GDGD企画「物書きさんに30のお題」 [29] ボンクラ 「はい、今回のお仕事はボンクラの討伐です」 昨晩世話になった宿の前にて、リューが天に向けた片手の平を顔の横まで持ち上げる。 「はぁ…?」 「ウィングフィールドご一行様、ご案内ー」 起き抜けの間抜けた顔と気抜けた声で反論しようにもし損ねたソフィアは、ご丁寧にもフラッグを掲げて先導するリューに仕方なく続いた。と言うのも、クロバとユーヒに背中を押されたせいである。 そうして早朝に出発した6人は、リューの案内で町外れの荒野に辿り着く。緑も少なくゴツゴツした岩が視界一杯に広がる寂しい場所だ。 大小様々な形の岩々を見渡す仲間達に、リューは先と同じ調子で解説する。 「はい、右手に見えますなんの変鉄もない閑散とした岩場に巣食うのが…」 「ボーンクラッシャーじゃねえですか!」 驚きの余り喰い気味にツッコミを入れたソフィアに頷いて、リューはキラリと無表情を光らせた。 「そ。略してボンクラ」 「それならそうと最初から言いやがりませ!」 「まあまあ、お客さん」 「誰が客だってんですか!」 「準備はしっかりしてきましたから」 「てやんでい、当たり前だってんです!」 コントを続ける二人の間を物理的に遮ったのは、リューが広げた巻物である。 「お手元にございます無駄に長い資料をご覧下さい。先頭から大体半分と少し進んだ辺りに…」 「こんのすっとこどっこい!長すぎだってんです!アホ抜かしてねぇで早いとこ説明しやがりませー!」 そうして癇癪を巻き起こしたソフィアを温い眼差しで眺める面々を他所に、リューは何処までもマイペースで彼女を宥めにかかった。 「全く、短気は損気。今ので運気五割引きだよ?ソフィア」 やる気のない無表情から注がれるそれに、しかし妙な説得力を覚えたソフィアはじりりとたじろぎ、それでも勢い任せに問いかける。 「そ…そもそも何だってアレを討伐せにゃならんですか?」 「アレって言うかボンクラね。さて、おれがわざわざこうしてツアーを組んだのは何故でしょうか?アタックチャーンス」 あくまでも「ボーンクラッシャー」をボンクラにしたいリューの拳が彼の眠そうな顔の横で上下した。 ポカンとするソフィアの隣で、スッと小さな手を挙がる。 「ずばり、ボンクラに懸賞金がかかってるからっすね?!」 「残念、正解はボンクラのせいで通行止めになっているからー。ユーヒ選手、お立ちください」 棒読みに言われたユーヒは、元から立っていたせいで落ち着かなかったのか、目一杯背伸びしてリューの指示に答えた。ソフィアがそれに対抗して爪先を伸ばす様を横目にスカイアが話を進める。 「つまり、ボンクラを倒さないと次の街に行けないって事でいいのか?」 「行けない訳じゃないんだよ。ただ、僕らには都合が悪いってだけでね」 対するクラウスの言葉を聞き付けて、早くもソフィアのツッコミが戻ってきた。 「クラウス、てめえ知ってたならさっさとあれの暴走を止めやがれってんです!」 「アレじゃなくておれね。リュー=ウィングフィールドね」 「でぇえい!入ってくんなってんです!」 「それで、都合が悪いとはどう言うことなのですか?」 クロバが話の軌道を戻すと、リューは喰いかかってくるソフィアのデコを掌で押さえつつ肩を竦める。 「あの魔物、見た目に違わず凄いボンクラなんだよね」 「確かにぼんやりして見えますが」 「そんなら素通りしちまえばいいでねぇですか」 前傾姿勢を戻すついでに手をはね退けたソフィアの意見に頷きながらも、リューはため息のように否定した。 「馬車ならね」 「そう。徒歩で、しかも荷物を抱えているとそうもいかない」 そう言って、クラウスが巻物の一部を指し示す。先程リューが言った通りのその辺りには、当然ボーンクラッシャーの解説が掲載されており、中でもクラウスの指の辺りにはよりによって「食いしんぼう」の文字が書き連ねてあった。 そもそもその巻物の出所も怪しいところではあるが、しかし他の項目を見る限り、かなり信頼できそうだ。 それぞれが巻物に対する様々な感想を思い浮かべる中、クロバがほわんと宙を仰ぐ。 「ですが、今回の仕入れは確か…」 「綿っすね」 ユーヒが答えた通り、先日仕入れたのはこの地に生息する珍しい綿花だ。それを買い占めた当人も首肯して小さく息を付く。 「そうなんだよね。しかも大量」 「うん。だけどあのボンクラは、中身が何であろうと荷物を見ると襲いかかってくるそうだよ。だから大荷物を抱えた徒歩の旅人限定で、通行が規制されている」 続くクラウスの説明に納得の呟きが連なる中、リューの淡々とした独り言が小さく響いた。 「だからってあの値段をみすみす見逃したくはなかったし。ボンクラのお陰でここらの足の運賃ぼったくり価格になってるし」 それは勿論、商人的に一番許せないのは手当たり次第貨物を襲うところなのだろう。それにボンクラが居るせいで町の人々や道行く商人、旅人達が不安な思いをしていることに変わりはない。 「てな訳で、悪いけど付き合ってもらうよ?ボンクラ討伐ツアー」 様々な思惑こそあるだろうが、結局のところ人助けだと心得たメンバーは、リューの言葉にしっかりと頷いて答えた。 