file5”嵐”前編



 5日後に嵐が来る。
 宴の最中に入った情報が、沢也の帰還を宣言通りにさせた。
 予報は妖精による正確なものであり、王都の特性上、嵐への対応が必用不可欠なものだと言うことが、咲夜の首を渋々ながら頷かせたのである。
 本当はもっと弄り倒すつもりだっただの、この場で結婚の書類を整えさせるつもりだっただの、散々な愚痴を背に持参したスクーターに乗った彼は、その日の夜中に王都に到着しては安堵の息を漏らしたのだった。

 嵐が来れば、空路と海路は使い物にならず。緊急処置として橋にバリアを張り巡らせるとは言え、陸路も余り当てにはならない。よって、国中の…特に王都の物流が必然的に麻痺する為、予め物資を確保しておく必用がある。
 他にも高波や冠水、暴風対策等々、やることが晴れの日の三割増しに膨れ上がるのだから頂けない。
 加えて今回は爆弾事件も抱えている。
 小次郎の報告書によれば、前回と前々回の事件に使われた爆弾は良く似たもので、時限装置の大まかな猶予は20分前後、爆発規模は王都のうち一区画程度だと推定される、とのこと。
 その程度であれば、最悪爆発するとしても海羽とハルカ、両名が揃っていれば被害は防げるが、問題はこの先も同じ爆弾が使われるとは限らないと言うことだ。
 沢也は出張前に技術課の中から最も爆弾に詳しい人物を選出、駐屯地に常駐させると共に、ハルカの仕事を一時的に休止させる処置を取っている。海羽の方は秀対策の一貫として、元より直ぐに居場所が分かるようになっているため、もし連絡が付かなくとも走って呼びにいけばいい。
 それよりもこれ以上爆弾がばらまかれないよう対処するべきなのだろうが、残念ながら目星い情報は入ってきておらず、どうしようもないのが現状だ。
 とにもかくにも、沢也は帰宅の翌日までに大まかな対応指示を終え、後はリアルタイムに問題を片付けながら書類を捌くのみの状態を作り上げた。
 寝ぼけながらも徒歩で帰宅すると宣言した倫祐も、事態を予測して早めに出発してくれている。早ければ嵐が来る前日には王都に辿り着くだろう。


