた彼等の会話は途切れることなく続けられる。 仁平のゴーグルの性能やら、定一のチャクラム占いやら、小魚の栄養素についての話は一先ず置いておいて。 「何か見つけた?」 薄暗い室内に佇む倫祐の頭に降り立ったハルカの声が、ある人には人語として、またある者には猫語として耳に届く。 倫祐がハルカを抱えて目の前を指し示すと、怯えた眼差しが二人を見上げた。 「この人は…」 呟くハルカに、倫祐はメモを提示する。 捜索依頼が出された行方不明者は本島の人間で、嵐のせいで足止めを食い、本日朝方空いている宿を求めて鑑定所に駈け込んだらしいのだが。 数時間が過ぎた今も鑑定所が紹介した宿に到着しておらず、連絡を取り合った鑑定所と宿から念のため捜索願が出された、と言うのが経緯の全てである。 現在地は倉庫街にある第8倉庫。周囲は荷物の入ったコンテナで埋め尽くされており、柱に縛られた…恐らくは行方不明者であろう男の傍らには、ついでのように爆弾が置かれていた。 倫祐のメモによれば、何者かが街に爆弾を設置するところを目撃してしまったらしく、捕まってはこのように縛られたのだと、本人が語ったらしい。 メモには彼から預かったであろう住民カードが添えられており、偽造などされていない限りは、目の前の本人と顔写真も一致している。 「沢也に報告して照会させたらいい?」 問い掛けに対する同意を受けて、ハルカはメモをくわえて城へと向かう。 そうして彼が王座の間に現れたのが、丁度定一が沢也にヘルプを求めた時、更に言えば蒼と沢也の会話が終わり、同時に義希と圓が爆弾のようなものに接近した時だった。 風と雨が強まったせいもあって、それが爆弾かどうかを確認するのに骨を折った。何故ならそれがあるのは二階建てのビルの上だったから。 ビル上方にあるらしいと言う漏水箇所を探して歩いていた義希・圓の両名は、運が良いのか悪いのか、漏水よりも先に赤い光を見付けてしまったと言うわけだ。 外付けの梯子は当たり前にずぶ濡れ状態なため、いくらバリアの中とは言え屋上に上るだけで多量の水滴をまとう羽目になる。それでも2人はなんとか爆弾と思わしき物体の傍に辿り着き、顔を寄せて確認した。 道に一番近い場所で雨に打たれるそれは、確かに爆弾の形をしている。時限装置であろう大きなデジタル時計付きの、筒形の爆弾が複数収められた中くらいの箱だ。 「ううう…ほんとに爆弾だった…」 「参謀に知らせないと…」 「だな」 誤認だったら混乱させるだけだと、今まで控えていた報告を行おうとイヤホンの通話電源を入れると同時、雑談ばかりだった会話の中に沢也の低い声が紛れ込む。 また、数分前に遡り。 こちらは街の一番西側。 「ったく、あいつらのんびり雑談しやがって…!」 「まあまあ隊長。犠牲者が出なくてよかったじゃないですか」 ぶつぶつ響く小太郎の小言を銭が宥める。全く別の話題を返すことで話を逸らす、これが銭のいつもの手口だ。 彼のふった話題は今しがた解決した案件の事で、海の様子を見に来ていた老人に帰宅を促すが聞き入れてもらえず、IDを元に民衆課に連絡して家を聞いた所、家族がわざわざ迎えにきてくれた…それがつい先ほどの事である。 多少駆け足に現場へ到着したとは言え、思いのほかスムーズに事が運べたと安堵の溜息を洩らしたのも束の間。 「これからこっちで指揮を取る」 「沢也!その前に報告…」 「後でまとめて聞く」 義希の声を遮ってまで混線を防いだ沢也は、続いていたざわめきが収まるのを1秒だけ待って説明を始める。 「第8倉庫内で拘束された行方不明者を発見。