File1”第3倉庫”


 城下町を走る長い長い大通り。
 敷き詰められた建物が形成する道のりの丁度真ん中辺りに、星の数ほどある中でも一際細い小路がある。
 人通りの激しいメインストリートに面しているにも関わらず、人目に付きにくいその路地を進めば、両脇に聳えるレンガの壁の左側に、ぺったりと張り付く古びた扉に辿り着く。深緑色をした戸板の中央、人の目線の高さに下げられた木造の札が、当たり前のように傾いたままその場所の名称を提示していた。

 ”近衛隊駐屯地”

 その名の通り近衛隊に貸し出されたその場所は、現在国の管理下にある。
 そもそもは画整備の際にどうしても生まれてしまう、細い路地に面した部屋などを、犯罪などに使われやすいという理由から国が買い取り、管理し始めたのが発端だ。その空き部屋を利用して施設を設定した為、駐屯地も必然的にこのような場所に組み込まれてしまったのだ。
 現に1階を駐屯地とする建物の他の階は、上に行くための階段が表通りの目立つ位置にあるので、貸し店舗や雑貨店の事務所として使用されている。
 そんなわけで、数年前まで某大臣が住んでいたセンターサークルのアパートのように、それなりの広さを誇る長方形のワンルームに広がる近衛隊駐屯地、その現状は男所帯の近衛隊ならでわの殺風景に加え、入り口に立った途端に覚える感想が「足の踏み場も無さそう」であることからも分かるように、数々の物質がこれでもかと散らかされていた。
 部屋自体は煉瓦剥き出しの壁や、板張りの床、吊るされた電球などを見てもそう悪くはない筈なのに、無造作に置かれた書類の束や、引きちぎられた茶封筒、中身の無いカップラーメンやコーヒー缶などなど。それこそ売れない探偵事務所の如く、乱雑に配置された事務用品や小物類が殺伐とした印象を与えるのだろう。
 そもそもこの駐屯地と言うものは、近衛隊員達の待機所及び休憩所として用意されたもので、休む以外に他にやるべきことと言えば報告書の制作くらいしかないのだから、仕方が無いと言えば仕方がないのかもしれない。
 加えて町人からの依頼も全てを機械化してしまっている為、この部屋自体に来客があることが珍しく、その上それほど街の治安が悪いわけでもないわけで、暇を持て余した隊員の格好のだらけ場になってしまっている感が否めなかった。
 従って、室内がこうも散らかったまま放置されているのは男所帯のせいだけではなく、単に怠惰が招いた結果だと自信を持って断言できる。

 そんなどうしようもない状況を打破しようと、事務所の片隅で無い脳ミソを捻っていた第二近衛隊長こと小太郎は、何時の間にやらうたた寝の罠に嵌まってしまっていた。
 部屋の隅とは言っても、それほどまでに寛げるスペースは少なく。現在の彼が居る場所は、恐らく過去には本当に、探偵事務所か何かの応接室として使われていたのだろう。駐屯所の端に設置されたガラスの間仕切り、その中央にある扉を潜った内側に、ご丁寧にブラインドまでかけられた小さな部屋がある。部屋全体を羊羮に例えるなら、ほんの一人分程度切り取られたようなその空間。元から置かれていたソファやテーブルは高級そうであるにも関わらず、残念なことに現在は喫煙所兼仮眠室として使用されていた。
 換気不十分な扉の内側でソファに体を預けていた小太郎は、鳴り響く耳障りな音によって現実に引き戻される。彼は無理矢理開いた眠気眼を擦り、咥えたままだった煙草を弄びながら、ぼんやりと天井を眺めた。ローテーブルには吸い殻が詰まりに詰まった巨大な灰皿、温くなった缶コーヒー、そして携帯電話。
 隣の部屋では未だ黒電話がけたたましく着信を知らせているが、どういうことか誰も取る気配がない。そもそも、自分以外に誰か居たっけか?そう思い直した小太郎が渋々体を起こすと、諦めたようにピタリと電話が鳴り止んだ。彼がため息まじりに髪をかき上げ、テーブルの上の携帯を見ると、目に悪い眩しさで光るランプが着信があったことを知らせている。
「やっべ…結構…寝てたみてえだな…」
 手に取った端末に表示された時刻を見て冷や汗を垂らした小太郎は、続けて着信履歴に連なる番号をタップした。
 ワンコールもしないうちに繋がった通信の先で、噛みつかんばかりに会話を切り出したのは義希である。
「小太郎!?よかった、繋がって。今暇?暇だよな!?暇であってくれ」
「んぁあ?何だよ、いきなし」
「いっさんがさ、例の”ふせいとりひき”?の現場がどうのって、今見張ってるらしいんだ。オレも向かってるんだけど…」
「場所は?」
「第3倉庫!」
「りょーかい、すぐ向かうわ」
 ソファから跳ね起きると共に通信を切った小太郎は、腹にかけていたジャケットを羽織って、急ぎ気味に仮眠室の戸を開けた。

