GDGD企画「物書きさんに30のお題」 [08] 夢物語 その部屋は白かった。 「面白いですか?」 白木の天井を見上げ飽きて、振り向いた先に見えた光景を目にした瞬間、質問が口を付いて出ていった。 何故なら開いた本のページを見下ろすクロバの横顔が、余りにも楽しそうだったから。 クロバはベットに大の字になったソフィアを顔だけで振り向くと、こくりと笑顔を頷かせる。 再び物語の世界へと戻っていった彼女を邪魔するまいと、ソフィアは微笑だけでそれに応えた。 二人は宿のツインルームで就寝時間を待っている。 可笑しな言い回しかもしれないので説明すると。寝ようと思えば何時でも眠れるし、実際に眠ってしまっても構わないのだろうが、その日の余韻が何処と無く名残惜しく、なんとなく起きたままでいる…そんな状況だ。 男性陣も隣の部屋で、恐らくは同じ様な状況下にあるだろうことを予測しながら、ソフィアは無意識のうちに天井を見上げる作業に戻る。 真新しいのか、マメに掃除がされているのか、特に傷んだ場所も変な形のシミも見当たらない室内には、白が反射するランプの光がはっきりと、しかしぼやけて漂っているように見えた。 自分が眠くて半目を開けているせいもあるのだろうが、ふわふわもやもやとした空気の色が部屋中に充満し、現実世界から遠い場所に飛んでいけそうな錯覚を呼び起こす。 それはきっと夢の世界で、行ってしまったら最後、次に目覚めた時には翌朝なのだろうと言う結論に至り、ソフィアは無理に腕を持ち上げては目を擦った。 「消しましょうか?」 ソフィアの動きに気付いたクロバがランプに腕を伸ばす。慌てて首を振ったソフィアに肩を竦め、クロバはパタリと本を閉じた。 「大丈夫ですよ。丁度読み終わりましたので」 「なら、ちぃと感想を聞かせやがりませ」 命令口調の懇願を快諾して、クロバは小説のあらすじを話して聞かせる。 ソフィアはクロバの言葉を白い壁に映像として変換し、妄想として映し出しながら夢心地で話を聞き終えた。 聞けば聞くほど、夢の中にいるような出来事ばかりが起こる物語の内容に、半分は夢の中、半分は興奮気味な様子の彼女を見て、クロバも同じような調子で読んでいた本を抱える。 「この世界には夢が溢れています。見るからに有り得ないような出来事でも、事象でも、風景でも、本当に実在する…。私は実際に体験して、それが夢ではない事を実感しました。この書物に書いてある事も、今はまだ夢物語かもしれません。だけど、もしかしたら…」 うっとりと、天井に未来を映し出したように、輝かせた瞳をソフィアに注いだクロバは、にっこりと肩を竦めて見せた。 「みなさんと一緒に旅をしていれば、夢物語も現実になるかもしれません。私はそれが楽しみで、仕方がないんですよ」 明るく穏やかなその声を、ソフィアは自身のふわふわとした思考の中に取り込む。その表情が否定的に見えたのか、クロバは照れ臭そうにこう続けた。 「本当でない夢物語でも、この本にのめり込んで居る限り、私にとっては本当になるんです」 言い訳のようなそれに頷いて、ソフィアは大きく伸びをする。 「あたしは、夢物語だって構わねえと思ってましたが…」 足が吊る前に全身の力を抜いた彼女は、クロバを振り向き肩を竦めた。 「その考えも、悪くねえです」 「ですよね?ソフィアさんもそう思われますよね?」 同意が得られた事を喜ぶ余り、前のめりになるクロバにまた頷いて、ソフィアはゆっくりと横になる。 「あたしも楽しみにしてるってんですよ」 天井に向けて呟かれた言葉に振り向きながら、クロバもベットに滑り込んだ。 「いつかクロバが書いた本が、世界中に夢を届けるのを」 ソフィアがそう続けた事で、クロバはランプに伸ばしかけた手を停止する。 「んでもって、それを読んだ奴等が、それが夢じゃねえって気付いて…今のクロバみてえに、目え輝かして笑ってんのを、見てみてえです…」 夢現に語り終えたソフィアが眠りに落ちるのを見届けた彼女は、一人満足そうに微笑んではランプの灯りを吹き消した。 TOP 製作:ぁさぎ HP:ねこの缶づめ |