沢也と沙梨菜の休暇が始まる二日前、及び蒼と海羽の休暇三日目の夕方。
「はぁ?!何であいつがここに?」
 赤く染まるリビングに小太郎のすっとんきょうな声が落ちる。対するくれあは丸くした目を瞬かせて何でも無さそうに言った。
「あら、いけなかった?」
「だっ…おま」
「此処じゃなきゃ、沙梨菜ちゃんの部屋に泊まらなきゃならないんですって。あの小次郎くんがあの可愛らしい部屋に泊まるなんて、想像しただけでもお互いに不憫じゃないの」
 解説通り、二人の会話は二日後に王都を訪れる小次郎の処遇についてだ。兄である小太郎が、彼の事になると融通がきかなくなることを心得ているくれあは、続く反論にも涼しい顔で対応する。
「そりゃそーかもしんねえけど、おれが居ないときはどーすんだよ!」
「その為じゃないの。小次郎くんが居てくれたら、小太郎だって安心して仕事が出来るでしょう?」
 にっこりとそう言われ、小太郎は珍しく表情を曇らせた。くれあは彼の俯いた顔を覗きこみ、優しく問い掛ける。
「大事な時期なんだって、言ってたじゃないの」
「それは…」
「ふふ、妬いてるの?」
「そんなんじゃねえよ…」
「じゃあ、なあに?」
 悔しげな声を聞き、頬に両手をそえたくれあを小太郎の真面目腐った瞳が見据えた。
「おれ、ちゃんとやれてんのか?」
「うん」
「父親だぞ?このおれが」
「そうよ?」
「…なら、我慢してんじゃねえよ!不安なんだろ?本当は」
「そうね。でも、小太郎程じゃないかな」
「…おれ?」
 熱くなる小太郎に冷静に頷いて、くれあは曖昧な苦笑を浮かべる。
「父親になるって、難しいでしょう?ほら、私は今こうして、繋がっているから…。だけど、あなたは違う」
「ああ…」
「でもね、小太郎なら大丈夫」
「大丈夫?」
「そうよ。だから、そんな顔しないの!」
 パチリと頬を挟まれて、小太郎は思わず目を閉じた。くれあはその頭を撫で付けながら笑顔で諭しにかかる。
「おれ様小太郎様でしょう?小次郎くんにそんな顔は見せられないんじゃない?」
「そ…そうだった…」
「それならほら、いってらっしゃいな。明日はあなたの大好きなカレー、作るから」
「ビーフカレーな」
「はいはい、任せなさい」
 玄関先でもう一度手を繋ぎ、頷き合った二人の視線を最後は扉が遮った。


 小次郎は現在、リリスに建設した王都第二支部の最高責任者に就任している。第二と言うからには勿論第一支部も存在し、こちらは実体となる本拠地こそないものの、最高責任者は椿と言うことになっている。
 第一支部は主に沢也や蒼が表向きの統率を取る「民衆課」や「財務課」などの事務員、及び近衛隊以下の構成組織、それにプラス郵便課を配下としている部署で、第二支部はそれとは別に、主に本島に置ける組織を構成する大きな部署だ。
 小次郎はそれを丸々組織時代からのの部下で再構成し、各町村に派遣して役所の統率を取っている。これが「町村課」と呼ばれるもので、各町の警備もここの管轄だ。他に魔術師から事務員まで幅広い人材育成を行う「魔法課」「人事課」も彼の下にある。
 小次郎本人の仕事としては、まさに沢也のそれとほとんど大差なく。違いと言えば、小次郎の下には直接的な部下が山ほど居ることと、小次郎本人が魔法に関する仕事も請け負っていることくらいだろうか。
 しかしながら元より人の上に立つ仕事をしてきただけあって、沢也や蒼よりも部下の動かし方が上手いため、一見して仕事量が多そうに見えても小次郎の方が遥かに楽をしていると言っていいかもしれない。
 そんな彼が王都を訪れるのは実に4か月ぶりくらいのことだろうか?
