ツクラレシモノ:前編





 
 センターサークルの東、森の奥まった位置にその建物はあった。
 ハルカと交代でそれを見張っていた門松が、むずむずと鼻をひくつかせる。
 何だろう、彼は思わず眉をしかめた。嫌な予感がする。
 時刻は朝の9時。早朝交代したハルカは、今頃センターサークルの詰め所でのんびりしているコトだろう。
 門松は通常禁じられている無線の通話をオンにした。禁止なのは単純に、相手に電波を拾われては、見張りの意味がないからである。
 それでも敢えて無線を使おうと言うのだ。受信モードの端末が音を立てたであろう仲間の心拍数は、赤丸急上昇に違いない。いや、それより何より。
「今ドコ?」
「建物の西側。いつもの場所。どうしました?」
「今すぐ退却、全力で走ること!いや、アレに乗った方がいい」
「え?」
「出来るなら東側へ、建物から離れながら!」
 かく言う門松も走りながら指示を飛ばす。一度だけ聞き返しはしたものの、無線の向こうの園道も直ぐに指示に従ったようだ。何処か無機質ではあるが、順応が早いのが彼の良いところである。
 門松はレンタルしていたルビーから盗賊団製の空飛ぶスクーターを呼び出して、走りがてら飛び乗った。前進しながら上昇すると、後方に建物と、園道の姿も見える。指示通り、南よりに東へと向かっている彼を見て少しだけ安心した。
「何があったんですか?」
 風音に混じって届いた園道の声。しかし門松は答える前に、背後を振り向く。
 その瞬間。
 通信機はノイズに満ちた。滅茶苦茶な風が後方から、木々を薙ぎ倒す勢いで放たれる。
 煽られながら、なんとか風の外に浮き上がった門松は、遅れて上昇してきた園道を目視した。
 彼等が監視していた建物は、跡形もなく。見るも無惨な姿に変わり果てていた。
 耳が、無線が、元の状態に直ってもまだ、彼は建物だった場所を凝視している。合流した園道が門松の視線の先を追うと、視界の隅で何かが動いた。
 二人は目を凝らす。しかしそれは直ぐに意味を失った。
「園道くん、リーダー!」
「はい」
 言うだけ言って、門松は下降する。園道はその場に残って携帯を耳に当てた。


「キメラ?」
 王座の間に沢也の声が響いたのはそれから十分後の事になる。現地の様子を園道から聞いたリーダーが、飛竜に飛び乗る前に連絡したのだ。
「ああ。あいつだってただの大工じゃない。馬鹿だが勘は働くし…もう無茶するほどガキでもない。つまりは、そう言うことだ」
「分かってる。そもそも強化剤製作の本拠地から出てきたもんだろ?そんだけで十分警戒に値する」
「なら心して聞け。そいつの目的は、恐らく王都だ」
「真っ直ぐに向かってる、ってか?」
「ああ。通り道の避難誘導は門松が。普段からバカみてえに五月蝿いんだ。こう言うときに役立てんとな」
「ハルカは?」
「センターサークル。こっちで拾ってから向かうよ。いくらハルカでも、歩いたらそっちまで半日はかかるだろ?」
「助かる」
「あとの事は園道に直接聞いてくれ。門松のバックアップしてるから。ああ、連絡先知ってたっけか?」
「いや」
「じゃ、このあとメールする」
「ああ。こっちからの指示も、あとはメールで」
 通信を切る。無意識に息を吐いた。
 そうして沢也が顔を上げるなり、部屋の中央から蒼が問い掛ける。
「強化剤の本拠地からキメラ、ですか?」
「真っ直ぐこっちに向かってる…?」
「飲み込みが早くて助かる。わざわざこんな日選んでくるんだから、タチが悪いにも程があるな」
 蒼の微笑にも、呆然とした有理子の呟きにも、沢也は頷いた。
 今日は七夕祭りの当日である。彼が愚痴を溢したくなるのも仕方のない話だ。
 沢也は舌を打った後、リーダーから送られてきたメールを開き、園道に電話する。コールが3つ。すぐあとに園道らしい短い応答があった。沢也も単刀直入に話を切り出す。
