GDGD企画「物書きさんに30のお題」 [30] 星空の下で 宵闇の中、見えるのは綺麗な星空だけ。宝箱をひっくり返して散らかしまくった洞窟の中ようだと思いながら、彼は一人きりで空を眺めていた。 目的地に到着してから、どれくらいの時間が経っただろう。もう結構の間じっとしているような気もするが、周囲には誰の気配もない。人は勿論、幸いなことにモンスターの気配も。 ここまではふわふわと、風に乗って飛んで来られたから楽だった。そういえば、インスピレーションが大切だと出発前に言われた事を思い出す。 お陰様で疲れてはいない。風使いで良かった、と。リューは口の中で独り言を紡いだ。 大きな街から随分離れた山奥に、人気のない塔が建っている。それはある方面にはとても有名な、しかし一般には知られていない古びた建物で、最上階に天文台があるのと言うのが最大の特徴だ。 山から突き出すように伸びた塔は、遠目から見ても近付いてみても斜めに傾いていたが、不思議と倒れる気配もなくひっそりと佇んでいる。 天文台以外は魔術書や天文書の並ぶ書庫、管理者や宿泊客用の個室、みんなが寛げる団欒室のような場所まであり、思いの外快適だ。 面白そうなものも、興味が沸いたものも沢山あったが、しかし残念ながら目的地はここではない。目的地に辿り着く為に、この場所を訪れたのだ。 この塔は言わば、目的地に辿り着く為の唯一の手段。実際には他にも幾つかルートはあるが、どれも現実的ではなかったのだ。 一日宿泊して体を休めた後、塔の管理者に掛け合って、天文台へと移動する。 資料室の片隅に据えられた螺旋階段を登れば、半球状の屋根と望遠鏡が見えた。床には羅針盤のような、星座図のような、複雑な図形と数値が事細かに書かれている。 中央に置かれた円柱には世界地図が、その上には更に天盤がかぶせられていた。星座が記された半透明の天盤は、まるで球儀の天井のように見える。それぞれ球状に直されたそれを覗き込むと、魔術師による説明が始まった。 今から行われようとしているのは、一種の転送魔法だ。人一人を目の前の魔術専用地図の中、現在地に送り込む。その人物が地図の中で目的地に着くなり現実に戻るよう、予め術をかけておく。簡潔に文字にするとたったこれだけだが、実際はかなり複雑な魔術らしい。 単体にしか魔法が効かない上に、リスクも勿論あるが、現実世界を移動するのに比べたらかなり軽い。何故なら複雑な海流と、空を飛ぶ強硬なモンスターが生息する海を渡って行かなければならないのだから。 あちらからこちらに来るのにも、同じ方法が取られているらしい。つまり、あちら側にもこんな感じの天文台があるのだろう。 魔術師は一通り説明を終えると、杖を翳して呪文を唱えた。最後の確認が交わされて、術が発動する。 蛍のような光が無数に舞って、視界の全てを溶かしていった。 一つの瞬きの間に、世界は豹変する。 次に目を開けた時には、既に何も見えなかった。辺りが真っ暗なのだ。 聞いていた通りなので別段驚きもしなかったが、自分の体すらぼんやりとしか見えないのには少々困った。 自分と言うものが、存在が、酷く不確かに思えて仕方がない。 足を踏み出せば、足元がツルツルしているのが分かる。あの球状の世界地図のように、ガラスで出来た地面なのだ。 ここは圧縮された空間。作られた空間。実際にあの球状の上に居るわけではない。全ては送り込まれた本人のイメージだと、繰り返し説明されたばかりである。 目に見える印象がこうも強いとは思わなかった。リューはそう考えて、小さく苦笑する。実際に笑って見えたかどうかは、この暗闇の中ではわかる筈もない。 彼は目印として示された一つの星座を探す。かつてラスボス的魔物と対峙した。と言う三英雄の一人の名が付いた星座だ。 