GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[17] フェイク







 サカサカと裏路地を走る。
 明るい表通りと違って、ゴミや廃材が散乱する狭い道は、居るだけで気が滅入りそうだ。
 早いところ現状から抜け出したいのはやまやまだが、しかしながら二人とも土地勘が無い。
 相手がどうかは分からないが、どちらにしろそう長くは逃れられないだろう。
「何か良いアイテム無いの?クラウスー」
「そうだね。今あるのは…」
 リューによる棒読みに、メモ帳を漁る音が被さった。コートの内ポケットからわさわさ飛び出してくる書きかけの紋章。小さな走り書きしか読み解けるものがないリューは、クラウスが取り落とすそれらを眺めながら一人納得した。
「放っといてもこれだけ仕事してくれるんだから。そりゃ、欲しくもなるよね」
「それだけならまだ良いんだけどね」
 クラウスの呟きに、リューもうんと首肯する。彼の紋章がただでさえ優秀すぎるのは、彼も身に染みて分かっているのだから。
「これは?」
「まだ開発中」
「ならこれは?」
「目眩ましには向かないかなぁ」
 あーでもないこーでもないと内緒話をするうちに、急ぎ気味の足音が近付いてきた。
「じゃあこれで」
「それか…しかし、それはなあ…」
「迷ってる暇は無さそう。巻きでよろしく」
 唸るクラウスをリューが急かす。確かに、時間が無さそうだ。
 頷いたクラウスは、まずリューの腕に小さな紋章を取り付ける。続けて自分の腕にも。
「効果は?」
「10分」
「おっけ。じゃ、おれが囮になるから」
「すまないね」
 クラウスが呟く。
「こんな時だし、マケとくよ」
 肩を竦めたリューが、微かに笑ったように見えた。

 互いの紋章を突き会わせると、効果は発動する。その光に釣られて追手が集まって来たようだ。
 相手は三人。商人っぽい細いのと、とても商人には見えない目付きの男が二人。それぞれナイフとメイスを手に持っていた。物騒にも程がある。
 最初の襲撃で相手の目的が分かったのはラッキーだった。
 走りながら、彼はそんなことを考える。
「見つけたぞ!」
 後ろで声が響いた。角を曲がるついでに様子を窺うと、三人がまとめて付いてくるのが見える。
「逃がすな!追え!」
 ご丁寧に指示を出す商人っぽい男。捕まらないよう、狭い道を懸命に走った。
 帽子が飛びそうになるのを押さえつつ、足を踏み出す度に飛び上がるサングラスを支えつつ。靡くマフラーが何処かに引っ掛からないよう注意して、町の裏手へ抜ける。
 人気の無いその場所は、動き回るには手狭な行き止まりとなっていた。残念なことに、町をぐるりと塀が囲っているようだ。
「さあ、大人しく付いてきて貰おうか」
 追い付いた男が猫撫で声を出す。振り向いて壁を背にすると、三人が並んでこちらを見ていた。
「嫌だって言ったら?」
 答えると、あちらのニヤニヤ笑いが強くなる。同時に警戒と威圧も増しただろうか。
「そう冷たいこと言うなよ」
「紋章さえ作ってくれりゃあ、乱暴はしねえからさ」
 ジリッと。商人の両脇に立つ男たちが足を踏み出した。あちらも大事な商品に傷を付けたくはないのだろう。慎重さが窺える。
「僕が君達の言う通りに作るとでも?もし全く違うものを作ったとして、君達に違いがわかるのかな?」
「そんな悪戯をする奴には、お仕置きをするまでだ」
「四の五の言わずに付き合えばいいんだよ!お仲間も逃げちまったみたいだしなぁ?」
 わざとらしく、下品に笑う目付きの悪い男達。二人の手に握られた武器が胸の辺りまで持ち上げられた。
 彼もまた、身を低くして攻撃に備える。金の横髪とマフラーが小さく揺れた。
「まだ抵抗すると言うのなら、仕方がない。少々痛い目見て貰うとしようか」
 三人の真ん中で、商人風の男が偉そうに鼻を鳴らす。然も嬉しそうに笑いながら、二人の男が迫ってきた。
 身長はほぼ互角。しかし体格が違いすぎる。更には逃げの姿勢を取っているせいもあり、彼の方が小さく見えた。
 合図もなく右フックが飛んでくる。左腕で防御紋章が弾けて光を放った。
「テメエ…」
 想定外だったのか、拳に多少のダメージを受けた男の呟きを聞いて、片割れが剣を振り上げる。
「調子に乗りやがって!」
 剣の柄が目の前に迫った。流石に斬り付ける程の勇気はないかと、頭の隅で納得する。
 コートの中から右手を引き抜き、持ち上げると鈍い音が響いた。
 反動で反り返る男の顎目掛けて、鞘付きのまま剣を押し込む。
「残念、フェイクでしたー」
 気絶間近の顔面に告げてやると、短いながらもきちんと反応が返ってきた。
 驚きと困惑に満ちた表情が。
「な…」
 残りの二人が驚くところを見る辺り、クラウスに武術の心得が無いことくらいは知っていたらしい。
「武器、持ってきててよかったね」
 無感情に、無表情に、呟いた彼が一瞬にして宙に舞った。行き止まりの壁を蹴り、メイスの男の後頭部を叩く。
 反撃どころか反応する余地もなく、呆気なく倒れた男を商人風の男が見下ろした。その眼差しがゆっくりと彼に向けられる。
「お前は誰だ?」
 震える声で尋ねられ、ポリポリと頬を掻いた。最初から今の今まで、多少の演技こそすれど表情は変わっていない筈なのに。
「まだ分からないの?おめでたい頭の持ち主で助かったよ。あ、それともそんなに上手かった?おれの演技」
 帽子も、サングラスも、マフラーも邪魔で仕方がない。ついでに暑い。
 歩を進めながらも頭の中で文句を垂れ流す彼の前。冷や汗を垂らす商人風の男が一歩、後退る。その後ろから。
「流石だね。僕も驚いたよ」
 ふわりと微笑む緑色の青年が、自警団を連れて現れた。
「クラウスこそ流石だね。おれに負けず劣らずの営業スマイル」
「ああ、ごめん。やっぱりリュー君はリュー君だったようだね」
 そんなやり取りの最中、二人の体が揺れ始める。まるで蜃気楼のように。
「何だってんだ?!」
 ゆらゆらと揺れた先に現れたのは、色も形も風貌も全く違う人間。当然驚きの声をあげた商人からすれば、リューとクラウスの立ち位置が入れ替わったように見えただろう。
「見たか。これがクラウス印の紋章の力じゃ」
 壁際で、緑色の青年が偉そうに言った。ご丁寧にわざわざ腕まで組んで。
 一方その反対側では、腕を持ち上げ紋章師の男が話す。サングラスの上からでも分かる、嬉々とした表情で。
「この紋章はね、二つで一つの役割を果たすんだけど、要は互いの外見を入れ換える作用を持っているんだ。どんな原理かと言うと…」
「クラウス、長引きそうだし連行のあとにしよう」
「そうかい?じゃあ、お願いしようか」
 解説をぶったぎるリューの促しを、クラウスは素直に受け入れ自警団を振り返る。
 脱力と諦めの中連行された商人風の男は、幸か不幸か、その後きちんとした説明を聞く機会を持たなかったそうだ。















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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