 義希が言っていた”ふせいとりひき”、漢字に直すと”不正取引”とは。  統治前には大変高価とされていたマジックアイテムだが、開発が進んだ現在は量産されるような品も出てきており、比較的手に入りやすくなっている。
 モノがモノだけに、勿論市場には国が認可を出した効果が付属された物しか出回っていないのだが、不正に製造された非公認のアイテムが裏の世界で取引され、犯罪に使われるケースが多発しており、早期解決を迫られる大きな問題の一つとなっていた。
 新しく制定された法律で、許可の無い一般人の武器の所持を禁止したこともあって、主に人に害を与える魔法を込めた本や布、更には果物ナイフや包丁などを剣や槍に変える物まで、攻撃特化の不正アイテムが数多く押収されている。
 数日前に起きた事件でもこの手のアイテムが押収されており、製造元の割り出しを急かされている状況だ。
 こうしたマジックアイテムの製造には必ずと言って良いほど魔術師が関わること、そして偏った特色からしても、製造元は一ヶ所、多く見積もっても5ヵ所が良いところだろうと、国の参謀でもある大臣は分析しているようだ。
 とにもかくにも、新しい効果…特に防御効果のあるアイテムが開発、量産される前に大元を絶たなければ部が悪くなる。そうとなれば今回のミッションは、必ず成功させなければ。
 小太郎はそんなことを念頭に、指定された目的地へと急ぐ。