不明者の身元は本島の商人と判明、照合は済んでいる。傍らには爆弾が置かれており、犯人が他地区で同様に爆弾を設置する所を目撃したため、拘束されたものと思われる」 「それ!多分だけど今オレらの目の前にある!」 割り込むように義希の声が飛んだ。驚く間もなく沢也は応答する。 「場所は?」 「A区画、雑居ビルの屋上」 「宿の近くだな。周囲に人は?」 「居ない。残り時間は、あと10分くらい」 「了解。仁平はそちらへ向かってくれ。今からハルカを送る」 「らららららじゃーです」 「目撃証言によると犯人は2人。若いのと中年、どちらも男。特徴は…」 仁平の声の後、聞こえてくる情報を耳にしながら視線を流した小太郎は、背後で屈んだ銭にイヤフォンをしていない方の耳を寄せた。 「隊長」 銭の促しで、2人の目線は橋の手前に固定される。自動的に耳から頭に流れ込んでくる言葉と、霞む視覚から入ってくる情報との照合が脳内で開始された。 茶のズボン。黒いレインコート、中肉中背の、禿げ頭。 「参謀」 小太郎が駆け出すと同時、続いていた沢也の解説を遮って銭が呼びかけた。 彼が状況説明を行う間に犯人をバリアで囲み終えた小太郎は、ずぶ濡れになりながら男に詰め寄る。逃げ道を失った彼は、今しがた出てきた監視塔の入り口を見据えて苦い顔をした。 恐らく、反対側の監視塔付近で押し問答していた2人の隊員が去るのを待ちわびていたのだろう。隙を見て抜け出したつもりが、眼の良い銭に見つかってしまったと言うわけだ。 同じく雨に打たれながら駆け寄った銭に、男の腕を捻り上げた小太郎が叫びを上げる。 「こっちにも、爆弾だ!」 「橋の傍…いえ、監視塔の中だと思われます」 小太郎が顎で示したその場所には、ぼやけながらも確かに赤い光が浮かび上がっていた。 「島ごと封鎖する気だな」 報告を聞いた沢也の呟きで通信機がざわめく。 監視塔には高波や増水を防ぐために張り巡らせているバリアの装置が置かれていた。それが破壊されれば、嵐が止むまで王都から出る術はない。 「海羽は直ぐに小太郎の方に飛べ。確保した犯人と不明者は待機中の隊員に回収させる。それと、残りの一人も爆弾を持っている可能性がある。手の空いた奴は引き続き捜索に当たれ」 沢也の声が一度途切れ、指示されたメンバーが了解の声を注ぐ。 「あの、ばばばばばば爆弾の形状は?」 続く仁平の問いかけに、圓が見たままを説明した。すると直ぐに彼と沢也の空気が変わる。 「パソコン型じゃないのか?」 「はい…これだと、僕も手の出しようが…」 沢也の声に圓が反応した。つまるところ、時限装置を解除しての阻止が出来ないということだろう。 「そうすると、どうなるんだ?どうすればいい?」 「爆弾そのものを解体するしかない。そこには俺が行く。しかしこれ以上爆弾が増えると…少し厄介だな」 焦る義希を宥めるように沢也が告げた。付け足された後半の言葉で隊員達の間に緊張が走る。 「銭、お前も見回りに行け。おれ様もこいつ引き渡したら直ぐに追いかける」 「了解です」 小太郎の指示に銭が従うと同時、沢也が次の指示を飛ばした。 「仁平。悪いが直ぐにハルカを倫の所にやって、状況を報告するよう伝えてくれ」 「わわわわわ分かりました」 「それと、お前の現在地は?」 「みみみみ南通りの肉屋辺りでしょうか?」 「分かった。恐らく義希の所が一番初めだろう。俺がそこに向かうから、お前は第八倉庫に急いでくれ」 「りりりりりょうかいです」 「あの、それなら指示をもらえませんか?出来るところまでやってみます」 最後の声は圓のものだ。