近衛隊改正案


   街に住む殆どの人が夕食を終え、歯みがきも終えたであろう時間帯。
 夜勤がメインの第二近衛隊の隊員達がパトロールに出向いたのを見計らって、誰も居ない駐屯地で合流したお騒がせ隊長ペアが、こっそりと言うか堂々と言うか、朝の事件についての報告会を開いていた。
「つまり、あのパソコンはあの犯人が作ったもんじゃないってことか?」
 小太郎の分までパトロールと報告書の製作を終えた義希が、夜勤の倫祐が作ってきてくれた弁当を貪りながら問い掛ける。
「そう。誰かから送られて来たものだとよ」
 対して小太郎は、食べ損ねた昼の弁当をつつきながら、ため息混じりに尋問などから得た情報を話して聞かせた。
 への字に曲がった小太郎の口から出た言葉に、えのきの豚肉巻きを飲み込んだ義希は尚も問い返す。
「誰かって…誰?」
 間の抜けたそれに、小太郎は先程より数倍は大きなため息を吐いてから身を乗り出して答えた。
「それがよぉ、あの男も知らねえっつーんだわ」
「知らない?」
「そ。知らん奴から送られて来たって」
「そんなことあんの?」
「そりゃあ、きちんと調べてみねえとなんとも」
「沢也がそう言ってた?」
「あいつはただ、あり得ないことではねえって」
「じゃあ、あり得るってことじゃん」
 義希にしては深読みして、弾き出された答えに小太郎の顔が渋くなる。ハート型に敷き詰められたピンクのデンブの回りを切り崩しながら、彼は不貞腐れたように言い分けた。
「…でもよお…腑に落ちねえんだわ」
「何が?」
「ん?動機がな」
「動機?何だったん?」
「近衛隊への恨み」 「…まじか」
「まぁ、そっちも掘り下げねえと詳しいことまではわかんねえけど。とにかくよ、そうやって危ない考え持ってる奴に、ピンポイントで爆弾が送られてくる…しかも使ってください、って。ご丁寧に説明書つきで」
「見つかったん?その説明書」
「まだだ。でもあの男はそう言ってやがる」
「うぬぬ…それはまぁ…確かに…」
「今の段階じゃ何とも言えんがなぁ…」
 揃って唸り、纏まらない考えを切り上げた後、食料をかっ込んでは味わいながら。義希は小太郎の鼻先に指先を向け、新たな考えを口にする。
「とにかくさ、もしかしたら他にもそーいう恨みを持ってる奴がいるかもしんねえってこと?」
「そうとは限らねえけどよぉ、まあ注意しとくに越したことはねえかもな…だがしかし」
「…今のまんまじゃ無理かなぁ…」
「だねぇ」
 重いため息の最後にくっついてきた声に、二人の目が丸くなる。揃って振り向くと、ドアの隙間から定一の顔半分だけが覗いていた。
「いっさん!」
「盗み聞きすんなし」
 二人の抗議を受けて入室した彼は、悪びれもなく言ってのける。
「だってこんなとこで話してちゃあ…こっちはいつまで経っても入れないだろうー?」
「うぁ…ごめんごめん、まさか戻ってくる人が居るとは…」
「そーだぞ。てかいっさん朝番じゃん!こんな時間に何だってんだ」
「いやあ、この時間なら居るだろうと思って」
「確信犯じゃねえか!」
 小太郎のツッコミを笑って流し、適当な椅子を引いて腰かける定一に、義希の嬉しそうな顔がからかうように言った。
「でも珍しいなぁ?いっさんが事件のこと気にするなんて」
「悪いけど、そこじゃないんだなぁ」
 ふぁぁあぁ、と。大きな欠伸の合間を二人の瞬きが埋める。定一はそのまま眠そうに、目尻に欠伸涙を溜めたままふにゃりと笑った。
「僕はね。平和主義者なの」
 事務椅子の背もたれに両腕を起き、今にも寝てしまいそうな体勢の彼を見て、小太郎が呆れた声を出す。
「自分で言うかよ…それを」
「まぁ聞いておくれって。それでさ、今の隊の状況…正直凄くめんどくさいんだよねぇ」
「何処の本隊長だよ!」
「おや、あの人にもそんな一面があるのか」
「そうそう、口を開けば面倒臭いってな」
