GDGD企画「物書きさんに30のお題」 [20] ぶっ潰す 「だぁぁから!叩くなんてそんな生易しいもんじゃねぇんです!もっと、こう…」 街に響いたソフィアの声が、溜め込むように途切れ。そして。 「ぶっ潰してやんねぇと!」 鬼気迫る勢いで発せられる。 その必死さに、振り向いたユーヒとクロバが丸くした目をぱちりと瞬かせた。 現在地は滞在中の宿の前。 交渉が主となるクエストから辞退したソフィアとユーヒに、クロバが付き添う形で留守番となったのがつい一時間前の事。 この日和に宿の中で腐っている必要もあるまいと、揃って散策に出掛けようとしたのがつい先程の事。 三人が円く敷き詰められた煉瓦の綺麗な模様の上に降り立ったと同時、ピヨコ豆を上から潰して大きくしたような物体が視界に入り込んだのが、今しがたの事である。採りたてのピヨコ豆は固いが、こちらは何とも柔らかそうにぷよぷよと跳ねていた。 後ろを向いていたそれは、あんぐりと口を開けて固まる三人をふにりと振り向いた。簡素だが何処か愛らしい顔付きに思わず和みながらも、ざわめく広場の様子にハッとする。 「…あれって、やっぱし魔物なんスかね?」 「どうでしょうか?今のところ害は無さそうですが…」 まじまじと。まるっこい物体と、互いの顔とを眺めては考察するユーヒとクロバの背後。一人呆然を続けていたソフィアの口からポツリと言葉が漏れた。 「ぶっ潰しやがりませ」 普段から乱暴な彼女の言葉使いの中でも、更に物騒な物言いに前方の二人が振り返る。 「え?」 「叩くんすか?あれを?」 クロバの驚きの声の後、ユーヒの発したその言葉に返されたのが、冒頭の彼女の台詞である。 迫真ながらもキーンと響くわけではなく、しかしどっしりとした重みを含む発言に、しかし二人はがっつりと戸惑った。 「どうしたんですか?ソフィアさん…あんなに可愛らしいのに…」 それはクロバが言うように、対象の外見からしてソフィアが嫌悪を抱きそうに無いからである。 まるもちを指差しながら、困惑の表情を浮かべるクロバの腕を引き、ソフィアはぐいぐいと後退を促した。 「甘く見てると痛ぇ目見るっつってんですよ!不用意に近付くでねぇです!」 その忠告が終わるや否や、図ったかのように辺りに熱が巻き起こる。 どちらかと言えば笑顔のような魔物の口から、赤々とした炎が吐き出されたのだ。 幸いその先には何があるでもなく、人的被害も物的被害も出てはいない。しかし瞬間的に周囲を満たした熱量からしても、まともに喰らえば怪我では済まないことは明白である。 「うへぇ…思ったより凶悪っすね…」 「言わんこっちゃねぇ…早く離れやがりませ!若しくはぶっ潰してやりやがりませ!」 追って避難してきたユーヒに息巻いて見せるも、じっとりとした眼差しを返されたソフィアはじりりとたじろいだ。 「な…何だってんです…」 「そー言うならまずソフィアさんが手本を見してくださいよ」 言うなり、ポケットから出した棒を適当なサイズにして渡されて。 「……」 しかっとそれを握りしめたまま、魔物を見詰めるソフィアの肩がわなわなと震え始める。そして仕舞いには目に涙を浮かべて絶叫した。 「出来るわけねぇです!あんな可愛いもんぶっ潰せだなんて、何処の誰が言いやがりましたかぁぁあぁ!」 「ソフィアさんです」 「ソフィアさんっす」 自ら急かしておきながら、揃ってつっこまれては形無しである。がくりと項垂れた彼女の手から棒を回収しつつ、ユーヒとクロバは魔物に向き直った。 宿の玄関口である階段に円陣組んでしゃがみ込む彼等に対し、魔物は未だに広場の真ん中でむよむよしているだけで、特別な変化は見受けられない。 「近寄らなければ無害なのではないでしょうか?」 「うううっ…!でも猛烈にモフモフしたいっすよ…!」 「分かるってんです…!思わず手を伸ばしては、何度危ない目にあったことか…!」 ユーヒのうずうずが伝染したように立ち直ったソフィアの顔を覗き込み、クロバがふわりと肩を竦める。 「ソフィアさんは、あの魔物にお詳しいようですね?」 「前に一度だけ会ったことがあんですよ」 「したら実害の程を教えてほしいっす」 ユーヒの頼みに頷くことすらせず、真っ直ぐに魔物を見据えるソフィアは徐に呟いた。 「ぶっ潰さねぇと…」 「さねぇと…?」 ごくり、と固唾を飲む音が連なる。それに被せるようにして、ぽよんぽよんと言う不可解な音が小さく響いた。 三人は広場の真ん中でむよむよしている「二つの」物体をポカンと眺めつつ。 「増えて収拾が付かなくなります」 続くソフィアの解説を聞いた。 「ひぃいぃい…!」 「可愛さ余って憎さ百倍と言うやつですか?」 分裂の瞬間を目の当たりにしてわたわたする二人に負けじと、ソフィアは両手の拳を振り乱してながら叫ぶ。 「町中が火の海になる前に、助っ人を呼ぶですよ!」 肯定したクロバに頷きを返し、走り出そうとする彼女をユーヒが止めた。 「いえ…自分、やるっす!」 驚く二人を他所に、真剣な眼差しでぷよぷよを見据え、しっかりと棒を握り直して彼は言う。 