GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[16] 悪魔になる







 とある森の奥。薄暗い村の小さなバザー。
 彼が「それ」を手に入れたのは、その中でも一際森に近い小さな小さな出店だった。
 出店と言うよりはただ単に、丸いテーブルに黒いクロスをかけただけのその上に、鳥籠のようなものを乗せてあるだけのスペースである。
 テーブルを挟んで向かい側には、紫色のマントを頭から被った人物が座っており、彼が立ち止まるのを見るなり鳥籠の中から商品を取り出してはこう言った。
「お一つ如何かな?」
「お一つ如何かもしれないけど、それは一体なんなの?おばあさん」
 間髪入れずに問い返した青年の指は、老婆の持つ丸い物体を示している。
「これはな、種さ」
「種?」
「そう。鉢に蒔いて育てるアレさ」
「何の種なの?」
 尤もな質問をした筈の彼に、彼女は答えることなく問い返した。
「買うのかい?」
「それは内容次第」
「買わないのなら、教えられないね」
「わあ。そう言うの何て言うか知ってる?悪徳業者って言うんだよ」
「悪徳かどうかはそちら次第さ」
「…おれ?」
 青年は自らを指し示す。老婆は頷いて種を提示した。
「興味があるなら持ってお行きよ」
「今興味があるのは値段の方かな」
 ややあって、最終的に折り合いを付けた二人はやっとのことで契約に写る。売買と言う、ごく一般的な契約に。
「いいかい、お客人。気を付けなけりゃあいけないよ?」
 鍵鼻で歯の抜けた老婆が青年に右手を伸ばす。
「この種はね、育て方を間違えると、悪魔になるんだ」
 青年の掌に落とした胡桃に似た種を見て、彼女はあからさまに妖しい笑いを発した。


「…と、まあこんな感じで。テンプレのような誘い文句に騙されてついつい買ってしまいました」
 心なしか暗い影を落としての語りを終えるなり、ケロッといつもの調子に戻ったリューを見て、仲間の六人がポカンと大口を開ける。
 一人マイペースなリューが「種」を陽に翳して観察する間に、いち早く正気に戻ったソフィアが腰を上げてまで大袈裟なツッコミを繰り出した。
「ちっとも騙されたって感じじゃねえでねえですか!」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと納得いくまで値切ったから」
「そう言う問題っすか?」
「寧ろ値切り倒すリューの方が悪魔的な気がしてくるな」
 我に返った面々が続々と感想を呟く中、苦笑を浮かべるクラウスの隣でクロバの手が挙がる。
「それで、どうなさるのですか?」
「勿論、育てるよ」
 いつものボケすらない率直な返答に、またも硬直させられた6人が開ききった口から次々と疑問を放出した。
「は?」
「あの根っからの商売人リューさんが?」
「売るんじゃなく?」
「育てるのかい?」
 ソフィア、ユーヒ、スカイア、クラウスと、声を発した順に顔を見比べたリューは、当たり前と言った風に肩を竦める。
「だって、何が育つかも分からないのに売れないでしょう?怖いよ?クーリングオフ」
 確かに正論だが。リューに限ってそう簡単に話が済むものかと、半ば妄信的なソフィアが耐えきれずに噛みついた。
「勿論それだけじゃねえですよね?何隠してやがりますか!早いとこ吐いちまえってんです!」
「やだなぁ。隠してなんかいないよ。ただ、実を付けた植物からは得てして倍以上の種が採集できるじゃないかと目論んでいるだけで」
 なんとなく不服そうにも見えるリューの弁解に、安堵の息を漏らした面々がほっこり顔で頷きまくる。
「それでこそリューだな」
「何だか安心したっス」
「それならそうと、早く言ってくれたら良かったじゃないか」
「そう言う事でしたら、私も協力させてください!」
「お…俺もっ…!」
 最後にまた挙手をして申し出るクロバに、やっと会話に参加できたと頬を染めたヒースが続いた。
 揃って乗り気のその様子に、満足気に頷くリューの隣で一人わなわなと震えるソフィアがすっとんきょうに叫びを上げる。
「馬鹿言ってんじゃねーです!悪魔ですよ?悪魔になるかもしれねーんですよ?」
「大丈夫だよ。きちんと育てたら」
「それでも、もしなったらどーしやがりますか!」
「その時はその時だよ」
 激昂に対して、表情にスッと影を持たせたリューの言葉に。ポカンと口を開けたソフィアの横から、スカイアがぐっと握り拳を割り込ませた。
「その時は手ぇ貸すぜ?」
「このクロバにお任せください!」
「お…俺もっ…」
「でぇぇい!てめえらは少し黙ってやがりませ!」
「大丈夫っすよソフィアさん!なんとかなると思うっす。…多分」
「何でこう言う時だけ言い切らねえんですか!」
「まあまあ。ソフィア君。僕も悪魔捕獲用紋章考えておくから…」
「てめえはそれ考えたいだけじゃねえですか!」
 怒濤のコントが一息付いたかと思えば、間髪いれずに7人の中央に植木鉢が置かれる。
「はい、植えてみましたー」
「勝手に何してくれてやがりますかー!話を聞けってんですこのすっとこどっこいー!」
 無情にも無表情な進言を怒鳴り付けながらも、半分以上諦めたソフィアの口から大きな大きなため息が落ちた。


