GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[02] 雨宿り







 真っ青な蛇が天に昇る。
 一筋の稲妻のように。

「来るぞ!しっかり捕まれ?」
「らじゃっす!」
 正面から透明の壁が押し寄せる。衝突と同時に弾けたのは、水の塊。
「まだ干からびないのか?あの石は」
「ウン十万年分の雨が宿ってるとかなんとか、言ってましたからね!」
 スカイアの問いにユーヒが答えた。互いに大声なのは大雨の中、空飛ぶ蛇に乗っているからだ。
 先の空を走るのは一人の人間。二人はその「人」を追い掛けているのだが、反撃も相成って追い付くのは困難である。
 双方は山の梺にある村から、数秒前に飛び立った。山の頂きはまだ遠い。
 相手が何処まで昇るつもりなのか、また、何処まで飛行能力があるのか定かではないが、体一つで飛び回るあちらの方が、小回りがきく分有利だろう。
 スカイアとユーヒ、二人が乗るのは長細い蛇の背中部分。丁度太めの丸太にしがみついているのと似たような状態にある。
 スカイアが3、4人ほど重なった位の体長を持つ蛇は、なかなかの速度で上昇を続けていた。
 空気抵抗と大雨に加わって、度々巨大な雨粒が降ってくる。お陰で二人はびしょ濡れだ。
 上から水の塊をぶつければひとたまりもないと考えていたのだろう。前を行く一人の男が、舌打ちと共に上昇を止めた。
「しつこい奴等だ」
「大人しく返す気になってくれたか?」
「そんな風に見えるのか?」
 スカイアの言葉を鼻で笑い、男は先程とは比べ物にならないくらい、巨大な水球を生み出す。
「いいのか?そんなにサービスしてくれちゃって」
「構わんさ。こっちには、まだまだ蓄えがあるのだからな」
 高笑いと共に、男の掌が突き出された。上昇する蛇の直径より大きな水が無造作に放たれる。

 雨宿り
 そんな名前の宝石が、山の梺の村にあった。
 祠の中に祀られ、何万年もかけて雨を吸収し、結晶化したもので、村の宝物とされていたらしい。
 最近の研究で、その宝石には強い魔力があることが分かった。

