ツクラレシモノ:後編





 

 諸澄の剣が横からキメラの体を狙う。首の1つがぐるりと回り、彼の進行を阻止した。
 小太郎による背後からの攻撃も敢えなくバリアに弾かれて、体勢が崩れたところを尻尾で叩かれる。
 その間にも中央の首がビームを蓄えていた。キメラの前方に、半円の焦げ跡が出来上がる。
 範囲外に転げ出た隊員達が立ち上がった直後、また、光が膨張を始めた。真横から飛び込んだ倫祐の斬撃はバリアに阻まれて、橋に沿ってビームが放たれる。
 王都の入り口付近でバリアの光がビームを跳ね返す、その様子を遠目に確認しながら、隊員達は安堵の息を吐いた。
 しかしそうしていられるのも束の間の事。これ以上威力があるものが飛んでいけば、街に被害が出てしまう。
 戦うごとに、ビームの加減は勿論、特にバリアの精度が増していた。まるで力を温存するかのように、相手を見て強度を使い分けている。
「バリア持ちは全員下がれ。魔力切れまで防御に集中」
 先のビームの直前に、なんとかこちらに到着した沢也が通信機越しに告げた。隊長二人が揃って後退する中、倫祐が中空に舞う。
「他は順に攻撃。前衛はペアを組め。こっちで組ごとにバリアの分担をする。互いに出来るだけ近場に居ろ。後衛は常に衝撃波の範囲外に居るように。ビームの兆候があれば俺達の後ろまで下がること」
 了解の声が疎らに聞こえた。指示が通っていることを目で確認する。
 沢也、義希、小太郎、海羽の四人でキメラを囲い、近場の隊員をマークした。
 敵のバリアが倫祐の一撃で割れない以上、複数で崩しに掛かるしかない。
 問題は、普段からこう言った練習をしていないこと。
 とにかく何度か試して最善を探らなければ、突破口も見つかりやしない。そして、これを乗り越えられなければ近衛隊には大きな課題が降りかかることになる。
 タイミングを見計らって、前衛二人が同時に突撃をかけた。常にペアを組んでいる彼等の息はぴったりである。
 斜め後方、上下から斬り込んだが、キメラは足を引いて回避。そのまま回転して衝撃波を放つ。
 義希のバリアが二人を覆ったが、他の隊員が風圧で動けないのを良いことに、キメラから追撃のビームが飛んだ。
 当然バリアはくだけ散る。海羽が咄嗟にバリアを発動させたが、二人は衝撃の余波で後方に吹き飛んだ。
 風が止むと同時に後衛が放ったナイフや弓がバリアに弾かれる。前衛が隙を窺うも死角がない。三つの首に睨まれて、思わず竦み上がった。
「本隊長にバリアを張らせて、その隙に後ろから!とか…」
「いや、逆になんとかして別の前衛陣で薄めのバリアを張らせるべきかもよ?そこに本隊長が追撃をかけるのさ」
 橋の向こうから考察が聞こえてくる。耳の端でそれを聞きながら、目の前の敵を見据えてみた。
 またビーム。
 倫祐が即座に阻止にかかる。頭上からの攻撃は、バリアで防がれる事は無かったが。
「倫祐!」
 至近距離で放たれたビームが彼を包む。青空に白い筋が半端に伸びた。
 続けて耳障りな音が響く。倫祐を覆っていた海羽のバリアが弾け、代わりにケルベロスの体がバリアに包まれてた。
 斬り込んだ倫祐は、敵のバリアを足場にもう一度跳躍する。銭が遠方から、諸澄もキメラの背面から加勢した。
 それを見た前衛達が一斉に前に出る。後衛は同士討ちを恐れて攻撃の手を止めた。
「待て!一度に行くな!」
 沢也の声が大きく響く。しかしほぼ全員が意識を前に向けた状態だ。内容を認識するのに時間がかかりすぎた。
 バリアが変形する。倫祐の追撃が板状のそれめり込んだ。
 同時に風が巻き起こる。四人が一斉にバリアを巡らせたが、如何せん守るべき人数が多い。当然バリアは薄くなる。
 衝撃波に耐えられず、まず義希と小太郎のバリアが消滅した。
