ランプ


   ぼんやりと光が点る。
 それはゆらゆらと、闇の中を進んでいった。

 決して明るくはない。美しくもない。
 しかし確かな存在として。


 まるで僕を導くように。




 雛乃の来訪から半日が過ぎた。
 ランプの隣で寝息を立て始める結に、視線だけの無愛想な感謝を示した沢也の口から大きなため息が溢れ落ちる。

 話が混線している為、彼が話始める前に明記しておこう。
 沢也と蒼、両名が真に追っているのは、「不正マジックアイテム」を世間に流している主犯である。

「終わりましたか?」
 沢也が口を開くより早く、仮眠から目覚めて間もない蒼が問い掛けた。それに首肯で答えた沢也は、白衣を脱ぎ捨て目頭を押さえる。
 時刻は既に朝も間近な午前3時45分。
 周囲が寝静まった頃から続けていた調べものは、今しがた結と共に最終確認を終わらせた所だ。
 さて何処から話そうかと、沢也がパソコンの画面を覗き込むと同時に蒼が口を開く。
「彼女、嘘を付きましたよね?」
 微睡みの中に浮かんだような笑顔から出た質問に、沢也は感心したような声で答えた。
「気付いてたのか」
「ええ、まあ」
 まだ寝惚けているのかと様子を窺えば、いつもの笑顔を浮かべる彼に。沢也は曖昧に苦笑して、思考を元の軌道に戻す。
「…確かに、幾つか嘘があったみてえだ。どっちも保身の為のもんだろ」
「でしょうね。ご自身で復讐しようとした、と話していましたが…何処まで本当か怪しいところです」
 気だるそうにひじ掛けに頬杖を付く沢也に、立ち上がりがてら蒼が同意した。
 ティーセットに手をかける彼にマグカップを差し出しながら、沢也は横目で文字を追う。
「一つ目の嘘は、実行犯だな」
「はい。こちらは現場検証してみれば明らかでしょう。恐らく、実行したのは彼女ではなく”執事”の方です」
 蒼が推測するように、執事が殺されたのは偵察のせいではなく、窃盗を実行に移したせいだろう。それに首肯で同意した沢也が更に憶測を被せた。
「大方執事がやられる間際に、雛乃にブツだけ託したんだろうな」
「だからこそ車を奪われてしまった。見る限り、彼女は運転が出来なさそうですからね」
 淡々とした見解にため息で答え、沢也は蒼を横目に見据える。すると図ったようにマグカップを差し出されたので、彼はそれを受け取りがてら視線を流し、呟いた。
「で。もう一つは…」
「この計画が彼女の意志ではない、ということです。実際は”彼”に命令でもされたんでしょう」
「橡…か」
 沢也がため息のように吐き出した名称は、蒼が門番から聞いた名でもあり、元からとあるリストに並んでいた名前でもある。
 蒼が頷くのを見届けて、沢也は続きを口にした。
「自分でやった、なんてアホな嘘付いたのも、そっち対策だろうな」
「はい。犬の散歩もしたことがない方に、泥棒なんて出来そうもないですし…僕は寧ろ、執事さんにやらせたと聞いた方が腑に落ちますから。そんな嘘を付く理由があるとすれば、あなたの言う通り…橡さんの耳に入っても平気なように、咄嗟に湾曲したのでしょう」
 皮肉めいた長文に、沢也はある種の詮索をかける。
「一つだけ、別の理由があるとすれば…」
 小さく前置いてコーヒーを啜った彼を、紅茶の冷却待ちの蒼が振り向いた。いつも通りのその顔に、沢也は悪戯な笑みを注ぐ。
「お前に悪い印象を与えたく無かったから」
 含みのある雰囲気を前に、慌てる所かため息を漏らした蒼は、困ったように問い返す。
「窃盗をすることよりも、執事を見捨てた事の方が悪印象だと?」
「お前はそう思うんじゃねえのか?」
「と、言う事は彼女にとっては逆でしょうね。そもそも彼女は、そんな事まで考えていないと思いますけど」
 意地悪を軽くかわされた事で、蒼の本心に確信を得た沢也は不敵に微笑むと、反応も無しに話を変えた。
「橡について。詳しく調べてはみたが、どうにもこうにも…黒幕に媚を売る為に、あちこちちょっかい出してるらしくてな」
