GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[04] 皺







「眉間にシワよってるよ」
 不意に響いた気のない声に。念入りに周囲を見渡した後、驚いたヒースは自身の額をさすりながら頭上には疑問符を浮かべた。
 何故なら眉間にシワを寄せているつもりもなければ、実際に寄ってもなく。かと言ってこの場には彼と、彼に声をかけてきたリューしか居ないのだから。
「ああ、ごめんね。きみじゃなくて」
 ヒースの様子に気付いたリューが書き物を止めて振り返る。その途中、傍らに落ちたメモを運んできたチャーリーを捕まえながら。
「ほら」
 リューが示したのは、まさに彼の手の中にいるチャーリーの額だった。ヒースは目を丸くして、部屋の角隅から早足でチャーリーに歩み寄る。
 リューの手から受け取った彼は、確かに眉間にシワを寄せていた。ヒースはそれをまじまじと見据えたまま、一頻り頭を回転させる。
(え…チャーリー、どうして怒ってるの?それとも何か悩みが…!?いやいやそうじゃないよね、君は確かに友達ではあるけれど、ぬいぐるみな訳であって、自分の意思でそんな顔をしている訳じゃ…ない、ないよね?よね?チャーリー。…じゃあどうして…そもそも何でこんな所にだけシワが…)
「悪戯書きじゃなくて良かったね」
 ブツブツと独り言にもならぬ声を漏らしていたヒースの腕の中を覗き込み、リューは無表情ながらに柔らかく呟いた。
 彼の言う通り、インクで書かれたシワではなく、何かに摘ままれ続けた事で完成したシワのようである。
「…ま…まさか…」
 ヒースはチャーリーの額を見詰めながら一人回想を始めた。
 あれはこの町に移動するための馬車の中。あとでこっそり相槌の練習をしようと、レコードクリップにみんなの会話をこっそり記録していたんだけど…。突然の振りに驚いて慌ててクリップを閉じた時。すぐ近くにチャーリーが…。
 あれからずっとクリップは開いてなかったし、さっきまでチャーリーを閉まっていた懐から半端に開いたクリップ出てきたし…もしかしてもしかしてもしかしなくても…!
「ごめんよチャーリー…俺が不甲斐ないばっかりに…」
「そう泣かなくても。蒸気当てたら機嫌もシワもピンとするよ。でもこの町、スチーム屋あったかな…」
 リューが口にしたスチーム屋とは、蒸気を吐き出す小さな鳥形魔物を扱う、主に衣類の仕上げで儲けを出している店のことである。魔物は大人しく人になつきやすいが、流石に扱うにはそれ相応の知識や技術を要するため、どの町にも存在するわけてはない。
 ヒースが頭の中にある町の地図を検索していると、リューがくるりと回した羽根ペンの先を彼の額に向けた。
「お揃いになってる」
「え?!」
「流石、伊達に長いこと相棒やってないね?」
 そう言ったリューはひらりと椅子から立ち上がり、ふわふわと扉に歩み寄る。
「ちょっと宿の人に聞いてくるよ。いくらなんでもそのままじゃ、二人とも額が疲れちゃいそうだから」
 パタリと閉められた扉。
 残されたヒースは近場の鏡で自身とチャーリーの眉間を確認しては、複雑そうに口端を持ち上げた。













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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