Act.4:[チャリオット]







   太陽が微かに西に下がった空の青、疎らに雲が流れ行く。背の高い木々が密集する森の中、待ち人を思うように佇む一人の少女の姿があった。
 その出で立ちは実に鮮やかで、白と赤のシルクが、微かな風をも知らせる様に揺れている。
 その背後から、一体何処から出現したのか…巨大な影が見事な低音で少女を呼んだ。
「お嬢。囲まれてやすが…良いんですかい?」
「気にする程の事じゃないわ。余り構うと、逆に喜ばせちゃいそうだしね」
「成る程確かに。しかし心配ですわ。暫くここに居させて貰いやすよ」
「あなたは本当に心配性ね?チャーリー」
 悠然と空を仰ぐ金髪の少女は、厳つい出で立ちの大男を子供のようにあしらった。
 一見してヤの付く集団の一員にも見えるチャーリーと呼ばれた男は、周囲から向けられる沢山の視線に気を取られつつ、しかし黙って座って居ることも苦痛で言葉を投げ掛ける。
「お嬢。本当に此所で合ってるんですかい?予定より数時間はオーバーしていやすが」
「間違いないわよ。私の占いが外れたことがあった?」
「ごもっともで」
「退屈なのは分かるけど、分かりきった事を聞くものじゃないと思うわ」
「すいやせん。いかんせん、他に話題が無いもんで…」
「それならいっそ、暇つぶしに…」
「俺達と遊ぼうか?お嬢ちゃん」
 会話に割って入ったのは、先程から二人に視線を向けていた複数人の男逹。木陰から現れた彼等は、皆一様に白い学生服を纏っている。
「…上等だ。テメエ等、生きて帰れると思うな?」
「それはこっちの台詞だよ。おじさん?」
 青筋を浮かべて立ち上がるチャーリー、上から余裕綽々で反撃するリーダーと思わしき少年、その後ろからぞろぞろと出てくる集団を一瞥して、少女は一冊の本を取り出した。
「チャーリー。少しは手加減してあげるのよ?」
 言うが早いか、破かれた本の一片が少女を囲うように半透明のドームを形成する。それを確認したチャーリーは、安心と共に殺意を露にした。
「こいつら、お嬢に喧嘩売りやがったんですぜ?」
「相手はまだ子供よ?大人気ない」
「ぐっ…厳しいお言葉で…」
 非難を含む戒めに殺気を圧し殺したチャーリーは、肩に担いでいた巨大な大砲をしっかりと構え直す。
 それ以前に攻撃を開始していた学生逹は、少女の回りに現れた透明な壁を見て、一斉にチャーリーへと方向転換する。十数人に一度に飛び掛かられる形となった大男。しかし彼の表情に目立った変化は見られない。
「おっさん!やせ我慢が上手だなぁ?」
「その大砲、偽物なんじゃないの?」
 挑発と共に襲い来る切っ先を眺めながら、チャーリーは低く腰を落とす。次の瞬間…銀色の帯が綺麗な弧を描いた。
 チャーリーの周囲一メートル程に居た学生逹が、四方八方に飛んでいく。それは勿論、彼等の意思ではない。
 チャーリーが構えを取り、一部の学生逹が地に伏すまで…その間約3秒程。立ち尽くす学生逹が、何が起きたのかを把握したのがその5秒後。最も、それぞれが把握し終えたのは、自らの意識が途切れる寸前のことであって…把握する意味すら持たない訳なのだが。
 少女が立つ位置から半径10メートル、綺麗に「片付けられた」様子を確認し、チャーリーは片足を地に付ける。
「こんなもんで?」
「ええ。ちょっとやり過ぎだとは思うけど」
 周囲の木々の根本に飛び散った学生逹を横目に、少女はチャーリーを見下ろした。それと同時に光の壁が消え失せる。
「すいやせん。ついカッとなっちまいやして…」
「仕方がない子ね。まぁ、大砲を撃ち込まなかっただけよしとしましょうか。…さて」
 弁解に皮肉を漏らしながらも微笑んで、少女は正面に続く森の一部を凝視した。
「そこに居るんでしょう?出ていらっしゃいよ」
 言葉にハッとしたチャーリーが振り向くと、今まで感知出来なかった存在感が露になる。少女は自身の問いかけに対し、木陰から影を伸ばす事で答えた人物に歩み寄る。
 立ち上がったチャーリーが目視したのは、今しがた吹き飛ばした学生逹と同じ制服を身に纏う、小柄で気弱そうな少年だった。その表情は恐怖と緊張、警戒で溢れている。
 少女はそんな少年の感情を綺麗に無視して、自らの用事を切り出した。
「シエル=トワ、魔道学校の二年生」
「何で…あなたは?」
 鉛色の前髪の下、紫色の眼差しがゆらゆらと揺れる。
「アイシャ=ワールド。私はアナタを占ってあげるために此処に来た」
 少女…そう。アイシャは、今正しくエニシアの時と同じように。
「占い?」
「そう。私の占いが、あなたを占うように告げたのよ」
 獲物となる少年と接触するべく、この場所で待ち伏せしていたのだ。
 不思議そうに顔を傾けるシエルに、アイシャの顔が近付いていく。訳が分からず逃げようとする少年の腕を引き寄せて…アイシャは迷わずキスをした。
 数秒間、沈黙が巻き起こる。アイシャの後方に佇んでいた筈のチャーリーも、何時の間にか姿を消していた。
 全てを把握したアイシャは、ゆっくりとシエルを解放する。そして、顔を赤くする少年を他所に小さく呟いた。
「そう…あなた、あいつらに苛められてたの?」
 ピクリ。シエルの身が跳ね、顔色が赤から青に急変する。
「怖がることはないわ。それもきっと、占いが教えてくれる」
 アイシャの言葉が途切れると同時、シエルの視界を緑色の光が埋め尽くした。巻き起こる強い風も手伝って、思わず顔を庇うシエルに。アイシャの言霊が降り注ぐ。
「さぁ、アナタの運命は…?」
 シエルがアイシャの腰回り、高速で回転するものの正体に気付いた時…そのうちの一枚が高々と掲げられた。