 要は義希が戻った日以来と言うことになるのだが、尤もその日は仕事をしに来たわけでは無かったので、仕事関連での訪問と言うことになるともっと長いブランクがあることになる。
「成る程。あの忙しさの中、良く作りましたね。こんなもの」
 溜息交じりに天井を見上げる小次郎のキツイ眼差しが、腰の高さほどにあるセキュリティパネルへと降りてくる。
 彼は沢也と沙梨菜が発ってから1時間ほどした頃、門松の操る飛竜に乗ってやってきた。そして挨拶もそこそこに早速視察を開始、現在は蒼と一緒に城の中を回り終えて、なんとか王座の間に落ち着いたところである。
 因みに小次郎が口にした「こんなもの」とは、沢也が制作したセキュリティシステムそのもののことだ。簡単に説明すると、書庫及び蒼・椿の寝室に繋がるフロアに立ち入ることが出来る人間を制限するシステムで、網膜や背丈、声帯などを勝手にチェックしては不審人物を弾くバリアを発動する代物である。現在そのフロアに入ることが出来るのは、沢也本人と彼の良く知る8人プラスαと言ったところか。
 見た目は普通の扉と変わらぬそれを見上げていた蒼は、壁に設置されたパネルに触れて上部のカメラを動かした。
「これだけは技術課にも一切手出しさせませんでしたからね。まあ、その分故障した時が大変なんですけど」
「それは致命的なのでは?」
「ご心配なく。直せるのは彼だけではありませんから」
「説明書でも作りましたか?」
「直接頭に書き込まれましたよ。事細かに」
「あなただけですか?」
「他にも数名」
 蒼は小次郎の質問に肩を竦め、カメラとパネルを元のように収納する。
「心配して損をしました」
「誉め言葉と受け取っておきます」
 小次郎は何の変鉄もない扉へと戻ったそれに苦笑して、ヘルプとしての役割を果たすべくデスクに着いた。
 こざっぱりした沢也の机を片付けたのは、本人を含む数人らしいのだが、そこにいる二人はその事実を知らない。
「そう言えば、貴方も昨日まで留守にしていたとか」
「はい。そちらに報告書がありますので、目を通しておいて下さい」
 小次郎は蒼の言葉に頷いて、傍らの封筒の中身を開く。数枚に渡るそれは沢也が記した妖精の部屋のセキュリティに関する報告書だ。蒼と海羽が留守の間、何度か妖精の居場所を探る動きがあり、海羽が不在の場合の対処法を実戦したうまが事細かに書き込んである。
 今のところ、秀を含む妖精を狙う人々は、機械的なセキュリティを取り付けてある書庫の方を怪しいと踏んでいるらしく、本来の居場所を隠すセキュリティである妖精の組んだ複雑な術式を見破れる者は現れていない。が、そうそう安心しきれないのは、あちらがまだ全ての手を出し尽くしていないのが見るに明らかだから。海羽を盾に油断して、対応する前に見つかってしまっては遅いのだ。
 つまるところ、秀はバックからの相当の期待…若しくは自らの絶大なる自信を持って、あちら側に海羽を引き込もうとしている訳で、敵側が次の手を打ってくるのは、秀本人が作戦に無理があると悟った時、若しくは秀自体が見限られた時だろう。
 それを証拠とするかのように、沢也に大見栄を切った秀はと言えば、あの後直ぐに海羽に対して懸賞金をかけたらしく、国の至るところにチラシが配られた。
 勿論コーラスも例外ではなかったのだが。
 現地に居た蒼が言うには村民達に大不評だったらしく、貴族に対する不平不満こそ膨らんだ物の、懸賞金所か寧ろ何がなんでも海羽を渡してなるものかと村全体が団結した程だったそうだ。
 よって自動的に秀は作戦を失敗した事になるのだが、予定通り帰った海羽を見ては「やはり私の元へ帰ってきてくれたのですね」と適当なことを吐き捨てて、現在は何事も無かったかのように通常営業に戻っている。
 確かに他にも妖精を狙う勢力は在るものの、一番権力があり、近い場所に居るのは秀を操る一派だ。だからこそ秀は、そう焦る必要は無いと踏んでいるのだろうが…沢也や蒼からすれば、別の角度から攻撃を仕掛けてくる別の勢力の方に手を焼いていると言っていい。
「…やはり魔術師を導入されると面倒ですね」
 書面を読み終えた小次郎が呟く。蒼は彼が文字を追う間に制作した紅茶を手に彼の前まで足を運んだ。
