「そこのお兄さん、占ってあげる」 どこまでも広がる青空の下、暗く淀んだ森の中に幼い声が響く。 大樹の立ち並ぶ不気味な空間に不似合いな姿が、一人の青年の行く手を塞いでいた。 真っ赤なワンピースが白いマントの下で翻る様は花のように。些細な風にも靡く長いブロンドの髪が、眩しい程に輝いていた。 「エニシア=レム、剣士ね」 青年は名を言い当てられて眉を顰める。 そして、歩み寄って来る少女の薄笑いを凝視しながら、最近噂になっているおかしな占い師に違いないと確信した。 「アイシャ=ワールドか…」 エニシアの呟きに頷きながら、アイシャはゆっくりと距離を詰めてゆく。 アイシャ=ワールド。彼女は道行く旅人に占いを押し売りし、その報酬として勝手に物を奪って行く…一部の界隈では有名な話だ。 占い師というよりは盗賊のような荒業、それに似合わぬきらびやかな姿。そんな彼女が有名人にならない訳がない。 それを分かっていながら、エニシアは剣を抜こうともせずにアイシャが目の前までやってくるのを見据えていた。 「大人しいのね。エニシア」 子供に話しかけるような声を出し、アイシャはエニシアの首に手をかける。そして、背の高いエニシアの頭を俯かせ、ゆっくりと顔を寄せた。 瞳が交差する。 エニシアの深いブルーの瞳に落ちる「影」を観察する、エメラルドの瞳がふっと閉じた時、エニシアの口が塞がれた。 エニシアはアイシャの顔越しに足元を見やる。彼女は大きく背伸びをして、今確かに自分にキスをしているのだと、ぼんやりした頭が判断した。 アイシャはエニシアが身じろぎもせず大人しくそうされていることに疑問を持ったが、それを解消すのに余り時間は要さない。何故なら、今現在彼女の閉じた瞼の裏側には、エニシアの記憶が映像となって流れているのだから。 アイシャは口から吸い取る記憶を材料に人を占う。 流れてくる映像は、時に映画のようにゆったりと、時に走馬灯のように激しく過ぎて行った。 次第に明らかになる彼の心。 アイシャはそれをしっかりと、脳裏に焼き付けた。 血の匂い 狂気の乱舞 恐怖の旋律 鋭利な輝き 魂の解放 …そして、後悔 自分の欲求を満たすため殺戮を繰り返してきたエニシアが、只一人愛した女性。 彼は、彼女の体を自分の剣で血に染めたのだ。 絶望と、虚無感。 今エニシアの中にあるのは、その2つだけ。 「成る程ね…」 アイシャの舌が口元をなぞる様を、エニシアは細めた瞳で眺めていた。 「貴方は死に場所を探してる…」 踵を返したアイシャが背中越しに囁く。その瞬間、強い風が赤と白、そして輝く金髪を靡かせた。 悪戯な笑みが振り返る。 彼女が両手を広げると、足元の草土に光の線が浮かび上がった。 魔法陣だ。 白いマントの内側からは、光と同じ繊細な陣が刻まれたカードが飛び出して、アイシャを中心に綺麗な円を描く。 「さあ、貴方の運命は…」 高速で回転を始めたカードが放つ、淡い緑の光が次第に強く、色濃くなって行く。 その動きが収まった瞬間、アイシャは目の前に止まった1枚を高く掲げ、運命を告げた。 「ジャッジメント!」 閃光が辺りを覆い尽くし、エニシアは強制的に瞼を閉じる事となる。 「さようなら、ジャッジメント。また、会いましょう」 数時間後、エニシアは暗闇の中で目覚めた。 無意識に、記憶の残像の中で聞こえた声の主を探す。 アイシャの物とは違う、独特な残響を残す、威厳のある男の声…。 見渡すと、闇に紛れた木々の姿。 見上げると、闇に輝く星の姿。 自分の他には誰も居ない。 「夢…?」 そう呟いてみたが、あれが夢だったとは到底思えなかった。 アイシャ=ワールド。 彼女が最後に口にした言葉の意味は…。 ふと、手に土以外の感触を覚える。 拾い上げたのは一枚のカードと、小さな丸い手鏡。 それを見つめたエニシアは全てを理解する。 「見届けよう、お主の運命を…」 男の声が、頭の中に響いた。 ニヤリと笑ったのは、カードの中の黒猫だ。 「うわああああああああああああああああああ!」 絶叫が星に吸い込まれ、虚しく散っていく。 次第に小さな呻き声が静寂の森に響き始めた。 「審判は下った。罪を背負い、永遠と共に生きなさい。エニシア」 大樹の頂上で、冷たく微笑むアイシャの瞳。 見下ろす星達の輝きが、彼女の藍色の右目に絶え間なく降り注いでいた。 |