 風圧で何人かが吹き飛ぶ。一部の壁が消えた事により、後衛も足を踏ん張ってその場に止まるので精一杯だ。義希と小太郎も体勢を保てず膝を付く。
 幸いだったのは、倫祐の前面に敵のバリアがあったこと。
 彼は風をそれで凌ぎ、上から数本のナイフを落とす。うち二本がキメラの体にめり込んで、僅かに風を弱めた。
 倫祐はそのまま風を利用して宙に浮き、自らの魔力で下降する。
 キメラから溢れる衝撃波が止まった。代わりに倫祐の強襲が阻止された音が響く。
 甲高い音。分厚いバリアにヒビが入った。
 キメラは倫祐を警戒して首を回す。
 それに合わせて銭の銃弾が幾つか命中した。
 1つの首が彼を捕らえる。その瞬間に、諸澄の剣が後ろ足にめり込んだ。
「固ってぇ…」
 歯を食い縛り、力を込める。青緑色の血が吹き出した。
「下がれ!諸澄」
 言われて、彼はハッとする。剣を引いて飛び退くと、目の前にバリアが現れた。
 熱が壁に注がれる。熱くて無意識に後退した。
 光は諸澄を反れて銭へと向かって行く。海羽のバリアも道筋を移動した。
「増援、到着です!」
「怪我人を防壁の向こうに運べ。第二陣も前線へ」
 帯斗の声に沢也が反応する。遠い野原に横たわっていた何人かが、近場の後衛に救出された。幸い意識は有るようだが、元気に動き回るのは難しそうだ。
「ごめんな、みんな」
「謝ってる場合か!埋め合わせは後だ」
 義希と小太郎が通信機越しに会話する。「大丈夫ですよ」とか「すみません」とか「あと頼みます」と言った苦し気な声が連なった。

 倫祐と義希、小太郎がキメラの攻撃を抑えている間に、隊員達が橋を往き来する。
 いち早くこちら側に到着した正宗の頭から、沢也の肩へとハルカが飛び移った。
「注意はあっちで聞いてきましたよー」
「きちんと分担決めをして、交代で攻撃した方が良さそうですね」
「はーい、動ける前衛は均等に別れてー。隊長二人と女の子と参謀、あと猫さんとこねー」
 正宗、茂達と続いた後、定一の指示で隊員達が動く。沢也はその間を利用してハルカに声をかけた。
「聞いての通り、お前もバリア担当だ。受け持った隊員達を守るなり、臨機応変に」
「倫祐は?」
「海羽が見てる。あと、秀があっちに…」
「うん、門番達が話してるの聞いたよ。カメラも来てるみたいだし、なるべくバレないよう振る舞うから、沢也か蒼…海羽でもいいかな。肩貸してね。陣が出たら手を伸ばしてみたりしてくれればそれっぽいかも」
「了解。無線は聞こえてるか?」
「この距離なら問題なく聞こえるよ。音量最大でしょ?」
「風とヘリがうるせえからな」
 互いに前を向いたままの会話が終わる。
 隊長三人だけなら怪我人は出さずに済みそうだが、進展は望めない。義希の武器が対人間用に改造されている為に、破壊力が足りないのだ。かと言って先の戦闘が示す通り、彼等の持つバリアだけで防御を補える訳でもない。海羽を倫祐に、ハルカを周囲に当てたとしても、沢也が攻撃に加わるには少々厳しいと言える。組み換えても充分な余力は無いだろう。
「こりゃ早めに蒼を出すべきか?」
「難しいところだね。それでいざ前に出してみて、止まらなかった時が怖いし」
「あっちが奥の手持ってねえとは限らないからな」
「とりあえず、あの、試してみてもいいか?」
 唯一沢也とハルカの会話を理解していた海羽が訊ねる。沢也は周囲を見渡して、今一度現状を確認した。
「隊長以外は念のため離れておけ。危なくなったらこっちで対処する」
 それだけ言って、彼は海羽とハルカに目配せする。二人は頷いて直ぐに実行に移した。沢也が隊長三人、ハルカが周囲一帯をバリアで覆った。
 海羽は口の中で呪文を紡ぎ、魔封じの陣を発動させる。
 紫色の光がキメラを照らした。風圧がピタリと止まる。しかしそれも一瞬のこと。
