「星と棺とイバラの涙」





祭りの賑わいを遠く聞きながら
彼女は独り、星に祈る
閉ざされたこの空間から
どうか抜け出せますように、と

棘のある花は美しい
咲き乱れるピンク、それ同様
彼女もまた、美しかった

絹より柔らかなブロンド
真っ直ぐに伸びたそれが小刻みに揺れ
純白のドレスに落ちるピンクが露に濡れる
コバルトの瞳から星が降り注ぐように
流れ落ちる彼女の涙を
誰も受け止めてはくれない


沢山の花に囲まれていても
沢山の星に見守られていても
彼女は孤独だった


唯一彼女の傍にあるのは
彼女が愛した王子の棺
刻まれた真っ白な十字架が
イバラの涙で濡れていた

「あなたも、悲しいの?」

柔らかな声が静寂に響く
棺は無言を決め込んで
イバラの降らせる雫を飲み込むだけ


何故そんなに悲しむの
わたしがここにいるのに

何故こんなに哀しいの
あなたがここにいるのに


「Trick or treat Trick or treat」

遠く聞こえる幼き声
明るい響きが少しずつ大きくなる
「Trick or treat」
彼女が静かに復唱すると
不思議なことにイバラが動き
明るい道が開かれた

クスクス声と共に現れたのは
小さな小さな吸血鬼と
毒気のない愛らしい魔女

はしゃぐ無邪気なこそこそ話
真っ直ぐに棺に向かう2人の姿
彼女はぼんやりそれを眺めながら
魔法の言葉を呟き続けた


「Trick or treat Trick or treat」


彼らは彼女を見向きもしない
棺に伸びる小さな掌
ゆっくりと動く十字架
そして十字架が地に落ちた時
息を呑んだ彼女の身体が
ふわっと空に旅立った

開け放たれた棺の中
そこにはイバラの涙に浸る
美しい女性が眠っていた

「Trick or treat Trick or treat」

宝物を発見したようにはしゃぐ子供達
それを見つめながら彼女は星にさらわれてゆく

人形のように眠る姫君
幼い吸血鬼と魔女は
小さな薔薇と星のお菓子を
そっと棺に仕舞いこむ

それはまるで宝箱
イバラの涙に星が浮かび
ピンクの薔薇が船のように揺う

そして彼らは見下ろす星達に願う
この美しい宝物が、どうか永遠に
幸せでいられますように、と

その願いが星に届き
姫は空に輝きを放つ

見上げた夜空の変化に目を輝かせ
満足そうに去ってゆく子供達
再びイバラが囲う中に残された棺
姫は空の上からそっと呟く

「素敵なお菓子をありがとう」

その言葉が彼らに降り注ぎ
ひとつの大きな金平糖になった


それから20年の月日が流れ
今年もまたハロウィンの夜がやってくる


イバラの棺はもうないけれど
天に昇ったお姫様は
無事、王子と再会を果たし
今も夜空で寄り添っている


大人になった吸血鬼と魔女は
家にやってくる子供達を見送りながら
夜空に浮かぶ2つの月を
懐かしそうに眺めるのだった













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