GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[24] ひなたぼっこ










 湖の畔での洗濯祭りが終了し。
 広がる泡の勢いも大分収まった頃。

 中空に浮かぶ紐を見上げるユーヒとスカイアが、顎に手を当てくりくりと首を捻る。
「足は流石にないと思うっす」
「やっぱり耳じゃないか?」
「手でもよくないっすか?」
「いっそ胴体を紐で縛って…」
 繰り出される会話内容の全てを脳内で映像に変換しながら、木陰で様子を見守っていたヒースがそろそろと手を持ち上げた。
 指先から伸びた魔力の糸が、ユーヒの抱える水浸しのチャーリーと繋がる。
 唐突に手足をばたつかせたチャーリーに驚いたユーヒが変な声を出すと同時に、地に降りた彼はくるくると体を見渡しては準備運動のようなものを始めた。
 水分を含んでいるせいか、いつもよりも動きが鈍いようにも見える人形の動きを見守る二人が、顔を見合わせてヒースに歩み寄る。
 その間にも体を捻っては水気を絞り出すチャーリーの周囲が、日の光を反射して輝いていた。
「なんか悪かったな」
「もう吊るす相談はしないっすよ」
 苦笑から出た謝罪に頷きながら、手元を動かすヒースの瞳がチャーリーへと移行する。スカイアとユーヒが釣られて振り向くと、屈伸運動をしていたチャーリーが川に沿って走り始めた。
 糸の届く範囲で続けられるランニングはトテトテと、ヒースの真剣さを伴わぬゆるーい和みを醸し出す。
 それはシートに寝転んだユーヒが寝息を立て始め、その安らかな寝顔に誘われるままソフィアとクロバ、ついでにリューまでもが眠ってしまうまでひっそりと続けられた。
 膝から下を川の流れにさらしていたヒースが、チャーリーの乾き具合を確かめようと手を休める。
「あれ。みんな寝ちまったのか?」
 隣で空を仰いでいたスカイアが、背後のシーツの上を見てにこやかに言った。ヒースも四人並んで寝転ぶ様子を遠巻きに眺めながら、こっそりとチャーリーを偵察にやる。
「気持ち良さそうだね…」
 首を伸ばして連なる寝顔を認めた彼は、小さな隙間を埋めるようにチャーリーを寝転ばせた。
 大きく伸びをして、よっこらせと立ち上がり、上から全景を確認するスカイアが、ソフィアの寝返りによって生まれたスペースを指し示す。
「ヒースも混ざっていいぞ?」
「でも、背中も乾かさないと…」
「頃合いを見てひっくり返しておくからさ」
 変わらずチャーリーの心配をするヒースの腕を引き、タオルを渡したスカイアは、彼の準備が終わるのを待って背を押した。
 さあ、あとはシーツに寝転ぶだけだと言う所まで来て、ヒースの横に並んだスカイアが一言。
「がっちがちじゃないか」
「こう言うの…は、初めてで…どうしていいのか…あの…」
 言い訳も半端な状態で、再びどーんと押された背中。体が前に倒れてしまうまで状況を認識できなかったヒースは、目を白黒させながら目の前のスカイアを見据える。
「しかしまあ、よりによってな位置だったな…」
 右にソフィア、左にクロバと。緊張で硬直するヒースに追い討ちをかけるようなシチュエーションに、スカイアも思わず苦笑いだ。当のヒースはと言えば、倒れた時の体勢のままピクリとも動かない。
「取り合えず肩の力を抜いたらどうかな?」
「ほら、リラックス、リラックス」
 木陰からのクラウスのアドバイスを受けて、スカイアがヒースの体を揺する。それでも脂汗を垂らすだけで瞬きすらままならぬヒースに向けて。
「リラックスしろって言われると余計緊張しちゃうよね?」
 と、不意に起き上がったリューが小首を傾げて見せた。
 彼はそのままソフィアを跨ぎ、ヒースをごろんと裏返すと、クラウスの言葉に倣って肩をほぐし始める。
「お客さんー、凝ってますねー」
「ゆ…有料…」
「やだなぁヒース。おれ、そこまで悪徳業者じゃないよ」
 やっとの事で口を動かせた辺り、マッサージが効いたのだろうか。ぶるぶると震えるヒースから離れたリューは、立ち上がりがてら両手を天に伸ばした。
「ちょっと村まで荷物運んできちゃうから、続きはおれの場所でどうぞ。スカイア、洗濯物の見張りお願いね」
「了解」
 返答がてら「よろしくなー」と手を振って、ヒースの移動に手を貸したスカイアは、最終的に最初にヒースが転がった場所に腰を落ち着ける。
 ユーヒとソフィアの間に収まり、ついでにチャーリーを胸の上に乗せたヒースは、未だ緊張が解けずに居るようだ。
「無理に寝る必要はない。折角だからそのままひなたぼっこでもして、ゆっくり休んでてくれ」
 こんなにゆっくり出来る日が、何日も続くかどうかは分からないのだから。
 ヒースはスカイアがそう言ったような気がして、一人密かに頷いた。

 空の青は上に行くほど鮮やかに、地に近付く程淡くなる。その間を大小様々な雲が流れて行く様は、不思議と見ていて飽きなかった。
 羊を数えるようにして、変わり行く雲の形をぼんやりと眺めているうちに、自然と体の力が抜けてくる。


 目の前に広がるのは青空だけ。
 頭の中で話しているのは自分だけ。

 他からの干渉なんて、何もない筈なのに。

 どうしてだろう。
 何が違うのだろう。

 独りで居るときとも。
 チャーリー達と居るときともまた違う、この感覚は…何だろう。


 ぼんやりと進む思考に身を委ねたヒースは、空が瞼に隠れる事に気付かぬまま。
 瞼の裏側、自らに流れる血液の色を認識する訳でもなく、すんなりと眠りに落ちた。


 紋章作りに夢中になっていたクラウスが、光の変化に顔を上げる。
 傾き始めた太陽が制作する影は、彼が座る場所からあからさまに移動しつつあった。
 先程から変わったのは光の角度と、眠りに付いたヒースに忍び寄る怪しい影位だろうか。
 実に穏やかな光景を前に、苦笑を浮かべたクラウスが悪戯坊主を諭しにかかる。
「こらこら、リューくん?」
「通過儀礼だよね?」
 落ちやすいと評判のインク片手にヒースに隣に座るリューは、何を言われても引くつもりは無さそうだ。
「お手柔らかにしてやれよ?」
 横から覗き込んではのんびりと言うスカイアに。頷きながらも俄に目を輝かせたリューは、帳簿に数字を書き連ねる勢いで落書きを始める。
 右頬に「祝」
 左頬に「初」
 額に「ひなたぼっこ」
 と、書かれたヒースが目覚めるまで、あと数十分。














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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