「動くからねえ」
 定一が当然の事を言う。言葉通り、後方に飛んで陣をかわしたキメラが、再び衝撃波を生み出し始めた。
「体に貼り付けたりはできないんすか?お札みたいに」
「バリアで囲ってから魔封じ、一斉攻撃って手もあるんじゃん?」
「バリアが破られた後が怖いね。その前にケリが付くとは思えないな。ぶっちゃけ本隊長次第ってところかね」
 帯斗、諸澄、定一と考察が続く。確かに一瞬で引く手段が無い今、無理して仕掛けるのはリスクが高い。諸澄が切りつけて分かった通り、キメラ本体の強度もかなり高そうだ。
「いっそアメジスト持って来ればいいんじゃねえか?」
「アメジストを体に埋め込むのか。まあ、出来なくはなさそうだけど」
 小太郎の提案を聞いた義希が唸る。二人とも、倫祐が本調子でないことは十分承知しているのだろう。試してみる手もあるが、乗り気ではない。沢也も頭の中で半分だけ同意した。
「持って来るよう指示はした。取り敢えず今は、バリアやビームの使用を解除したい瞬間に使うのが、一番効果的だろう」
 言いながら、もう半分の可能性を考える。やるなら早いに越したことはない。蒼を出すにしろ、倫祐に任せるにしろ、それだけは明白だった。
 王座の間の会話を耳の端に捕らえる。どうやら沙梨菜が門松のスクーターで届けに来るらしい。
 その間にもハルカが義希にバリアを被せた。キメラの攻撃が威力を増している。
 沢也がカモフラージュの片手を上げるのと同時に、橋の近くで小さな影が動いた。
「こんなもんに手惑ってんのか?ダッセェ」
 大声で悪態を付いたのは尽だ。作戦を練る暇を与えてくれないのは、敵も味方も同じらしい。
 沢也は短くため息を付いて、動向を見守る事にする。何故なら先に轟が動いたから。
「おい、勝手に前に出るな!」
「うるせえ!じじいは下がってろ!オレがやる」
 制止を振り切って走り出した尽が、自前の武器を振り上げた。帯斗よりは背の高い、しかし小太郎よりも小さな彼の身の丈と同等くらいの鎌である。
 途中、周囲に誰もいないのを良いことに滅茶苦茶に振り回したそれを、キメラの顔面目掛けて叩き付ける。逃げ足が早いだけあって、まさに一瞬の出来事であった。
 轟があちゃーと額を叩く。銭が徐に銃を構えた。しかしそれよりも早く、キメラの首が動いた。
 銭の弾丸はバリアが弾き、倫祐はビームで退けられる。残った尽には首が直接牙を剥いた。
 彼の攻撃は二つ目の首に噛み砕かれて、尽が攻撃を仕掛けた首は、彼自身を噛み砕こうと大口を開ける。
 一撃目は沢也のバリアが防いだ。その間に飛び退ければ済んだのだが、腰が抜けたのか、尽はその場に座り込んでしまう。
 球状のバリアが砕け散る。ハルカのバリアが代わりに展開された。
 しかしそれも長くは持たない。もう1つの首が、助け船を出した。
 最悪な事に、残りの首が衝撃波を巻き起こす。沢也の手が防御に駆り出された。
 バリアにヒビが入る。海羽のバリアに包まれた倫祐が、中央の首に斬りかかった。キメラのバリアが発生して、嫌な音を立てる。その間に、右側の首がハルカのバリアを打ち破った。
 尽はまだ動かない。見開いた瞳がキメラの口内を映し出す。迫り来るそれとの間に、なにかが割り込んだ。
「小太郎!」
 義希が叫ぶ。ハッとして見上げた尽の目の前に、キメラに右腕を差し出す彼の姿があった。
「んな……」
 尽が呆然とする間にも、小太郎が自らを包んでいたバリアが無くなった事で、風が辺りに満ち溢れる。顔面に、胸に、容赦なく降り注ぐ圧力が、尽を後方に吹き飛ばした。
 轟にキャッチされた彼は、そのまま無抵抗にバリアの内側へと押し込まれる。
 小太郎はそれを横目に確認した後、楽しげに口元を歪めた。
「旨いか?犬っころ」