驚きの為の間か、一拍置いて仁平がどもった声を出す。 「どどどど度胸は認めるますけれども、すすす少しでも失敗したら、すすすすぐに…」 「…分かっています。でも…」 歯切れの悪い、しかし決意の籠った圓の言葉を聞き付けて、機械越しに沢也の溜め息が零れた。 「工具はあるのか?」 「ナイフと…はさみがポケットに」 「オレ、ペンチならあるかも」 言いながら、二人は準備を整える。沢也はそれを待って小さく息を吐くと、固唾を飲むメンバーに淡々と命令した。 「俺は指示に入るが、何かあれば逐一報告しろ。報告の必要がないものは出来るだけ発信を切るように」 雨音に合わせて風が耳元を吹き抜ける。 片耳に流れ続ける沢也の解体指示を聞きながら、定一は帯斗に呑気な言葉を投げ掛けた。 「大変なことになってきたねえ」 適当ながらに緊張感のある声に、帯斗は無言で首肯する。と、言うのもバリアを失った二人は、暴風雨の向かい風の中を無理矢理に進んでいるからだ。 元よりその辺りを割り振られていた彼等は、先程駐屯地から雨合羽を来た数人が橋と倉庫に向けて出発したことを確認している。 他に人通りは無く、雨さえ降っていなければ見通しは最高な状況なのだろうが。 「こんなんじゃ人が居ても、めっちゃ近くまで来ないと気づけないすよ」 「おや、君目は悪いのかい?」 「悪くないすけど、目が開けられないっす!」 「気合いだよ気合い。薄目開けてうっすら見るのさ」 「だからー、そんなんで本当に…」 帯斗は、定一のアドバイスを試して直ぐに言葉を切った。彼の視界の遠く向こう、揺らめく影のようなものと。 「ビンゴ」 拡散された赤い光。 定一は直ぐに武器を取り出して、風に押されるまま駆けて行く。帯斗も一瞬遅れてそれに続いた。 若さゆえ、小柄ながらも脚の速い帯斗が勢い任せに突っ込むと、相手も気付いて反転する。 「作動前!」 「よし来た」 帯斗が爆弾に張り付いた赤の数字が動いていないことを告げると、定一の指先から二つの輪っかが飛び交った。作動さえしていなければ、多少乱暴に扱っても爆発することはないものだと、先程仁平が説明していたからである。 最悪の視界の中、戻ってきたリングの一つを人差し指で受け止めた定一は、戻らぬ一つの行方を追った。その間にも帯斗がすっとんきょうな声を上げる。 「うわっと、待つっす!」 爆弾の入った箱に刺さったであろうチャクラムが投げ返されるのを避けて、尚も追い掛ける帯斗の指先が男の服を掴む。しかしつるりと水弾きの良いそれは、体勢を崩した帯斗の手から滑り抜けてしまった。 「はいー、そのままでお願いします」 そこに大きな声が響く。 帯斗と定一が聞き覚えのあるそれに従うと、直ぐ後に銃声が駆け抜けた。 殆ど前が見えないにも関わらず、定一の数メートル後ろからにこにこと現れた銭の攻撃は、しっかりと男を足止めしたようである。 片足を撃ち抜かれ、地に伏した若い方の犯人は、帯斗に取り押さえられまいと腕を伸ばした。 それは、あと少しと言うところで運悪く爆弾を起動させる。 「うげっ…!」 帯斗の声の後、男の高笑いが響き渡った。耳障りな声をそのままに、定一が静かに通信を繋げる。 「すみません、参謀」 一瞬だけ先を躊躇う彼の報告に、沢也は直ぐに返答した。 「見付けたか?」 「はい、しかし…」 「すみません、起動…止められなかったっす…」 続く銭と帯斗の声を聞いて、それでも沢也は淡々と言う。 「発見しただけで充分。犯人は?」 「此処に」 「上出来だ。場所は?」 「駐屯地のすぐ側です」 「分かった。