GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[05] 花に嵐







 舞い上がるカラフルは透明な風に張り付いたように。


「長くなれ!」
 ユーヒの言霊が綺麗な青空に響く。しかし彼の手の中から伸びゆく武器が突入したのは暴風雪の中だ。
「太くなれ!」
 目的の目前に差し掛かったそれは、続く号令によって巨大化する。突如現れた壁に魔物は驚く…こともなく、いとも簡単に払い退かしてしまった。
 お返しだと言わんばかりに強くなった吹雪に降参した面々は、不甲斐なくもすごすごと退散する羽目になる。
「どうします?守どころかどんどん散っちゃってるっすよ!」
「花に嵐とは、正にこのことですね」
 魔物が繰り出す魔法の範囲外で円形にしゃがみこんだ6人は、ユーヒの質問に唸りながら、空を見上げるクロバの言葉に密かな同意をした。

 現在地はカローラのすぐそばにある花畑。背後には風と氷を操る魔物。空に昇るは風に曝された花びら達。
 地獄と天国が一緒に訪れたようなその光景は、一同が長い唸り声を上げている間に一段落する。
 残された天国的景色を仰ぎながら、スカイアがずれた質問を投げ掛けた。
「ってことは、俺達は今、何か良いことが起きるかもしれない真っ只中に居ることになるのか?」
「呑気なこと抜かしてねえで、早くなんとかしやがりませ!」
 ソフィアの絶叫が中空の花弁を舞い上げる。
 彼女が焦る理由こそが、彼等が此処に止まる理由でもあった。

 時々雪象が降りてきては花畑を漁るらしい。

 長い滞在期間中にそうとは聞いていたが、実際に目の当たりにすることになるとは思いもしなかった。
 漁ると言っても踏み荒らす訳ではなく、手当たり次第周囲の花を「食べ尽くして」しまうらしく。現に雪象は、彼等に邪魔をされない限りは頻りに鼻を動かしていた。
 本来なら鼻で掴んだ物を口に運んでいくのだろうが、この雪象は目一杯鼻の穴を広げて全てを吸い込んでいるように見える。
「吸引力の変わらないただ一つの鼻だね」
「あれが鼻だとしたら正直かなり痛そうだが」
「もしかしたら、あれが雪象の口なのかもしれないね」
「まじっすか?なら鼻はどこっすか?どこにあるっすか?!」
「すばり普通の象さんの口の部分ではないでしょうか?」
「鼻議論はどうでもいいですから、早くあれを止めやがりませ!」
 二度目となるソフィアの催促を受けて、一同はまた唸りを上げた。
 リューお手製のタルトタタンを存分に楽しんだ翌日であるこの日。手荷物となるハチミツリンゴを山と持ったまま、やれ行かんと次の町へと出発した直後の出来事だけに、引き返すのも気が引ける。
「山の中だけだとエサが足りないんすかね?」
「いや。彼等は名前の通り、雪を食べて生きていると聞いたけれどね?」
「それならまた、なんで花畑なんて…」
「おいしそうだから?」
「食い意地が張ってるだけじゃねえですか!」
 憶測通りならソフィアが怒るのも当然ではあるだろう。かと言って雪象を殺してしまえば、今度は山の雪が減らなくなる訳で。しかしだからと言って、花畑を荒らす行為をみすみす見過ごすわけにはいかない。
 カローラは地形の問題か、昔から南からの風が入りやすく、他の周辺地域より春が訪れるのが早い。
 つまり他より早く花が咲くからこそ、まだ春の来ない場所に花束や鉢植えをお裾分けする「商売」が成り立つ訳なのだ。
 手塩にかけて育てられた花は勿論、野に咲く花々も大変喜ばれる。