「ストレングス!」


 閃光が辺りを覆い尽くし、シエルは強制的に瞼を閉じる事となる。



「さようなら、ストレングス。また会いましょう…」



 妖しげなアイシャの言葉と共に、気絶したシエルの胸に一枚のカードが落とされた。その中央で妖しく歪む猫の眼差しに、何処からともなく声がかけられる。
「お嬢の判断だから仕方がないが、貴様なんぞに役目が勤まるのか甚だ疑問だな」
 それを受けたカードの中の猫は、瞳を三日月形に曲げて皮肉な声を出す。
「そう妬むなよチャーリー。君には関係の無いことだろう」
「ふざけ!アッシなら、その坊主をきっちり助けられ…」
「いい加減にしなさい?チャーリー」
 アイシャがぺしっと弾いたのは、懐に忍ばせたカードの一枚だ。その中では、目付きの悪い灰猫が額を擦っている。
「じゃあね、グス。頼んだわよ?」
 アイシャは状況が悪化する前に、と。グス…つまり、ストレングスのカードに念を押して踵を返した。対してグスは気だるそうに返答する。
「まぁ、適当に…」
「貴様!お嬢の頼みにそんな…」
「チャーリー」
「しかし、お嬢!」
「大丈夫。貴方の愚痴は後でしっかり聞いてあげるわ」
 懐で喚くチャーリーを宥め、見透かした様にグスを見下ろして。
「貴方がどう喚こうとも…」
 呟いたアイシャの一言は、威圧を持って二人に浸透した。
「分かっていやす」
「そう。それでいい」
 白いマントが翻る。取り戻した静寂を喜ぶ様にざわめく森は、分かれ行く道を示すように揺れ動いていた。

「さて。行きましょう」

 アイシャは呟く。

「次の、ターゲットを探しに…」

 自らの進む道に、迷いなど無いと言わんばかりに。


















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