 片手で抱えられる白い鉢は、その後暫く一行と旅を共にする事となる。


 毎日水をやるうちに、最初は双葉が生えた。
 ユーヒとクロバが喜び勇んで水をやり続けると、双葉の下から半球状の物体が覗いた。
 それはみるみるうちに土から這い出て、とうとう小さな小さな…掌サイズの子供が生えてきた。
 まるもちっとした頬っぺたに気だるそうな目と、生意気そうな雰囲気を持つその植物は、上半身だけを土から出して腕を枕に顎を乗せる。
 紫色の髪の毛が、艶々としたブルーベリーを連想させた。
 これがどう育つのかと。最初こそ唖然とした7人だったが、次第に状況を受け入れて順応し、頭が出る前と同様に世話を継続する。
 子供そのものの成長は見受けられなかったが、旋毛から生えた双葉は他の植物同様に育っているように見えた。

 葉が5枚ほどになった頃。
 唐突に変化が訪れる。

 川縁を進行中。
「水が欲しい」
 半目の子供の口から、確かに要望が零れた。
 鉢を抱えていたユーヒはさぞかし目を丸くしたが、直ぐに頷いて欲しいだけ水を与えてやる。


 次に声を聞いたのはクロバだった。
「本を読んで」
 真夜中で、そろそろ明かりを消そうかと考えていた頃合いだったが、それでも彼女は彼の気が済むまで本を読んでやった。


 その次はスカイアだった。
「歌が聞きたい」
 道中出会した魔物との戦闘中だった為、スカイアは「これが終わったらな」とたしなめたが、それでも彼はねだり続ける。
 耳にタコが出来そうな程聞かされたが、結局スカイアは戦闘が終わってから、存分に歌を歌ってやった。


 次はヒースの番だった。
「食べ物が欲しい」
 街を出て久しく、食料が尽きかけていた事もあって、一人に与えられた食事の量はごく少量。全部あげても構わなかったが、自分が動くにも糧が必要だ。ヒースは自分の食事のうちの少しを、彼の前に置いてやった。


 その次はクラウスだった。
「光が欲しい」
 木陰で休憩中にそう言われ、クラウスは直ぐに鉢を日向に移動してやる。すると彼は不服そうな顔を持ち上げて更に言った。
「夜も欲しい」
 クラウスは楽し気に微笑むと、幾つかの質問を順に提示する。
「どれくらいの明るさだい?」
「月より明るく」
「夜の間中?」
「太陽が昇るまで」
「そうかい。それならば、三日ほど時間をくれるかな?」
 彼はその後も頻りに光を催促したが、紋章作りに夢中なクラウスは、然して苦にもせず三日を過ごした。
 完成した紋章が光源を与えると、彼はすっかり落ち着きを取り戻す。