 そして今、目の前で行われている通り、雨宿りを持った人間は、自在に水を操れるようになるらしい。

「水神ってだけあって、水には強いみたいだな」
 男の言葉通り、スカイアとユーヒが乗る蛇は「雨宿り」と一緒に祀られていた神様の化身らしい。何処からともなく飛び出したそれに、二人は咄嗟に飛び付いた訳である。衝突と同時に水を弾いたのはこの蛇が放った光だ。
 スカイアがその額を撫でてやると、蛇は誇らしげに舌を鳴らす。
 塊だった水が拡散されて、雨と一緒に地上へ降り注ぐ…その様を横目に見ながら、ユーヒが叫んだ。
「何でこんなことするんすか?」
「何で?妙なことを聞くんだな」
 事情を知らない二人からすれば当然の疑問を、男は面白おかしく笑う。
「手に入れた力を使ってみたいと思うのは、当然だろう?」
「だからって、この盆地一帯を雨で沈めるってのか?」
 スカイアの呆れた声色に若干ながら怒りが混じった。既に梺の村の殆どは、家の床上まで水に浸かってしまっている。
「あの村があったら何時までも言われるじゃないか。「その石を返せ」ってさ」
 男のふざけた声色や態度から、石を返すつもりも、村への攻撃も止めるつもりが無いことも十分分かった。臨戦態勢を取る二人を見て、男は呆れたように肩を竦める。
「あんたらこそ、あの村の人間じゃ無いんだろう?着ているものが違いすぎる。首突っ込むのも程々にしないと、無駄死にするぜ?」
「生憎、あの村がなくなっちまうと、俺達も困るんだ」
「それより何より、困ってる人を見殺しにするなんて!ヒーローの名が廃るっす!」
 商品山程仕入れて商談に来たのも、村を助けたい気持ちにも嘘偽りはない。スカイブルーとライムグリーン、濁りのない二人の眼差しが、雨の中で輝きを増した。
 男は顔をしかめて舌を打つ。それとほぼ同時、ユーヒが不意に空を指差した。
 スカイアはその先にあるものを瞳に映し、直ぐ様納得する。
「雲に返すのか」
 ユーヒの勘は疑うべくもないが、スカイアは瞬時に浮かんだその考えが間違っていないと思った。思うと同時に体が勝手に行動に出る。
 足と肩で蛇の頭を誘導してやるだけで、指示は通った。蛇は男に向けて突進していく。
 当然逃げる男は、更に上昇を始めた。どうやらこちらの意図には気付いていないらしい。しかしユーヒの指差しを警戒して、彼が示したのとは別の方角へと向かっていた。
 男が高く昇るに連れて、空の視界も悪くなる。彼の下側に雨が降っているだけで、上空は晴れているのだ。
 スピードが風となって流れていく。水を吸って重くなった衣服が、蛇の体に張り付くように馴染んでいた。
 山の頂上を通り越し、雲の領域に突入する。空色が雨粒で煙り、不思議な光景を生み出していた。
 次第にスピードを増す蛇を撒こうと、男は雲の中に姿を隠す。スカイアもそれを追って雲に入った。
 真っ白な世界に雨が降っている。
 顔に当たる霧状のものと、粒状のものとを無意識に認識しながら、スカイアとユーヒは目を凝らした。雲の中心で、男が首にかけていた「雨宿り」が目映く光る。
 スカイアはそれ目掛けて蛇を飛ばした。そう遠くはない、すぐに手が届く筈だ。
 考えると同時に、手が伸びる。
 瞬間的に光が溢れた。眩しくて目を閉じる。
「長くなれ!」
 幼い声がスカイアの手を通り越していった。薄目を開けると、視界の端を流れていく黒い棒。伸ばした手で咄嗟に掴む。
 引き寄せて蛇と一緒に抱き込む間にも、ユーヒは「雨宿り」に弾かれた男をなんとか捕まえたようだ。棒を縮めて蛇の方へと寄ってくる。
 一方「雨宿り」はと言うと、雲の中心で光と衝撃波を断続的に生み出していた。それに伴い、風と雨が時折強くなる。
「死んだか?」
「生きてはいる、みたいっす」
 ぐったりした男を見たスカイアの言葉に、心音を確認していたユーヒが答えた。落ちないよう、クラウス印のシールで互いの背中を固定する。
 男を背負った(?)ユーヒが、前方を見据えるスカイアに向き直ると同時に蛇が動き始めた。
 スカイアが指示を出した様子はない。かと言って、蛇の動きを止める素振りも見せない。
 ああ、これは蛇の意思なのだと。
 ユーヒがぼんやり考える間にも、凶器的な風が正面から注がれていた。蛇はその勢いを緩和するように、体をくねらせ「雨宿り」へと近付いていく。
 目を開けていられない。二人が必死でしがみついていた蛇の胴体が、急に旋回し、上空へと抜ける。
 明るさと、浮遊感に目を開けば、そこには見事な雲海が。
「…スカイアさんっ!」
 絶景に見とれていたスカイアも、ユーヒの声で気が付いた。蛇の鱗が淡く光っていることに。
「飲み込んだのか?腹壊すなよ?」
 荒れ狂っていた「雨宿り」が蛇の内側で輝いている。そんな事実を感じさせないスカイアのコメントに、ユーヒは思わず吹き出した。
 その途端、蛇の体も震えだす。まるで笑っているかのように。
 しかし実際は笑っている訳もなく。淡かった光がどんどんと強くなり、先と同じように弾けた。
 間近で閃光をくらい、目を眩ませた二人が再度目を開く。顔の前が妙にふさふさした。
「そうか。あれはお前のだったんだな」
 ユーヒが目の前のふさふさでくしゃみをする間、スカイアはそう言って蛇の頭を撫でる。
 …正確には「蛇だったものの頭を」だ。
「どう言うコトっすか?」
 首をぐるりと回して蛇の全貌を眺めたユーヒがすっとんきょうな声を出す。蛇だった筈の物が瞬く間に立派な竜に変化したのだから、驚くのも当然だ。
「つまり、そう言うことだ」
「どう言うコトっすか?コトなんすかぁ?!」
 困惑するユーヒを他所に、カラカラと笑うスカイアもまた、真実など知るわけもない。

 ただ、あの蛇は「雨宿り」を求めて天を駆け、獲ると同時に竜となった。

 それだけは揺るぎない事実である。















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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