GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[22] カミサマ







 その日は朝からカーテンの裏に潜んでいた。
「どれにしようかな、てんのカミサマの、いうとおり」
 幼い声が小さくマジナイを唱える。指の感覚だけを頼りにくまのぬいぐるみを踊らせながら、ヒースはそっと、外の様子を窺った。
「これください」
 カウンターの前、少年がたどたどしい笑顔で品物を差し出す。店主の老婆が金額を告げると、ポケットから硬貨を取り出し、再び小さな手を伸ばした。
「まいどどうも」
「ありがとう」
 星形のキャンディーを持って、少年が、嬉しそうに駆けていく。退店した彼の他にも、店内には小さな来客が数人残っていた。
 二人の子供が自分の操るぬいぐるみを眺めている。ヒースは密かにプレッシャーと戦いながら、必死で躍りのパターンを考えていた。
 彼の今日の仕事は、雑貨屋でのぬいぐるみショー。本当は隠れずやるつもりでいたのだが、どうにも会話がおぼつかず…更には長い前髪のせいか、ヒースを見るなり泣いてしまう子まで出た為、カーテンの裏からチャーリーを操ることにした、と言う訳だ。
 幸い、店主は穏やかでとても人がいい。ヒースの失敗や挙動不審ぎみな態度にも、動じる事も怒るようなこともしなかった。
 だからこそ安心して仕事をこなしていたヒースなのだが、どうしても、一つだけ、気になることがある。
 この雑貨屋を訪れる子供達は、誰もがみんな…
「どーれーにしようかなーてんのカミサマのいーうとーりっ」
 そう。このマジナイを唱えて品物を選んでいくのだ。
 最初こそ流行っているのだろうと考えもしたが、来る客のほぼ全員がそれを唱えるとなれば話は別である。
 様子を見ていて気付いたのは、買いたいもののジャンル…例えばお菓子ならお菓子、鉛筆なら鉛筆、コマならコマと、それくらいは決めているようで、その中の「どれ」かを選ぶのに使われているのが、例のマジナイらしい。そして、マジナイが出した答えを裏切る者は、誰一人としていなかった。
 ヒース操るチャーリーを真剣に眺めていた二人の少女が、ハッとして顔を上げる。どうやら時間を忘れて見いっていたらしく、急いで目的の品を探し始めた。
 ヒースはチャーリーに手を振らせた後、自らも手を休めるため彼を座らせる。少女達はきゃっきゃと手を振りながら、足早にお菓子コーナーに移動した。
 手が空いたこともあり、カーテンの隙間からじっと眺めてみると、少女もまた、例のマジナイを唱え始める。
「どーれにぃしよーかな、てんのカミサマの…」
 独特なリズムと共に、少女の指が菓子の上を跳ねた。店主の老婆は当然のように、その様子を笑顔で眺めている。
 ヒースが目を凝らしていると、少女の背後に置かれていたお菓子が、不意にふわりと移動して、少女の指の先に落ちた。マジナイの最後の「り」を発音した少女は笑顔でそれを持ち上げる。
「これ、くださいな」
 当然のように宣言して、当然のように会計を済ませ、二人は仲良く去っていった。
 店内が静まり返る。見渡してみると、老婆の他には誰も居なかった。
「休憩にしようかね」
 カウンターから穏やかに声をかけられて、ヒースは上擦った返事をする。カーテンから出るついでに窓の外を見てみると、先程の少女達が、チョコレートを分けているのが見えた。どうやら真ん中から綺麗に分かれるタイプの物だったらしい。ベンチに並んで仲良く食べ始める。
 振り向くと、老婆はカウンターでお茶を入れていた。手招かれて、歩み寄る。
 そこに鈴の音が響いて、入り口の戸が開かれた。
「どんな感じっすか?」
 明るい声と共に入ってきたのはユーヒだ。彼を見るなり、老婆が追加のカップを用意する。
「うん…色々あったけど…あの、なんとかできてる…かな?」
 ヒースがしどろもどろに答え終えた頃には、ピンク色のお茶が三つのカップに注がれた。
 老婆は取っ手の付いていない、丸っこいカップに口を付ける。まるで陶器でパッチワークしたような柄をしていた。ユーヒが元気に「頂きます」と言って手にしたのは、猫の顔を模したカップで、裏側には尻尾まで付いている。
 ヒースが残されたカップを持ち上げると、ユーヒが店内をきょろきょろし始めた。因みにヒースのカップはシンプルなアルミのマグカップである。
 濃いピンクの液体に顔を近付けると、何処かで嗅いだことのある匂いがした。甘酸っぱい感じの、何だっただろう。口を付けてみても、結局答えは分からなかった。
「ヒースさんもどうっすか?」
 顔を上げると、ユーヒがお菓子コーナーで茶請けを選んでいる。ヒースは頷いてカップを置いた。
「どーれーにしようかな」
 何処かで聞いたのだろうか。ユーヒが大声であのマジナイを唱え始める。指先はやはり、お菓子の上を軽快に跳ねていた。
「てんのカミサマのいうとーー」
 ヒースはユーヒの仕草を見守りながら、クッキーだったらお茶に合いそうだなと、無意識に考える。
「り!」
 最後の一音。何処からともなく現れたのはクッキーだ。
「ジャム、ちゃんと乗ってるっすね」
 ユーヒが満足そうに老婆を振り向く。彼女は頷いて値段を告げた。
「あの、どう言うコト…?」
 呆気にとられていたヒースが思わず口にすると、会計中の二人が揃って振り返る。驚いて肩を揺らした彼に構わず、ユーヒが朗らかに笑った。
「自分、ジャムが合いそうだなって思ったんすよ。この紅茶」
「カミサマが選んで下さったんだねぇ」
 頷いて、お釣りを手渡す老婆の言葉を、ヒースは小声で繰り返す。
「カミサマ…」
「そうらしいっすよ。この村では」
 あっけらかんとユーヒが言った。この不思議な現象を、彼はもう受け入れてしまっているのだ。
 おかしいとか、怖いとか。どうして?とか、あり得ないとか。そんなこと全部抜きにして。
 だけど不思議だ。ヒースは思う。あんなに疑問だったのに、今はもう、それでいいと思えた。それが自然だと思えた。
「俺、さっき、クッキーが合いそうだなって…」
 思いきって呟くと、笑顔のユーヒが一枚差し出してくる。硬貨と引き換えにしようとするが、断られてしまい押し問答する間に、老婆が徐に呟いた。
「じゃあ、皆の思いを汲んでくれたんだねぇ」
 二杯目の紅茶を注ぎ終え、ユーヒがカウンターの中央に置いたクッキーを一枚抜き取って、彼女は続ける。
「今日一番良く出来たから」
 ゆっくりとした言葉の後、サクッと響いた美味しそうな響き。
 二人は顔を見合わせると、クッキーを頬張りながらもう一袋、同じものを探す。
「どれにしようかな、てんのカミサマのいうとおり」















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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