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GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[18] 灯







 夕焼けが闇に飲まれる。

 そろそろ寝床を確保しようかと、先頭のリューが言い出すのを聞きながら、ソフィアはぼんやりと川の流れを見据えた。
 クラルテ渓流を経て、小さな村を過ぎ。メールと言う湖の側にある村まで向かう途中の森の中。一行は傍らを流れる細い川に沿って移動中である。
 次に開けた場所があったらそこにしようとか、出来るだけ川に近い方が良いなとか。そんな会話が聞こえていながら集中できないのは、後方からゆらゆらと、小さな白が流れてきたからだ。
 最初は振り向き気味に、次第に並んだそれは、川の流れに乗って緩やかに進み行く。
 火を灯した蝋燭の周囲を、ランプのように紙で囲ったそれが、特別な意味を持って流されるものだと言う事は、世間的にも有名だろうか。

 死者への鎮魂。

 本来なら祭りのついでに沢山流れて行くもので、幾つもの光が水面に漂う様は喩えようのない不思議な色を持つ。

 幼い頃はただ綺麗だと思った。
 その意味を知ってしまってからは、灯の向こうにある「何か」しか見えなくなってしまった。
 医者を始めてからは、視界はもっと狭まった。酷く現実味を帯びた。

 それが良いことなのか、悪いことなのかは最早分からない。
 ただ、純粋に「景色」として見られなくなってしまった事だけは、なんとも悲しいと言うか…やるせないと言うか…不思議な気持ちにさせられる。

 自分が今見えているものは、他の人にも見えているのだろうか。そうでないのなら、彼等には何が見えているのだろう。
 例えばユーヒは、あれを見て純粋に綺麗だと言うだろうか。
 例えばクラウスは、自分よりもずっと先が見えているのだろうか。

「大丈夫かい?」
 突然の問い掛けに肩を跳ねさせたソフィアを他所に、声の主であるクラウスは例の光を見付けて笑顔を微妙に切り換えた。
「ああ。珍しいね」
「そうですか?」
「河辺を歩いていたからって、なかなか見られる物じゃないからね」
 まあ、確かに。そう納得しつつもそうだとは言わず、半端に頷いた彼女はまた、光に視線を移す。
 揺らぐ光は危なげなく川の中心を流れおり、その先では仲間たちが変わらぬ相談をしている様子が見てとれた。
 何も言わずに並んで歩くクラウスも、ソフィアと同じ場所を眺めている。横目でそれを確認した彼女は、疑問をそのまま口にした。
「テメエにはどう見えてやがりますか?」
「うん?」
「あの光です。どんな風に見えるかって聞いてんです」
「随分と曖昧な聞き方だね」
「曖昧なもんなんですから、そう聞く他ねえじゃねえですか」
 ソフィアの答えを聞いて、表情を見て、そう言う事かと納得したクラウスは、一息置いて答えを示す。
「僕はね、ソフィアくん。あれは生きている人の為のものだと思うんだ」
 え。と、見開いた瞳を持ち上げたソフィアを振り向き、彼は変わらぬ調子で続けた。
「悲しみを癒すためにも。死んでしまった人達を忘れない為にも」
「…それは、死者の為にもなりやしねえですか?」
 うんと一つ頷いて、正面に直ったクラウスは光に視線を固定する。
「どんなに思いを込めてあれを流しても、それが本当に死者に届くかなんて、誰にも分からないだろう?」
 解説を受けたソフィアは、クラウスが言わんとしていることを理解しようと言葉を噛み砕いた。それには余り時間を要さなかったが、なんとなく返答しかねて黙り混んでしまう。

 暫く沈黙が続いた。

 そう離れていない筈なのに、他の5人の声が酷く遠く聞こえる。
「君はあれが何処まで流れて行くのかを、考えた事があるかい?」
 クラウスの不意な問い掛けに、ソフィアは首を横に振って答えた。
 彼はまた一つ頷くと、曖昧な微笑を彼女に注ぐ。
「人によっては何処かで死者に拾われて、思いを受け取るんだと考えたりもするんだろうけど。僕には海の藻屑になる未来の方が現実的に見えてしまう」
 その考えは、どちらも納得出来た。しかしソフィアは相槌も打たずにクラウスの話の続きを待つ。
 クラウスはそれを見越して肩を竦め、ハッキリしない答えを出した。
「だからってやらない方が良いかと聞かれたら、それは違うと答えるかもしれないけれどね」
 ソフィアはそれにも頷き兼ねて、しかし心の中では大いに同意した。
 彼女が目立った納得を示さないのは、このまま話を終わらせたくないからで。もっと言えば、明確な答えのような「何か」が欲しいのだろう。
「もしもさ」
「ん?」
「もしもだよ?死者と話ができる紋章が書けたとしたら、どうだい?」
 突飛な質問に面食らって目をぱちくりさせながら、ソフィアは本気かどうかとクラウスの顔色を窺った。
「どう…って…」
「話したいと思う傍ら…少し怖くならないかい?」
 怖く。短くオウム返しして、短く思案したソフィアは纏まらない考えを言葉に直す。
「なんとなくですけど、テメエの言いたい事はわかります。幽霊だなんだって話じゃあなくて、なんつーか…」
「そう。影響が大きすぎるし…直接的過ぎると思いはしないかい?」
「ロマンがねえ…とでも言いますか…」
 頷きながら上手い言葉を探そうとするも、どうにも当てはまらず唸る彼女を差し置いて。クラウスは一人話を先に進めた。
「あちらとこちらにはきちんとした境界線がないとね。少し不躾にも感じてしまう」
 ああ、と。曖昧ながらも納得したソフィアが頷くと、クラウスは安心した様に笑みを強める。
「だからね。きっと、これはこれで良いんだよ」
 呟いた彼に釣られて視線を流せば、随分と先で輝く灯火が見えた。
 朧気な灯りには、気を付けていようとも吸い込まれそうな強さがある。
 ソフィアが思わずクラウスの腕を掴んだのと同時に、クラウスは独り言のように続きを紡いだ。
「受け取られていようとも、受け取られていないにしろ。これで、いいんだ」
 彼の言葉は、自然とソフィアを頷かせた。

 この儀式も。
 この不安定な気持ちも。

 間違ってなどいない。
 これで良いのだと、受け入れる事が全てなのだ。

 その為の光なのだ。


 スカイアが名を呼ぶ声が不思議と近くに感じて、振り向いた先にはいつもの仲間の笑顔がある。
 二人はそれぞれに返事をして、灯りの去った川辺から静かに退散した。













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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