 城下町の北側を占める工業地帯の片隅は、コンテナ船を使用して本土と品物をやりとりする為の、港に直結する倉庫街となっている。現場である第3倉庫も、そのうちの一つだ。
 倉庫街から崖下の海までは、エレベーターやゴンドラなど、様々な方法で貨物を運んでいるようで、所々に重機やトラクターなどが置きっぱなしになっている。その為広いわりには視界が悪く、特にシャッターを閉めきった倉庫の中の見通しは最悪だ。
 日に三度、本島と王都を往き来する船は、国の管理の下、許可された品物だけを運搬する手筈になっている。しかし現在のように梅雨の間は、特有の気候により海が安定しないため、終日休止状態だ。この時期になると活気だけでなく物量的にも閑散とする上に、全ての倉庫のシャッターが降りてしまうため、何処と無く薄暗く、心なしか空気も悪く思える。
 元がゴーストタウンだっただけに、雰囲気満載なその場所の入り口付近に辿り着いた小太郎は、呼び出した張本人やら見張りの最中だと言う人物を探して、物陰から辺りを見渡した。
 その背後に気配が現れたのは、彼が周囲の状況確認を終えてすぐのこと。
「こったろぉおぉー!よかった、合流できて」
「おう、ってかお前のが遅いってどういうことだし」
「途中で引っ掛かったん。おばちゃんに」
「アホか…」
「ちゃんと説明してソッコーではなしてもらったもん」
 呆れる小太郎に何故かふんぞり返った義希の背後、ちらりと覗いた茶髪が小声で苦言を溢す。
「少数精鋭でそっと近付くらしいんで…あんま騒がないで下さいよ、隊長」
「何だ、帯斗も一緒かよ」
「俺が一緒じゃ悪いですか?」
 義希の脇からひょっこり顔を出し、ぷっくりと頬を膨らませたのは義希の部下に当たる青年、帯斗(たいと)だ。小柄な小太郎よりも更に背の低い彼は、童顔も相成ってまるで少年のように見える。本人もその事を気にしているようで、彼の実年齢である19歳以下の子供扱いをしてしまうと、あからさまにヘソを曲げる。特に身長に関する話題はタブーで、普段は空気の読めない小太郎ですら、帯斗の前ではその手の話をしない程だ。
「いや、聞いてねえよって話。報告くらいきちんとしろし」
「す、すまん…何かこんなおっきい事件?初めてだからテンパって…」
「しっかりしてくださいよ!隊長。頼りにしてるんすから」
 小太郎の言い訳に汗を飛ばした義希に、帯斗は懐に常備している小魚の小袋を手渡した。”カルシウム補給でイライラやソワソワを撲滅する”との名目で、日頃から小魚を携帯している彼ではあるが、涙ぐましいまでの努力にも今のところ成果は見られず。隊員達は生暖かい眼差しで、小柄な帯斗の頭を撫でたい衝動を抑える毎日を送っているのであった。