 呟いて、軋む義手を変形させる。手首が落ちて、銃口が現れた。
 ノータイムで口内に発射された無数の弾丸が、体の内側に、顎の裏を通って上空に、首を貫通して正面にと暴れ出る。
 それでも動きを止めないキメラに引き摺られた小太郎は、肩から義手を切り離した。分断の勢いで中空に舞った彼は、痛みを笑いで吹き飛ばす。いくら義手とは言え、切り離すまでは神経が繋がっているのだから、痛くないわけがないのだ。
 キメラの後方に着地した彼は、左手を伸ばしてバリアを生む。上から追撃をかけた倫祐が、残る首に噛み付かれないように。
 その様子を前に、海羽がタイミングを見計らって魔封じの陣を発動する。倫祐から風が溢れ出た。斬撃が加速する。
 バリアを担当するキメラの首が、ぐらりと体にぶら下がった。吹き出たのは血液と絶叫。もがいて魔法陣から逃れたキメラの、断末魔のような叫びを倫祐が封じる。
 もう一撃。
 今度は綺麗に首が離れた。地に落ちたそれは、動かなくなると同時に砂と化す。
 着地した倫祐を中央の首が狙った。彼はビームをひらりと避けて、上空に躍り出る。もう一撃喰らわせるつもりだ。
 牽制で衝撃波が飛ぶ。海羽とハルカがバリアを巡らせた。
 倫祐の剣は海羽のバリアをすり抜けて、キメラの頭上に降り下ろされる。これで殆ど片が付いたと、何人かが肩の力を抜いた筈だ。
 しかし。
 ばりんと音がして、倫祐の剣が弾かれる。砕けたバリアの向こう側で、お返しだと言わんばかりの光が溢れた。
 海羽はバリアに送っていた魔力を強める。砕ける前に、倫祐はきちんと距離を取り、綺麗に着地した。
「首、関係ないのかよ!」
「いや、さっきより制度は下がってるよ。僕のチャクラムでヒビが入る」
 諸澄の苛立ちを定一が宥める。彼の言う通り、不意打ちのチャクラムを弾いたキメラのバリアには、浅くはあるが綺麗な亀裂が入っていた。
「ビームの奴が防御も請け負った、ってところかね」
「先程小太郎隊長が噛まれていた時のバリアも、中央の首の物でしょう」
 門番二人が見解を示す。やりやすくはなったのだろうが、こちらも小太郎が負傷しているのだからお相子だ。義希の口から弱音が漏れる。
「うー…やっぱ薬に頼るしかないんかな?」
「いや。あの獣を寝かし付けるには強力な薬品でなければ難しいだろう。普段海羽が使っている10倍の濃度でも効果があるかどうか」
 沢也が真面目に返答すると、小太郎からも声が上がった。
「なら毒薬は?」
「元々薬漬けなんだ。しかも何の薬品入ってるかもわかりやしねえ。下手な毒盛って、化学反応でも起こされちゃたまんねえ」
「そうなると睡眠薬を薬品銃でー、と言うのが一番現実的で安全ですー。が。しかしながらそんなに弾数はありませんので、このまま鎮静剤に絞るのが良いかと思いまーす」
 銭が全てを纏めると、沢也がふっと苦笑する。
「そう言うこと。幸い首は残り二つだ。残る10組で何とか落とせ」
「こら沢也!おれ様もバリアくらいなら張れるからな!こいつぶっ潰すまでは寝てなんかいらんねえし」
「好きにしろ」
 やけくそにも聞こえるが、小太郎があれくらいで音を上げないことくらい知っている。沢也の呆れたような了承が隊員達の緊張を紛らわせた。

 バリアは5枚。面子は先程と変わらず。
 前衛はペアが10組。帯斗と定一。諸澄と轟。正宗と茂達。他、第一第二の日常的にペアを組んでいるメンバーが7組。バリア担当者一人につき二組ずつの計算だ。
 後衛は銭を筆頭に、弓、ライフル、ボウガン等が10名程。
 橋の向こう側で待機しているのが何名か。圓は花形から得た知識を生かし、怪我人の手当てに回っている。
 沙梨菜が来るまであと7分はかかるだろう。何を隠そう、あれからまだ3分程しか経っていないのだから。
「大丈夫かい?帯斗くん」
