GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[09] バス停







 辺り一帯に靄のかかった森の中は不思議と明るく、ランプの灯火に何重にも紙を透かしたような暖かい色を持つ。
 ふわふわと、タンポポの綿毛に似た丸いものが辺りを漂い、風の無い空気の動きを視覚的に知らせてくれていた。
 昼下がり。まだまだ陽射しの厳しい秋の頃合い。
 紅葉した銀杏に似た黄金の葉が繁る森は、背の低い樹木によって形成されている。
 一行はその中でも一番人の集まる場所で、周りの人々と同じようにしてぼんやりと佇んでいる最中である。
「それで、何をするんすか?」
 手持ち無沙汰に頭の後ろで腕を組み、ユーヒが隣に問い掛けた。
「うん、なにも?」
「何もって…なんにもしないってことっすか?」
「うん、そう」
「なら自分等、何のために此処にいるんすか?」
「まあまあ、ユーヒくん。暫く待っていてごらん」
 リューの意図的な生返事を宥めたクラウスが、隣に佇む樹の表面を眺めながら柔和に微笑んだ。
 ユーヒは両脇の二人が周囲の空気に馴染むようにして大人しくしているのを、焦れた様子で交互に見上げる。天然の間接照明のような色合いが、彼の眠気を俄に誘っていた。
「別に待つのはいいんですけど、せめて目的を教えて欲しいっすよ」
 欠伸混じりに見上げれば、クラウスよりも遥かに背が高い樹の枝が、空を覆う靄の向こうにぼんやり映る。それは他の樹と違って鮮やかなピンク色をしていた。
 よくよく目を凝らして見ると、人々だけでなく、辺りに漂うふわふわもこの樹を拠点としているように思えてくる。
 その樹は確かに、他のものと違っていた。だからこそ目印になり、人が集まるのだと、ユーヒは思っていたのだが。
 彼が一種の違和感を覚えて眉をしかめたと同時、独特の震動が足先に伝わってくる。驚いて顔を上げたユーヒの帽子に、隣で算盤を弾いていたリューの掌が乗った。
「この樹はね、バステイって言うんだよ」
「バステイ?」
 未だ樹の観察を続けるクラウスの声が逆隣から注がれる。ユーヒの疑問符に頷いた彼は、ふわふわを吹いて遠くに押しやり更に続けた。
「このふわふわしたのはこの樹の果実でね。人には無味無害だけど、ある生き物にとっては生きるために必要不可欠な栄養源なんだそうだよ」
 解説の間にも、震動は強くなっていく。ユーヒがその正体に気付いた時、リューがぼそりと答えを示した。
「ほら、バスが来たよ」
 ユーヒは伸ばされたリューの人差し指の先を見据える。と、靄の中にぼんやりと白が浮かび上がってきた。
 それはのそのそトストスと、しかしなかなかのスピードで此方に向かっているようである。
「リューさん?ば…バス…って!?」
 次第に目視できるようになったそれを指差して、ユーヒはあんぐりと口を開けた。
「そう。バスが止まるから、バステイ」
 もそりと目の前で停止したそれを見上げるリューの一言で、大きく開いたユーヒの口から盛大な感嘆が漏れる。
 毛足の長いモップを大きくして四足歩行の何かに被せたようなその生き物は、周囲に飛び交う「果実」を次々と食べて行く。
 ゆったりとした動きに合わせて背に飛び乗る人々に続いて、三人もバスに乗り込んだ。
 広い背中に敷かれた毛並みは柔らかく、満員の割に乗り心地はそう悪くない。
 バスは暫く食事を楽しんだ後、名残惜しそうに出発する。
「この地域は靄が濃いからね。彼等の習性を利用して移動するんだよ」
「しゅうせい?」
「バスは常にあの樹を求めて、この森をぐるりと周回するんだ」
「ほえー」
 不可思議そうに頷いたユーヒは、マイペースに進行するバスの顔を覗き込んだ。しかしどんなに角度を変えても、その瞳が見付かることはなく。とうとう諦めて顔を上げると、先とは違う…それでいて似たような景色が視界一杯に広がった。
 同乗者は次のバス停で、また次のバス停でも降りていって、最後には三人だけが残される。
 この土地に住む人達は、どうやら余り遠出をしないらしい。途中から乗ってきた人達も、すぐに降りてしまったのだ。
 一行が降り立ったのは、乗車位置から半周回った辺り。そこから森を抜けると次の街への近道になるらしい。
 食べられるだけ食べたバスが去って行くのを見送って、ユーヒはバステイを振り向いた。するとリューが徐に、鞄から取り出した瓶を逆さまに地に突き立てる。
「なにしてるんすか?リューさん」
「無賃乗車は良くないからね」
 リューはそう言って、僅かに微笑んだように見えた。
 ユーヒはクラウスの流し目に首を振り、バステイの表皮に手を添える。
 すっかり空になった瓶を回収し、空を仰いだリューは次に二人に目配せした。
「じゃ、行こうか」
 号令に従って離れていく三人の人影に。
 好物の紅茶で栄養補給をしたバステイが静かに枝をはためかせた。













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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