 そうして滞りなく嵐への対策を進め、予想通りに倫祐が帰還した翌日。


 風と雨の吹き乱れる街並みに人影はなく。騒がしくも静かな王都の一角、狭苦しい駐屯地の中で複数のため息が吐き出された。
「こんな日にまで仕事だなんて、どうかしてるぜ」
「ほんと…ばっかみてえだよなぁ?」
「風邪引きたくないし、おれらは大人ーしく留守番といきましょうぜ」
 愚痴を溢しながら机の上でだらける三人の隊員を横目に、その他待機中の隊員達も静かにため息を漏らす。
 改正案が施行されてからと言うもの、一向に働く気配の無かった彼等には、真逆の意味を持つ二種類の眼差しが注がれていた。
 部屋の中でも入り口に近い場所で書類仕事をしている圓は、その微妙な空気に居心地の悪さを覚えながらも、三人と同じく暇をもて余す隊員達に複雑な思いを抱く。しかしそれが口から出ていく事はなく、彼は自分の度胸の無さに失望しながら、とりあえず酸欠防止の為、換気扇を付けようと席を立った。
 時刻は午前10時を過ぎた辺り。
 今日は何かしらあるだろうからと、早番も遅番も通しで常駐するよう命令が降りている。従って、特別な理由で非番を申し出ているメンバーを除く、全ての隊員が出勤している状態だ。
 因みに休みを取った数名は妻帯者で、家に男手が無い事などが理由として上げられる。出勤している中でも、小太郎はくれあを城に預けていたり、定一は隣近所に家族を頼んであったりと、家庭を持つ隊員も少なくない。
 そんな事情を知っていてもパトロールに出たく無くなる程の嵐の中。現在表に出ているのは先見隊の四人だ。
「もう、何?急にどっしゃーってさぁ。バケツをひっくり返したような雨、って。こーゆうのを言うんだなぁ」
「すっげーっすよ。前全然見えないんっすもん。数歩先に居る隊長の顔すら朧気なんですよ?」
 わいわいがやがやと帰ってきた彼等を振り向いて、圓は座っていた場所を開ける。レインコートも意味を成さぬくらいの濡れ方は、彼が取り出そうとしたタオルをもう一度しまうくらいに酷かった。
 義希は帯斗が脱いだレインコートを預かって、床が濡れないよう手持ちのルビーに収める。他の二人は中に入る前に、小太郎が製作したバリアの中で雨粒を弾いていた。
 扉が開いた事で換わった空気に息を付く隊員達の浮かない顔を、一瞬だけ光が照らし出す。続けて響いた轟音の後、小太郎の舌打ちが落ちた。
「追い討ちの雷か」
「こんな日は、休んでいたいもんだけどなぁ」
「こんな日だからこそ、仕事が舞い込んでくるってもんだ」
 圓の隣に座っていた定一のぼやきにため息混じりに返したのは、バリアの外側に佇むボスの声。大きな彼女を受け入れて中に通しながら、小太郎は当たり前のようにため息を漏らす。
「やっぱりか…」
「まるで台風にはしゃぐガキんちょの如くって奴すか?」
「現にガキだからこそ犯罪なんて軽はずみな行動に出るんだろ?」
「まぁ、全部が全部そーとは言わないけど、こう言う日を狙う奴は大方そうかもなー」
「濡れ鼠確定ですね」
 帰ってくるなりボスから手渡された指令書を眺める四人の愚痴を他所に、待機していた隊員達の半数以上は我関せずと言った様子だ。
 ボスが持ち込んだ指令は鑑定所から直接の依頼で、停電や冠水に置ける簡単なトラブルへの対処、そして行方不明者の捜索である。
「でも先も見えないし?どーする?」
「そんな時こそ、だろ?」
 義希の問いに、小太郎は喫煙室を指差した。徹夜あけで仮眠を取っていた倫祐が、仕切り窓の向こうでむくりと起き上がるのが見える。
 妙な空気が流れた後、すし詰め状態に近い室内の奥の方から軽い皮肉が飛んだ。
「濡れたらショートしちゃうんじゃないですか?」
 続けて笑い声が巻き起こるが、小太郎は怒らず、呆れたように舌を打つ。
「くだらんジョークかましてる暇があったらな、事務所の掃除でもしとけ」
「それか付いてくる?」
「いや、遠慮しときますー」
 義希も小太郎も即答をさらりと流し、ぼんやり顔の倫祐をバリアの中に押し込んだ。
「よし、行くぞ無愛想」
「他にも来れる人は付いてきてくれー?雨も風もまじやばいけど」
「此処に居るだけなら無駄だから帰っても良いぞ?沢也にはおれ様が報告しといてやっからよ」
「ボス、ここ頼んじゃっていー?」
「あいよ、しっかり働いてきな!」