「こちら王都。状況報告を頼む」
「センターサークルの東から王都に向けて進行中。門松さんがギアを最速に入れてキメラの前を走行、絶叫で避難誘導」
「聞こえてる」
 受話器越しに門松の声が聞こえるのは気のせいではないのだと、沢也は密かに自分を納得させた。園道は頷いて先を続ける。
「三時間後には橋に差し掛かるかと」
「キメラの様子、特徴は?」
「巨大なケルベロス。バリア、ビーム、衝撃波使用。ビームは強力、門松さんのバンダナの端に引火」
「門松は手を出したのか?」
「邪魔なものを排除しているだけ。木や岩を退かす為にビームが放たれる、と言った感じです」
「成る程。分かった。また何かあったらこの番号に連絡くれ。こっちからもまたかける」
 短い了承を得て通話を終える。待ち構えていた二人に内容を説明すると、現実味が増した。
 沢也は解説ながらに考えていた事をため息の間に纏め上げ、簡潔に口にする。
「城下町に居る人間は全員城の前まで待避。近衛隊は避難誘導、後、橋の向こうに集合」
「全員…?」
「何かあったら困る」
「でも…」
 困惑する有理子を小さな間で落ち着かせながら、沢也はデスクの引き出しからタバコを探し当てた。
「近衛隊だけでは処理しきれんだろう」
「バリアは厄介ですね」
「そう。それさえなけりゃ、倫祐プラスアルファでなんとかさせるんだが」
「強化剤がどれだけ効いているかも気にかかります」
「門松が手を出せない程、かつ爆発の中心部から無傷で出てきたとなれば、全力で叩く他道はないと考えた方がいい」
 蒼と交互で続いた解説が途切れる。沢也は指先から出した青の炎を収納し、ゆっくりと煙を吐いた。
 蒼は既に周囲の重要書類を片付け始めている。沢也のデスクに積まれていた紙の山が、彼の持つルビーに吸い込まれていった。
 有理子は開けていく視界を眺めながら、長く深い息を吐く。
「分かった。城のみんなにも強力して貰いましょう」
「隊には連絡入れとく。蒼、もしもの時の事…話し合っといてくれ」
「了解です」
 短い確認の後、三人は散り散りになった。有理子は階下へ、沢也は自室へ、蒼はその場で携帯を耳に当てる。


 数分後、沢也からの連絡を受けた駐屯地でも同じような騒ぎになった。
「三時間で全員避難すか…」
「酷いミッションだね」
 居合わせた帯斗と定一が渋い顔をしながらも、無線にメガホンと救急箱、発行棒等をテーブルに乗せていく。
「圓は一足先に城に召集か」
「はい。連絡係りと言うやつですね」
 何かあれば圓経由で。そんな指示が既に沢也から飛んでいた。
「隊長方は橋の向こうね」
「ああ。本島にも連絡は行ってると思うけど、入れるか帰すかしなきゃいけない人達はまだ来るだろうから…」
 義希がそう話す間にも、続々と隊員が帰ってくる。彼等は一様にメガホンや無線等一式を受け取って、また外に向かって行った。
 町には技術課と鑑定所がアナウンスを流している。電子的な女性の声で、殊更ゆっくりと、現状説明と避難指示がされていた。
 祭りの当日だけに、街は相当の人出。屋台や金銭の管理なども問題になってくるだろう。
「僕ら、配布終わったら戸締まりしとくよ。お城の方の戦力は門番くんたちだけで大丈夫でしょ?」
「うん、悪いけどヨロ!」
 それだけ言って、義希も外に飛び出した。小太郎は家族優先、倫祐もまだ海羽の側に居た方がいい。少々心許ないが、彼が動く他無いわけだ。
「あのー、相方引き抜かれちゃったんで拾って貰えません?」
 閉まった扉がまた開いて、諸澄が顔を出す。義希は心細さを笑顔に変換して何度も頷いた。


 沢也のパソコンを中心に敷かれた通信機能が、城内のあちらこちらから飛び交う会話を賑わせる。
「あれだけの人だ。どう考えても丘だけでは足りんだろう」
「希望者を空から本島に輸送する」
「臨時便の着陸ポイント、許可とれる町村は?」