「はい。孝さんの方で囲って貰っては居ますが…全てを、と言うのはやはり無理がありますから。いつかは必ずやってくることになると思うんです」
「平凡な魔術師であればここの戦力で隠し通せるとは思いますが」
「問題は、そこに書いてある通り」
「人避けバリア…ですか」
 小次郎の眉が歪むのを上から見据え、蒼は首肯ながらに問い掛ける。
「あなたも使えるんですか?」
「いいえ。私は基本的に氷属性の攻撃型ですから。バリアはおまけで覚えたようなものなので、あの通り性能はいまいちなんです」
「海羽さんの他に、使える方をご存知ですか?」
「少なくとも私は知りませんね。居るとすれば、補助型の…ああ、彼はどうです?妖獣の…」
「ハルカさん、ですか?」
「ええ。彼なら素質はあるでしょう」
「確かに彼は使えますが、広範囲に長時間は難しいと聞きました。そう言った事は、見れば分かるものなんですか?」
「今や、私は指導者ですからね。それくらい見極められないとやっていられませんよ」
 蒼が成る程、と呟いて小次郎の前にシュガーポットを置くと、彼は直ぐに手を伸ばして紅茶に二杯分を沈めた。その間、蒼はポットの横にミルクとレモンを並べてみる。小次郎は待っていたかのようにレモンのスライスを一枚取って、かき混ぜがてら水面に浮かべた。彼は続けて渦を巻く紅茶の中心に声を落とす。
「裏の世界…でしたか」
「はい」
「そちらの方を調べるのには、どうしてもその術を使える人材が必要なんです」
「あなたの下にも居ないとなると、どちらかに協力して頂くのが現実的ですね」
「しかしどちらも手が空いてないでしょう」
「仰る通り。しかしそう悠長に構えても居られません。これを機にスケジュールの調整を試みましょう」
「どちらの、です?」
「どちらも、です」
 蒼はそう言って、いつものように肩を竦めた。対して小次郎は訝しげな表情のまま紅茶を啜る。
「大丈夫なのですか?あちらの方は」
「そろそろ戻って来る頃ですね」
「そうではなく」
「大丈夫、大丈夫じゃないの問題ではありませんよ。なんとかしないことには、何もかも守りきれません」
「強気ですね」
「そうですか?」
「まあ、そうですね…貴方の言うことも最もです」
 惚けたような返しに納得し、小次郎は紅茶を脇に追いやって書類の束を引き寄せた。
「して、彼の目的は何です?」
 それでも話は山ほどあるのだと言わんばかりに、彼は話を切り替える。蒼はクスリと声を漏らして人差し指を回した。因みに小次郎の言う彼とはずばり、留守中の沢也の事である。
「土地を借りるための交渉ですよ」
「借りてどうするのです?」
「保護します」
「と、仰いますと?」
「つまりは、開拓派の貴族の所有地だけを孤立させるつもりでいます」
「孤立させてどうするのですか。まさか好きにさせるとでも?」
「仰る通りです。彼等の所有地は既に元の体を成していません。こちらの規制も無視して事を進めているのですから当然でしょう」
「成る程。それが広がらぬよう未然に防ぐと言うことですか」
「ええ。後は自然の成り行きに任せようと言う算段です」
「恐ろしいですね。見せしめにするおつもりですか?」
「常に忠告はしていますよ?」
「確かにそうでしょうが…しかし立て直しはそう簡単ではないのでは?」
「承知の上です」
「もしや、その費用で破綻させようなどと考えてはいませんよね?」
「破綻させられるかどうかは未知数ですが、全額負担して頂くのが筋と言うものでしょう」
「おやおや。まるで悪徳業者ですね…」
「仰る通りです」
 皮肉に対して珍しく苦笑を浮かべた蒼に、小次郎も苦笑で返す。
「まあ、心中お察ししますよ…精々返り討ちに合わぬよう気を付けてください」
「ご忠告ありがとうございます」
 そう言って肩を竦めあった二人は、その後日没まで書類仕事に精を出した。


 薄闇の街道を進む二人の人影。うち一人がモゾモゾと顔面を動かすのを見て、もう一人が明るく指摘した。
「虫の居所が悪そうですねー。隊長」
「うるせえ、ほっとけ」
「そう言う訳にもいきません。これじゃあ仕事にならなさそうですしー。訳があるなら話して下さい。直せるなら直しますから」
