同日同時刻。
 うって変わって薄暗い森の中、時折遭遇する野獣を片付けながら進むエニシア一行。王都を抜けた彼等は、来た道を戻るように北に向けて進行中だ。
 その途中、特に急ぐでもなく歩みを進めていた先頭のカナタが、不意に足を止めて空を仰いだ。小首を傾げるエニシアを他所に、ジャッジやティスもカナタと同じように上を見上げた。
「何?」
「交信が入ったんだと思いますよ?」
 エニシアの呟きに、シエルが小声で返答する。それに気付いたティスがにっこりと頷き、その隣ではジャッジが地図を取り出した。エニシアやシエルもつられて地図を囲む中、一人離れた位置に佇むカナタが宣言する。
「悪いな。ちょっと別行動させてもらうぞ?」
 透き通るような声に顔を上げたのはエニシアとシエルだけ。ジャッジもティスも既に承知しているのだろう、地図を指差し行き先の確認を続けている。
「別に謝る必要なんてないと思うけど」
「言ってくれるな」
 エニシアの淡々とした了解にため息を漏らすカナタに、ジャッジとティスの微笑が向けられた。
「気を付けるのじゃぞ?」
「また迷子になってー、遅れないようにねぇ〜?」
「分かってるよ、十分用心していく」
「…待って」
 星の位置を誰よりも正確に読み取れるカナタが、迷子になるような場所など限られている。呼び止めたエニシアはカナタの瞬きを待って、半ば答えの分かりきった質問を始めた。
「何処に行くの?」
「タワーの所へ」
「何をしに?」
「伝言を伝えに」
「遅れないように、って…何に?」
「約束の日に」
 最後の返答は、カナタの声ではない。エニシアが背後からの気配に振り向くと、そこには悠長に欠伸を漏らすグスの姿があった。
「入れ違いか」
「お帰りー、グッちゃん〜」
 グスがカナタに肩を竦める傍らで、ティスの気抜けする挨拶が飛ばされる。エニシアはその全てをスルーして、ひらひらと手を振るグスに問い掛けた。
「約束の日?」
「そ。あんたが査定される日のことさ」
 カナタが先に解答すると、グスは頭を掻いて嘲笑する。
「あれ、ばれちゃったんだ?」
「ビルが来てね〜?」
「はぁ、あいつもモノ好きだな」
 ティスの一言で全てを理解したグスは、シエルの隣から地図を覗きこんだ。
「じゃあ、行って来るな」
 頷くジャッジに手を振って、カナタはくるりと背を向ける。
「ちょっと待って」
 その背中を追いかけたエニシアは、振り向くカナタの隣に並んだ。
「君、知ってるんでしょ?」
「何を?」
「タワーの事情」
 ジャッジの話を聞いて疑問に思っていたのだろう。当のジャッジも、タワーがフルーレから”何か”を頼まれているであろう事を知らない様子だ。  カナタは微かに頷くと、その場に立ち止まってエニシアを見据える。
「ターは、フルーレから言われていたんだ。お前が自分の後継者として適任かどうか、しっかり見極めて欲しいって」
 ふーん、と呼吸にも似た気の無い相槌の後、エニシアは然も面倒臭そうに言葉を付け加えた。
「あの態度からして、適任じゃなかったってことでしょ?」
「それはあんたが、あいつが敬愛するフルーレを理解してやろうとしなかったからさ」
「じゃあ、今は?」
「あんたがフルーレを理解しさえすれば、ターもあんたを認めるだろう」
 ふっと微笑んで、カナタは迷わず言い切ると、黙り込むエニシアの背を叩く。
「何か、伝言は?」
「別に、何も…」
「そうか、じゃあまた、約束の日にな」
 離した掌をそのまま翻し、カナタはゆっくりと去っていった。

 その数分後、休憩を兼ねた会議が終了したことで、一行の進行も再開される。
 先頭をティス、その後ろにジャッジを挟んでグスが。更にその後ろ、ぼんやりと最後尾を歩いていたエニシアを振り向き、シエルが横に並んだ。彼の純朴に輝く瞳がエニシアの横顔を見上げる。
「審査されてるって、どういうことですか?」
「されたくてされるわけじゃないんだけど」
「ええ。それは分かってます」
「…カードになるんだって。僕」
「なりたいんですか?」
「いや、別に」
「じゃあどうして…」
「死んじゃった人がさ」
 面倒くさそうにシエルを見下ろしたエニシアは、興味津々と言った様子のシエルの表情を見て直ぐに視線を反らした。
「僕になって欲しいんだって」
「だから審査を受ける、そういうことですか?」
「そうなるね」
「その方は、あなたの大切な人ですか?」
「そうだった」
「何故過去形なんですか?」
「だって、死んじゃってるんだよ?」
「でも、大切だから願いを聞いているんですよね?」
「それは違う」
「違いませんよ。僕と同じですね」
 理由も聞かずに否定するシエルの勢いを止めるのも面倒で、エニシアは話の流れに身を委ねることにする。
「君と?」
「そうです。僕も大切な人の願いを叶えたいんです」
「その人が、もうこの世に居なくても?」
「はい…おかしいですか?」
 はにかむようなその笑顔は、エニシアにとって不可解この上ないものだった。
「本当ならさ、生きてるうちにやるべきことなんじゃないの?」
「そうですね。でも、だからと言って、やってはいけない理由にもならない筈です」
 そう言い切ったシエルの真っ直ぐな声は、遠いと思われたエニシアの思考に確かに届く。
「例えこの思いが届かなくても、お婆ちゃんの言葉を、気持ちを、大切にしたいんです」
 初めて出会ったあの日に比べ、吹っ切れたように晴れやかなシエル笑顔が。淀みきったエニシアの心中に確かな波紋を落としていた。



















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