「それはそれは。雛乃さんのお家も、さぞかしお忙しいことでしょう」
「ああ。橡の下に居る連中はそろっててんやわんや。そのくせ随分失敗しているみてえだ。雛乃に窃盗なんぞやらせたのも、その尻拭いだろう」
 成る程と苦笑して、蒼は手近にあった万年筆を掴む。それをくるくる回しながら、譫言のように呟いた。
「今回の見合いの件も、媚売りの一貫ですか?」
「ああ。んで、こっちの潜入に失敗したら政略結婚。あっちはあっちで黒幕のお膝元らしいからな、橡にも少しは恩恵もあるだろうよ」
 つまるところ、雛乃の行動には橡と言う人物が絡んでおり、二人の家は主従関係にある。よって、橡が不正マジックアイテムを製造、販売しているとは考えにくい。
 橡が、わざわざ部下に当たる雛乃に命令してまでマジックアイテムを盗ませたのは何故か。答えは簡単、マジックアイテムを売り捌く人物にダメージを与えたかったから。
「それで、目星は付いたんですか?」
 蒼はやっとのことで冷めた紅茶に息を吹き掛ける。一方沢也は頷きがてらマウスとキーボードを叩いた。
「いいや。橡と敵対関係にある貴族を一つ一つ調べ潰しては居るが…流石に手掛かりになるようなもんはねえ」
「でも、その中のどれかであることは確かなんですよね?」
「ま、間違いねえだろうな」
 沢也が曖昧ながらに確定的な肯定を示すと、蒼は肩を竦めて視線を流す。
 朝日が昇りかけた空の色は、窓と水平線との間の景色を曖昧な色に染めていた。それは先の沢也の曖昧さよりは、寝惚けたような蒼の微笑の曖昧さに近い。
 沢也は外の色を確認し終えて、彼の表情を窺う。今にも溶け出し外の空気と混ざりそうなそれを見て、彼は無意識のうちに呟いた。
「…大丈夫か?」
「何が、ですか?」
 そう聞き返されてしまうと、答えようがない。それほど曖昧で、言葉にしにくい感情を認識した沢也は、曖昧なまま話を進める事にする。
「良いように利用されようとしてんだろ?」
「そう見えますか?」
 見えますか?その口調が誤魔化したようにも思えて、沢也は暫し口をつぐんだ。蒼はその間も景色を楽しむように微笑を浮かべている。
 蒼の曖昧さは、自身の見解に対する迷い…と言うよりは、願望混じりの逃避に近いのではないか。つまり、雛乃が蒼を利用しようとしているわけではない、と沢也に否定して欲しいと思いながら、頭ではそれは有り得ないと理解している…そんな矛盾から来るものだろう。
「あの女、大人しそうに見えて相当強かだぞ」
「そうですね。正直、僕もそう思います」
 沢也が呟けば、蒼はすぐにそう返した。瞳を細めて観察を続ける沢也に、振り向いた蒼の微笑が自慢気に言う。
「ですが…その点では僕も負けてないと思いますよ?」
「利用されるふりをして、利用してやろうって腹なんだろ?分かってる」
「それなら、何故心配なんて…」
 呆れたようにため息を付く彼に、蒼は困ったように肩を竦めた。穏やかな微笑を盗み見て、俯き気味に沢也は問う。
「そういう頼られ方って、例え裏に気付いていても堪えるだろう?」
「裏切り合戦ですからね」
「ああ」
 沢也は即答に頷いて、ディスプレイに目線を移した。それから数秒、固まっていた蒼が独り言のように声を出す。
「…そうですよね。そうなんですよね」
 悲し気なそれに、振り向いた沢也は窓縁に凭れる彼の呟きを聞いた。
「僕が彼女を責められないのは、僕も嘘を付いているからです」
 嘲笑にも似たそれをその場に残し、蒼も沢也を振り返る。
「何が本当で、何が嘘なのか…僕にも良く、分からなくなることがあります」
 曖昧さは、先より増した。沢也は頷き同意する。
 蒼は伏せ目がちにため息を落とすと、笑顔を強めて願い出た。
「ちゃんと、持っていてくださいね」
「何をだ」
 沢也は問い返す。不思議そうでもあり、理解しているようなそれに、蒼は妖しさを持った返答を。
「道を示す、ランプを」
 苦笑気味に強く、囁いた。