「別に、お前のせいじゃねえし…」
「それなら他の隊員ですか?」
「まあ、確かにそれもあるが…」
「成る程、つまりプライベートのことな訳ですね。それは確かに僕にはどうしようもないですー」
 抑揚のある声を操っては眉を下げるのは、実質的に小太郎の直接の部下である銭(ぜに)と言う男。皮肉のようなそれに、小太郎はヒョロリとした彼を見上げては盛大なため息を吐き出した。
「不機嫌は仕方ないにしても。折角の改正を無駄にしないためにはー、きちんと働かないと。陛下に顔向けできませんよ?」
「わーってる。ったく、おれ様は考え事してんだから、ちっと黙っとけや」
「これは失礼、隊長様。ごゆっくりどうぞー」
 そう言って、銭は両手で口を塞ぐ。街灯に照らされた彼の表情は、テンションの高さに反して真顔であった。小太郎はそんな銭の手を口からひっぺがし、緩やかな口元を解放してから前方を指し示す。
「おい。あれ…」
 目の笑っていない笑顔で振り向いた銭は、直ぐ様小太郎の意図を理解して近場の路地に足を進めた。
 上に銭、下に小太郎と、縦に並んで顔を出すと、向かいから走ってきた車が静かに停車する。
 現在地は倉庫街に程近い商店街。今しがた商店街へと入ってきたその車は、マークしていた盗難車…つまり、雛乃の家の車だ。
「これはまた、今頃になって。さあ隊長、どうします?」
 ハイテンションながらの棒読み、かつ小声の長文で指示を仰いだ銭は、無言を貫く小太郎の旋毛を見下ろし武器を手に取る。彼が背負っていた小型のライフルに弾を詰める間、考えを纏めた小太郎が表通りに歩み出た。
「どのみち盗難車だ。とにかく事情を聞きにいく。…もし怪しい動きをしたら…」
「心得てますとも」
 小太郎の指示に頷いて、銭は親指と人差し指で円を作る。盗難車に近寄る小太郎の背中を見送った彼は、向こう側から見えぬように照準を合わせた。
 はやる気持ちを抑えていつものペースで歩く小太郎の風貌が、相手目線で闇の中でも認識できる位置まで来ると、慌てたようにライトが点灯する。小太郎が逆光に目を細めた次の瞬間、車は道の中央に佇む小太郎目掛けて急発進した。
 乱暴な運転はジグザグと、しかし幸い何処にも被害はなく、小太郎の後方数メートル先で軌道を安定させる。回避のために体勢を崩した小太郎が方向転換すると同時、眠りに付いた住宅街を静かな銃声が駆け抜けた。
 まずは前輪を一つ、続けて後輪にも一撃。傾いた車体はスピードを失いながら回転し、ビルの側面に激突する。
 銭は車がすっかり止まってしまう前に走り寄ると、運転席に座る男に銃口を向けた。そんな武器を持つだけあって目の良い彼には、暗がりで正気に戻る男の表情が遠目にもよく見えている。
 男は助手席に積んでいたであろう荷物をそろそろと抱え、ボンネットのひしゃげた車から脱出した。
 そこに駆けてきた小太郎が、腕を伸ばしてバリアを発動する。急に透明の壁に囲まれて、焦った男は体当たりの体勢を取った。しかし思い直したのか、不意に体の力を緩める。
「そうでーす。そのまま大人しくしてください」
 銭が朗らかに指示すると、鋭い眼差しが二人を捕らえた。
「逃げるってことは、何かよからぬことでも企んでやがるな?」
 そう言って、小太郎がバリアを解いた瞬間、男は逃げこそしなかったものの、手にした包みを開け広げる。
 唐突な行動に身構えた二人が目にしたのは、男の手によって始動された時限装置のデジタル数字。赤い光が秒を刻み、タイムリミットに迫っていく。
「テメエ…!」
 小太郎が男に向き直ると、不気味な笑顔が高笑いを発した。箱を置いて逃げようとする彼を、銭が羽交い締めにして止めにかかる。
 小太郎はまず男の腕に手錠をかけて拘束し、逃げられぬよう車の部品に固定した。
 銭はその様子を横目に、地に置かれた爆弾に歩み寄る。それなりに派手な衝突だったにも関わらず、爆発しなかったのは不幸中の幸いだろうか。
「参謀に指示を」
「いや、駄目だ!今あんにゃろうは…」
 珍しく平坦な銭の言葉に首を振り、小太郎は口を動かすことで滲む焦りを押し殺す。
「仕方ねえ、鉄面皮に…いやいや、今から探したんじゃ間に合わねえ!」
 くそっ…どうする?
