Act.20:[ワールド]







「そこのお兄さん、 占ってあげる」

 比較的陽の当たる森の中、明るくも落ち着いた声が響く。
 突然のことに戸惑う少年の前に現れたのは、白いマントと長い金髪が特徴的な美しい少女だ。
「あなたは…もしかして」
「アイシャ=ワールド。占い師よ」
 心当たりが的中したのか、荷物を担ぎ直すと同時にため息で動揺を払った少年は、次にしっかりとアイシャを見据え直す。
「そうですか。まさか僕のところに現れるとは思いませんでした」
「何も心配はいらないわ。すぐに終わるから」
 不安気な瞳にそう告げて、アイシャは少年に顔を寄せた。少年はたじろぐことなくそれを受け入れる。
 数秒の間。
 通り抜けた風が記憶を拐う。
「思った通り…」
「それなら良かったです」
 合わせた瞳で了解を示した二人は、それ以上語ることもなく、代わりにアイシャが魔法を発動させた。
「さぁ、あなたの運命は…」
 緑色の風が舞う。アイシャの周りを取り囲む複数のカードが、高速で回転を始めた。直立不動の少年に掲げられた一枚のカード、運命の名が告げられる。

「ジャスティス」

 閃光が辺りを覆い尽くし、少年は強制的に瞼を閉じる事となる。

「さようなら、ジャスティス。また会いましょう」

 ひらり、落とされたカードの中で猫が笑う。あどけない少年の寝顔の上で、漆黒の眼帯が存在を強調していた。
 アイシャは再度ティスに別れを告げ、熟睡する少年に背を向ける。

 その懐の中でもそもそと動くのは、居心地が悪そうに顔をしかめる青い猫。アイシャもそれに気付いたようで、残りのカードの全てを手元に出した。
 相変わらず眠りに付いているフーやリエに混じって、アイシャを見上げたのは数匹。彼等はアイシャが頷くのを待ってカードから飛び出す。
 変化の過程で曲げた膝を垂直に戻した三人は、それを待たず前進を再開するアイシャに続いた。
「気になってたんだけど」
 いち早く口を開いたのはエニシアだ。彼はアイシャが懐にカードを戻す前に指をさす。
「カードの枚数、足りてなくない?」
 エニシアがタロットカードの種類や枚数を知っていた事が意外だったのだろう。目を丸くするチャーリーを横目にアイシャが頷いた。
「そうよ。エンペラーもエンプレスも決まっていないの」
「適任者が居ないってこと?」
「そうなるのう」
 柄の無いカードを取り出して示したアイシャの代わり、背後のジャッジが短く答える。エニシアは固まった首を鳴らしながら相槌を打った。
「ふーん。つまり、この国を任せられる人材を探しながら、国中ほっつき歩いてるわけ?」
「それだけではないわ」
「…君の目的ってさ、一体何なの?」
「そうね。そろそろあなたにも話さなければいけないわね」
 忘れていた、とでも言わんばかりに適当な頷きを返すアイシャにエニシアが並ぶ。その後ろに緩い歩調のチャーリーと、早足のジャッジが付いた。
「私は世界を司る者。世界の全てを把握する使命がある」
「意味が分からないよ。それをしてどうなるってわけ?」
「どうしたらまともな国になるか、どうしたら馬鹿みたいな戦争を終わらせられるか、どうしたら貴族を排除できるか…山積みの問題を解決するための情報収集が一番の目的」
「こんな国、どうしたってどうにもならないんじゃない?」
「サンが怒るわよ?」
「別に構うもんか」
「貴方の気持ちは分からなくもないけれど、どうしてもなんとかしなきゃならないのよ」
 納得いかなそうに息を吐いたエニシアは、アイシャを振り向くでもなく空中に言い放った。
「そもそも、世界を把握するなんて…そんなことが出来るの?」
「出来るわ。ワールドの名が与えられた私になら」
「理由になってないな」
「出来なくても、やらなければいけないのが使命と言うものよ?エニシア」
「そうだとして。それを成し遂げて、一体何の意味があるっていうんだ」
「助けたいの」
「助ける?」
「私達が犠牲にした彼等の仲間を」
「また意味が分からないことを…」
「簡単な話じゃよ、エニシア」
 エニシアのため息を合図に割り込んだジャッジは、振り向く二人の視線を受け入れる。
「お主とアイシャでは生きた時代が違うからの。分からんのも無理はなかろうが…」
「お嬢はあっしらの国が攻めこみ、戦った某国の”妖精”と言う種族を慕っているんでさあ」
「わしらがこうしてカードで居られるのも、彼等の力があってこそじゃからのう」
「私達の国は彼等を乱獲し、沢山の命を奪ったわ。これはその罪滅しのようなものよ」
「つまり、僕はそれに巻き込まれたってことか」
 代る代る続いた説明は、エニシアから漏れた盛大なため息で締めくくられた。
 アイシャは当然のように微笑を浮かべると、うんざり顔のエニシアの鼻をつつく。
「あら。カードになっておいて、今更何を言うの?貴方も同じ穴の狢よ」
「またそれか。…言っとくけど、僕は目のことも許した訳じゃないから。それって立派な詐欺だと思うけど」
「はいはい。好きなだけ言ってなさい?」
 エニシアに背を向けて左手を翻したアイシャは、呆れ気味に息を吐く彼を徐に振り向いた。
「だけど、どんなに嫌がっても協力して貰うわよ?」
「良くわかんないけど。僕に出来ることなんてあるわけ?」
「お主の趣味を最大限生かしてやろうと言うておる」
 妖艶な眼差しに対し、ふてくされたように瞳を細めたエニシアを、ジャッジの大きな眼が見上げる。エニシアはその言い回しに寒気を覚え、僅かに顔をしかめた。
「何する気…?」
 颯爽と前を行く金髪がまた振り向いて、嬉しそうに一言添える。

「半年後には、分かるわ」

 その声色を聞いたエニシアの背中に、僅かながらじんわりと冷や汗が伝った。




















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