 トントン拍子に話を進め、慌てて出てきた数人を引き連れて、義希はパタリと扉を閉める。
 彼と帯斗、元から外に居た小太郎と銭に加え、倫祐と圓、定一を含めたメンバーは、人通りのない大通りに出てバリアの中で会話を始めた。
「ったく、どいつもこいつもロボットだなんだって…んな高性能なもんあったら、とっくに量産しまくってるっつーの!そうすりゃあおれ様が苦労する必要なんてねーし!」
 聞こえようとも構わぬと言った勢いで癇癪を巻き起こした小太郎の背後から、落ち着いた調子の銭が肩を竦めて相槌を打つ。
「高性能だからこそ量産できないのだと思いますけど?」
「そーだとして、そもそもそんな技術、誰が持ってるっつんだ」
「それはもう大臣以外にいらっしゃらないかと」
「あのクソ眼鏡が、ロボットなんて不確かなもんに本隊の隊長なんて任せるかっつーの」
「ロボットだからこそ確かな仕事をしてくれる場合もありますが…それに関してはボクも賛成ですかね」
「つーか、小太郎が一番倫祐のこと機械扱いしてたんに…」
 銭と小太郎の喧嘩になりきらない言い合いを止めたのは義希の小言だ。小太郎は暫しの硬直の後、顔を赤くして反論を繰り出そうとする。
「ばーか!そこはお前…」
「はいはい、ツンデレ頂きましたー?」
 言い訳も早々に銭に纏められて唸る彼を他所に、別のところから話は続行された。
「しかし噂になるだけあって、本当に無反応だねぇ?」
「…本当に大丈夫なんすか?」
 定一と帯斗はこの騒ぎに反応を示さない倫祐を見上げてはしげしげと観察する。その間に銭が割り込んでほんわかと手を伸ばした。
「気になるなら確かめるまででしょう」
 そう言った彼の指先が、倫祐の下瞼をぐいっと引き下げる。突然の行動にぎょっとする数人を他所に、当人同士は至って冷静な様子で確認を終えた。
「何だ、ちゃんと血の通った人間じゃないですか」
 銭はつまらなそうにそう呟くと、目を見開く帯斗と、口を開けて固まる定一を振り向き肩を竦める。2人は銭が視線をそらすのに合わせて、相変わらず無反応な倫祐を盗み見ては首を傾げ合った。
 義希と小太郎はその様子をなんとも言えぬ表情で眺めていたが、倫祐が目線を寄越したことで仕事へと思考を切り替える。
「倫祐はともかく。この雨じゃケータイが使い物にならなくなりそう…」
「確かに」
「ていうかその前に、雨にバリアが破壊されそうな勢いなんすけど…?」
「気持ちは分かるが、そんなもんで壊れられたらバリアとは呼べないよねぇ?」
 帯斗の震え声に定一が突っ込むと、小太郎は両手で挟んだ空気を横へとずらした。
「冗談は置いといて。どーすんべ…この状況下で連絡取れないのは痛すぎ」
「あの…こんにちは?」
 唐突に会話に割り込んだ小さな声が、バリア内のメンバーを硬直させる。恐らくは大きく出したつもりなのだろうが、残念ながら大きすぎる雨音にかき消されたか弱い声の持ち主は、一斉に振り向いた彼らに驚いて肩を跳ねさせた。
「…海羽!?」
 霞む視界の中に見つけた色合いと背丈、それから綺麗なバリアを認めた義希が叫びを上げると、彼女は頷いてバリアの出力を強める。元から張られていたバリアを覆うように拡大されたそれを見て、小太郎がバリアを解くと共に彼女は近衛隊の輪の中に加わった。
 丁度切れ目の位置に居た帯斗に海羽が並ぶと、あまり変わらぬ身長差に気づいた彼が慌てて背伸びをする。それに気づいた数人が思わず目を逸らすのを不思議そうに眺めながら、彼女は話を切り出した。
「沢也がな、念のためこっちに居ろって」
「ここここ、この雨ですと移動ががが、た、大変ですからね…」
 海羽の背後に佇んでいた人物がそっと顔を出すと、義希の人差し指が上下に動く。
「えーと、確か技術課の…」
「仁平さん」
「は、はい、仁平(にへい)と申します…今日はその、遅刻しましてもうしわけなくなくして…す、すみません…」
 海羽のフォローを受けて頷いた仁平は、目線を右往左往させながらしどろもどろに挨拶を終えた。
 彼は沢也が爆弾事件対策として近衛隊に派遣している技術課の人間であり、本来ならばこの時間は駐屯地で待機している筈なのだが。何か事情があって遅れたのだろうと、ひたすらに謝罪を続ける彼をなあなあに宥め、義希は海羽の耳元に言葉を落とす。
「にしても、良くこれたな…?海羽」
