GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[07] 散歩日和








「白鴬の羽根がいいらしいぞ?」
「へえ、白い鴬なんているんだ?」
「ああ。普通の鴬より大きいんだけどな。名前のまんま…真っ白くて綺麗な鳥。鳴き声も緑のより甲高くて澄んだ感じがして、まるで唄ってるみたいなんだ」
「それで、その白鴬の羽根が何に良いの?」
「小振りの羽根ペン用に。普通はガチョウや雁のを使うんだが。ちょっと思い付いたことなんかを書き留めたい時に取り出すには、邪魔になることもあるだろう?」
「そうなんだよね。出先でのメモは、特に」
「そこで白鴬の羽根ってことだ」
「ふーん。でも、お高いんでしょ?」
「まあ、棲息地に限定があるせいでそこそこには。でも自分用に自分で取りに行くなら、大した手間じゃない。かなり丈夫な羽根だから、わざわざ殺さなくても、抜け落ちたものを探すだけで十分だしな」
「成る程。商売にはならないけど、個人用にってところか」
「状況によって、見付けるにもそれなりの労力が要るかもしれん。現地に行って、他に良い物資があるなら、それを優先した方がいいだろうな」

 スカイアとリューによる、妖しげな商品紹介のような会話を聞き終えた頃。一行が辿り着いたのは小さな村だった。
 クラウスの脳内地図にすら名前が載っていなかった程、森の奥に位置する辺境の地である。
 何でも偏屈な学者や魔法使いの集まりで、知る人ぞ知る植物の宝庫だが、外交にはあまり積極的で無いらしい。
 それを証拠に道のりは遠く、朝方出立した乗り合い馬車を道の途中で降り、脇にある森の中へと分け入って、道と呼ぶには少々荒れた場所を通り抜け、やっとの事で到着したのが夕方の事。
 そのまま背負ってきた荷物を依頼主に預け、報酬である薬草を貰い、ついでに宿の手配をしてもらった頃には、どっぷり陽が暮れていた。

 一行はこの先砂漠に向かうことを決めている。その前準備として、熱中症や低温やけど等、様々な危険対策の一貫として、薬草を仕入れに村を訪れたのだ。
 効力は抜群だが、売るほど沢山採れるわけではないと言うそれの販売用入荷を諦めて、各々散策に出向いたのが翌朝のこと。
 早々に元居た街に帰っても差し支え無かったのだろうが、そう先を急ぐ用事でもない。もう一日くらい留まったとしてもバチは当たらない筈だ。
 木と石、草木で飾られた家々には独特の目新しさがあったが、他と比べても比較的狭いと言える村の中では直ぐに飽きてしまう。小さく息を付いたスカイアは、周囲に広がる森の中へと足を踏み入れた。
 辺境の地でひっそりと暮らしているだけあって、魔物対策はそれなりに施されていると聞いてる。村から余程離れない限りは戦闘の心配もないだろう。

