File3”キッチン雑貨店前”


   こんな筈じゃなかった。
 …いや、正確には「僕が思い描いていたのはこれじゃない」、だろうか?
 だから寧ろ、こうなって当たり前なのかもしれない。
 元々僕は運動も苦手なら気も弱く、だけど誰かの役に立ちたくて近衛隊に志願した。
 伝説のように語り継がれてきた第一近衛隊長に憧れて。弱くたって、何か出来ることがあるんじゃないかと、自分の可能性を信じてみたくなったから。
 だけど、やっぱりそう簡単にはいかなくて。

 何もできずに周りの足を引っ張っては、未記入の報告書を投げ付けられ。何も言えぬまま、静まり返る駐屯地で、積まれた書類の升目を埋めていく。

 これが、今の僕の現実。




 携帯扇風機、果物ナイフ、ペットボトル、そしてボールペン。

 頭の上まである背凭れに身を預け、並べられた品々とメールでの報告書を視界に収める。
 そうして静止したまま、繋がった思考を巡らせる沢也のモノクルの上で小さな光が滑った。
 直後に訪れた短い電子音に惹かれて、振り向いた蒼の目に映るのは妖しげな彼の微笑だ。
「返事、来たぞ」
 タン、と。エンターキーを叩く側からそう言った沢也の意向を読み取って、蒼は彼の横まで歩みを進める。
 片付いたそばから僅かに積まれた書類を退けた彼は、デスクに手を付いて身を乗り出した。
 沢也のパソコンに映し出された受信画面には、先程沢也が見据えていたものとは別の文章が並べられている。
 蒼は余り長くはない、しかしながら回りくどい文章を何とか読み終えると、一息落として微笑を強めた。
「思った通り、乗って来ましたね」
「これで一つ」
「上手く行けば…のお話ですけどね?」
 そう言って蒼が肩を竦めた所で、苦笑を溢した沢也の携帯が忙しなく鳴り始める。
 断続的に響く無機質なそれにため息を浴びせ、それでも沢也は通話を繋ぐことで耳障りな音を遮断した。