これが目的地に行くための唯一の目印。因みに出発地点の目印も、別の英雄の名前が付いた星座らしい。 暫く歩いてみたが、進んでいる感覚が掴めない。景色が変わらないのだから当たり前かもしれないが、何とも不安にさせられる。 リューは試しに風を起こして体に纏わせてみた。現実と違って、思ったより体が浮く。これなら飛べるかもしれないなと思った傍から、自由に飛行が出来るようになった。 スピードは風が伝えてくれる。あとは目印目指して飛ぶだけていい。 真っ直ぐに、真っ直ぐに。 普通なら近付いてくる筈のない物が、直ぐ傍までやって来たのは、それから数十分程後の事。 舞い降りたのは星座の真下。一瞬不安にもなったが、つるつるの地面はしっかりとそこにあった。思いの外、地面に近い場所を飛んでいたらしい。 手を伸ばせば届きそうな位置に星がある。もしかして、本当に届くかもしれないと、リューはそっと手を伸ばした。 温かい。気がする。 眩しくはないけれど、明るかった。 近付けば近付く程、自分の存在が確かになる。 指先が、掌が、腕が、肩が。 照らされて瞳に映り込む。 ああ、おれはここ居るんだな。 そう思うと同時に、指先が星に触れた。 周囲に散りばめられていた星が流れ出す。 瞬間的に光に包まれ、眩しくて目を閉じた。 そうして目を開くと、この場所に佇んでいた…と言う訳だ。 座り込み、手に触れた草の感覚を懐かしく思ったのも、もう数時間は前の事。 見渡せば見晴らしのよい丘の上。目の前には夜空と、真っ黒い絨毯のような森。目指していた目的地に間違いない。 「遅いな…」 ポツリと呟けば、自分の中に広がっていく感覚の、その正体に気が付いた。 くるりと振り向き、背後を確認したところで誰もいない。諦めて前に向き直り、思い切って寝転がる。 頭上には相変わらず満天の星空。なんだかぼやけて見えるのは、少し眠くなったからだ。 危険な場所を魔法の着地点にするとは思えない事、実際に何の気配も感じない事から、リューは浅い眠りに落ちる。 瞼の向こうに広がる星星のように、夢の欠片があちこちに散りばめられた。目映い中に映り込む人々が酷く懐かしい。 こんな気持ちになったのは、どれくらいぶりだろう。 …そうか。もう、そんなに経つのか。 リューは思う。 傍に居てくれるのが当たり前になっていた。それほど欠けがえのない存在なんだと。 光の中に浮かんでは消えていく、見慣れた筈の佇まい。こうして改めて夢の記憶を眺めてみると、まだまだ色々うろ覚えだ。 クラウスの金髪の癖の付き方とか。 ユーヒの帽子の模様の並びとか。 クロバが髪を結う仕草とか。 スカイアの魔物捌きとか。 ソフィアの正確な身長とか。 ヒースがチャーリーを操る時の指の動きとか。 懐かしさに口元が緩んだ気がする。 一通り思い返して、そっと目を開いた。 体を起こして辺りを見渡す。星の位置が少し変わってはいたけれど、まだまだ夜は長そうだ。 だけど。 「良かった。みんなちゃんと辿り着けたね」 独り言が口から零れる。 疲れ果てたのか、彼に倣ってそうしたのか。リューの周りで、すやすやと眠る6人の姿が、確かにそこにあった。 リューはそれぞれの寝顔を確認すると、徐に無表情を頷かせる。 そしてまた、空を仰いだ。 宝石箱をひっくり返して、散らかしたような星空が目に飛び込んでくる。 暫く眺めて、まずクラウスを揺り起こした。次にユーヒを。それから三人で残りの4人も起こしにかかる。 スカイアが大きく伸びをした。不機嫌そうに目を覚ましたソフィアが、クロバの指先に釣られて空を見上げる。その隣でヒースの感嘆が漏れた。 「綺麗だね」 ポツリとリューが呟く。 おかしいな。さっきまでは何とも思わなかったのに、と。頭の中で密かに先を続けながら。 TOP 製作:ぁさぎ HP:ねこの缶づめ |