 もう一度、日が落ちて、月が真上に昇った頃。
「また随分面倒な場所だな」
 いつもより大きく輝く月を背負い、ため息混じりに呟いたのは黒いスーツの男。
 そして彼を先導しながらにして、ぼやきに頷くのは近衛隊のジャケットを羽織った男である。
 現在地はとある建物の屋根の上。昼間は一階に八百屋、二階にはレストラン、更に上階は事務所と空き店舗  の入った三階建ての物件だ。
 周囲を見渡せば闇に漬かった屋根瓦が所狭しと並んでいるほどに見通しが良く、しかし下方からは道の関係で見えにくいその場所で、二人は目標の様子を窺う。
 月明かりに照らされ鈍く輝くオレンジ瓦の上、滑らぬよう気を配りながら背負った得物を取り出して、ため息混じりに弾をセットするのは大臣兼参謀。
 マスケット銃に続いて使い慣れた銃にも弾丸を詰めた彼は、音もなく  剣を取り出す相方を振り向く。
「打合せ通りに」
 沢也の合図に頷いて、倫祐はスッと姿を消した。
 闇に紛れて屋根を渡るその背中を確認し、沢也は小さく息を吐く。
 倫祐が指定したアジトを見付けて来たのが、昨日の早朝…つまり蒼との話が一区切りした後の事だ。丁度沢也は風呂と仮眠の最中だったので詳しくは知らないが、蒼の報告通りだとすれば、地図とメモだけ置いてそそくさと去ろうとしたらしい。
 それを何とか呼び止めて、取り敢えずのケーキと紅茶のコンボで沢也が起きてくるまでは待たせることが出来たのだが、勤務中と言うこともあって朝まで居座ることはなく、打合せを終わらせてすぐに帰っていった。
 その後、倫祐が下調べを終わらせた「トランプ強奪」の事件現場である第8倉庫を詳しく現場検証し、幾つかの痕跡を確認。血痕やタイヤ痕等から証言の裏を取った。
 第8倉庫は元々海産物の一時保管場所として、とある会社が保有していたのだが、いつの間にやら所有者が変更されており、現在その会社ごと洗い出している…と言った所か。
 プラスして、倫祐のメモに残されていたのは第8倉庫の事だけではなく、ナンバーと車体の特徴等から盗難車を割り出し、その車の所有者がアジトに出入りする所をしっかりと押さえた旨も記されていた。
 そう言う訳で、余計な手間をかけるまいと少数精鋭で乗り込もうとしているのが、現在のこの状況である。
 沢也はそれなりの傾斜のある屋根にうつ伏せになると、目標である建物の一室に狙いを定めた。
 三階建てに囲まれた四階建ての最上階。唯一の死角は、沢也が居るその場所だ。
 明かりが灯っていないので沢也には分からないが、室内には三人…と、倫祐は推定している。夜目もきき、気配も読み取れる彼が言うのだからほぼ確定的だろう。
 手に汗を滲ませながら、神経を研ぎ澄ます彼の目に、不意に光が飛び込んできた。倫祐が部屋の電気を付けた…つまり、静かな突入が成功したと言うことだ。
 沢也は窓からの逃走を試みた一人に麻酔弾を撃ち込むと、騒ぎとも言えぬ騒ぎが終息するのを待って立ち上がる。見渡すと、先と変わらぬ景色が静寂の中に落ちていた。
 ふう、と。一つため息を付く。それを聞いていたかのように、倫祐が隣に着地した。
「これで全部か?」
 沢也がそう言って手渡されたポケットルビーを掲げると、倫祐は首肯して彼を抱えようとする。
「いや、いい。俺は俺で先に帰るから、後頼んだ」
 声も殺さず指示する沢也に、また頷いて答えた倫祐はその場を静かに後にした。沢也は見送れなかった背中を探すように空を仰ぎ、数秒後に諦めて帰路に付く。
 そうして彼が念のためと、銃を身に付けたまま建物の外階段に降り、梯子を片付けてはゆっくりと王座の間まで辿り着く間に、倫祐は牢屋に容疑者の三人を運び入れた。そうして現場を封鎖すると、沢也と入れ替わりで別の人物が顔を出す。