 森の木々の合間から疎らに覗くのは白い雲と青い空。

 夕暮れ時の妖しげな雰囲気も趣があって良かったが、爽やかな緑と青の間を風が通り過ぎていく今の光景も、清々しくて実に良い。
 気温も気候も穏やかで、正に散歩日和だ。
 この柔らかな陽射しからは、森の更に向こうに砂漠が有ることなど想像できそうにもない。程好く手の入れられた木々は、見たこともない木の実やキノコを繁らせて野生の小動物を呼び、森を明るく賑わせている。
 成る程、こうして研究がてら砂漠化の危機から森を守っているのだろうと、核心も無しに納得してはうんうんと頷いた。
 村に辿り着くまでの獣道は何だったのかと思うほど、快適な散歩道に心も踊る。疎らに続く木漏れ日が生み出す複雑な模様と、今にも欠伸が出そうな気持ちよさに誘われるまま、何処までも足を進められそうだ。
 鼻唄でも唄ってしまいそうな気分に陥りながら、スカイアはふと空を見上げて微笑を浮かべる。
 今頃他の仲間たちも、それぞれこうして森を散歩していることだろう。
 リューは新種の植物に興味があるようで、村の管理者に許可されたものを採集しに出ている筈だ。
 クラウスは村の魔術師と散策がてら、村の周囲に巡らされた魔法や紋章について話をすると言っていたし、ユーヒとクロバも探求心に誘われるまま森に分け入っている。
 しかし不思議と姿を見掛ける事もないまま、スカイアは村から一番近い位置にある岩場までやって来た。
 それは砂漠との境になる、言わば風避けの岩が連ねられた場所で、背の高い彼が見上げるほど大きな岩が幾つも見受けられる。
 どうやって運んできたのか、はたまた元からこの地形だったのか。
 見ようによっては絶壁にも見えるその向こう側を覗き見るように、しかし叶わず諦めて伸びをしたスカイアは、その辺の岩を背凭れに腰を下ろした。
 ついでに見上げた空は、この境界線をすっかり無視して遠くまでひと繋がりになっている。当たり前の事を妙に感慨深く眺める彼は、視界を横切る十字架のような物体を無意識に追い掛けた。
 揺るぎなく、だけど時折はためいて。青の上を滑らかに滑っていく。
 そう、どうやらこの辺りには鳥が多いらしい。木々の無い不毛な地を越えて辿り着いた先が楽園だったなら、留まる種が多くても仕方がないように思う。
 鳥と言っても乗れるようなものはなく、指先に止められるサイズの小さなものばかりだが。それでもいつしかスカイアの周りには鳥が集まってきて、ちょっとした鳥園のようになっていった。
 赤い鳥小鳥、青い鳥小鳥、黄色い鳥小鳥…目にも鮮やかな羽根を愛らしくはためかせ、木の実を啄むその姿を眺めているだけでも癒される。
 どっから来たんだ、とか。あっちは暑かったろ?とか。ここいらの空はどうだ?とか、なんとなしに聞いているうちに小一時間が過ぎ、やれそろそろ帰るかと、当然実の無い情報収集を切り上げかけた頃。
 ふわりと、耳に届いたのは歌声のような何か。
 優しい響きに周囲を見渡せば、ひらりと白が落ちてきた。
 それをしかと捕まえた、その賛辞のように。
 一種の音楽に似た囀りの合唱が辺りに響き渡る。見上げた先を白が埋めつくし、次第に雲のように散っていった。
 余韻が遠く離れて行ったのは数分も後のこと。ゆっくりと森に広がった一曲は、名残惜しくも綺麗に消え去ってしまう。
「あいつらにとっても、散歩日和だったんだろうな」
 そう言って笑うスカイアに同意するように、傍らの小鳥がピヨリと鳴いた。

 白い羽根を懐に忍ばせて、来た道を戻るでもなく森に戻った彼は、遠回りしながらのんびり村に近付いていく。
 途中、何処からともなく現れたユーヒと合流し、村人に頼まれたと言う収穫物を探したり、ちょっとは摘まみ食いしても大丈夫って言われました、との事でご相伴に預かったり。
 見知らぬ小動物とにらめっこをするクロバを見付けて驚かせてみたり、村外れで風に折れた木の枝を補強する作業を手伝ったり。
 そうこうするうちにあっと言う間に陽が傾いて、宿を貸してくれた村人に夕食を世話になり、やっと落ち着いて一同集合と相成ったのは、実に就寝前の事だった。

 一番最初に部屋に入った彼に、続くユーヒが呼び掛ける。
「リューさんリューさん」
 振り向いたリューは、その後も相次いで入室する仲間に名指しされた。
「あの、リューさん?少々宜しいですか?」
「あ、俺もあんたに渡すもんがあるんだった」
「おや、奇遇だね。僕もだよ」
「え?何?まぁ、そんなモテモテなおれもみんなに話があっるわけだけど」
 リューの進言の後。
 揃って提示されたのは真っ白な羽根。
 5人はぐるりと顔を見合わせて、図ったように一斉に吹き出した。














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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