「……はい」
 定一の声かけに、帯斗はなんとか首肯した。
 彼は震えている。目の前で繰り広げられる戦いは、今までよりもずっと死に近いのだと実感して。
 自分も。キメラも。
 色の違う血液が地面に散る。その光景が、臭いが、空気が、嫌になるほど生々しい。
 あそこに立っている異形の存在も、元は動物だったもの。あの犬と同じように苦しんだ動物がどれだけ居ただろう。
 このイキモノはその犠牲の上に立っているのだ。
 ならばどうしたらいいか。そんなこと、考えている暇なんてくれやしない。
 やらなきゃやられる。
 自分だけならまだしも、大事なもの全部。
「こんな状態にされて可哀想か?」
「そんなエゴに酔うことすらできないだろ。こんなんじゃ」
 隣に並んだ諸澄が、問い掛けに舌を打つ。彼はそのまま沢也の指示に従った。
 あのキメラに致命傷を与えられるのは大振りの武器だけだろう。そうなると、小振りの武器を持つ彼等の役割は単純明快。
 バリアを誘発し、破壊する。それだけだ。
 諸澄が振りかぶる。その後ろには轟が控えていた。まずはバリアを発動させなければいけない。尻尾や首の反撃を掻い潜り、3組が順に仕掛けていく。
 煩わしく思ったのか、早々に生まれた衝撃波を三人のバリアが遮断した。残りの二人は待機組を守るように展開させる。
 その隙間を縫って銭が薬品弾を発射した。三本がキメラの背中に刺さる。正面から倫祐が斬撃を飛ばしていた為、そちらに意識を持っていかれたのだろう。
 崩されたバリアをカバーする為に、衝撃波の追撃があった。風の勢いが増して防御が危うくなったため、背後から攻めていた三組も、一旦引いて立て直す事になる。
 風の余波が収まるなり、鎮静剤が効いてきたのか、キメラの姿勢が崩れた。頭を垂れて、休憩でもするような形になる。
 その隙を見逃す訳もなく、倫祐がもう一撃。鎌鼬に似た飛ぶ斬撃がキメラの頭に当たる。耳が吹き飛んで血が溢れ出た。
 帯斗が前に出る。三歩で跳躍し、上から拳を捩じ込んだ。
 鈍い音。
 右側面に浮かぶ彼を真ん中の頭が睨み付ける。定一のチャクラムがその視界に入り込み、意識を逸らした。円盤はそのまま回転し、キメラの正面に回り込む。
 更に背後からは轟が金槌片手に釘を投げた。一口に釘とは言っても、今彼が放ったのは特別製。プラスドライバー並の大きさがある。
 前後から迫る飛来物。後衛が放つ銃撃、射撃がそれに加わった。
 キメラは恨みがましい咆哮の後、その全てを球状のバリアで弾く。立て続けに放たれた風とビームの乱射が辺りを焼き、吹き飛ばした。
「そりゃ、誰だって死ぬのは怖いわな」
 痛いもん。と、余裕で逃げかわしながら定一が呟く。その背中に必死で付いていく帯斗が、涙を腕で拭った。
 互いに命を奪おうとしている。その構図が悲しくもあり、恐ろしくもあった。
 これが自分に足りなかったものだと酷く自覚する。
 それは帯斗だけでなく、他の隊員達の間でも広がり始めた当たり前の感情だった。
 それほど必死なのだ。あちらも。勿論、自分達も。
「みなさん哀愁に浸ってますけどね。僕達がこれを止めないとー?」
「街が壊滅するだけじゃない!恨みの連鎖だ。分かってんだろう?」
 銭と轟の渇が飛んだ。通信機越しにそれを聞いた隊員達が歯噛みする。
「全ては国に跳ね返る」
「またあんな生活に戻るのはごめんだな」
 茂達と正宗が真剣に呟くと、何人かが同意した。この戦いは国中が見ていると言っても過言ではない。失敗なんかした日には、本当に国が無くなることだって有り得る訳だ。
 バリアを保つ国の主要メンバーの額には汗が滲んでいた。彼等に会話をしている余裕などない。一歩間違えば死人がで兼ねないのだから。