圓、直ぐにそっちに向かえ。今の手順でもう一つ、先に作業を進めておけ」 「わ…分かりました…!」 覚悟を決めた圓の了承が更なる緊張を呼ぶ。その中に控え目な仁平の質問が混ざった。 「さささ沢也さん、猫さんが戻られましたが…」 「次は監視塔だ。海羽と一緒に爆弾を囲うよう伝えろ。定一は犯人に尋問。他に爆弾がないかだけ聞き出せればいい」 「あいさ」 それだけ言って、沢也は脚の回転を早める。他に問題が出なければ、後は時間との勝負だ。 バリアで雨風を弾きながら街道に出た彼は、僅かながら人の動く気配を察知して瞳を細める。恐らく圓が移動を開始したのだろう。微かに聞こえていた足音がすっかり聞こえなくなると、耳元と遠くから響いてくる声が重なって届いた。 「沢也、こっち!」 不自然に高い位置で雨粒が弾かれる場所を見付けた義希が呼び掛ける。 「携帯の画面、光らせて振ってくれ」 義希が指示を実行すると、沢也は直ぐに建物の階段に足を向けた。そこに小太郎の声が割り込む。 「沢也、海羽が着いたぞ」 「そっちはそのまま爆発まで待機。念のためお前も処理に加われ」 「わかっ…ぐえっ…!ハルカも来やがった…」 「ハルカの報告を海羽に通訳させろ。倉庫の状況…特に残り時間は?」 義希に引き上げられながらの沢也の問い掛けに、小太郎は数十秒の間を置いて答える。 「残り八分弱。被害者の引き取り役がまだ到着してねえから、無愛想もそのままそこに居るってよ」 「問題ない。仁平、着いたら倫祐を見張りに置いて作業に集中」 「は…はい、はい。了解です」 ひやひやする義希を尻目に、口では忙しなく指示を飛ばしながら、沢也は爆弾に手をかけた。 残り時間は三分もない。 バリアの出力を義希に託し、彼は短く息を付く。 「蒼。指示出し任せた」 最後にそう呟いて、沢也は通信機の発信を切った。 驚きの声が連なる中、穏やかな声が通話に割り込む。 「了解しました。皆さん、そのまま気にせず任務を続行してください」 「いやいやいやいや、何時から聞いてたし!」 小太郎が吹き出し突っ込むと、何時もの調子で笑い声が返ってきた。 「最初から、ですよ」 にこにこと悪びれずに答えた彼の仕草までを想像できた隊長二人はともかくとして、他の隊員達は声も出せずに硬直するばかり。 沢也の声や存在感があるだけでも緊張すると言うのに、蒼まで出てきてしまっては気の落ち着けようもない。 「すみません、状況が状況ですから。何かあれば引き続き報告をお願いします」 しかしながら威圧感所か寧ろ楽しそうな蒼の声色に、いつしか全員が飲まれていった。 「あー、では、こちらから」 「はい、どうぞ」 「他に爆弾は無いと、犯人が言い張っておりますが」 始めに話を切り出した定一の報告に、蒼は一人頷いて指示を出す。 「では、彼にマイクを渡してもう一度言わせてみてください」 定一は、言われた通りに男の耳にイヤホンを詰め込んで同じ詰問を行った。対して犯人が先と同じ調子で答えると、僅かな間の後に蒼はさらりと決断する。 「大丈夫そうですね。そちらには何人いらっしゃいますか?」 あまりにも呆気ないそれに、戸惑いながらも返答するのはその場に居合わせた帯斗だ。 「三人…いえ、そろそろ圓さんが着くと思うんで、四人になるっす!」 「了解です。では一人は犯人さんの搬送をお願いします。もう一人は駐屯地に戻って、待機中の皆さんに中断している他の業務と、念のための巡回をお願いしてください。特に、爆弾が発見されていない辺りを重点的に」 「らじゃです!」 