 彼は室内の様子をひととおり写真におさめると、窓に浮かぶ月を振り向いた。変装代わりの黒渕眼鏡と、窓ガラスを隔てたその光を吸い込むように、蒼は密かに深呼吸をする。
「他に怪しい動きも無さそうですし、引き上げるとしましょうか」
 背中で問い掛ける彼に、倫祐は頷きを返そうとして固まった。蒼がそれを見越したように振り向くと、中断された首肯も動き出す。
「無いとは思いますが、念のため監視カメラを仕掛けておきましたので。ここのことはもう忘れて頂いて構いませんよ」
 沢也に言われた通りに設置、動作確認を終えた蒼の言葉を聞いて、倫祐はまた頷いて応えた。
「第8倉庫は近衛隊の方で定期的に見回りを、それから例の車は…放置されるようであれば後程民衆課に回収させます」
 すらすらと並べられる指示の全てを飲み込みながら、倫祐は視線を窓へと流す。浮かぶ月の色合いが、妙に薄く儚く見えた。
 蒼はぼんやり顔の倫祐の前に立ち、小首を傾げて退室を促す。倫祐は同じくいつもよりはぼんやり気味の蒼を一瞬だけ見据え、足を動かす事でそれに応えた。
「この時間の街はいつもこんな風ですか?」
 階段を下り、外に出るなり蒼が質問する。人通りは無く、ぼやけた闇の中で建物が息を潜めているような。そんな静かな空気に頷きを落とした倫祐は、いつかの夜を思い出して空を仰いだ。
 蒼は眼鏡に加えて目深に帽子を被ると、城とは逆側に向けて足を進める。
「ついでに少し、散歩していきますから。先に戻って頂いても…」
 言い終わるのも待たずに首を振り、隣に並んだ倫祐に肩を竦めた蒼は、橋のある方角に進路を定めた。
 一見して手ぶらだが、ルビーの中には弓も入っているし、腕も鈍っていないつもりでいるだけに、倫祐の行動を少し不思議に思った蒼は、正面から彼に首を回す。すると同じように、倫祐の首も動いた。
 何か言いたそうにするでもなく、どちらかと言えば様子を窺うような無表情に、蒼は僅かに笑みを強める。
「大丈夫ですよ」
 呟きに、倫祐は瞬いた。それを流して蒼は問い掛ける。
「あなたは大丈夫ですか?」
 傾けた首とは逆向きに小首を傾げると、倫祐は視線をそらして煙草をくわえた。
「お互いに、そうは見えないみたいですね…」
 頷いたような仕草に肩を竦め、蒼は静かに笑みを溢す。倫祐の目には蒼の微笑が、蒼の目には倫祐の無表情が、うっすらと闇に溶けているように見えた。
 現在地は橋も間近な商店街。もう暫く歩けば、防風壁が見えてくる。緩やかにカーブしたレンガ通りは、昼間とはうってかわって静まり返り、二人の小さな足音をも響かせていた。
 歩きながら倫祐の真意を見抜いた蒼は、躊躇うでもなく本心を提示する。
「僕のやっていることは、果たして正しいのでしょうか?と、思いまして」
 不意な呟きに、振り向いた倫祐は口から煙を昇らせながら僅かに瞳を細めた。
「沢也くんにこんなことを言うと、怒られてしまいそうですけど…時々どうしても、そんな事を考えてしまうんですよ」
 月に向けてそう続けると、視界の下方で煙が吐き出される。
「俺も同じだ」
 煙と一緒に出た言葉に、蒼は内心驚いた。倫祐が何処か申し訳なさそうなのはきっと、向き合う問題の大きさが違いすぎると考えているからだろう。
「目標は見えているのに…その過程が曖昧すぎて、何処に向かっているのか分からなくなってしまう。暗闇の中を歩くのと同じように…」
 蒼は微笑に乗せて囁きながら、倫祐の心情を想像しては、想いを曖昧な言葉に直す。
「幸い、僕には仲間が居ます。だから多少不確かでも辛うじて歩いていられるんだと、常々思うんですよ」
 蒼のなだらかな声が途切れると、同時に倫祐が頷いた。正面を向いたまま、静かに煙を吸い込んで。吐き出す間際に、もう一度。
 その仕草に安堵を覚えた蒼は、静けさを打ち破るように息を吐く。透明な溜め息は、そのまま月のある場所へと昇っていった。