 義希はそんな帯斗からそっと受け取った煮干しをかじりつつ、先頭を切る小太郎の背中を追いかける。
 小魚を口端からはみ出させた二人を引き連れて、中腰で先を進んでいた小太郎は、目的の倉庫の手前で屈み込む人物を発見し、コンテナの影で立ち止まった。そして彼が様子を窺う方向から見えない角度まで移動して、足早に合流する。
 寄ってくる三人に気付いたのか、振り向いた眠そうな顔付きの男が、欠伸がてら力ない手招きをした。
「遅かったね」
「ごめん、いっさん。大丈夫だった?」
 問いかけに肩を竦めた中年の彼は、義希が最初にその名を目にした時に「ていいちさん」と読んだことからいっさんと呼ばれるようになり、僅か2ヶ月足らずで既に渾名として定着してしまってはいるが、本名は定一と書いて「さだかず」である。会話の合間に噛み殺す努力すらせずに欠伸を連発するほどに欠伸をすることが癖になっていることからも分かるように、本人の態度からはやる気の欠片も見えはしないが、元は組織の中立派として最後まで生き残った数少ない人材だけに、腕は確かだ。
「まぁ、なんとかね。ほら、あの辺だよ」
 例によって欠伸混じりに示された分厚い倉庫の扉の片側、微かに開いた隙間からは、蠢く複数の人影を垣間見ることができる。周囲には見張りのようなものも無く、中に居る人数も片手で足りる位だろう。
「毎回思うんだけど、なんつーか、人員少ないんだよな?」
「そりゃあ、あっちにはマジックアイテムがありますからね」
「まぁ、そうだけどさ」
「好都合じゃねえか。なめやがってよ…!まぁでも、これが検挙できれば大手柄だぜ?」
「んじゃ、まあ…捲りますか…」
「いっさんが言うと逆にやる気が抜けてくんですけど…」
「あはは、んじゃ小太郎、先頭は任した!」
「仕方ねぇな、おれ様が突入の手本ってやつを…」
「はいはい、よろしくな!」
 そう言って小太郎の背を叩く義希がピアスから取り出したのは、現在の彼が武器として使用している片刃の大斧だ。アネモネは相変わらず有理子の元で髪飾りとして働いているわけで、代用品として製作したものを沢也が義希の希望に沿って加工した、言わば特注品である。
 こういった警備の仕事に付き物となる戦闘。しかし義希達が各地を旅していた昔と違って、現在は人間を相手にすることが多く、ついでにいくら犯罪者とは言え殺してしまう訳にはいかない。だからこそ手加減のし難い武器を扱う義希は、自分の力量を考慮して刃の逆側を軽量のハンマーとしても使えるように改造してもらったと言う訳だ。
 見た目は普通の斧と変わらぬそれを肩にひっ下げて、義希は右手の義手をナイフに変形させる小太郎の背中に続く。
 それぞれが様子を窺う小太郎の合図を待って忍び足で扉に近寄ると、中から微かではあるが話し声が聞こえてきた。内容までは聞き取れないが、どうやら品物の確認を行っている最中らしい。
 踏み込むなら、そちらに注意が引き付けられている今だろう。小太郎は武器の特性も考慮した上で義希に合図を送る。頷いた彼は、更に後ろに続く二人に援護の依頼をして小太郎に向き直った。
 小太郎の口の動きに合わせて、彼の左手の指が3つカウントする。義希はそれに合わせて正面のシャッターから飛び込み、きっちりと斧を構えた。
「近衛隊だ!大人しく投降しろ!」
 威勢の良い決め台詞に場が硬直する。その空気は数秒間停滞した後、行き場を無くして見事に地に落ちた。
「言いたかっただけかよコノヤロー!」
 堪らずツッコミを入れた小太郎に困った顔を返す義希。その間にも敵の戦闘体勢は整ってしまったようだ。
「マヌケが来てくれて助かったぜ」
 台詞と共に構えられた散弾銃が義希と小太郎を狙う。その銃口は待ったの声が出る間も無く弾を吐き出し始めた。
 けたたましい音が広い倉庫内で反響を繰り返す。雑多に置かれた積荷と、独特な凹凸を持つ高い天井のお陰で音の跳ね返りが大きいようだ。加えて激しい弾幕で床に積もっていた埃が巻き上がり、視界までもが悪くなる。
「お陰で貴重なアイテム使わずに済んだぜ。ありがとな、隊員さん」
「そうか、そりゃあ良かった」
 悪態の後、響いたのは金属同士がぶつかる音。続けて重たいものが床に墜ちたような音が木霊する 。
「押収品は多いに越したことはねえ」
 皮肉に併せて間近に迫る小太郎のツリ目。真っ二つに切断された散弾銃を捨て、慌てて距離を取った男は、真っ直ぐに立ち直す小太郎と、その奥で突き出していた右手を下げる義希の顔を見て舌を打った。
「このマヌケが隊長さまかよ」
「世の中どうなっちまってるのかねえ」
「うっせー!マヌケなのはアイツだけ!おれ様はまともだっつーの!」
「ちょ、小太郎?酷すぎ!」
 コントの合間にも飛んできた銃弾を弾くのは、近衛隊の隊長だけが持つ事を許された特殊なバリアストーンだ。

 モンスター化した妖精の最後の姿である特別な力を持つ宝石、その全ては現在国の管理下にあり、国から許可を受けたものにしか貸し出しをしていない。ポケットルビーをはじめ、アメジストや、その手の石を加工したものも例外ではない。
 後者となる特殊な石の中でも、蒼が立案して沢也が設計し、海羽と咲夜と椿の手によって完成した「改良型バリアストーン」は、ここにいる隊長二人が持っている物以外にあと一つしか存在しない貴重種だ。因みに残りの一つは言わずもがな、立案者でありこの国の最重要人物である蒼が所持している。

