「彼女はそれを美しいと云いました。もっと、見たいと云いました」

「…これは、懺悔ですか?」

「やっと気付いたかい?」

「いいえ。ずっと気づいていました」

「食えない男だ」

「さて、君は彼女に…血を見せた」





[悲しみのルージュ]





 きっかけは些細な事でした。

 真っ白な個室に幽閉された彼女には知識がなく、白の中に居る彼女そのものが白と言った感じ。
 僕はそんな彼女に知識を注ぎ込みます。眠りながら年齢を重ねた彼女は、生まれたての子供より遥かに吸収力が高かった。出せば出すだけ吸い込んで、吸い込めば吸い込むほどに好奇心を産み。教える側から言葉を覚え、話す側から疑問を提出し、また新たな知識を増やす。…そんな日々が続きました。
 その日、彼女は色に興味を抱きます。
 真っ白な空間しか知らずに居た彼女は、絵本の着色を見て目を輝かせました。僕は彼女に色を教え、部屋に花瓶を持ち込みます。
 彼女が赤が好きだと言ったからです。美しいと言ったからです。そう、薔薇の花ですよ。血を吸い上げた様な、薔薇の花。

 彼女は喜びました。
 そんな彼女を見て僕も喜びました。

 僕はそれだけで満足出来たんです。束の間の安らぎを得ることで、満足していたんです。
 多忙な日々の、唯一の楽しみ。汚れた僕の、唯一の安らぎ。それが、彼女でした。

 一度白から離れた僕は一仕事終え、再び彼女の元に足を運びます。すると、彼女は怪我をしていました。
 薔薇の棘で指を傷付けたんです。しかし彼女は笑っていました。当たり前です。彼女は長年薬漬けで、痛みと言う感覚が無くなってしまったんですから。

 彼女は云いました。
「綺麗。これ、わたしの中にも。赤が流れているの?」
「それは血ですよ。貴女を作る組織の一部です」
 難しい言葉に、彼女は首を傾げます。幾ら飲み込みが早いとは言え、彼女の知識はまだ子供並み。まして、自分の体から愛する赤が流れる事を知って興奮する彼女には、血を流すと言うことがどういう意味を持つのか…理解出来る筈がありません。
 彼女は薔薇の刺を握り締め、掌を傷付け始めます。幾ら止めても聞きません。困った僕は、自分の指をカッターで切って見せました。
 理由は単純。それ以上、彼女に傷付いて欲しくなかったからです。
 すると彼女は更に瞳を輝かせ、僕の手からカッターを奪いました。

 僕は思いました。
 取り返しの付かない事になった、と。
 これで彼女が死んだりしたら、と。

 しかし僕の予想は外れます。
 その一瞬の隙が、二人の間に悲しみを呼びました。

 真っ赤に染まる部屋を見て。

 喜ぶ彼女を見つめながら。

 僕は、自分から流れる血液の量に驚き、気を失いました。

 彼女が最後に囁いた言葉は、今でも忘れることが出来ません。


「あなたの血って。とても綺麗。薔薇の花なんかより、ずっと…」


 その後彼女がどうなったか、あなたには分かりますか?




 いくら知識が無い、子供だとしても。
 見かけは大人。罪になります。
 僕の不注意で招いた事故が、彼女を更に縛り付けたんです。
 彼女は、牢獄の中で知識を得ます。
 自分を傷付ける知識を。

 彼女は、真っ白な部屋で生まれ、真っ白な牢獄の中で。
 真っ赤に染まって命を絶ったそうです。

 何も知らないまま。
 輝かしい笑顔で。












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