 押収品を一通り調べ、三人の聴取を終えた沢也は、それを元にして調べを進める。
 手元の資料とパソコンだけでそれを行っていた彼が、息を付いて眼鏡を持ち上げた所に蒼が顔を出した。
「任せきりにしてすみません。何か分かりましたか?」
 彼は彼で今の今まで、来客の相手やら新聞記者のインタビューやらに駆り出されていた訳で。普段より正装に近い出で立ちの彼に、沢也は苦笑と頷きを返す。
 蒼は余所行きの笑顔を引っ込めては複雑な笑顔を前に出し、マントを外しながら長テーブルの端の席に落ち着いた。
 時刻は夕食前の19時18分。
 この時間は夕食の準備やら何やらで慌ただしく、海羽も秀共々厨房に籠ってしまうため、時間さえ合えばこうして短い報告会が行われるのである。
「要約すると、こうなる」
 沢也は簡潔に前置くと、その場でぺらりと紙を捲った。蒼は備え付けの水差しからコップに水を注いで首肯する。
「今回確保したのは売人の幹部二人とマジックアイテムの製作者。尋問はこの先も続けていくが、現在までに判明した情報は…」
 蒼がコップを置くと、丁度言葉の溝が埋まった。
「マジックアイテムの販売及び製造について、それぞれの供述は一致した。しかし三者共に「製作を指示した人物」については黙秘している。突き詰めていけばいくほど、奴等だけで事を進めたとは思えない程には、「上層部」の存在が確定的になってきた」
 つまり「動機」の部分が曖昧で、且つ細かな供述がずれていると言うことだろう。蒼は沢也が省いた部分を取り敢えずの憶測で埋め、次に取り出された押収品に視線を移した。
 沢也は長テーブルに歩みよりそれを広げると、一息置いて話を繋げる。
「で、調べを進めるうちに分かったのが…捕らえた売人にマジックアイテムを製造、販売させているのが、この地図の印がある建物を所有する貴族。…売人は「建物は橡のものだ」と言ったが、実際は一般人の物で、元を辿ると「藤堂」と言う貴族の持ち物だった」
 押収品の一つである古びた地図は、どうやら本土の何処か特定的な地域のものらしい。蒼がそう推定していると、沢也は届いたメールを確認しにデスクへと戻って行った。
 蒼は地図の方は調べている途中であると受け取って、結論となる相槌を打つ。
「つまり、そちらが本命なわけですね」
「ああ。藤堂と橡は同じ派閥に居ながら争っている状態にある。売人が橡の名を出したのも、そのせいだろう」
「そう指示されていた、と?」
「だろうな。だが藤堂が大元だと言う証拠にまでは辿り着けなかった」
 メールを読み終えた沢也が資料を放り投げた事から、蒼は地図の調査も殆どが終了した事を悟った。
 沢也のことだ。恐らく地図の場所の特定は元より、現地に居る郵便課に指示して現場調査までを済ませた所だろう。書類を突き詰めて調べた所で、抜かりない犯人がそう簡単にマジックアイテムに繋がる証拠を残しているとは思えない。