「この雨だからな」
 海羽が困ったように小首を傾げると、肩に乗っていたハルカが落ちかけて身をよじらせた。
 義希は彼女の言葉で上を見上げると、頻りに落ちてくる大きすぎる雨粒を今一度確認して目を細める。
「ああ、そういやあの人…いつもは浮く方の車移動なんだっけ?」
「うん。陸用もあるんだけど、やっぱり大変だから今日は諦めますって…」
「根性ねえなぁ…」
「まぁまぁ、いいことじゃん?」
 割り込んできた小太郎の訝しげな顔を宥めていると、横から定一の訝しげな顔も覗き込んできた。
「で、どうするのさ?というより彼女は何の為に派遣されたの?」
「ああ、いっさんも帯斗も初対面だっけ?」
 義希が2人が頷く様を交互に見据える中、小太郎が意気揚々と解説を始める。
「こいつは魔導課の海羽。魔導師だから協力な助っ人。肩に乗ってんのがハルカ。同じく魔法使い」
「よ、よろしくお願いします…」
 仁平には劣るものの、おどおどとした海羽の挨拶にハルカの鳴き声が続いたことで、話の内容は一気に仕事へと傾いた。
「そうかい。で、仁平さんはどうする?」
 定一が会話の進行を促すと、名指しされた仁平は眼鏡の上に装着したゴーグルのようなものを鼻の根元まで押し上げ、上着のポケットから複数の耳栓のようなものを取り出しては、隊員が作る輪の中央に差し出す。
「さ、沢也さんの指示でこちらをおおおおおお持ちしました…。それと、爆弾に関することはおおおおおお任せ頂ければと…あの…思います…」
 どもり過ぎていまいち聞き取り難い説明を聴き、一同は身を乗り出して品物を手に取った。
「いいいいいいイヤホン型通信機です…。通信機本体はぎぎぎぎぎ技術課にございます…こちらのイヤホン端子はそちらに預けままままますので、今後も振るってご使用頂ければ…。めめめめメンテナンスは定期的にしますので…ああ、それから通信なのですがががが、こ、こちらの方を介しております…しし使用されたものは全てログを取らせてもらうことになります…ので、その、ご了承を頂ければと…」
「うん、なるほど、わからん!」
「つまり、勝手に使ってもいいし壊しても大丈夫な上、会話や機械の管理もそっちでやってくれる、ってことだよね?」
「ま…まとめて頂き恐縮です」
 義希の唸りを受けて纏めた定一に、仁平は深く頭を下げる。納得した義希は耳に通信機を詰め込みながら指示を飛ばした。
「んじゃあ何時も通り二人一組で」
 数人が頷く傍ら、小太郎が倫祐の背を叩いては横目に海羽を捕らえる。
「こいつはどうするよ?どのみち連絡出来ねえなら、どっかに混ぜて…」
「それはそれで勿体ない気もするねえ。それよりなんとかこれ、持てないのかい?」
 小太郎の提案に定一が早々に苦言を漏らし、イヤフォンを倫祐に差し出した。小太郎は小太郎でそれを制して肩を竦める。
「爆発したら仁平が泣くだろ?」
「ぼくは…いえ、ははは話には聞いていますが、そそそそんなに酷いのですかか?寧ろき、興味深いくらいなのですが…」
 仁平はそこで言葉を切って、耳元に手を伸ばした。その数秒後。
「どこまで壊れるか分からないから止めておけと、さ、沢也さんが仰っていままます」
 彼がそう言った事で、未だ通信機を装着していなかった帯斗と小太郎の表情が変わる。
「沢也とも繋がってんのか…」
「はい、今、繋がりました」
 二人が慌ててイヤフォンを耳に付けると、早速参謀の声で短い命令が告げられた。
「今日は絶対何かある。気ぃ抜くなよ?」
「絶対、ですか?」
「参謀が言うならそうするしかないね」
 帯斗と定一が呟くのを待って、沢也は更に指示を続ける。
「仁平は海羽と組め。何かあったらそいつを盾にすりゃあいい」
「あんまりな指示だねぇ…」
「いやいや、ぶっちゃけこん中なら海羽が一番か二番目に強いだろうから…それでいいと思う」
 義希がそう纏めると、定一と帯斗も半分納得して海羽を振り向いた。
「帯斗と定一はハルカと駐屯地付近、小太郎と銭は橋の近辺、義希と圓は城側を。海羽と仁平は住宅街を中心に偵察、倫祐は単独で見回り。怪しい奴、及び行方不明者を見付けたら直ぐにハルカを呼ぶように伝えろ」
 沢也はそれだけ指示すると、何かあったら知らせるようにと命じて通信を切る。
 隊員達は割り振られた通りの方角へと、それぞれのトラブル処理に向かった。