「それはなかなか面白い情報だと感心したい所だし…喋るんだなぁなんて突っ込みも入れたいところなんだけど…今はその話は横に置いといて」
 二人が無意識のうちに某無口さんの話題にすり替えようとするのを軽く阻止して、定一はやる気なく、しかし真面目な調子で問い掛けた。
「隊員があんな感じだと、居づらいんだよね。分かる?」
「おれ様は寧ろいっさんの場合、カモフラージュになって喜んでるもんだと思ってたぜ」
「それは心外だなぁ。いいかい?やる気の無い人間ってのは、集団の中に一人や二人居れば良いんだよ。みんながみんな怠けていたら、僕の怠け所が無くなってしまうだろう?」
「いやいや…言ってることはわかるけど、そもそも怠けんなって話をだなぁ…」
「わっかんないかなぁ…僕は僕に出来ることはちゃーんとやってるよ?その中で如何に怠けるか。これこそが怠け者の美学って奴でだねぇ…」
「あー、わーったわーった!分かったから!」
「本当に分かってるのかねぇ…小太郎くんは」
「まあ、確かにいっさんはちゃんとやってくれてるよな。パトロールサボったり、報告書投げたりしないし」
「そうそう。寧ろ最近は他の奴等が怠けているせいで、やらなくていい仕事までやってるくらいだよ」
 義希のフォローに頷いて、欠伸をもってして一息置いた定一は更に話を続ける。
「だからね、いつまでもこの調子が続くようなら…もっと平和な部署に移動しようと思ってるのさ」
 あまりにも平然と言うので、一瞬聞き流しそうになりながらも。二人は一拍置いてぎょっとした顔になる。
「な…」
「ちょ…!困る、困るって!いっさんが抜けたら色々と困るから!」
 慌てて腕を掴んだ義希から引き気味に、定一は困ったようでいて嬉しそうな顔をした。
「おや、隊長の中での僕の評価は意外と高いみたいだねぇ」
「当たり前じゃんか!なんていうか、こう…バランスって大事じゃん?なぁ小太郎!」
「まぁ…確かに、お前んとこは生きる弾丸みてえな奴が多いからなぁ」
「変わった部下ばっかな小太郎に言われたくないけど…まあ、そゆこと。いっさんみたいに一歩引いて見ててくれるような人が居ないとさぁ…」
「それはほら、圓くんに任せようなかぁと」
 定一の発言に、二人がピタリと動きを止める。事件の後の圓の様子を思い出し、義希は短く唸っては腕を組んだ。
「それは…まぁ、悪くないにしても…戦力的にも不安だしさぁ…」
「それなら言う事は一つ」
 定一は崩れた体勢をやる気なく直すと、適当に人差し指を立てる。集まった視線を交互に確認した彼は、徐に若干の威圧を含む発言をした。
「この状況、いい加減なんとかしておくれ?」
 頼むような、命令のようなそれを受けて。口を開けて固まった二人のうち、先に言葉を声にしたのは小太郎だ。
「そう思うなら手伝えっつの!」
「おやまあ、ちょっとは頭を使っておくれよ。この怠け者の僕が、怠け者の隊員に「働け」とか言ってみた所で、何の効果が出るって言うんだい」
「…う…確かに…」
 欠伸混じりの捲し立てにたじろいで、小太郎はばつが悪そうに押し黙る。対して定一は随分眠そうに腕へと頭を預けながら、彼にしてはすらすらと、聞き取りやすい言葉を並べた。
「だからねぇ、僕にはフォローくらいしかできないかなぁと思って、この数ヵ月頑張ってみたけど…一向に改善される気配がないでしょう?」
 疑問符に、隊長二人は反論する事も出来ない。それすら見越していたのか、定一は欠伸を間にして再び口を開く。
「僕だってこの仕事は気に入っているし、命を張るだけあって他より給料もいいから、出来れば移動せずに済ませたいところなんだよ。だけどねぇ、こう他人の尻拭いばかりしたり、仲間内のいざこざに巻き込まれたり、変な気を使わなきゃなんないくらいなら、平和でまったり安月給の部署に移った方がマシなの」
 とうとう目を閉じてうとうとし始める反面、無駄にハッキリした口調が小太郎を項垂れさせた。