「まあ…特定とは行かずとも、絞り込めただけで十分な収穫か」
「ですね。後は結さんに裏を取って頂いて、証拠集めに尽力するだけです」
「ああ。明日にでも此処での聴取をするつもりだ」
 大きく伸びをして。欠伸混じりに眼鏡を外した沢也は、再び鳴った電子音に引かれてパソコンに向き直る。
 蒼はそんな彼の顔を、積み上げられた書類の合間から覗き込んで問い掛けた。
「橡さんの方は、どうするおつもりですか?」
「予定通りに」
 即答に瞬いて、蒼にしては珍しく長めに唸り、それに合わせて首を捻る。
「可能ですかね?」
「忙しそうだからな」
 回答と共に滑ってきた書類を一目見て、納得した蒼は溜め息混じりに苦笑した。
「と、言う事は…僕達も足元を掬われないよう気を付けなければいけませんね」
 皮肉めいた呟きに、沢也は顔を上げる。そうして真顔で言い放った。
「苦しそうだな」
 言葉の内容を飲み込んで、蒼は思わず窓を振り向く。そして透明に映る自身の微笑を認識し、苦笑と共に沢也の言葉を肯定した。
「…そうですね」
「まだ、見るのか?」
「え?」
「夢」
 間髪入れぬ問い掛けに、蒼はぼやけてきた頭をなんとか回転させては、全てを理解して首肯する。
「…はい。見ますよ」
「そうか。それなら、大丈夫だろ」
 沢也は、何でもなさうにサラリとそう言い切った。蒼はやはり頭が回らず、ぼやけた微笑を傾ける。
「大丈夫…ですか?」
「逆に…罪悪感を感じなくなったら、危ねえってことだ」
 笑うでもなく、呆れるでもなく、当然のように言い捨てる沢也に、蒼の瞳が数回瞬いた。
 蒼は沢也の言葉を解析して一人静かに納得すると、細く長い深呼吸をする。そうして空になった電気ポットを持って、厨房へと足を進めた。




 真っ暗な中にいた。
 だけどあの頃の闇とは違う。
 同じだけど違う闇。違いは上手く説明出来ないけれど。

 そしてもう一つ、僕の夢には変化があった。

 そう。
 ランプだ。

 仲間が灯す光は淡く、しかし心強い色を放つ。
 道の先を僅かに照らし、共に歩んでいくために。

 そして。

 被害者が灯す光は強く、しかしくすんだような鈍さを持つ。
 背後から背中を照らし、僕に僕と言う存在を認識させるために。
 …僕が通り過ぎた様々な色を持つ道を、忘れてはならぬと。

 進むごとにランプは灯る。
 消えた分、また増えて。
 ぼんやりと、それでいて確かに。
 振り向けばそこには必ず。

 僕の行いが鮮明に、光として焼き付けられるのだ。

 導きの光は先にも。
 そして後にも。

 続いていく。
 どこまでもどこまでも。
 僕が立ち止まるまで。







cp20 [雛鳥]topcp22 [飛ばない鳥]