 掌を突き出し、意識の全てを戦地へと向ける5人の姿が目に焼き付く。これが守ると言うこと。自分達もまだ、守られている立場だと言うこと。
 叫びだしそうだった。立ち止まり、振り返る。このままで良いわけがない。飛び込まなければと自分を奮い立たせる。
 そんな帯斗の背中を定一が引いた。引き摺られながら振り返ると、静かに首を振られる。
 もう一度前を向けば、目の前をビームが通過した。
 背筋が凍る。その背中が後ろから押された。
「行くなら今」
 定一の声が短く告げる。その声を聞いただけで安心できた。彼がそう言うのだ。迷う理由なんかない。
 帯斗はそのまま前へ。キメラの背中めがけて駆け出した。先と同じく、テンポ良く飛び上がる。紫色の光が辺りに溢れていた。
「うぉおぉあぁあ!」
 今まで上げたことの無い種類の声が出る。溜めに溜めた力を前に押し出した。拳がキメラの背中、人間で言うところの鳩尾辺りにめり込む。血飛沫が頬を染めた。
 重力に従いキメラの背中に着地した彼の後方から、諸澄が追撃をかける。帯斗が離れた瞬間に剣を突き刺すと、キメラが暴れて二人は落下した。
 体勢を立て直し、踏まれない位置まで走る余裕は充分にある。轟と定一が景気良く、もう一撃ずつ加えていたから。
 その間バリアに阻まれていた倫祐にビームが浴びせられる。風圧で海羽のバリアごと宙に押し返された彼が、橋の入り口に着地した。
 キメラが走り出す。倫祐目掛けて。迷惑な事に、衝撃波を撒き散らしながら。
「もう一押しなのに!」
 帯斗が慌ててリターンする。他のメンバーも橋への侵入を阻止しようと、様々な工作に出た。
 海羽は水晶で宙に浮き、キメラの進行方向にバリアを張る。沢也は器用にも空中にバリアの足場を作り、橋の中程に先回りした。
 倫祐はキメラの前に立ちはだかり、剣の封印を解く。残り少ない魔力を全て、使いきるつもりだろう。
 本調子で無いのは海羽も同じ。二人とも余力など殆どない筈だ。
「全力で片を付けろ。いい加減魔力も尽きる」
 沢也の忠告が飛ぶ。海羽のバリアを壊したキメラが、橋に足を踏み入れた。
 続けてハルカのバリアがキメラを包む。その間に数人が脇を抜けて橋に突入した。
「後方からは二組ずつ。それ以上は保障できん」
「ごめんな。魔封じ、苦手みたいで…魔力の消費が激しいんだ。頻発出来ないけど、頑張るから…あの…」
「無理するなよ?海羽のバリアが切れたらこまるー」
 沢也、海羽、義希と続いた会話が途切れる。キメラの放ったビームでハルカのバリアが弾け、残骸が四方に散ったのだ。
 間近に居た数人を小太郎と義希のバリアが包む。小太郎はキメラの後ろ側、義希は正面に立つ倫祐の真後ろだ。
 耐えきれず、小太郎のバリアが弾けとぶ。数人が衝撃で後方に押しやられた。
 熱が発散されるなり、倫祐が地面を蹴る。魔力の乗った横凪ぎが下からキメラの頭を狙う。
 しかしキメラも必死の抵抗を見せた。
 倫祐の剣がバリアを砕くも、その後直ぐに衝撃波とビームが撒き散らされる。血飛沫が橋を緑に染めた。首が落ちなかったのは、キメラが倫祐を踏みつけるつもりで前に出たからだ。
「っ…ごめん、魔力切れ!」
 衝撃波とビームに耐えていた、前線の義希が叫ぶ。薄れていくバリアの上から沢也がカバーした。
 海羽の放った魔封じの陣が一時的に暴走を止めた。
 背後から諸澄と帯斗が飛び掛かる。しかし振り向いたキメラの前足が二人を直に跳ね飛ばした。キメラはそのまま後ろに跳躍、魔封じの陣を避けた上に、実質橋の半ばまで進行したことになる。
 着地点に居た数人が王都側に転げた。後ろ足が直ぐ目の前にある。
 倫祐はキメラの正面、橋の淵に立ち、ゆっくりと煙草に火を付けた。
 海風で煙が流れる。
