「カード、だった?」
 エニシアの声が響く。濁りを含むそれを拐うように、続けて風が流れて行った。
「そうじゃ」
「フルーレは死を司るカード。つまり、デス…死神さ」
「死神?」
 ジャッジの首肯の後、カナタの補足に鸚鵡返しして、エニシアは苦笑を漏らす。
 死神。
 彼女は確かに死神だっただろう。沢山の人々に恐怖を与えた死神。しかし本当に、死神として生きていたとは知らなかった。
 何も知らなかった自分への嘲りか、それともフルーレに対する何か…いや、今この場に居る三人に対する感情でもあるかもしれない。エニシアの無表情から一瞬だけ零れた笑みが消えると同時、ジャッジは彼の名を呼んだ。
「エニシア=レム」
 高い声はエニシアの意識を引き付ける。ジャッジとエニシア、二人の視線は遠いながらも確かにぶつかった。
「お主は前期デスに選ばれし後継者として、次期デスの候補になっておる。わしはその審判が下されるまでの同行を、あやつから頼まれ、そして請け負った」
 ジャッジは告げる。自らの目的を、そして遂行する理由を。
「お主がデスになれるよう、精一杯尽力することを約束したのじゃよ」
 言の葉の余韻が残る空気が霧散すると、エニシアの口元が微かに震える。
「それじゃあ、何?」
 囁くようなその声は、数秒の静寂を生んだ。
「僕は彼女に選ばれたっていうの?」
「そうじゃ」
「…僕は彼女を殺したんだよ?」
「それもあやつの望みじゃ」
「どうして…」
「どうしてじゃろうな?」
 次第に強くなる語尾を断ち切るように、スッパリと切り捨てたジャッジは、微かに浮かべていた笑みを強めてエニシアを見据える。
「その理由を知るのはお主だけじゃ」
「僕は何も知らないよ」
「そんなわけはなかろう」
「まぁ、落ち着けって」
 加熱する言い合いを止めたのはカナタだった。彼がジャッジの肩に手を置いてエニシアを振り向くと、同じく沈黙を保っていたビルの含み笑いもそれに倣う。
「で、あんたはどう思った?」
「どうって?」
 ビルの放った唐突な質問に、エニシアの眉があからさまに歪んだ。
「フルーレのことをさ」
「どうも」
「お前を騙してたんだぜ?」
「別に。僕も聞かなかったし」
「人間じゃ無かったんだぜ?」
「そうだね」
「普通は怒るだろ?」
「そうかもね」
「なら、怒れよ!さぁ、早く」
「煩いな」
 囃し立てるようなビルの煽りを一蹴すると、エニシアは珍しく長文を口にする。
「怒ったらどうなるって言うの?彼女の正体なんて、結局は何の関係も無い、僕が知らなきゃいけないのは、彼女の言葉の意味…そうしなきゃ、僕は死ぬことが出来ないんだから」
 早口にまくし立てられ尻込みしたのか、ビルの表情があっと言う間に険しくなった。
「思ってたよりつまらんな」
 けっと、唾を吐き出すようにそう言って、彼は両腕を頭の後ろに回す。
「もっと怒り狂って暴れるかと思ってたのに」
「悪かったね。ご期待に添えなくて」
「あーあ。つまんねぇの」
 あからさまな不機嫌を撒き散らすビルの背後で、呆れたようなカナタの溜め息が漏れた。
「もしかして、その為だけに来たのか?」
「当たり前だろ。こんな面白そうな見世物、見ないわけにいかねーじゃんって思ったんだけど」
「相変わらずだな、お前も」
 ふてくされるビルを見てカナタが苦笑を浮かべると、エニシアも呆れた声を出す。
「ご苦労様だね」
「あんたが言うな」
「これでも一応、感謝はしてるんだよ?」
 睨み付けられても怯むことなく、珍しく皮肉に笑って見せたエニシアは、言葉を続けながら視線を流した。
「君のお陰で、進展はないにしろ…疑問は解消しそうだからね」
 青と黒。パートナー二人の薄ら笑いが向かい合う。するとジャッジはふっと息を吐き、腕を組んで頷いた。
「良かろう。話してやろうではないか」
「どうしてそう上から目線かな」
「教えを乞う視線を投げかけてきたのはお主じゃろう?それとも話してやらずとも良いか?」
「相変わらず偏屈なジジイだな」
 昇りきった太陽すら気に食わないと言ったように、唾と共に台詞を吐き出したビルは、返ってこない返事の代わりに注がれる嘲笑に背を向ける。
「じゃ、オレはもう帰るぜ?アイシャにどやされる前によ」
「今帰っても結果は変わらないと思うけど」
「嫌な奴の顔、何時までも見てたくないだろ?」
 カナタのツッコミに舌を出し、温帯低気圧に変化した嵐の如く、ビルはその場立ち去った。
「しつこい奴じゃ。昔の説教を未だに根に持っておるのか」
「ったく、あの悪戯っ子は…」
「よっぽど暇だったんだね」
 一ヶ所に集まりながら、緑の男を見送る三人が呟く思い思いの感想。最後の呟きの主を見上げたジャッジが苦笑する。
「お主に言われては、奴も仕舞いじゃのう」
「違いない」
 そう言って朗らかに笑うカナタの背後、突然気配も無くにゅっと現れた水色の影に、ジャッジの眼が丸くなった。
「教えてあげるのー?」
「ゎ!いつから居たんだ?」
「さっきからー?」
「最初からソコにいたじゃん」
「気付いておったのか」
 一人左の木陰を指差して平然とするエニシアに、カナタとジャッジの不服そうな眼差しが張り付く。そんな中質問をスルーされるのを良しとしないかのように、ティスの間延びした声がジャッジを急かした。
「で〜、どうなのー?」
「仕方があるまい。暇つぶしがてら、昔話と洒落込むかのぅ」
 欠伸混じりに呟いて、焚き火のある場所へと戻り始めるジャッジの背中を、顔を見合わせ肩を竦めたティスとカナタが追いかける。
 最後尾、今度こそ本当のことを聞くことが出来ると言うのに。人知れず複雑な表情を浮かべるエニシアの背中を、陽に照らされた木々のざわめきが見送った。



















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