さて。 先程から話題に上っている上に遠目に確認できるボンクラ…もといボーンクラッシャーとはどんな魔物かというと。 「スカイアさんとソフィアさんを足したくらいの大きさっすね」 「てやんでい!あたしはそんなに小さくねえってんです!」 「あの太い右腕が本体で、あとは飾りみたいなものなんだって」 「右腕の何処かに心臓があるのですね」 「そう。だから、あの腕さえ落としてしまえばあとはどうにでもなると言うわけさ」 「そうは言ってもな…」 呟いて、スカイアはボンクラを振り返る。 ぼうっとした顔の乗った人型ではあるものの、骨砕きと名付けられたのも頷ける程立派な右腕は、左腕とのバランスを一切無視した太さがあった。加えて艶やかな薄青の皮膚は見たところ固そうでもある。 「私とスカイアさんの槍で切れるでしょうか?」 「槍はそもそも払うか突くかに特化した物だからな」 「おれの剣もあの大きさには対応できないしね」 「ならどうするってんですか」 三者の唸りを聞いて俄に狼狽えたソフィアの問いに。にこりとこそしなかったものの、リューがピシッと人指し指を伸ばす。 「大丈夫。策はあるよ」 そうして20分かけて打ち合わせを終えたメンバーは、こそこそとボンクラの周囲に集合した。 ボンクラは気配に気付いているのか居ないのか、岩場の隅にぼんやりと佇むだけである。 「まずは試し切りね」 腰から剣を抜いたリューが風を纏うのを認識しながら、ユーヒも魔法の棒を軽く構えた。背後にはスカイア、クロバ、そこからかなり距離を置いてクラウス、ソフィアも控えている。 リューはチラリと背後を確認した後、一足跳びに中空へと飛び出した。3メートル程背丈のあるボンクラの、丁度顔面付近である。 風を伴い顔の横を通過したリューは、そのままボンクラの背後にあった大岩の上に着地した。当然後を追おうとするボンクラの動きは酷く鈍く、ゆったりとしている。 振り返らんとするその動作が中盤まで来た頃合いを見計らって、ユーヒが掌に魔力を込めた。 「長くなれ!」 地面と水平に伸びた棒を、ボンクラの足元を掬うようにして回転させる。小さなユーヒを支点に大きく動いた棒に足を取られ、ボンクラはあっさりと体を傾けた。 斜めになった上体を確認するなり、スカイアが地面を蹴る。 敵の左肩を足場に、ふわりと舞った長身が空の青に浮かび上がった。振り上げた槍の穂先が太陽光を反射する。 重力を伴い降り下ろされた槍は、しっかりとボンクラの右腕を捉えた。クラウスの紋章が虹色に輝き、スカイアの手助けをする。 が、思ったより沈まない。想像よりも手応えがない。 スカイアは直ぐ様それを認識して槍を引く。同時に体を傾けて回避を図った。 直後、荒々しい風が飛んでくる。それはリューが操る物と違い、色ではなく酷い圧力を帯びていた。 倒れたボンクラの頭の上方へと逃げ仰せていたスカイアだが、その風圧で随分吹き飛ばされる。空振った右腕は寝返りの要領で地に接触、地響きと陥没を同時に巻き起こした。 クラウスの防御紋章を消費して小さな岩を凌ぎ、ソフィアの隣に滑るように着地したスカイアは、やれやれと言った風に苦笑する。 「ソフィアー!」 「わ…分かってるてんです!」 余りのパワーに動揺したソフィアをリューの大声が動かした。わっかを手にくるりと回れば金色のシャボン玉がふわふわと飛び出す。 「スカイア、てめえ大丈夫ですか?」 「心配ない。直ぐに終わらせてくる」 各所でシャボン玉が割れているのだろう、着々と増えていく金色にスカイアも紛れた。 その後、静かな移動の合間に風圧と地響き、騒音が一度だけ。 数秒後には視界を埋め尽くしていた金の集合体が一斉に弾け飛ぶ。 恐らくはその寸前に始まったであろうスカイアの一撃が、気合いの一声と共にボンクラの足を払った。遠くに居ても鈍い音が聞こえてきそうな力強い横凪ぎには、不安定な魔物の体勢を崩すには十分な威力がある。 「太くなれ」 ボンクラがぐらりと傾くと同時、宙に浮いた赤が大きく叫んだ。それに併せて円柱がユーヒの足元に現れる。 「重くなれ」 彼が更に魔力を注ぐのとほぼ同時、円柱は落下を開始した。その真下に居るのは勿論ボンクラである。 ズシンと、鈍い衝撃が伝わった。左肩を杭に打たれたように地に張り付いた魔物が、煩わしそうに腕を振るよりも早く。 鮮やかなピンクが右肩で踊った。 ありったけの魔力を穂先に込めて、クロバは青紫の血が流れ出る傷口に槍を突き刺す。 ピンと張り詰められた空気が氷り始めると、肩から肘にかけてを透明に固定されたボンクラが、訳がわからないと言った具合に小首を傾げた。 「美味しいとこ頂いちゃってごめんね?」 空から気のない声が降ってきて、退避する三人を振り向かせる。風の緑と、紋章の虹色に染まった小振りの剣が彼等の瞳を細めさせた。 風で加速したリューの放った強化された一撃が、凍り付いた魔物の腕を肩から打ち砕く。ピシピシと小さな音を立てていた腕は、最後には豪快な音を立てて崩れ落ちた。 TOP 製作:ぁさぎ HP:ねこの缶づめ |