「城内のセキュリティー対策は済んだのか?」
「今マジックアイテム課が分担してやってるわよ」
「妖精の方、どうなった?」
「協力申請完了、現在細かい打ち合わせをしています。バリアは何時でも発動可能です」
「屋台の移動を求める声が山程…」
「人命優先。死にたくなきゃ逃げることだ」
「テレビ局がヘリ飛ばして中継始めたぞ」
「好きにさせとけ。ただ、何かあってもこっちは一切保証しない、死にたくなきゃ逃げろとだけ伝えろ」
「とにかく死にたくなきゃ逃げろ、ですね」
「テレビ効果で避難が捗ればいいんですけど…」
「まあ、善し悪しだろうな」
「くれあさん到着です」
「上に通せ。小太郎もだ。スクーター出す」
 入り乱れる情報。声が上がる場所は部署の数だけ。加えて要人にはそれぞれ個別で無線機を持たせてあった。範囲は城内だけなので、外に動向が漏れる事もない。ギリギリ範囲外の門番には、うち片方だけ敷地内に入ってもらっている。
 沢也は臨時で敷いたその通信機を見張る片手間、小次郎や孝などの外部に連絡を取っていた。そのやり取りだけであっと言う間に一時間が経過する。
「じじじじじじ10人乗り飛行装置5機じじじじじじ準備完了、です」
「正宗、有志募って裏手に誘導させろ。最初の二機の行き先はクリフ、次の三機がセンターサークル」
「先着順で良いですか?」
「構わん。適当に納得させてくれ」
「火事場泥棒逮捕の模様」
「問答無用で牢屋に詰めとけ」
「東側の店舗に協力要請完了、トイレと休憩所、ある程度確保しました」
「あのー、屋台の食材だけでもリヤカーで運ばせてくれと…」
「広場より橋側の屋台はそれでも構わん。広場からこっちはあと2時間、ギリギリまで粘って出来るだけ売っ払っちまえ」
「城内施錠完璧!さっすが私達!」
「念のため各自確認して回れ。五分後には女子供怪我人病人限定で受け入れ開始。二階から埋めろ。ただし、会議室はプライベートスペースとして開けとくこと」
「小次郎くんの方は?」
「現地には既に到着済み、あっちは瓦礫の山だそうだ。生存者や証拠なんかを探させてる。他、キメラ通行箇所の整備も任せてある」
「飛竜は?リーダーはまだ来ないの?」
「センターサークルでハルカを回収してるからな。もう暫くかかるだろう。郵便課には到着し次第、街の見回りや避難民の誘導、対処にまわるよう言ってくれ」
 時折入る質問や報告。それに混じって圓から避難状況の進展が報告されていた。今のところ順調。馬鹿みたいに騒ぐ輩が少ないお陰だろう。
 ついでに報道を利用して、丘に巨大なスクリーンを設置、現場の状況を流したのもよかったようだ。キメラや真偽に関する質問が大幅に減り、近衛隊が動きやすくなった。
 あと、一時間。
「報道陣、珍しく大人しいわね。普段の勢いがないって言うか…」
「そりゃ死にたくは無いだろう」
「社会的に抹殺される方が余程恐ろしいでしょうに」
「問題は切るタイミングだな。まあ、戦闘中も根気よく中継してればの話だが」
「やりかねないじゃない」
「そうか?流石に逃げ出すだろ。命とスクープどっちが大事だ」
「スクープなんじゃないの?何時もの強気を見るに」
「ありゃ強気じゃなくて怖いもの知らずなのさ」
「蒼くん、プレッシャーかけないんじゃない?優しいから」
「下手な記事を書かれても困りますから、適当にしているだけですよ」
「あら優しい」
「ほんとだね、流石器が違うよ」
「盛り上がってるとこ悪いが、マジックアイテム課。手が空き次第技術課に直行。バリアの補助装置を運搬、設置する。補佐に入れる課はないか?」
「司法課、手が空きそうだぞ」
「火事場泥棒は?」
「もう檻の中。直接向かおう。あちらに指示を仰げばいいのだな?」
「頼む。それから厨房、簡単な水分を丘に居る避難民に」
「心配無用。順次運んでくれてるわ」
「大臣」