「銭くん、見張り役頼んだよ」 「お任せください」 そうして話し合うでもなく三人が散り散りになると、暫しの静寂が訪れる。止むことのない嵐の声だけが、それぞれの通信機越しに喧騒を与えていた。 5分ほど過ぎた頃。 「ととと到着です。さささ作業、入ります」 蚊の鳴くような声で控えめに報告したのは他でもない仁平である。 「そっち、不明者は?」 「まままままだ来ていないようです、か、回収…」 「仕方ねえ。出来るだけ爆弾から離してやれ」 「ははははは、はい、はい…」 緊張しているのか、何時もよりはっきりしない口調に指示を出した彼を、通信機越しに小太郎が呼んだ。 「沢也、お前、終わったのか?」 「ああ。義希、念のため此処に残れ。俺は圓の方に行く」 「つか、こっちはそろそろ爆発始まんぞ。なんで此処だけ…」 「退路を絶つためにも早めに爆破したかったんでしょうね」 元から他よりリミットが少なかったのだろうとの蒼の見解を聞いて、小太郎はもどかしそうに舌を打つ。 「くっそ…あいつらの狙いは何なんだよ!」 「まあ、一番に思い付くのはこっちの信頼喪失だな」 「僕もその線が強いと思います」 沢也の曖昧でいてハッキリした主張に蒼が同意する。 続くかと思われた議論も、そこで一旦小太郎が黙った事により途切れた。 次に彼が口を開いたのは約二分後の事。 「見たところ、前のに比べりゃ威力は落ちてるみてえだが…悪意しか感じねえ規模だぞ」 「終わりましたか?」 「ああ、なんとか。やっぱ海羽が居ると違えな」 珍しく安心したような小太郎の声色から、隊員達は橋が無事守られたことを実感する。 「そっち、問題なければ二人をこっちに回せ。お前はそこで警戒を続けろ」 沢也の指示に小太郎が従うと、今度は別の安堵の声が届いた。 「こ…こちらも終了です」 何処と無く明るい仁平の様子に、沢也は軽く笑みを浮かべる。 「流石、仕事早いな。倫祐に爆弾回収、待機させてお前は…」 「いいいえいえ、し、暫くこの場で休憩とさせて貰います…」 「そうか。悪い」 「いえいえ、その…お役に立てたのなら…」 良かったです。彼はそう言って発信を切ると、物言わぬ倫祐に沢也の言葉を伝えた。 そうして仁平が彼にすっかり説明を終えた頃。 相変わらず煙る視界の向こうから愉しげな呼び掛けが響く。 「参謀」 呼ばれた沢也は銭の声がした方へ急いだ。 彼の姿が見えるよりも早く、俯き気味に爆弾と向き合う圓の背中を見付け、沢也は一旦解除したバリアを二人にも被るように張り直す。 「お…お疲れさまです!」 不意に止んだ雨に驚いたように顔を上げた圓に二枚のタオルを投げ、爆弾の様子を確認した彼は工具片手に腰を下ろした。 「あとは任せろ。避難していいぞ」 「いえ、そんな…」 「また雨に打たれるのも癪ですから」 「そんだけ濡れてて…」 返答に俯けていた顔を上げた沢也は、背後で正座する二人の姿を見て苦笑する。 「まあいい。好きにしろ」 圓がすっかり事前処理を済ませたそれは、その後三分も経たぬうちに解除された。 遅れて到着した海羽とハルカは、このまま帰るのも難だからと。駐屯地を間借りしては、ボスと共に続々と帰還するずぶ濡れの隊員達の服や頭を乾かし続ける事にする。 しかし見回りや尋問に参加した隊長三人が帰還したのは、結局二人が帰った後だった訳で。 「折角唯一嵐に感謝すべき事だったんによ…」 嵐も去って、殆どの隊員が帰宅した駐屯地の片隅。 不機嫌な小太郎の呟きが、遅い夕食を頬張る義希を苦笑させたのだった。 cp32 [file5”嵐”前編]← top→ cp34 [給料日] |