 脳内で呟かれた言葉の後、小太郎の中には一つの案が浮かんできた。しかしそれを実行するべきか。
 …いや、悩んでいる場合じゃない。
 小太郎は俯けていた顔を上げ、銭の肩口に向けて言葉を放つ。
「折角だ」
 続けて携帯を取り出す彼の薄ら笑いを、冷静な銭の表情が見下ろしていた。
「現場の臨場感ってもんを味あわせてやんよ」


 そうして小太郎が連絡を終えた数分後。


「全く、相変わらず使えない兄さんですね」
 小次郎の冷めた声が夜の街に流れて行く。風に靡く短いマントを払う彼に舌を打ち、小太郎は足元の箱を指し示した。
「減らず口は良い。しくじったらどーなるかは、言わんでもわかるな?」
「ぶっ飛びますね。あなたがた共々」
「皆まで言うなし!」
 静かな通りに賑やかなつっこみが飛ぶ。銃声やら衝突音やらでいくら騒がしいとは言え、深夜0時を回った現時刻では、野次馬もそうそう現れやしない。様子を見に来た何人かは、既に銭が追い払った後だ。
「この時間です。多少の失態は許されるでしょうが、私のバリアだけで爆発を防ぎきれるとは限りませんよ?」
「そりゃそうだろうがよ。今から技術課叩き起こすわけにもいかねえし」
「ええ。解体するにしろ、海羽さんと私を入れ替えるにしろ、これでは時間が足りないでしょう」
 兄弟が見下ろす時計が告げる残り時間は後三分程。小太郎が考えた作戦は話の通り、爆弾をバリアで覆って被害を防ぐと言うものなのだが。海羽は眠りながらも城の警備に魔力を注いでいる為、夜は城から離れる事が出来ず。かと言って妖精を引っ張って来るわけにもいかない。
「おれ様のバリアも投入すりゃあいけるだろ?」
「報告書を読みましたが、実際に爆発したことはないのでしょう?それともこれを見ただけで爆破の規模が分かりますか?」
 反論を受けて押し黙った小太郎の背中に、男を見張る銭が声をかける。
「私見ですが。その手の爆弾は爆破規模がかなり大きくてですね、このまま爆発すれば周辺のビル幾つかも巻き込む大惨事になりますよー?多分」
 物騒な内容とは思えぬ明るさを帯びた彼の解説が、小太郎の眉間にシワを寄せた。
「それならどうしろっつ…ふげっ!」
 癇癪を起こした彼が文句を飛ばした所に降りてきたのは、真っ白なもふもふ。頭の上に着地したハルカをひっ捕まえる小太郎に、小次郎が呆れたように補足する。
「どうせそんなことだろうと思いまして。くれあさんに連絡するよう頼んできたんですよ」
「そうならそうと早く言いやがれ!」
 首根っこを捕まれたハルカが暴れるのを不憫に思ったのか、小太郎の手から彼を助け出し、小次郎はさらりと話を流した。
「しかしこれで万事安全とは言い切れません。二重三重にバリアを被せられるよう、ギリギリまで打ち合わせといきましょう」
「お前、ハルカの言葉…」
「分かるに決まっているでしょう。そこのあなたは尋問を続けて下さい。まあ、恐らくは時間の無駄でしょうけど」
 淡々と進む指示に頷く銭と、憤りながらも従う小太郎と。そんな二人を他所に、小次郎は足元に光る時計を見据えて細かな作戦を立てていく。
 それから二分後。
「あと15秒です」
 通訳しながらの会議が、銭の秒読みに遮られた。
 各々は頷いて爆弾から距離を取る。男は銭と腕を繋いだ状態で、安全地帯まで下がらせた。
「打ち合わせ通りに」
「分かってる!」
 念押しに舌を打ち、小太郎は真っ直ぐに腕を伸ばす。神経を集中させて、爆弾を包むようにバリアを張り巡らせた。その外側に小次郎が、一番外をハルカのバリアが覆う。
 小太郎のバリアはアイテムによるものなので、爆発等の大きな衝撃を受けると直ぐに消滅する。小次郎のバリアは過去の戦歴通り、多少の衝撃には耐えられるが、離れた位置に強い魔力を送ることが難しい関係上、そこまでの強度はない。
 一番耐久性のあるハルカのバリアですら、烈の攻撃には耐えきれなかったのだから。それより強い衝撃が与えられれば、直ぐに砕けてしまう。