 着信の十数分ほど前。


 城下町で普段通り、見回りと言う名の散歩がてら一人仕事をしていた義希は、日光の攻撃に負けてぐったりと日陰を歩いていた。
 額に溜まった汗を拭い、肩まで袖を捲ったTシャツの首もとを摘まんで扇ぐ。そうして容赦ない陽射しを憎らしげに見上げた彼の尻ポケットが、その時連続して音を立てた。
 その後も携帯が忙しなく飛ばしてくる情報を、視界に入れる側から頭の隅で認識した彼は、足を止めて再確認する。
 B地区、大通り、八百屋付近、泥棒、財布、十字架のプリントTシャツ、色は黒、中肉中背、金髪…
 その全ては部下である圓からの発信だ。
 総括すると、財布を盗んだ犯人が逃走中の為、確保に協力して欲しいと言ったものである。恐らくは被害者から得た情報を、そのまま全隊員へ送信しているのだろう。
 義希の知る中で、圓は沢也の次に機械と書類に強い人物だ。少人数で無闇に走り回るよりは効率的…つまりは的確な対処だな、と珍しく隊長らしい評価を思い浮かべたところで彼も捜索にかかる。
 メインストリートの隅っこから、舐めるように人の流れを凝視する義希を、通り過ぎる民衆達は生温く見守っていた。目ぼしい人物も見付からぬまま、へっぴり腰にじりじりと数分進んだその先で、わらわらと人だかりが出来つつある。
 それが何時だったか雨に降られた時、雨宿りをしたキッチン雑貨店の軒先であることには直ぐに気が付いた。そして、その騒動に近衛隊員が絡んでいるであろうと言うことにも。
 義希は暑さを払うように首を振ると、だらけきった顔を引き締めて早足で現場へ向かう。野次馬の層はまだ薄く、近付くに連れて直ぐに状況の確認ができた。
「に、逃がしません…!」
 及び腰ながらにしっかりと、逆手に握られた二つのナイフ。胸の高さで構えたそれを震わせながら、一組のカップルを見据えるのは圓である。
「テメエ…誰に喧嘩売ってんだ?あ?」
 対して鋭い目付きを更に歪ませたのは、鳥頭の男だ。腕に巻き付く彼女と思わしき人物は、その状況の中でもヘラヘラと笑っている。
 圓は仰け反りそうになる背中をなんとか押し止め、前のめりで威圧を続ける鳥頭に涙ながらの質問を投げ掛けた。
「っ…さ、先程女性の鞄から、財布を抜き取りましたよね?」
 短い間の間に、一瞬だけ垂直に直った男の上半身が、反動を持って圓に跳ね返る。
「はぁ?何言ってくれちゃってんの?」
「この隊員、頭いかれてんじゃないの?」
「泥棒しといて、こんなとこでのんびり歩いてるわけねーじゃん」
「ってかー、幾ら私たちでもー、そんなことしないしー?」
「窃盗なんかしなくても生きていけますからー?」
 ぎゃはけらと笑いあうカップルをおろおろと眺めていた圓は、かぶりを振って構えを直し、勢い任せに発声した。
「それでは、鞄を改めさせて頂いても…」
 途切れた言葉を野次馬のざわめきが埋める。
「やってねえって言ってんだろうが、あ?」
 圓の胸ぐらを掴み、限界まで顔を寄せた男の脇から巻き毛の彼女が間の抜けた声で問い掛けた。
「なんて言うんだっケー?ほら、人権侵害?」
「名誉毀損だろうがよ」
「そうそう、それで訴えるよー?お兄さんー」
 野次馬の外側で、あははと朗らかながらも冗談には聞こえないそれを聞きながら、更に足を踏み出そうとする義希の腕が後ろから引っ張られる。
「隊長…っ!マズいことに…」
 息を切らせ、慌てた様子で義希を振り向かせたのは帯斗だった。彼が半端に言葉を切ったまま呼吸を整える間に、義希は小さく返答する。
「ああ、なんかヤバそうな空気が…」
「空気だけじゃ済まないす。実は、あの男と良く似た服を着た奴が、別の班に窃盗容疑で逮捕されて…」
「やっちゃったねー、圓くん」
 後ろからのんびりと追い付いた定一の一言に押され、帯斗の説明内容を飲み込んだ義希は、二人に背を向けて走り出した。
「沢也に連絡宜しく」
「うげ…あ、いえ…うす…」
 振り向き様に言い捨てられた言葉に恐れおののきながらも、巻き込まれるよりはましかもしれないと瞬時に頷いた帯斗を尻目に、定一も義希の後に続く。
 その間も、人垣の中心では相も変わらぬ押し問答が続けられていた。
 義希は圓と鳥頭の間に割り込むと、二人を無理矢理引き剥がして鳥頭に向き直る。
「あのー、ちょいとすみません」
「隊長…」
「隊長?なん、上司的な?おい、そんならこいつどうにかしろよ。ってか善良な国民を窃盗犯呼ばわりとかどうなん?近衛隊として」
 圓の小声を拾って展開される鳥頭の抗議に、情けなくもたじろいだ義希は苦笑いで一歩後退した。
「えーと…なんと言いますか…」
「その善良な国民さんを守るためにも、ここは一つ荷物を検査して、無実を証明してくれませんかねぇ」
 更に割り込んだ定一がぼんやりと詰め寄れば、カップルは不服そうに顔を歪ませつつも荷物を差し出してくる。
 やれやれ、と野次馬の半分ほどが日常に戻って行くのを横目に、義希と定一は二つの鞄を丁寧にひっくり返した。
「ほうらな。やってねぇだろ?なんも出てこねえろ!?どーしてくれんだよ、あ!?」
 確かに、男が喚くように怪しいものは無いようだ。詰め寄りかけた男に素早く詰め直した荷物を返却し、惚けたように定一が一言。
「これは失礼、こちらの勘違いだったようで」
 有無を言わさぬその空気に、一瞬の固まりを見せたカップルが圓に向き直る前に。間に滑り込んだ義希が手帳を探しながら問い掛ける。
「後できちんとお詫びしに行きたいんで、名前と連絡先教えてもらえますかね…?」
 民間人とトラブルになった場合は、謝った後にこう伝えること。
 それが沢也の指示…もとい命令である。
 義希が満更でも無さそうな二人に直接連絡先を記して貰っているうちに、残りの野次馬達もさらっとはけていった。