 茂達の声が流れるように続いていた会話を止めた。彼はその静寂に報告を落とす。
「秀様がいらっしゃいました」
「分かった。直ぐ降りる。あとの指示は八雲に」
 即答の後、沢也は八雲に席を明け渡した。八雲の声が無線機に吸い込まれていく。
 有理子に全ての鍵を託し、自室と魔導課へ続く通路に魔法陣を敷いた。内側からだけ開けられる、そんな魔法だ。
 現在魔導課では椿、乙葉と妖精達が作戦を練っている。他はみんな、王座の間だ。
「有理子は八雲の補佐。亮、このオレンジ馬鹿好きに使え。揉め事は全て左弥と大地に押し付けること。魔法関連の不具合は咲夜を通せ。あと、今技術課には仁平しか居ねえから、パンクしそうなら手を回してやってくれ」
 簡潔な指示に、名指しされたメンバーが首肯する。
 沢也は大扉に走り寄り、倫祐が開いたそれを潜った。
「何かあれば携帯に」
 言い捨てて、扉を閉める。廊下を走る慌ただしい音が方々から聞こえていた。
 沢也が背を押すと、蒼がふわりと前に出る。振り向かない彼に、沢也と倫祐、それから海羽が順に続いた。
 橋には既に近衛隊が集結しつつある。一時間半ほど前にスクーターで向かった小太郎が、幾度かメールで報告してきた。子供連れのくれあには、有理子の部屋で簡単な雑用を頼んである。
 あと一時間弱。避難自体は大きな問題ではない。一番邪魔なのは秀本人だ。
 強化剤本拠地が彼の管轄であることは、証明こそ出来ずとも確信はある。つまり彼はこの為に、つい数日前まで何処かに籠っていたと言うわけだ。
 昨日までも散々倫祐に暴言を吐いていたが、もう体制は変わらない。なんと言われようが、海羽は常に倫祐の監視下だ。
 しかし、この先秀がどう出るつもりでいるのか。彼のある意味突飛な思考を想像するのは至難の技である。

「海羽さん、ご無事でしたか!」
 外につながる扉を開くなり、門の手前で秀が両手を広げた。海羽は倫祐の影に隠れたまま、小さく頭を下げる。
「何やら騒々しいですね。さあ、こんな混雑した場所とはおさらばです!私と共に屋敷まで参りましょう。そこにヘリを止めてあります」
 示された先を見れば、迷惑千万な場所にレンタルのヘリコプターが停まっていた。
「これからキメラを止めにいくんです。秀さんお一人でどうぞ、お帰り下さい…」
「何を仰る!あなた様は…女性なのですよ?!怪我などされたら大変です。今すぐ島を離れましょう」
「女性ならここにも沢山居ます」
「あなた様は特別なのです。ああ、分かりました。今、そうして駄々をこねることで、それを確認したかったのですね?いじらしいお方だ」
「違います」
「海羽さん!」
 湾曲した解釈に怯えて逃げ出そうとする海羽に、秀の手が伸びる。しかし途中で倫祐に阻まれた。
 秀の顔があからさまに歪む。対して海羽を背にした倫祐はいつも通り。無表情だ。
「この私の邪魔をすると言うのか?」
 怒りと屈辱で声を震わせる。そんな秀の横を、沢也がするりと通り過ぎた。
「面倒だ。無視して行くぞ」
「何だと?この私を、この期に及んで無視?なんと言う愚行だ!」
「だから、何ですか?」
 蒼の手前で秀を振り向いた沢也は、倫祐と海羽に先に行くよう合図する。二人は素直に従って、城門の向こうに消えて行った。
 当然追い掛けようとする秀の前に、蒼が堂々と立ち塞がる。言い知れぬプレッシャーが秀の全身を硬直させた。
「さあ。どうします?お父上に連絡して、邪魔をさせますか?物理的に離れた場所からどうやって。それとも直々に乗り込んで来るんですか?それでわざわざキメラとの間に入って、邪魔をされるとでも?こちらは構いませんがね。それこそ怪我でもされたら大変なのでは?」
「父が此処まで?まさか。そんな馬鹿なことをするとでも?愚弄するのもいい加減に…」