「それをおれ等に言うか?普通…」
「君らは好きでやってるんでしょう?そうでなくても引き受けたんだろうに。僕なら頼まれても金つまれても御免だから。じゃなきゃこんな所に居ないよねぇ」
 確かに、一般的に余り褒められた事では無いのかもしれないが、定一の言う事は筋が通っている。だからこそ言い返せずに黙りこむ二人に、彼は短いため息を浴びせた。
「君らになら出来そうだと思って言ってるんだ。僕に残って欲しいって言うなら、それこそ少しは頑張ってみてくんないかねぇ?」
 そう言って肩を竦め、いつものように眠そうな笑顔を浮かべる定一を、いつになく真面目な顔付きの義希が呼ぶ。
「いっさん」
「んー?」
「いっさんだから言っとくけど」
 義希はそう前置いて、食べかけだった弁当の一部をさらさらと飲み込んでから、頭の中でも整理されていない説明を始めた。
「なんて言うか…一応、対策は打ってあって…問題なければ明日辺りから動くと思うんだ」
 玉子焼きを箸で挟み、その渦を見据えながら彼は続ける。
「でも、効果があるかは分からないし…ほんと、なんもかんも手探りなんだけど…対応も間に合ってないんだけど…」
 ぱくりと食い付いた玉子焼きは甘かった。勢いで定一と向き直った義希は、甘さに任せて笑みを浮かべる。
「オレ達も頑張るからさ…その…もう少しだけ、時間くれないかな?」
「そうかい。分かったよ」
 困ったようなそれに、定一は直ぐ様頷いて答えた。
 余りの呆気なさに二人が呆然としていると、彼はどっこいしょと立ち上がりながら独り言のように呟く。
「どうにも、あの参謀は秘密主義らしいねぇ」
「そう言う訳じゃ無いんだけど…色々あるんだ…マジで…」
「まあ、ギリギリまで君らに話さない理由は、なんとなく察してるつもりだけど」
 咄嗟の言い訳に頷きと含み笑いを返して、定一は扉に手を掛ける。
「この状況じゃあ無理もないが、頑張って貢献してる僕としては…もう少し信頼して欲しいものだね」
 振り向き様に言い捨てられた言葉を聞き付けた小太郎が、何かを誤魔化すかのように素っ気なく返答した。
「伝えとく」
「そりゃどうも。ヨロシク言っておいておくれよ。ああ、くれぐれもお手柔らかにね」
 扉に隠れながら言い残し、定一は掌をはためかせる。それを最後に、彼の姿は見えなくなった。


 そうしてやってきた翌日の昼下がり。


 パトロール終えて駐屯地に帰ろうと大通りを歩いていた義希は、向かいからやってくる定一、帯斗ペアを見付けて手を挙げる。振り掛けたその手は、買い出しの備品を抱える帯斗が不意に体勢を崩した事でピタリと止まった。
 距離的に助けに走ることも出来ず、思わず目を閉じた義希を他所に、大通りには穏やかな空気が流れ続ける。
「大丈夫ですか?」
 義希が目を開くと、紫の髪の細身の男が、帯斗の持つ荷物を横から支えていた。
「ああ、すんません…!」
 義希だけではなく、支えられた当人も相当驚いたらしい。慌てて姿勢を正して礼をする帯斗にお辞儀をして、男はするりと人混みに紛れた。
 義希が二人に駆け寄った時には既に姿は見えず。
「あの人…」
 人の流れの先を見据えて呟く義希の独り言を、定一がひょいと拾い上げた。
「うん。たまーに見掛けるねぇ」
「え…そうなん?」
 義希が問い返すと、定一は進行を開始しながら頷いて答える。
「本当に時々ね。多分この街の人じゃないんじゃないかねぇ」
「旅人ってこと?」
「どーだろうねぇ。そこまでは。でも…」
 定一はそこで言葉を切ると、スタスタと扉の前まで歩いてはドアノブを掴んだ。
「ただ者じゃあないと思うよ?」
 そう言って、定一が駐屯地の扉を開くと、脇に積まれていたらしい何かが雪崩れる。
 ごちゃごちゃと散らかっていた室内を更にカオスに染めた紙やゴミの束に苦笑した義希が、もそもそとゴミ袋を取り出すのを、定一と帯斗、そして机から立ち上がった圓が手伝い始めた。