 平凡な日常に、死者への手向けに、祝いの席に、感謝の気持ちに…。

「ねえきみ。美味しいのは分かるけど、ちょっと予算オーバーしちゃいない?」
 町人への良心か、商売人魂かは分からないが、思うところが多くあるであろうリューが雪象に向けて問い掛ける。しかしあちらは気にする素振りも見せずに花を荒らすだけだ。
 ムッとしたのか何なのか、スッと立ち上がった彼は片手を口に添えて腹に力を込める。
「お会計お願いしまーす」
 青空に単調で爽快な声が響いた。ここが食堂だったなら、店員さんが元気よく返事をしてくれた事だろう。
 しかし屋外である現状、反応が返ってくる訳もなく。代わりにスカイアが腕を組みかえ困ったように言った。
「元々払う気もなさそうだがな」
「だからって徴収する訳にもいかねぇですし」
「やっぱり脅かして追い払うくらいしかできないんじゃないっすかね?」
 時間差で彼を真似たソフィアとユーヒが結論を出すと、立ったままだったリューが右手の平を天に向け、雪象の方へと流す。
「では皆さん、やっちゃってください」
「風はリューの専売特許だろ?」
「風に風をぶつけて半額になると思ったら大間違いだよ」
「ではどう対処しましょうか?私の氷では花が枯れてしまいますし…」
 スカイアの肩竦めにリューが真顔で答え、クロバが眉を下げる傍ら、ユーヒがポカンと口を開け。
「あ」
 と言って雪象の背後を指差した。
 ゆったりとしながらも豪快に花を貪る象の後ろからもう一匹、のっそりと歩いてくる雪象の姿がある。
「小せえのが上に乗っかってやがります」
「産まれたばかりみたいだね」
 山を背景に進み来る二匹を、自然と息を潜めて見守る6人を他所に、花を食べていた象が徐に顔を上げた。
 真っ白な三匹が一ヶ所に揃うと、そこだけ雪が積もったように見える。
 珍しい光景に一同が固まるうちに、最初から居る一頭が子象の頭を撫でた。
 と、子供に伸ばしていた鼻を天に掲げ、口から息を吸い上げる様な体勢を取る。

 次の瞬間。空に向けて色が解き放たれた。

 今まで吸いに吸い込んだ花々を一挙に吹き出す雪象と、ゆったりと空を仰ぐ母親象と。舞い散る色の数々にはしゃぐ小さな小さな子象と。

 吹雪の冷たさを纏わずに舞う花は、ふわふわと宙を漂っては暖かな風に乗り、ゆっくりと降りてくる。
 そのうちの一つを受け止めたクロバが、優しく穏やかな笑顔を浮かべた。
「花に嵐は、雪象さん側の台詞だったのですね」
「悪いことしちゃったな」
「まさか彼等にこんな習性があるとはね」
 彼女に便乗して花をキャッチしたスカイアとクラウスが肩を竦め合う。
 その傍らで子象に負けじとはしゃぐユーヒを横目に見据え、溜め息がてら空を仰いだソフィアが隣のリューに皮肉を吐いた。
「珍しく大人しいじゃねえですか。いつもならお代がどうこう言い出しそうだってのに」
「やだなぁ。象にお金が払える訳ないじゃない」
「てめ…掌返してんじゃねえです!さっきと言ってる事違うじゃねえですか!」
「ヤボだなぁ。ソフィアは」
「お会計云々言ってたのはどの口だってんですー!」
 棒読みに笑うリューを黙らせようと、目一杯背伸びして彼の頬に手を伸ばすソフィアをスカイアが宥める。
 体よく逃れたリューは花が止んだのを見計らい、手荷物にギリギリまで詰め込まれたハチミツリンゴを3つ取り出した。そのうちの一つにナイフで切り込みを入れると、途端に甘い香りが充満する。
「お詫びにどうぞ」
 匂いに釣られて振り向いた三匹に見えるよう、互いの中間地点にリンゴを置いたリューは後ろ向きに戻ってくる。
 その間に出発の準備を済ませたメンバーは、名残惜しそうに空を眺めながら彼を待っていた。
「お待たせ。行こうか?」
 そう言って荷物を肩にかけたリューの言葉を合図に、6人が背を向ける間際。
 遅れて落ちてきた白い花が、3つ並んだハチミツリンゴの上に落ちた。














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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