 三人は箱が破裂した瞬間を見極めて、バリアが解けた瞬間に新しいバリアを製作する。
 数秒後。
 バスケットボール大だったバリアは張り直す毎に膨れ上がり、最後には脇に止まる車よりも大きくなった。
 見た目にはかなり地味な攻防だが、繰り返しバリアを生み出す三者の額には汗が滲み出る。対してバリアの内側では赤とオレンジの炎が忙しなく揺らめき、行き場の無いエネルギーを拡散し続けていた。
 時間にすれば僅かに一分程。しかし彼等の体感時間は十倍以上だろう。
 3つのバリアが消失すると同時、辺りには黒い煙と焦げ臭さが残った。炸裂音を外に漏らさぬよう、防音のバリアを巡らせていたハルカが力を緩めると、兄弟の腕も下へと下がる。
「これで終わったと思わない方が良いぞ?」
 悔しげな声が銭の隣から注がれた。満身創痍の三人が振り向くのを待って、男は続ける。
「同志は、山程居るんだからな!」
 連続して響く高笑い。耳障りなそれを遮ったのは、小次郎の張った防音バリアだ。
「隊長。ぼくはこれを送り届けてきますんでー、難なら少し休憩してきてくださいよ」
 小太郎は明るい銭の提案に頷いて、小次郎を引き連れて自宅へと足を向ける。ハルカは兄弟を見送って、再開した笑い声で静かな夜を台無しにしないよう、銭に付いて城へと戻ることにした。


 家の明かりは点ったまま。
 他の家々が生み出す濃い闇の中で熱を放っている。それは先程まで対峙していた爆発の光に似ていながら、とても優しい色をしていた。
 玄関を潜るなり、二人は事件から隔離された感覚を覚える。夜の街を黙ったまま歩き続けた小次郎が、リビングに入った途端待っていたように口を開いた。
「見事に巻き込んでくれましたね」
「そりゃ悪かったな!」
 対する小太郎も条件反射のように悪態を付くが、それ以上会話は続かない。不思議に思って振り向くと、小次郎の苦笑が小太郎を迎え入れた。
「どうした。気色悪い…」
「まだ根に持っているんでしょう?」
「あ?」
「だから頼ってくれないのだと、嘆いていますよ」
 二人の様子にくれあの瞳がぱちりと瞬く。小太郎は椅子に付くなりため息混じりに返答した。
「今更なんだってんだよ…」
「今更かもしれませんけどね。生きていく上で、先はまだ永いのです」
 小次郎はそう言って、出された麦茶を右手に収める。そして逆の手で紙切れをテーブルに乗せた。
「あなた方が許せると思った時で構いません。今日のように、連絡を頂けませんか」
 白の上で踊るのは、彼の両親が、そして小次郎本人が持つ携帯の番号だ。
「まあ、無理にとは言いませんが…」
 固まる二人を前に付け足して、肩を竦めた小次郎は静かにコップに口を付ける。彼が麦茶を半分ほど飲み込んだ所に、無機質な着信音が響いた。
 小次郎が直ぐ様取り上げ通話を繋げると、機械の向こうとその場の声が重なって耳に届く。
「それで謝ってるつもりか?ばーか!」
 目の前に座る声の主。皮肉に微笑んだ小次郎は、瞳を閉じる過程で呟いた。
「あなたも変わりませんね」
「お前だって相変わらず憎たらしいったらねえぜ」
「それなら私ではなく、母上に繋げてあげてくださいよ」
「へいへい、お前のだーいすきな母上な」
「自分の母親が好きで何が悪いのですか」
「お、開き直りやがったな!」
「何とでも言えばいいでしょう。あなたも正式に親になれば分かります」
「正式もくそももう親だっつーの!つかお前、まだ20年も生きてねえクソガキのくせに何を偉そうなこと…」
 不意に始まったくれあの笑い声は、最初こそ小さく、しかし次第に大きく膨れ上がる。
 息も絶え絶えになりながら、大きなお腹を抱えて笑う彼女の耳に。
「笑うなし!」
「笑わないで下さい!」
 兄弟の盛大な苦情が見事に重なって 届いた。





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