 魔力が戻ったキメラは義希や門番二人による背後からの攻撃をバリアで凌ぎ、正面から突撃してきた倫祐に、ノータイムでビームを放った。短く一撃。時間を作って先より長く。それでも間近にやって来た彼をバリアで覆う。その間に本島側から、諸澄と帯斗が攻めていた。
 帯斗の拳が額を叩く。諸澄の斬撃はもう一匹の鼻先を掠めた。口の中にはビームの卵。背中に着地して、もう一度。
 諸澄が剣を切り返すと同時に、倫祐が内側からバリアを砕く。着地した彼に強烈なビームが、諸澄と帯斗、更に後方の数人には衝撃波が襲い掛かる。
「海羽さんは橋に、沢也くんは上の二人、ハルカさんは本島側を」
 緊迫する空気に柔らかい声が響いた。けして慌ててはいないのに、短い時間で届いた指示が形になる。
 義希達の目の前に現れたバリアは蒼によるもの。ちらりと振り向けば、橋の出口に彼の姿が見て取れた。
 一方上空に逃げた倫祐は、衝撃波をいなすように風向きに従う。
 衝撃波を放つ首は彼を追ったが、ビームを放った中央の首は、橋に熱の全てを注いだ。
 海羽のバリアが耐えきれなかった。
 橋が崩れる。真ん中から綺麗に、まっ逆さまだ。倫祐を向こう岸に追いやるつもりらしい。
 揺れる足場にしがみついていた帯斗と諸澄が、自分達を守るバリアにヒビが入るのを見た。
 上空で風に煽られる海羽が、魔封じの呪文を必死で紡いでいる。
 紫色が溢れて、一瞬だけ風が止んだ。
 陣を避けてジャンプしたキメラから二人が転げ落ちる。
 高度を落とした倫祐は、本島側の橋の断面ギリギリに着地した後、落下する瓦礫を足場に5ステップで舞い戻った。その間にビームが6つ、穏やかな海面を水柱に変える。
 キメラが倫祐に集中している間、投げ出された帯斗と諸澄が回収された。
 また風が始まる前にと、義希と二人の門番がキメラの背中を叩きにかかる。
 左側の首が振り向いて、口を開けた。咆哮の代わりに衝撃波が巻き起こる。
 ハルカと沢也が三人に、蒼がその後ろにバリアを巡らせた。
 正宗が橋の淵を足場に上に出る。長い槍が太陽の光を反射した。
 降り下ろされたそれは中央の首を狙ったが、左側の首が割り込んでくる。大口を開けて、まるで刺し違えでも図るかのように。
 互いの見解が一致しているのだ。残したくない頭。生き残らなければならない頭。
 成る程、と呟きながら、正宗はそのまま躊躇いなく振り切った。
 穂先が上からキメラの首に食い込む。代わりに右足に噛みつかれた。
 キメラの瞳やこめかみには矢が突き刺さり、義希が下からキメラの喉を刺す。それでも力は緩まない。
 正宗は腕の力だけで槍を支えに制止していた。その体を影が覆う。
 背中を足場に跳躍した茂達は、重力に任せて槍を突き立てた。
 正宗はキメラの力が緩んだ瞬間に体を回転させ、バック転の要領で背中に着地。槍を引き抜き、茂達と同じ首の付け根を凪ぎ払う。
 茂達の着地から数秒後、崩れるようにして二つ目の頭が砂になった。

 残り一つ。

 中央の首にビームで追いやられ、倫祐が沢也の前に降りてくる。負傷した正宗も、茂達と義希に支えられ、彼の後ろに落ち着いた。帯斗や諸澄は既に橋の出口で治療中だ。
 静寂が訪れる。
 倫祐を追って振り向いたキメラの動きが止まった。
 反射的に全員が身構える。本能的にそうなったと言った方が良いかもしれない。
 プレッシャーとはまた違う、ドロドロとした感情のようなものが辺りを支配する。
 キメラはその僅かの間にバリアの内側に籠った。口の中には光を蓄えて、真っ直ぐに城を凝視している。
 即座に試してみたが、魔法もバリアに遮断されてしまうようで、魔封じができない。
 海羽が首を振るのを見て、沢也が銃を取り出した。立て続けに発砲するも、ヒビ1つ入らない。銭のライフル、蒼の弓、後衛が総出で攻撃しても結果は同じ。
「何処にあんな力が残ってたんだよ…!」