 パトロール開始から随分時間が経っていると言うのに、駐屯地にはパッと見圓の姿しかない。その事も手伝って複雑なため息を吐き出した義希に続いて、喫煙室から顔を出した小太郎も床にため息を落とす。
「なーんでお前が一番に帰ってくんだよ…」
「そー言われても…」
「あの…僕の分も引き受けてくれてありがとうございました」
 圓が控え目ながらにズバリと割り込ませたその台詞が、小太郎の言いたいところの全てであった。
「ただいまーす」
 怒鳴りかけた小太郎の勢いを遮ったのは、パトロールから戻った隊員達のだらけた声。彼等は入り口を片付ける義希や圓を跨いでは、そそくさと椅子を探して座り込む。
「おい、お前らもちょっとは片付け手伝えし!」
「いーじゃないっすか、散らかってても」
「っつーか仕事しろよ!」
「してますよー?ほら、ちゃんと巡回しましたし」
 小太郎の苛立ちにも構わず、記入済みの朝のパトロールの報告書を翻す隊員に、今度は義希が呆れた調子で問い掛けた。
「だから、何で圓だけが報告書作ってるん?」
 積まれた全ての報告書の筆跡が同じことを指し示す彼に、逆襲でもするかのように別の隊員が指摘する。
「義希隊員だって圓にやらせてるじゃん」
「オレはその代わりに、圓の分の見回りもしてきてるから」
「お前らも何か代わりの仕事、やったんだろうな?」
 突然割り込んだ威圧的な声は、義希の背後から響いた。室内にいた全員が揃って振り向くと、いつの間にやらボスの大きな体が出入り口を塞いでいる。
「ぼっ…ボス…!お、お疲れ様ですっ」
「挨拶だけは一端だな」
 姿を認識するなり頭を下げた隊員達を鼻で笑い、彼女は入り口正面のホワイトボードに持っていた模造紙を貼り付けた。
「まぁ、お前らの舐めきった勤務態度も、これの導入で少しはましになるだろうよ」
 くるくると丸められていた巨大なそれが広がりきると、隊員達の口がポカンと開く。
「大臣直々のお達しだ。文句は言わせねえぞ?」
 コンコンと。ボードを叩くボスの言葉に、反論できる隊員は誰一人として居なかった。



 こうして改正案が施行される数日前。



「先に言っておくが、この改訂にはリスクがある」
 呼び出した隊長三人、及びボスを前に黒板を背にした沢也が説明する。
 因みに黒板に張り出された表の内容は、簡単に言えば歩合制度の詳細と言った所か。
 例えばパトロール一回につき5点、検挙1件につき300点、報告書製作が1点、駐屯地の清掃もそれと同じ。それを日毎に計算、隊長監視の下報告し、その月の給料を決めると言うものだ。
「こう見ると、月に一つでも手柄を上げりゃ安泰だと考える奴が大半だろう」
 パシリと表に指示棒を当てながら沢也は言う。
「だが実際は、毎日きっちり業務をこなしてさえいれば…毎月の規定点を越えるようになっている」
「成る程確かに…」
 顎に手を当てボスが頷けば、回りの2人も唸りを上げた。三人とも表を見上げてはいるが、実際に点数の計算に成功したのはボスだけだろう。倫祐に至っては既に表を見ておらず、煙草をくわえたまま傍らの蒼から灰皿を受け取って居たのだが。彼の場合、言い替えればそれは「既に話を理解した」とも解釈できる。
 沢也はそれぞれの反応を受けて、小さなため息を合図に話を前に進めた
。 「やった、やらないの全ては自己申告になるが、お前ら三人とまともな隊員同士で裏を取り合えば不正は直ぐに割れる。それと、これを機に全員の筆跡を取ったから、報告書も誰が書いたか瞬時に判別できる。嘘の申告や報告書を改竄すればその時点でマイナス点だ」
 補足の合間に指を折り、全てに納得したであろうボスの手が腰に据えられる。
「これならば、圓のように戦闘が苦手でも、頑張れば事務作業だけで十分合格点に届くな」
「あいつは堅実だから、そのことには直ぐ気付くだろう。だが…」