 微妙な空気の中、頭を下げてカップルを見送った四人の近衛隊員は、その後沢也の命令で駐屯地で待機する事になる。
 勿論ただ待機するだけではなく、今回の件に関する情報を取りまとめるのが主な役割だ。
 当事者である圓を中心に、帯斗と定一の見聞を交えて話を聞いていくと、義希の見解とは異なる事実が見えてくる。
 通常、隊長を除く隊員は二人一組でパトロールを行う。従って現場に遭遇したのなら、圓が情報を流す間に片割れが犯人を追っていたのだろうと、義希は考えていたのだ。
 しかし良く良く聞いてみれば、圓とペアを組んでいた隊員は圓にパトロールを押し付けてサボっていた…と言うことが帯斗、定一ペア、及び圓の証言で発覚したのである。
「えーと、なんだ?つまり圓は現場に遭遇しはしたものの…」
「はい…僕は足が遅いので、追いかけるまでもなく見失ってしまいまして…」
 腕を組み問い掛ける義希に、項垂れたまま椅子に座る圓が返答した。上がらない顔の下にあるコーヒーカップの上には、彼の沈んだ表情が歪んで浮かんでいる。
 義希は静まる空気に明るい息を上げると、圓の肩を叩いて微笑んだ。
「そっか。でもみんなに情報を流したのはバッチリだったと思うぞ?」
「いえ、本来なら僕がそこで追いかければ済む話だったんです。そうすれば、こんなことには…本当にすみません…」
「いやいや…お前だけが悪い訳じゃないって」
「…でも…僕がもっと、しっかりしていれば…」
 食い下がるように反省を繰り返す圓を見て、再び腕を組んだ義希はうーんと長めに唸りを上げる。
「確かに、あれが犯人だって思い込んじゃったのは良くなかったし、そのあと焦って上手く謝れなかったのもアレだったのかもしれないけどさ…」
 指摘に沈んでいく黒い頭。その上に手を乗せて義希は続けた。
「でも、対応は間違ってなかったし、犯人を捕まえようって…その気持ちは大事だと思う。だから、お前は良く頑張ったって、少なくともオレはそう思うよ」
 義希がそう言い終えると、圓はゆっくりと顔を上げる。眼鏡の向こうに浮かぶ涙に笑顔を頷かせる義希の背後、入り口から進入した人物が突然割り込み異論を唱えた。
「でも隊長?こいつがホンモノ逃がしたせいで、別の隊員が迷惑したのも事実だと思うー」
 すちゃっと左手を挙げて物申したのは、耳にチャラチャラとチェーンをぶら下げた、隊の中でも若手の隊員…諸澄(もろずみ)だ。そんな彼の発言を不思議そうに聞き入れて、直ぐ様首を傾げたのは彼と一番歳の近い帯斗である。
「迷惑?なんで?」
「そうだぞ?諸澄。別に圓が手柄横取りした訳じゃないんだし…」
 定一の漏らした欠伸に乗せて義希が困ったように頷けば、諸澄は不服そうに口を尖らせた。
「でも、圓が捕まえてれば三班が手間かけなくてもよかった訳じゃん」
「すみません…本当に…」
「こら圓、そこ謝るとこ違う」
 またも首を垂れてしまった圓の上から義希が手を振ると、また前触れもなく扉が開く。
「手間だのなんだの、犯人を捕まえること自体を面倒だと言わんばかりの発言だな」
「沢也…」
 静かに入室した彼を見て、その場にいた全員が萎縮した。その中でも威勢を殺さず、しかし震えた声で言い訳するのは勿論諸澄である。
「っ…お、俺が言ったんじゃない!あいつらが…三班の奴等が言ってたことをー…」
「少なくともお前がそれに同意してなければ、わざわざそんな風に伝える気は起きない筈だ。違うか?」
 一撃で彼を黙らせた沢也は、重い部屋の空気に馴染む声で宣言した。
「勘違いから問題を起こすよりも、仕事自体を怠慢するような発言の方がよっぽど問題だ。早急に対策立ててやるからそのつもりで」
「は…ちょ、まっ…」
「文句はてめえの怠惰にでも向けとくんだな」
 有無を言わさず立ち去ろうとする沢也の背中を、立ち上がった圓が呼び止める。
「あの…」
「心配するな、きっちり納得させてきた。次からは気を付けろよ」
 謝罪を受け入れぬままされた報告は圓を安心させたようだ。彼が肩の力を抜くのを見届けて、ため息を吐いた沢也は扉を押して一瞬固まる。
「客だ」
 扉を背に言い放ち、一人の女性を招き入れた沢也はそのまま入れ違いに去っていった。
「あの…」
 開いた間に落ちたのは、来訪者である女の声だ。沢也が押し込めて行った威圧から抜けきれない隊員達が曖昧な反応を返していると、彼女は深々と頭を下げる。
「ありがとうございました!」
 その頭が向けられたのは、ぼんやりと立ち尽くしていた圓だった。
「いえ…僕は何も…」
 彼は一拍置いて慌てて手を振ると、躓きながらも女性の前まで歩み出る。その間に顔を上げたその人は、首を振って手を持ち上げた。
「そんなことはありません。あなたが話を聞いてくれたお陰で、こうして財布も戻ってきましたし…」
 その手にしっかりと握られた財布を見て、一同は状況を理解する。
「だから、お礼だけでもと思って……これ、良かったら…」
 戸惑う圓を他所に、早口にそう言った彼女はポケットから一つの御守りを取り出した。
「私が作ったものなんです。あんまり、上手くはないけど…」
「いえ、あの…ありがとうございます…」
 ずいっと差し出され、やっとのことで反応した圓に微笑んで、女性はふんわり笑みを浮かべる。
「これからも頑張って下さい」
 握らされた御守り共々手を取られ、圓は俯き気味ながらしどろもどろに頷いた。




