「招き声」


 おいでよおいで。こっちにおいで。

 初めてそれを耳にしたのは何時の事だったか。
 何処からともなく、小さく…しかしハッキリと届く、その声を。



 僕はとある雑貨屋の店番を任されている、しがない学生だ。
 何でまた店番なんかしてるかって。別にアルバイトとして雇われたわけでもなしに、だからと言って実家だと言うわけでもなく。ただ、幼馴染みの女の子が若くして任されたその店を、時々手伝わされているだけなんだけど。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく腐れ縁のよしみで請け負ったそれを、僕は何時ものように全うしていた訳だ。
 その雑貨屋と言うのがまた風変わりでさ、目につくものに全く統一性が無いんだ。西洋風の小洒落たティーセットと日本の急須が並んでいたり、アンティーク調の真っ白い棚の中に、真っ赤な中国製のランチョンマットが詰め込まれていたり。かと思えば、近代的にも程がある携帯電話のストラップとか、果てにはパソコンカバーまで置いてある。古今東西様々な物を、ただ店主の趣味趣向だけを頼りに寄せ集めた。ここはそんな店だ。
 片田舎の小さな小さな商店街の一角で、一風どころか数風も変わった雑貨店。裏には小学校があって、独特の響きを残すチャイムが終わると、校内から賑やかな声が溢れ出す。だからと言って特に客が増えるわけでも無いのは、言うまでもないだろう。少なくとも、小学生のお子様方と同じような趣味を、ここの店主は持ち合わせていないのだから。
 何が言いたいのかと言うと、だからこそ僕はあの声を気にも止めなかった。
 何故なら、その声は幼い子供のものだったから。
 僕がその声を意識し始めたのは最近のこと。接客やら掃除やら倉庫整理やらをしていたせいで、一番はじめにそれを聞いたのが何時のことだったか思い出せないけど、この前たまたまカウンターでぼんやりして居るときに、ハッキリとその声を聞いたんだ。
 それは確かに子供の声で、僕はその時まで…それは流行りの遊びか何かだと思っていたんだけど。

 おかしいんだ。

 その声は、酷く小さかった。小さいのは遠くから聞こえる声だからだと思っていたんだけども…どうやらそうでもなさそうでさ。
 何て言ったらいいんだろう。腹に力をいれて出した声じゃないって言うか…こう、口先だけで囁くような、そんな声色なんだよ。
 僕はその日、どっかのガキの悪戯かと思って外に出てみた。結局、子供の影どころかひとっこ一人見っからなかったんだけど。だからその日はそれでお仕舞いにして、夕方んなって帰ってきた幼馴染みと店番を交代したんだ。
 で、その次の日。
 僕は粗方やることを終えて、前日と同じくカウンターで本を読んでいた。
 するとまた、聞こえたんだよな。

 あの声が。
 昨日と同じ調子で。

 僕は思わず周囲を見渡した。ああ、あっちの方向からだな…そう思って席を立った瞬間、逆方向から声をかけられる。
「すみません、これはここにあるだけですか?」
 振り向くと、若い女性が茶碗を手に小首を傾げていた。僕はそのままその対応に行って、帰ってきてもまた客に捕まって。その日もまた、うやむやになってしまったんだけど。
 また日が過ぎて、今日こそは暇だと確信したその日。僕は、同じくカウンター近くでその声を待つことにした。
 待つ、と言うとおかしく思うかもしれないけど、それには一つの予測が籠められているんだ。
 あの声は決まって、裏の小学校のチャイムが響いてから数分後に聞こえる。だから僕は、その時間を狙ってそこに構える事を決めたんだ。
 校内に居れば煩いくらいに聞こえるだろうチャイムでも、この位置では何処かもの悲しげに聞こえる。
 周囲は静かで、遠くから子供の笑い声が微かに聞こえる位だ。
 恐らくは、あと数秒。
 店内に、客はいない。秒針が時を刻む音だけを、妙に近くに感じていた。
 そしてついに…
「おいでよ、おいで。こっちにおいで。」
 確かに、聞こえた。それも、外からではない。
 店内で、だ。
 僕は声がした方向を見渡した。すると、妙なことにとある一点に興味を引かれる。僕は足早にそれに近づいて、腰の高さにあるテーブルの上から、それを拐った。
 チャラリと、小気味のよい音が落ちる。手に取ったその品物は、何時から此処に置かれていたのか…大きな円形の飾りを重そうにぶら下げた、金色のペンダントだった。よくよく見れば、草の蔦をモチーフにした模様が浮かび上がるペンダントトップには継ぎ目があり、中に何かが入る仕組みになっているようだ。
 僕は薄っぺらいその形状からして、ロケットペンダントだと悟った。試しに上蓋を開こうと試行錯誤してみたが、なかなか上に持ち上がらない。


 何が入っているんだろう。
 好奇心はますます強くなる。


 その時、また。
「おいでよ、おいで。こっちにおいで。」
 それは聞き間違えなどてはない。ペンダントの中から聞こえてきた。
 僕は驚いて手を滑らせる。と、表面がくるりとスライドして、中身が露になった。
「いらっしゃい」
 そう言って、ニヤリと笑った真っ白な少女。
 カラン…カラカラカラ…
 床に跳ねたロケットペンダントは、そのまま拾われることなく夜を明かした。



「全く、店ほったらかしにして…何処行っちゃったのよ、あいつ」
 そう呟きながら膨れっ面をするは、雑貨店の店主である一人の女。彼女はドカリとカウンターに腰を下ろし、ため息を漏らす。
 そうして微かに俯いたその先で、鈍く輝く金色を見つけ。彼女は、ため息と共にそれを拾いに向かう。
 床の冷気を吸い込んだそれは、酷く冷たくなっていた。
 壊れていないだろうか。高かったのに…
 彼女はそう思い、何と無しにペンダントの蓋をずらした。
 そこに映る人物は…


「おいでよ、おいで。こっちに…おいで」












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