 ボスの言葉に同意して、沢也は短い間を作っては人差し指を立てた。
「この手法は一発逆転型の奴等には、通用しない事が多い」
「んー…なんで…?」
 そろそろ頭から湯気の出そうな義希がぼんやり問うと、沢也は黒板を振り向きそちらに向けて答えを吐く。
「流石に俺らの面接を通過しただけあって、それなりに頭が回る奴が多いとは思うが。それでもこの平和すぎる街で、毎月毎月決まった数の事件を解決するのは至難の技だろう」
「手柄の奪い合いになるな」
 小太郎の苦言に、沢也はただ頷いた。それによって短い沈黙が訪れる。
 それぞれがそれぞれの唸りを繰り返す中、沢也は表を片付けながら自身の見解を口にした。
「合格点だけ稼げれば良いと考える者、上を目指したいと考える者、怠けたいと考える者、努力しようとする者…その中で生まれる抗争が、隊にどう影響するか…」
 朧気な未来の中に迷い込んだような、そんな三人の表情の横で倫祐が煙草の煙を昇らせる。沢也は彼が息を吐き終わるまでを間にして断言した。
「その皺寄せの殆どはお前ら隊長に行くだろう」
「…まじか」
「まあ、だろうな…」
 義希と小太郎の相槌は、やはり迷いや戸惑いを残している。しかしそこに反論や反感と言った負の感情は見えない。
 沢也はそれを感じ取ると、何処か安心したように息を吐き、誰にともなく表を差し出した。
「先にも言ったように、お前らより機転が利く隊員が多いのは確かだ。あとはそれぞれが平和主義であることを祈るしかねえな」
 不器用な笑顔に頷く義希と小太郎、その間に立つボスが丸められた表をしっかりと受け取る。
「疑問が出たら逐一報告しろ。何も無ければ施行は明後日。それまでは今まで通り対応すること。このことに関して、念のため隊員には漏らすなよ」
「りょーかい」
「それから、この改正はとりあえずの対策だ。これで駄目ならすぐにでも別の対策に出るから、隊員達の様子をしっかり見ておけ」
「おっけ、分かった!」
 小太郎と義希が固く頷いて、ボスも遅れて同意すると、沢也は長いため息を落とした。
「それじゃあ、倫以外は解散」
 言われて三人が振り向くと、倫祐は手にしていた煙草を口に運んで首肯する。
 沢也は命令に不服そうな小太郎と義希をボスに任せて追い出して、またしても深いため息を付いた。
 蒼がポケットルビーを使って黒板の片付けとテーブルのセッティングを行う間、倫祐は灰皿で煙草の火を消し沢也に向き直る。
 沢也はそれを背中で感じ取り、体を半分だけ彼に向けた。
「頼みがある」
 先に前置いて、蒼と目配せして椅子に座り。沢也は佇む倫祐にゆっくりと、しかし整理された話を始める。
「お前に関する噂、及び隊の本格的な意識改革、それと海羽の状況確認について。出来る限り急いで対処したい所なんだが…」
 息継ぎは長く、蒼がテーブルにカップを置き終えるまで続いた。倫祐はその間、微動だにせず沢也を見据えている。
 沢也は彼に向けて人差し指を立てると、真面目な顔で結論を言った。
「準備、その他もろもろに一ヶ月程時間をくれないか?」
 言葉が終わると同時に頷いた倫祐を見て、数秒間停止した沢也は次に苦笑とため息を溢す。
「少しは躊躇えよ」
 複雑そうなそれを細めた瞳で見据えた倫祐は、今度は数秒思案しては実に短く呟いた。
「大丈夫」
「…そうか」
 珍しく内情を読むことを諦めて、沢也は倫祐の好意に素直に甘えることにする。そうして彼が頷く傍から帰還しようとする倫祐を、ケーキを持った蒼が呼び止めた。
「あ、倫祐くん。もう少しだけ良いですか?」
 倫祐は躊躇いがちに振り向くと、足を止めて蒼の言葉の続きを待つ。
「教えてほしい事があるんです」
 威圧すら無い控え目な雰囲気に、倫祐は不思議そうにゆっくりと瞬いた。






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