「通信機を駆使して城に直接妨害を仕掛けようと言うのであれば、それこそ感心しませんね。ここは避難場所です。職員が妨害に合い、民間人が怪我をしたとなれば責任問題ですよ?全ての責任はこの緊急事態に利己的な事情で騒ぎ立てたあなたに、また、あなたの家に覆い被さることになりますが」
「五月蝿い!」
 つらつらと呪文の如く並べられる沢也の言霊に、返す言葉が無くなったのだろう。大声と眼光で威嚇だけして、敵意剥き出しに彼は言った。
「ならば私も同行しよう。この私が、あなた方悪魔から彼女を守ってみせようではないか」
 高笑い。勝ち誇った表情。元からそのつもりだったのだと、沢也も蒼も邪推した。
 秀の合図で城門が開かれた事により、丘の上の民衆が何人か振り返る。演説のように理想を並べる秀の背中を見据えながら、沢也が呆れたように呟いた。
「この際構わん。邪魔ならぶん殴って気絶させちまえ」
「名案ですね」
 蒼もまた、外向きの笑顔のまま呪うように同意する。
 丘の上は人混みで溢れていた。
 二人はその端を進むつもりでいたのだが、秀は中央を、わざわざ人垣を分けて通っている。そのせいで顔をしかめた民衆のうち、半数が蒼の存在に気が付き自ら道を開けた。
 そうなればもう、勝手に道が出来ていく。二人にそれを止める手段などない。
 先を歩く秀よりも、人々が道を開ける速度の方が速いため、遠くにいる人程彼のために道を開けているのだと錯覚した事だろう。勿論秀本人も、自分の為に人が避けているのだと考えている筈だ。
 違うのは、直後に真意に気付く民衆と、いつまでも悦に入っている秀の絶対的な温度差だろうか。
 とにもかくにも、目の前を通る秀を半ば忌々しく眺めながら、避難してきた人々は腹いせに愚痴を溢す。
「ロボット兵器が居るんだ。こんな避難なんかしなくたって、大丈夫なんじゃないか?」
「なぁ。何のために怯えて暮らしてると思ってるんだか」
 そう言って笑い、肩を竦め合う市民達。その後ろから穏やかな声が降り注ぎ、人々の目を見開かせる。
「お気持ちは分かりますが、万が一があっては困りますから」
「死にたくなければ、事が片付くまで大人しくしているんだな」
 温和と冷徹。飴と鞭。王様と大臣。二人の対比は時間差で民衆の脳内に浸透し、驚きと緊張を発動させた。それは何時しか波のように興奮や歓声となり、次第に落ち着き祈りに変わる。
「お前、まじで国王なんだな」
 道中、沢也がポツリと呟いた。
「同感です。こんな形で体感したくはなかったですけど」
 苦笑混じりに蒼も返す。その肩竦めはいつもの彼の仕草と寸分違わない。
「何処か他人事だな」
「それはあなたも同じじゃないですか」
「俺は関係ねえだろう」
「本気で言ってますか?」
 これから戦闘があるとは思えない、と言うか現状歓声に包まれているとは思えない二人の落ち着き具合が、人々の不安解消に一役買っているとは気付く訳もなく。
 メインストリートを真っ直ぐに進む彼等の耳に、何時しか歓声とは違う種の声が聞こえ始めた。
 正体は直ぐに理解する。数分かけて姿を探し、見付けるなり手を振ってみれば、随分遠くから話しかけられた。
「ご出陣ですか!お二方!」
 轟の爆声が人々を振り向かせる。時間差で視線までもをしっかり浴びた二人は、頷くだけでそれに答えた。何故なら沢也のよく通る声でも、この騒ぎの中ではあちらに届かないだろうから。
 門松同様、彼もその騒がしさで避難誘導を買って出たと言うわけだ。
「オレも後から向かうんで!また後程!」
 がはは、と景気のよい笑い声まで良く響く。蒼はきっちり頭を下げて、沢也はひらひら手を振って、仕事を続ける轟と別れた。
 噴水広場まで来ると、もう殆ど人が残って居ない。屋台にポツポツ、避難準備をしている人が居るばかりだ。
 やっと人目から離れた二人がため息を吐き出すその前で、秀がつやつやの顔を振り向かせる。人種の違いを痛烈に感じた。
 それはそれとして。