 通信を切断した沢也は、薄暗い王座の間の何時もの場所でため息を漏らす。その傍らで電気のスイッチを入れた蒼が、報告書を覗き込んで小首を傾げた。
 沢也はコーヒーで一息付くと、明るくなった周囲に気配が無いことを確かめてから解説にかかる。
「この事件は恐らく秀が一枚噛んでる。だからこそ、あいつが常駐する城から遠い場所で事件が起きやすかった。しかし今回、あいつは不在の形を取った。その上海羽に執拗に「外に出ないよう」念を押した」
「それだけで確定してもいいものですかね?」
「理由としてはもう一つ。この事件が始まってから、他の案件で「強化剤」が絡むことがなくなった」
 沢也の言葉通り、強化剤の流通には秀が関わっているらしく、リーダー及び郵便課の裏の顔である諜報部に調査を一任してあるのだ。
 蒼が頷いて先を促すと、沢也はマグカップを置いてパソコンに手をかける。
「この爆弾事件は、不正マジックアイテム事件の片がついちまったから、その代りとして起こさせた事件なんだろう。だがこっちが休暇だなんだって動いたもんだから、手が足らずに片方が留守になっちまってる」
「そうなると、藤堂さんは何をなさっているのでしょう?正直あまり考えたくはないですが…」
「次の手を打つ準備をしている最中。これはその繋ぎだろう」
「やはり、そうなりますかね…」
「全く、次から次へと…」
 呆れたようにため息を吐く沢也に苦笑を返した蒼は、次に唸るように質問した。
「例の車が使用されたのは攪乱が目的でしょうか?」
「大元が同じだからな。使いまわされただけっって線もあるが…」
「結局は証拠として使えるだけの材料では無いと言うことなんですよね」
 蒼が小さく息を吐くと、沢也は首肯に話の続きを乗せる。
「一件目の犯人も、二件目の犯人も、この街の住人だった。取り調べははぐらかされるばかりで捗らないが。共通しているのは「近衛隊、若しくはこの国に反抗心を抱いているから犯行に及んだ」と供述していること」
「それが本当かどうかは未知数ですよね?」
「そう。そもそもそんな理由、マジックアイテム事件を起こした犯人ですら口にしてるくらい典型的なもんだ。本当なら掘り下げた時点で真意が分かる筈なんだが、それもないって事は…」
「その供述ですら説明書通りな可能性もあるって事ですね?」
「そうなるな」
「それで、あなたはどう推理しているんですか?」
「…近いうちに、此処まで来るだろうな」
 意味深な呟きに瞬きで先を促した蒼は、沢也のため息を受けて手を差し出した。沢也はその手に空のマグカップを渡しながら見解を口にする。
「元は秀の計画だとしても。この犯行の詳細を組み立てているのは別の人物だ。そいつは自分の正体を明かさないよう爆弾を配り、配った人物に犯行を行わせている」
「その主犯となる人物を特定する手段は…」
「今のところはない。だが、わざわざ二人目の犯人に「同士が多い」なんて台詞を言わせた所を見ても、使えるコマの数は限られているんだろう」
「…それはつまり」
「そのうち本人が仕掛けて来る可能性が高いってことだ。実際、爆弾を送った相手が犯行を実行に移せないような奴なら、わざわざ危険を犯してまで送り付けるような事はしないだろう。現に見つかった爆弾の全ては犯行に及んだ結果発見されたものだからな」
「確かに、本当に無差別に送り付けているのなら、未遂で見付かる爆弾があっても良さそうなものですよね」
 蒼が納得がてら注ぎ終えたコーヒーを手渡すと、沢也はそれに口を付けながら頷いた。
「そうならないってことは。ある程度人となりを知った上で駒を選んでいるんじゃないか?」
「…そうなると、証拠探しに走るよりも的確に爆弾処理をすることに尽力し、実行犯の共通点を探した方が確実な気がしますね」
「まあ、そう簡単に行けばの話だけどな」
 小さな呟きに密かに同意して、蒼は定位置であるデスクへ戻る。そして席に着く片手間静かに問いかけた。
「本当はもっと目星が付いているんじゃないですか?」
 横目に蒼を捉え、暫し思案した後。沢也は観念したように肩を竦める。
「これは目星ってより勘に近いからな。今のところ捜査に反映する気にはならねえ」
「あと幾つ、駒が必要ですか?」
「さあな…こればっかりは…」
 からかうような蒼の声に対し、ため息交じりに返答した彼の声は、外の嵐の声に飲まれるような小さなものだった。
 蒼はそれでも納得しては、沢也の心情を映し出したような苦笑を浮かべる。


 丁度その頃。


 街道を城方面へと進んでいた義希と圓が、霞む景色の中に赤く点滅する光を見付けていた。
 大通りもそろそろ終点、傍にあるのは小さくもお洒落な雑貨店や小さな宿屋等、こじんまりとした商店の並ぶ普段から落ち着いた一角である。正直なところ、そんな場所に「そんなもの」が置いてある意味も理由を見出すことが出来ないだけに、しっかりとその目で確認するまでは信じたくないのだが。
「なあ、圓?オレ達ってもしかしてこういう係なん?」
 遠目にも嫌な予感を隠せずに呟いた義希に、圓も震える声で同意を返す。
「そうと認めたくはないですが、恐らくその通りなのかもしれないです…」
 ただ単に漏水箇所の確認に来ただけなのにと、涙目な2人を嘲笑うかのように。


 

 無機質な赤が、残された時刻を知らせていた。





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