「これが「最後」なんだ…」
 諸澄の歯痒そうな叫びに、帯斗が答える。真っ直ぐにキメラを見据える彼の拳に力が入った。
 グズグズしてはいられない。その間にも橋の淵を走った倫祐が、跳躍して上から斬りかかる。切っ先がバリアに接触する、その音を確認しようとしていた全員が呆気に取られて目を見開いた。
「な…」
「すり抜けた…?」
 通信機がざわめく。一拍遅れて、沢也が早口に呟いた。
「そうか…あいつの狙いは…」

 俺か。

 倫祐は頭の中で納得して、地に足を付ける。バリアの内側でキメラを守っていたバリアが、彼の斬撃を弾いたのだ。
 砕けたそれが消える中、ドーム状のバリアの中で、キメラと倫祐が向かい合う。逃げ道を塞ぐようにバリアが変形した。キメラと、彼との間にしか隙間がない。
 キメラの口内に溢れる光が更に膨張したように見えた。
 蒼が10の矢をつがえる。これでもう三度目だ。魔力が矢に伝わって、雷を伴い飛んでいく。監視塔の下に降りた海羽が氷魔法を、折れた橋の向こう側では銭のライフルも連続して弾を発していたが、やはりどちらも歯が立たない。
 ほんの1秒間、キメラと睨み合っていた倫祐は、それを確認するなり矛先を変える。
 長く、平らな剣を地面と平行に構え、前に。勢いよく蹴った石畳には、倫祐のスニーカーの底の跡がくっきりと残った。
 瞬きする間にキメラと大剣が接触する。今度こそ、剣はキメラの頭を貫いた。
 口から首の裏側へと抜けるように、突き刺さった剣がぐらぐらと揺れる。
 光が収まらない。寧ろ先より増したように思えた。
 倫祐は剣から手を離さずに、足と腕でキメラの頭を押さえ込む。そうでもしないと振り落とされてしまうのだ。手を離せば、剣に魔力が伝わらない。それでは意味がないと、倫祐は無意識的に理解していた。
 離れたら暴発する。蓄えた魔力を剣で抑え込まなければ。少しでも威力を封じなければ。

 この辺り一帯、全てが巻き添えになる。

 倫祐の意図をいち早く察した沢也が声を張り上げた。
「全員下がれ!早く!」
 耳が痺れる感覚がそのまま足に伝わったかのように、それぞれが後退を始める。
「蒼」
 沢也は頷いた彼を認めた後、口の中で呪文を唱え始めた。彼の力量で即時産み出せるのは灯火程度。媒体も無く炎を量産するには、どうしても呪文と陣が必要だ。しかも海羽のように簡単にはいかない。時間がかかる。だからと言って、間に合うか間に合わないかを考えている暇など無い。
「ハルカさん、壁よりこっち側を。海羽さんはギリギリまで倫祐くんを」
 指揮を受け継いだ蒼は、困惑する隊員の声を押し退けて指示を出す。続けて橋の向こう側にも退避の命令を下し、彼自身も弓をつがえた。
 ハルカが蒼の肩に移動する。それと同時に、秀が海羽に取りついた。
 彼女の瞳が倫祐から逸らされる。諸澄と帯斗が、慌てて彼を引き剥がした。
 海羽は、再度橋の中程に意識を集める。沢也の青い炎が敵のバリアを包んだ。蒼の雷が連続して落ちる。
 ピシリと、綺麗な音が走った。
 海羽の両手が淡く輝く。早く、届けと、頭の中で呟いた。
 不意に目の前が明るくなる。
 海羽もハルカも、沢也も蒼も。咄嗟にバリアを発動させた。
 全てが光で満たされたような、そんな気がした。遅れてやってきた音が鼓膜を震わせる。
 酷い音だ。耳が無事なのが奇跡だと思えるくらいに。
 板状のバリアが、地面が、鼓膜以上に震えていた。煙と熱が否応なしに上から降り注ぐ。
 周辺の通信が数十秒、乱れた。何も分からない。視界が悪い。

 ただ、確かなのは。

 キメラが爆発した、という。
 端的な事実だけ。







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