 このことは犯罪者達の間では周知の事実であり、普段は軽視されがちな近衛隊の中でも、隊長だけは厄介な存在として扱われる程だ。
 効果は見ての通り、海羽やハルカが得意とするバリアと大差なく、指輪に付属されたスイッチによりドーム型と盾型の切り換えが行える優れもの。その便利さを知っていながらそれでも感嘆を漏らすのは、入り口付近に待機中の定一だ。
「さすが、隊長がいると違うねー。楽で結構」
「っつーか、顔見れば隊長だって最初から分かりそうなもんですけどね」
「最近の若いのは新聞見ないから、こうやって命取りになるんだよ」
「俺は読みますよ?若いけど子供じゃ無いんで」
「知ってるよ、時々見かけるからね。さて、防御は固くとも攻撃はどうなのか…お手並み拝見といこうか」
「あれ?いっさん、まだ見たこと無いんすか?」
「サボってたからね」
「サボらないで下さいよ」
「給料分は働いてるから心配はないさ」
「そう言う問題ですかね…?」
 背後で続く帯斗と定一のコソコソ話に気付く余地もないほど、隊長二人に浴びせ続けられていた敵の弾薬がついに切れた。
 続けてこぞって持ち出された近接武器に対応するため、背中を合わせた義希と小太郎。二人を囲む5人の男達の額には、一様に青筋が浮かんでいる。
 誰からともなく飛んだ咆哮を合図に始まったドンパチを受け、補助二人組も会話を止めて何時でも動けるように姿勢を直した。勿論、周囲への警戒にも余念がない。
 そんな二人に目線で合図を飛ばした小太郎は、飛び込んでくる敵の攻撃の全てをドーム型のバリアで受けた。次に掲げていた右腕を下げると同時に、敵の輪の外へと後退する。
 その素早さに目を奪われた面々は、360度回転した義希の斧の柄に弾き飛ばされた。
「これだから隊長は…」
「ろくに警戒もしねえでよぉ…厄介なの連れてきやがって…!」
 腹部を押さえながらピクリとも動かなくなった仲間の一人に悪態を付き、背後の包みを掴んだ二人が一目散に向かうのは、だだっ広い倉庫の最奥。
「ツメがあめえんだよ、近衛隊はぁ」
「逃がすかっ!」
 捨て台詞と共に積み重ねられた木箱を避けながら、裏口に走る彼等を追いかける小太郎は、言うが早いか右足を強く蹴り出して地面と水平に跳躍する。一直線に捕らえた敵の背中、突き出されたレイピアが小包に届くも、その衝撃で前につんのめった男が飛び出した中身を綺麗にキャッチした。
「観念しろっ!」
 そこに丁度、外からの先回りに成功した帯斗が裏口を開く。挟み撃ちに焦ったのか、マジックアイテムを手にした男は、開け放たれた扉に向けてアイテムを構えた。
「誰が、大人しく捕まるかってんだよ!」
 男の行動に歯止めをかけようと、義希は長く持った斧を精一杯伸ばすが、あと一歩届かず虚しく空を切る。その刃が地にぶつかって高い音を立てると同時、男はファイティングポーズを取る帯斗目掛けてその効果を発動した。
 携帯型の扇風機から吐き出された炎が、勢いを増しながら帯斗に襲いかかる。
 迫り来る熱気に思わず両腕で顔を覆った彼の目の前に、突如風が降り注いだ。冷たい空気を纏うそれは、アイテムによる炎が生み出す風をものともせず、その場からあっと言う間に赤色を掻き消した。
 突然の出来事に呆気に取られたのは、危機を免れた帯斗だけではない。アイテムを使った本人も、その後ろで義希や小太郎に取り押さえられた男も、丸くした目で状況を確認中だ。
 そうこうしているうちに、風を起こした張本人は立ち尽くす犯人を剣の柄で気絶させる。
「さっすが倫祐!助かった、さんきゅーな」
 特に驚くでもなく、天井から降ってきた彼に向けて親指を立てる義希に、開いた口の塞がらない状態の部下二人が腑に落ちない視線を投げ掛けた。
「ここまで手ぇ出したんだ、搬送も手伝ってけよ!」
 暴れる男を押さえ付けながらも倫祐に人差し指を突き出した小太郎は、続けて苦笑する義希に顎で手錠をかけるようにと指図をする。そんな様子を棒立ちで見守っていた倫祐は、すたすたと二人に歩み寄ったかと思えば、未だ抵抗を続ける犯人の首根っこにストンと手刀を落とした。そして小太郎の命令通り、床に伏す一人を肩に担ぐと、そのまま入り口に向けて歩き始める。
 呆気ない収束で静まる空間に、一撃で気絶させられた男が持つもう一つのマジックアイテムが、虚しい音と共に地に落ちた。