 翌日の昼時。




 駐屯地でくれあの愛妻弁当をほおばる小太郎の正面で、牛丼とカツ丼をちゃんぽんしながら、思い出したように義希が問い掛ける。
「そう言えばさ、小太郎。6月頭くらいにオレが捕まえた泥棒さぁ…」
 唐突に始まった義希の質問に、小太郎が不服そう眉をしかめる。
 6月頭と言えば、義希が沙梨菜のライブの警備があると言って、追いかけていた泥棒を小太郎に押し付けたあの事件の事だろう。
 他の隊員はすっかり出払って、部屋には隊長二人きり。つまりはお互い気兼ねなく思ったことを言えるというわけだ。
「あぁん?ちゃんとボスに届けたぜ?」
「ああ、うん。それはいいんだけど。その後のこと、どーなったかなぁって」
「どーって、そりゃあ、こうだろうよ」
 ぼんやり顔に向けて逮捕、留置までのジェスチャーをして見せれば、彼は右手を振って否定した。
「じゃなくて。被害者の方」
 昨日の報告を思い出し、納得して押し黙った小太郎は、次に記憶を探り探り答えを口にする。
「…そーいや、聞いてねえな…っつーかそもそもお前、どうやって泥棒だって気付いたんだよ?」
「そりゃあ…悲鳴が上がったからに決まってんじゃん。そのあとで犯人が走って逃げたから」
「んじゃ、被害者が追っかけて来ててもおかしくねえな」
「うん、だから小太郎…その後どうしたんかなぁと思って」
「少なくとも。おれ様は城に着くまで誰にも声かけられなかったぜ?」
 それを聞いてウーンと唸ったきり黙ってしまう義希を見て、煙草をくわえた小太郎は親指で背後を示した。
「後のことはボスに任せちまったから、気になるなら城行って聞いてこいよ」
「うん…」
「…なんだよ、歯切れ悪ぃな」
「いやさ、間違いだった、なーんてこと…ないかなぁと思って」
 タバコに火を付ける手前の体勢で固まった小太郎は、思い直して頭を掻く。
「……だったら既にボスに叱られてるだろうよ。おれかお前が」
「そっか…うん。でもやっぱ心配だから行ってみるよ」
 その間に完食した義希がゴクリと立ち上がれば、くわえた煙草もそのままに小太郎も弁当箱を片付け始めた。
「…待て、おれ様も行く」
 彼の真意が義希にだけ任せておけるか、なのか、ただ単に放っておくのも気持ち悪いからなのか、分からずとも義希がそのまま頷いたことで二人は揃って城に向かう。