「あいつの武器はあの可愛らしさ!あれに負けて逃げ出したりしたら、ヒーローがすたるっすよ!」 それは勇敢なヒーローそのものと言える気迫だったが、相手が相手だけにどうにもしまらない。 その微妙な空気を上手いこと利用して、クロバが低く問い掛けた。 「しかしソフィアさん。ぶっ潰すと仰いますが、槍で刺したり…剣で切ったり…凍らせてみたりしてはいけないのでしょうか?」 「切るとああして増えますし、刺すと破裂しやがります。魔法は全て無効、倒すには文字通り…ぶっ潰してやるしかねえって話です」 「やるなら上からっすね」 説明の後、言い切ったユーヒの手元で棒が回る。その隣でスクッと立ち上がり、クロバが固く頷いた。 「承知しました。助太刀します」 「援護は任せやがりませ」 最後に腰を上げたソフィアとクロバに微笑んで、ユーヒはひょいと広場に降りる。 住民達は遠巻きに様子を見守りながら、街のギルドメンバーがやって来るのを待っているようだ。しかしまた何時増えるとも分からない。悠長に待っているよりは、早々に解決してしまった方がいいだろう。 幸い広場に邪魔な物はなく、走り回るにも十分な面積がある。 「長くなれ!」 ユーヒの掛け声を合図にクロバも駆け出した。命令を受けた棒が天に向かって伸びていく様を見上げながら、ソフィアも鞄からわっかを引き抜く。 「うぅりゃああぁああっ!」 気合いの一声と共に、ぐいんと降り下ろされるのは二階建ての建物よりも長い棒。それは次第に加速しながら愛らしい物体の上部に達した。 「重くなれ!」 接触の数秒前、追加の魔力が魔法の棒に重量を与える。その光さえも吹き飛ばす勢いで、鈍い衝突音と砂埃が巻き起こった。 砕かれた石畳が舞う様子はしっかりと確認できたが、例の魔物の姿は見えない。 「ソフィアさん、左に移動っす!」 遠くを凝視していた彼女は、ユーヒの声に反応して慌てて身を捻らせる。 「短くなれ!」 彼が続けて叫ぶと同時、赤と熱が階段を焼いた。 「思ってたよりずっと…」 「素早いっすね…!」 宿の階段付近に一匹、元居た場所に一匹。 ユーヒは陥没した石畳の上に、クロバはそこから若干階段寄りに。その対角線上で立ち上がったソフィアが魔法を発動する。 階段側の一匹を金色が包み込む間に、ユーヒとクロバはもう一匹と向き直った。 調度挟む形で間合いを測る彼等は、この状況でもにこにこふにふにした魔物の外見に気が抜けそうになりながら長物を握り直す。 ユーヒが真っ向から棒を振り上げ叩こうとすると、魔物は弾力性を利用して真横に飛んだ。 棒が地にぶつかった反動を上手く利用して浮いたユーヒは、そのまま小声に命令する。言葉に従い伸びた棒は彼を上空に運び、炎の攻撃から逃れさせた。 そのまま棒を短くして手元に戻し、空中で一回転。重力に任せて落下したユーヒの攻撃は、接触直前にかわされてしまう。 「拝借します」 クロバの声と共に金属音が響いた。ユーヒはそれを耳の端にとらえた後、着地と同時に立て直すも、敵の口からは既に熱が上がっていた。 「させません!」 クロバがユーヒを庇うように割り込んで、背後の食器店の前にぶら下がっていた巨大な看板を前に掲げる。 「耐えて下さい!」 そして叫ぶなり、槍の穂先を看板に突き刺した。 透明な冷気と灼熱が同時に広がる。 氷が崩れてしまう前に飛び退いた二人は、それぞれ別の角度から攻撃を仕掛けた。 ユーヒは上から。クロバは真横に回って。一斉に上から「ぶっ潰す」。 見事魔物の脳天に直撃した二人の武器が、ぐにりと魔物の顔を歪ませる。可愛さが一気に薄れるのと同時に、魔物の勢いや弾力すらも無くなって、何時しかすっかり萎んでしまった。 二人はそれを見届けて、一息付く間もなく顔を上げる。 残る一匹と対峙するソフィアは、じりじりわきわきと撫でたい欲求と格闘しているようだ。魔物の方は相変わらず、何時飛び掛かるとも飛び掛からないとも分からぬ様子でぷにょふにょしている。 「ユーヒさん」 クロバがスッと指を伸ばすと、ユーヒもこくりと首を動かした。 両手でしっかり棒を支え、両足でしっかり踏ん張って。彼は、クロバが掴んだ棒の先端を。 「長くなれぇえぇえ!」 勢い良く伸ばしにかかる。 クロバは風圧に負けぬよう、槍と棒とを抱き抱え。数秒後にはきっちり目標を捕らえた。魔物もそれを逃すまいと、開いた口をクロバに向けている。 ほんの一瞬の間にも、間近に迫った愛らしい顔。その上部目掛けて身を翻したクロバは、放出される炎を通り過ぎ、階段の手摺を足場に更に上に跳躍する。 「はぁあああっ!」 ガキン、と。鋭い音が辺りに広がった。そのすぐ後に訪れたのは、ゴスリと言う鈍い音である。 広場の中でも一際大きな宿の吊り下げ看板が、根元を叩かれ落下したのだ。 「ナイスぶっ潰しだってんです!」 スタリと着地したクロバにパチンと指を鳴らし、ソフィアが賛辞の笑みを浴びせる。少し遅れてユーヒが駆けてきた頃には、看板に潰されたもう一匹もすっかり大人しくなっていた。 TOP 製作:ぁさぎ HP:ねこの缶づめ |