GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[19] 惚気







 その日の彼は悩んでいた。

「凄いんだぞ?白くて艶やかで。撫でると気持ち良さそうな声を出す。その声がまた綺麗なんだ」
「うん?」
 顔を上げたクラウスは、隣でバーボンをあおるスカイアの横顔に疑問符を注いだ。
「だから、綺麗なんだって。あんたにも会わせてやりたいよ」
 二人の現在地は街の小さなバーである。夜も更けてきたせいか、他に客も無く静かな中、二人は並んでカウンターに座っているのだ。黒を基調とした落ち着きのある店内をそっと見渡して、クラウスは僅かに首を傾げる。
「えーと…それは、惚気かな?」
「惚気 ?ああ、まあ…そうとも取れるのか」
 苦笑にも似た問い掛けに、スカイアはあっけらかんと答えてグラスを傾けた。
 その横顔を横目に見据え、次にテーブルに視線を戻し。クラウスは話を繋げる。
「それで、何処に居るんだい?」
「何処だろうなぁ」
「…この街にいるんだよね?」
「この街に…?まさか」
「なら、何処の街に?」
「街には居ないさ」
「うん?そうなると…訳あって辺境の地に住んでいる、とかかな?」
 頭上に疑問符を浮かべながらも、すらすらと口とペンを滑らせるクラウスを振り向いて、スカイアは彼の手元に手を滑らせる。
「あんた。俺の話をちゃんと聞いていたか?」
「うん?」
 言いながらコースタを取り上げると、裏側に描かれた複雑な紋章が所在なく揺れた。
 やっちゃったかな、と言う笑顔を持ち上げたクラウスに、スカイアは深いため息を浴びせる。
「俺はホワイトドラゴンの話をしていたんだがな?」
 苦笑混じりに首を傾けた彼からコースターを取り戻しつつ、クラウスは困ったように言い分けた。
「それは…またうっかり勘違いしちゃったみたいだね」
「仕方がないクラウスだ」
 小さくゴメンと言った彼に柔和な笑みを注いだスカイアが、前に直ると同時に景気よく酒を飲み干す。空いたグラスを掲げてバーテンに追加注文をした彼は、続けてクラウスにも注文を投げた。
「じゃあ今度は、あんたの惚気を聞かせてくれよ」
 上半身を捻らせて片手で頬杖を付き、逆の手でクラウスの手元を指し示す。
「何の紋章だ?」
 軽く問うと同時。丁度書き上がったのか、手を止めたクラウスは微笑を傾けた。
「長くなるけど、いいのかい?」
「お手柔らかに頼む」
 スカイアの肩竦めに頷くと、彼もまたバーテンに飲み物を注文する。そしてその延長線上にため息を乗せ、静かに話し始めた。
「例えばだよ?君は離れた場所にいる恋人と、離れていながら会話をしたいと思うかい?」
「あんたにしては珍しく、野暮な事を聞くんだな」
 カウンターの向こうから届けられたグラスを受け取った後、暫し思案していたスカイアは虚空に向けて答えを返す。
「無いと言えば嘘になる。だが、話すなら直接がいい」
「うん、分かるよ。だけどそこに理由がつけられるかな?」
「目を見て話したいから、じゃ駄目なのか?」
「空中に映像でも映し出そうか?」
「うーん…それでも俺は、会う方を選ぶ。会うまでに苦労するのもいいもんだ。楽して会話するより、よっぽど話し甲斐がある」
 スカイアが回答を終えると、クラウスはふむ、と一息付いて思考に落ちた。
 酒を味わいながらその様子を見守っていたスカイアは、クラウスの注文の品が届き、スカイアのグラスが空になっても戻ってこない彼をなんとなしに呼び戻す。
「何を悩んでいるんだ?」
「作るか作らないか、だよ」
「請けたんじゃないのか?」
「馴染みだからね。考えておく、とだけ返事をしたんだ」
「へー……訳ありか?」
「いいや」
「訳もなく、何でそんなもの欲しがるんだ。安い買い物じゃないだろうに」
 然も不思議そうに問うスカイアに頷いて、クラウスは無意識的に苦笑を強めた。
「それくらい、好きなんだそうだよ」
「ん?」
「今の彼女がね」
 おかしな間ができる。スカイアは自ら作りながら納得できないそれを吹き飛ばすようにして声を出した。
「だから…何だって?」
「片時も離れたくないくらい好きなんだけど、一緒に住むにもあちらの親の許可が下りないから。せめて離れている間も、会話がしたいんだと…」
「そんなに遠くに住んでるのか?」
「いや。同じ町だよ」
「なんだそりゃ」
 スカイアはとうとう呆れて言い捨てる。無理はないとでも言いたげに、クラウスも肩を竦めて見せた。
「付き合い始めには良くあるだろう?」
「そりゃあつまり、単に惚気たかっただけなんじゃないのか?」
「やっぱり君もそう思うかい?」
 笑い混じりに呟いたクラウスの短い唸りがスカイアのため息を呼ぶ。
「分かってるなら目を覚まさせてやったらいいだろう」
「僕がわざわざ水を指さずとも、そのうちに醒めるくらいの歳だからね」
「成る程。だからこそ本気か冗談か測りかねていると」
 カラカラと鳴いたのはスカイアが持つグラスの中の氷だ。そろそろやめておこうか、等と考える間もなしにお代わりを申請した彼は、またクラウスに向き直って片手を広げる。
「それなら答えは簡単だ。あんたが楽に作れる程度の紋章でお茶を濁せ」
「あの勢いを見てしまった手前ね…納得してくれるか不安なんだよ」
「交渉はリューに頼めばいい。なんたって優秀な商人だ。上手く丸め込んでくれるさ」
 ウィスキーを注がれて早々に帰ってきたグラスを迎えながら、何でもなさそうに言うスカイアの楽しげな横顔に。
「君は本当に惚気るのが得意だね」
 クラウスは思わず本音を吐き出していた。
「惚気?今のもカウントされちまうのか?」
 丸くした目を振り向かせたスカイアは、参ったなぁと言った風に頭を掻いている。
 クラウスはフッと微笑んで思ったままを口にした。
「それが君の良いところだよ」
 それを聞いたスカイアは、傾けていたグラスを直すと共に悪戯に笑う。
「どうも。しかしそれは惚気か?あんた」
「おやおや。きりがないね…」
 そう言ってサングラスをかけ直したクラウスに、スカイアがそっとグラスを寄せた。クラウスは目の前のグラスを持ち上げて淵を当てる。
 甲高い音が短く響き。氷が崩れる小さな音がそれを追いかけた。
 スカイアは一口だけ飲んだグリーンティーを置いたクラウスの手元、新たに引かれていく紋章を横目に見やる。
 すらすらと生み出されるそれを眺めながら、今日はそんなにかからなさそうだと。密かに思った。














TOP





製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