 陽が暮れかけた城下町。
 オレンジ色の夕焼けによって染められたビルの外壁を背景に、開いた扉から入ってきたのはしかめっ面の小太郎だ。
「どーだった?」
「どーもこーも。誰かに手伝わされただけだっつーだけで、詳しいことは何も」
 そう言ってどかりと椅子に腰を下ろした彼は、捕まえた犯人5人を城の地下牢まで送り届け、司法課による尋問に立ち合い、今しがたやっとのことで駐屯地まで戻ってきたと言うわけだ。
 彼の帰りを待ちながら書類と格闘していた三人は、それぞれがだらけた姿勢をそのままに、小太郎の膨れっ面に問い掛ける。
「もっと叩けば何か出そうなんすか?」
「出てもらわねえと困るな」
「じゃあ後はボス任せか」
「最悪沢也もしゃしゃるだろうよ」
 帯斗と義希に対する小太郎の返答は、部屋の空気をあからさまに震えさせた。
「…大臣の…尋問…」
「ある意味ボスより怖いかもねぇ」
 身震いをする帯斗と定一、更にはその場に居合わせた他の隊員達までもが腕を擦る様子を見て、小太郎と義希は苦笑にも似た笑いを堪え続ける。この反応を見れば大方の予想は付くであろうが、歯に衣着せぬ辛辣な物言いや態度、更に彼特有の鋭い目付きから、沢也は隊員達の間では「鬼参謀」と呼ばれて恐れられていた。その名を聞くだけで顔を強ばらせる者も居るレベルで、実際今も何を想像したのか、思わず顔を伏せる彼等を他所に小太郎の報告は続けられる。
「押収したアイテムも、沢也を筆頭に詳しく調べるらしいけどよ」
「それでなんか分かればいいなー?」
「ほんっと、能天気だなぁお前はよお」
 回りに間抜けな花を飛ばす勢いで笑う義希に、小太郎が盛大な溜め息で答えると、想像から立ち直った帯斗が不服そうに顔をしかめた。
「いいじゃないですか。俺達が出る幕もなさそうな感じになってきましたし?」
「本隊長か。あれは何だ、本当にロ…」
「そんなアホな話はどぉでもいいんだよ!」
 咥えかけていた煙草ごと両手を机に叩きつけた事で、注目を浴びた小太郎はばつが悪そうに片手を突き出し、しどろもどろに言葉を繋げる。
「っ、そ、それより、報告書上がったのか?二人とも!」
「アホな話ってことはないと思いますけど?」
「上 が っ た の かっつってんだよ!」
「…まだっす…」
「まあまあ、っていうかいっさんー。ここどうやって書くんだっけ?」
「仕方がない隊長だなぁ。義希くんは」
「ごめんごめん、この手の仕事が一番苦手でさ…」
 小太郎は険悪な空気を緩和した義希の一言で纏まった場に荒い息を吐き、立ち直すと共にストールを肩に掛けなおすと、そのままくるりと踵を返した。
「んじゃあ義希、あときっちり締めとけよ?おれ様は一足先に…」
「おう、くれあに宜しくな!」
「明日も寝坊すんなよ?お前は」
「うぐっ…ど、努力しま…」
 歯切れの悪い義希の返事に舌を出す小太郎が、苛立ち気味に閉めた扉。
 表にぶら下がる夜風に晒された看板は、衝撃に揺らされても懲りずに斜めを向いたまま。数秒後に沈黙を取り戻した。



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