 この時間で此処まで進んでいるとなればかなり優秀だ。しかしあちらが予定通りに進んでくれるとは限らない。力量も想像でしかない。
「彼自ら立ち会われると言うことは、そう強敵でも無いのでしょうか?」
「さあな。確かに余裕そうには見えるが…何しろあいつの思い通りになることの方が少ない」
「不吉ですね」
「止めろ。お前が言うと洒落にならん」
 蒼の微笑に沢也が苦笑する。
 地面が揺れた。
 続けて嫌な音が届く。橋の方からであることは一目瞭然だ。遠くで煙が上がっている。
「タイミング良すぎだろ」
「急ぎましょうか」
 沢也の皮肉に頷いて、蒼が走り出した。それと同時に沢也の携帯が音を立てる。
「何があった?」
 園道からの着信を直ぐに取り、問い掛けた。地鳴りか、風か、耳障りな音がやたらと煩い。
「届きましたか?」
 園道が言う。沢也は主語のない問い返しに、しかし同意で答えた。
 園道の返答の前に、門松の大声が現状を知らせる。「あそこの壁が崩れてる」とか「被害者はいないよな?」とか「全部溶けちまった」とか。想像通りの不吉さに、更に尾ひれが付きそうだ。
 園道はその全てに頷いた後、結論だけを口にする。
「恐らく今のが最大出力です」


 閃光が森を焼いた。

 島の南側、防風壁の外側を走って、或いは飛んで移動してきた倫祐と海羽が、本島に到着して数分後の事。
 二人は先の様子を見る為、野原を越えて森の中まで進入していた。丁度、蒼と沢也が丘を下りきった頃合いだろうか。
 とにもかくにも、近付いてきているであろう門松と園道、厄介なキメラの現状を間近で把握しておきたかった。アクセル全開で飛び続けていると言う、スクーターの燃料も心配だ。
 海羽は森の上方を、水晶の上からぐるりと見渡す。報道のヘリコプターがかなり上空でホバリングしていた。見た目は遠いのに、音だけは立派なものだなと思う。
 視線を正面に戻せば、少し向こうに豆粒大のスクーターが浮いているのが見えた。耳を済ませば、門松の声も確かに聞こえる。
 下を覗き込むと、木の枝を伝って走る倫祐の姿が僅かに見えた。
 暫く平行して進む。振り向けば、橋が随分遠くなっている事が分かった。肉眼で何とか見えるくらいだ。橋の前に人が居るかどうかは、もう分からない。
 不意に、門松の声が変化する。それに合わせて園道であろう、上空に居たスクーターが上昇を始めた。
 こちらに合図を送っている。下を向くと、倫祐が真上を指差した。彼自身は左側に、全力疾走。
 海羽も直ぐに上に昇る。森の中からもう一台、スクーターが飛び出した。
 門松の顔が、朧気ながら見える。
 彼は叫んでいた。
「逃ぃげぇろぉおおぉぉーーー!」
 パン、と。空気が弾ける音がする。熱が下方から、無理矢理に昇ってきた。風。息苦しい程の、風圧で吹き飛ばされそうになる。
 慌ててバリアを張って、遠くの空に浮かぶ二つのスクーターと、二人の無事を確認した。
 倫祐は?
 考える前に、下降を始める。足元に広がっていた筈の森が無くなっていた。
「倫祐…!」
 呼び声は風の音と、地鳴りに掻き消される。しかし声が届いたかのように、海側の木の影から倫祐が顔を覗かせた。
 ほっと息を付く。しかし安心している場合ではない。
 振り向けば、惨状が広がっていた。キメラが放った光が全てを薙ぎ倒し、王都まで到達している。
 幸い距離があった為、北側の防風壁が少々焦げた程度で済んだようだが…角度が違えば大惨事だ。
 もう、避難は済んだだろうか?これ以上近寄れば、あれだけでは済まなくなる。
 海羽は身を震わせた。自然と掌に力が籠る。
 下方で動くものがあるのに気付き、彼女も遅れてそれに続いた。

 少しでも時間を稼いだ方がいい。
 せめてきちんと、避難が完了するまでは。







cp101 [暗雲]topcp103 [ツクラレシモノ:中編]