それから半年後のとある晴天の日。
「やっぱり正気じゃないね」
「同感だ」
 アイシャから全ての説明を聞き終えたエニシアが漏らす独り言を、隣に佇むビルが拾う。
「お主らが言える台詞とは到底思えんがのう」
 その様子を横から眺めていたジャッジが割り込むと、二人の死んだ魚のような瞳が同時に振り向いた。
 晴れているとはいえ、小雪が舞い散った後の寒々しい森の中。いつにも増して着ぶくれした少年姿のジャッジは、目の前に続くタイガを細めた瞳で見据える。
「しかし、随分と長い不貞寝だったのう、ビル」
「折角斬れるチャンスだったのに、残念だったね」
 片手間に呟かれたジャッジの小言にエニシアが含みのある被せをすると、ビルの口元が盛大にひきつった。
「分かっててやりやがったのか…?」
 エニシアがカードとなったあの日、どさくさに紛れてジャッジを斬ろうとした事を、そして呆気なく失敗に終わった事実を掘り返された上での挑発に。
「悔しい?」
 彼の心情は見るに明らかである。
「それなら良かった」
「てめえ…」
「言ったでしょ?僕は人の為にならないことなら喜んでやるよ」
「それがエニシアに敵意を抱いている存在であれば、なおのことじゃ」
 ギリギリと歯軋りで怒りを示すビルの両脇で、淡々と頷くエニシアとジャッジ。二人の醸し出す独特の雰囲気に耐えきれず、眉間にありったけのシワを寄せたビルの顔をジャッジが覗き込んだ。
「腑に落ちんと言った顔じゃが、こやつがわしとお主を天秤にかけた結果じゃよ、ビル」
「納得いくわけねーだろ。どいつもこいつも寝返りやがって…!」
 追加で地団駄を踏み始めたデビルは、悪魔らしからぬ苛立ち具合を体で忠実に表現する。
「ラヴァースはその選択もありかもしれない、なんてぬかしやがるし。ハングはハングで最初から興味本意で斬られただけみてぇだし」
 掻きむしった髪の毛からあまりよろしくない汚れが撒き散らされるので、脇に居た二人は遠巻きに話の続きを聞くことにした。
「ターもフルーレの差し金みてぇなもんだったし、サンやムーン、挙げ句の果てに戦車まで役立たずときちゃあ…」
「あっしは元々反対するわけじゃあなかったんだかな」
 ぽかんとビルのリアクション芸のような語りを眺めていた二人の背後、ぬっと現れたのは大砲を担ぐチャーリーだ。彼は顔を上げた三人の疑問の眼差しに気付いて補足する。
「死神が道具より弱くてどうするんだってぇことだ、分かるだろうよ?」
「ふむ、なるほどな。フルーレの奴も、チャーリーの数倍は強かったしの」
「それより、悪魔がこんな貧弱でいいの?君は」
 必要以上に同意を示すジャッジの傍ら、いつのまにか佇むアイシャに向けてエニシアが尋ねた。
「あら。悪魔が凶悪である必要性はないと思うけれど」
「こんのくっそ!言いたい放題言いやがって…もう知らん!オレは働かないからな!」
「構わないわよ」
「……じゃあ寧ろ暴れまくってやる」
「困るわね。大人しくしていてもらわないと」
「知るかばーか!」
 あかんべーと共に言い捨てて駆け出したビルは、背負った槍を振り回しつつ森の奥へと消えていく。
「…扱いやすい悪魔だね」
「貴方にも働いて貰うわよ?」
 エニシアの嘲笑を下から覗き込むアイシャの言葉に、彼は続けてため息を吐き出した。
「僕は人の為にならないことをやろうって言ってるのに。君達の言うことなんて聞くと思う?」
「別にわしらの為にやらずとも良い。斬りたい奴だけ斬れば良いのじゃよ」
「斬ったら駄目な奴だっているわけでしょ?」
「そんな所に野放しにはしないわよ」
「僕みたいなの引き入れて…何の得になるのか知らないけど。後で後悔しても知らないから」
「あら。人を選ばず殺せると言うのは、大した特技だと思うけれど?」
「その為だけに?リスク高過ぎじゃない?」
「いざとなれば封印したらいいんだもの」
 チラリと。アイシャが手元に覗かせたブレスレットが輝くのを見て、エニシアの眉が傾く。
「それ、脅し?」
 アイシャは俄に笑って誤魔化すと、肩を竦めて道の先導を開始した。エニシアは恐らく本気であろうことを見越した上で追求することを諦める。
「それにしても。いくら自国の罪滅ぼしの為とは言え、味方を攻撃するなんて話聞いたことないけど」
「仕方がないじゃない。妖精だけでは飽き足らず、また手荒な真似をしてあちらの国の技術をふんだくろうとしているんだから」
「いっそこの国ごとやっちゃえばいいのに」
「そう出来れば苦労しないのだけれどね」
「そこは愛国心が働くってこと?色々と矛盾してるよね」
「事を成すには、綺麗事だけじゃ済まないと言うことよ。それにね、人間なんて矛盾だらけの生き物よ?貴方だって、よく知ってる筈じゃない」
 垂れ流しの愚痴を押し返すように黙らせたアイシャは、ため息を吐き出すエニシアの腕を引き。
「矛盾の無い人間で居ようとするほど、疲れてしまうのもまた事実なのよ」
 そう言いながら、無理矢理に頭を撫でて見せた。抵抗する気力すら愚痴にしてしまったかのように、されるがままに身体を傾けるエニシアの眼に飛び込んできたのは、川辺に隊をなす見慣れぬ色の軍服達だ。
「あの色…」
 普段グスが纏うベージュのそれとは違い、紫色の詰め襟とコートを着込んだ大群を見て、エニシアのオッドアイが細くなる。
「貴族直属部隊よ」
 同じ色の両目を妖しく歪ませて、アイシャの視線が奥へと流れた。
「あっしらが手に入らぬからと言って、あんなもんを…っ」
「相変わらず愚かな奴等じゃのう」
 チャーリーとジャッジの言葉が示すのは、人々が取り囲んでいようと嫌でも目立つ大きな檻の中、大きく輝く二つの瞳。
「キメラか…」
「あれを造るためにハイラント中を野獣だらけにしたのよ、あいつらは」
「まぁ、この国がどうなろうとあ奴等には関係の無いことじゃろうて」
 アイシャの呟きの後、スクッと立ち上がったジャッジは両手に素早くグリーンの宝石を装着した。
「準備は良いのじゃろう?アイシャよ」
 振り向いた彼に頷き、アイシャは水晶に語りかける。

「配置完了。作戦を実行に移すわ」

 繋がる空の下、複数人が同時に了解を示した。



















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