 一ヶ月半近く放置してしまったが、確かにその後の報告は降りてきていない。
 普通であれば、取り調べ結果や経過など、必要な事は全て書類に変換されて司法課…つまりボスの部下から送られてくる筈なのだ。
 犯人の処置から盗品の処遇まで、全ての結果は謎のまま。二人共これと言って記憶力に自信があるわけではないが、少なくとも自分が関与した事件のことくらいは覚えているつもりである。
 義希と小太郎、揃っての来訪に目を丸くしたボスは、用件を聞いて宙を仰いだ。そしてやや間を持って深い頷きで答える。
「泥棒…ああ、あの事件か。あれなら丸ごと、参謀に任せてある」
 返答を飲み込むのに十数秒。固まった二人を横目に、ボスは手に持った書類を数枚捲った。
「参謀って…沢也に?」
「なんでまた…」
「そりゃあ、そう言う命令だったからだ」
 戻ってきた二人の意識に当たり前の答えを返す。そんな彼女の訝しげな表情もそのままに、顔を見合わせた隊長ペアは適当な礼を述べて三階へと駆け上がった。
 直角に折れた踊り場を曲り、突き当たりでまた90度、その突き当たりで更に曲がれば、少し行った先の正面に大扉が控えている。
「沢也!」
「なんだ」
 ノックも無しに開けるなり叫んだ小太郎に、苛立たし気な沢也の声が返ってきた。何に急かされた訳でも無いのに無駄に急いだせいで、息の上がった二人は入室しながらも回らない頭から言葉を絞り出す。
「えーと、泥棒がぁ…そのー…」
「おま…何でくそ忙しいのに窃盗罪になんて構って…」
「トランプ」
「へ?」
 発せられた単語だけで用件に目星を付けたのだろう。呟いた沢也は机からルビーを取り出しながら、口を開けて呆然とする二人に向けて言い直した。
「盗品はトランプだった」
「はぁ?」
「そんなもん盗むやつがあるかよう」
「それが普通のトランプならな」
 そう言って、彼はルビーからトランプを出し、ケースを外してテーブルに広げる。
「…まさか…」
「マジックアイテム…!」
 脇に積まれた書類が倒れるのも構わず、並べられたトランプを手に取った小太郎が小さく舌を打った。
 現在王座の間にあるのは三人の姿だけ。沢也が声を落とさないことからして、周囲の部屋に来客も無いようだ。
 義希と小太郎が無意識にそれを確認する間に、沢也がスペードのエースを手に翻す。
「スペードは剣、ハートは炎。ダイヤが盾でクローバーが蔦。ただし、ダイヤに関しては未完成のようだ」
 沢也の手の中でスペードのエースが一振りの剣に、同じくスペードの10が10本のナイフに変わる。
 小太郎が同じようにダイヤを手に取り翻すが、一瞬だけガラスのような物に変形して直ぐにもとの形に戻ってしまった。
 沢也はトランプを片付けながら更に説明を続ける。
「これと、第三倉庫で押収した品、それから例の通り魔が使用していたボールペン。すべてのアイテムから抽出した魔力は、同一人物のものだと鑑定された」
「つまり、あの泥棒も一連のマジックアイテム事件に絡んでた、と…」
「まあ、そうなるか」
 小太郎のため息に頷いて、沢也は引き出しの中から未提出の報告書を探し始めた。
「あの泥棒、元はマジックアイテムを買い取るつもりで王都まで来たらしいんだが…」
「え、つまり…金がなかったから売人から盗んだってことか?じゃあ…あの子はマジックアイテムの闇取引の売人?」
 話に割り込んだ義希の疑問にピタリと手を休め、顔を上げた沢也は真っ直ぐに彼を見る。顔を合わせた義希は瞬きをしながらぽかんと返答を待っていた。
「…厳密に言えばそうではない。が、お前…被害者、見たのか?」
「いや、頭からストール被ってたから、顔までは…でも、声は聞いた」
「あの子って…お前…」
 小太郎が訝しげに問うと、義希は首肯で肯定する。
「うん、女の子の声だった。背丈もそんなもんだったと思うし」
 記憶を呼び起こすようにそう言うと、義希は沢也に向き直った。沢也はそれに頷くと、再び引き出しを漁りながら問い掛ける。
「他に特徴は」
「うーん…そうだなぁ。多分だけど、結構可愛いんじゃないかな。服装もなんだかきちんとしてたし」
「きちんとなぁ…」
「なんつーの?洗礼された、っつーかさぁ…わっかんないかなぁ…?」
 小太郎が呆れたように呟くのに義希が口を尖らせていると、沢也の手元がざわついた。
 二人は喋るのを止めて、音の正体を確認する。沢也の持つスピーカーから流れているのは、聞き慣れない女性の話し声だ。
「それ…」
 顔色を変え、小さく反応した義希に笑みを浮かべ、沢也は音を遮断する。
「ビンゴ、か?」
「うん…うん、間違いないと思う!でも何で…」
 前のめりに瞳を輝かせる義希をため息で黙らせ、沢也は二人を追い払うように手を振った。
「それが確認できりゃ十分。後は任せろ」
「ばっ…」
「蒼にな」
 抗議せんと義希の隣に付いて、同じく前のめりになった小太郎も、沢也の追加の言葉で勢いを失う。
「っ…そー言うことなら、まぁ…」
「ほんと、小太郎は蒼に弱いなぁ」
「っせー!」
 始まったじゃれあいを横目に苦笑した沢也は、問答を遮るように釘を差した。
「詳しい話は全てが解決してからだ」
「うん、了解」
「分かったら早いとこ業務に戻れよ。隊長が揃って持ち場から外れてどーすんだ」
「やっべ…とっくに休憩終わってやがる」
「走れ小太郎ーっ」
「馬鹿!城内は静かに…」
「緊急事態だ、ごちゃごちゃ抜かすなっての!」
 ドタドタガタンと、退場した騒がしさに舌を打ち、ため息と共に椅子に座り直した沢也は。
 数秒の後、一人不敵に微笑んだ。






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