 次はリューの番だった。
「お金が欲しい」
 帳簿を計算している最中にそう言われ、無表情のまま停止したリューは数秒後。静かに彼に顔を寄せる。
「何に使うの?」
「何にでも」
「持ってればいいってもんじゃないよ?」
「あれば何でも買えると言う事は知っている」
「じゃあ沸いて出てくるもんじゃないってことも、知ってるよね?」
 リューは威圧的にそう言うと、鉢を抱えて街に出た。
 連れ立って市場を回り、買い物のあれこれや物流、物価のイロハ等を延々と説いた後、金を獲るには対価が必要だと、彼に小さな仕事を与える。
 30本程のいんげんの筋取りを終えた彼に、リューは労働の対価として10Gを与え、彼が望んだ小売りの金平糖を5粒買ってやった。



 最後の望みを聞いたのはソフィアだった。
「生き血が欲しい」
 満月の夜にそんなことを言われ、思わず顔をしかめたソフィアではあるが、失敗しては困ると大人しく話を聞く事にする。
「てめぇ、植物の癖に血なんか吸いやがるんですか?」
「動物かもしれない」
「そんな、頭に旨そうなブルーベリーくっつけといて良く言いやがります」
 そう言って彼の頭から生えた植物に成った実をつつくと、彼は黙って上を見上げた。
「成長に必要だってんですか?」
「そうだって言ったら?」
「なら考えねぇこともねぇです」
「どれくらいくれるの?」
「あたしが死なねぇ程度ならくれてやりますよ」
 へっと鼻息を吐き捨てたソフィアは、鞄からメスを取り出して指先に当てる。
「一滴で十分」
「それならそうと先に言いやがりませ」
 呟きに悪態を返したソフィアが安全ピンに持ち変えると、彼はぼんやりと空を仰いだ。
 ソフィアの血を得た彼は小さく「また明日」と囁いて眠りに落ちる。


 その翌日の事。


 テントの中で就寝していた面々は、朝一番に起きたクロバの、悲鳴に似た声で目を覚ます。
 寝ぼけ眼で彼女の視線の先を見据えた六人は、声こそ出さなかった物の、驚きの余り眠気がすっかり吹き飛ばされていた。
 クロバの抱える鉢の中で、土から抜け出た小さな人が二本足で立っている。
「世話してくれてありがとう」
 彼は言った。誰からともなく首肯が連鎖する。
「お陰さまで、久々にこの実を見られたよ」
 小人は頭に一つだけ実った青い実をもぎ取ると、呆然とする七人にそれを差し出した。
「最後まで育てられる人、なかなかいないんだ」
 ある者は放置して。
 ある者は与え過ぎて。
 ある者は何も与えず。
 またある者は、斬って棄てたりもした。
「だから、はい」
 育ちきれなかった過去の自分を思い返すようにしていた彼が、居心地の悪そうにする実を再度きちんと持ち上げる。
 察したクロバがそれを受けとると、小人は安堵したように腰を下ろした。
「食べるといい。最初に言葉にした願いが叶うと言われている」
 それを聞いて、クロバは迷わずリューを見る。それは彼女だけでなく、他の仲間も同じだった。
「あんたが買ったんだ」
「そうだね。責任は取らせてもらうよ」
 スカイアの促しに直ぐ様答えたリューは、クロバから実を受け取って口の中に放り込む。
 あっと言う間の出来事にわたわたする数人を他所に、ミディトマト大のそれをモゴモゴするリューの脳内では味についての議論が行われていた。
 水分があり、柔らかく、甘味があり、滑らかで、艶のある、舌触りの良い…そして仄かに酸味がある。
 そんな不思議な味がするとの感想を心の中に押し止め、リューはハッキリと願いを口にした。
「飽きるまで、七人揃って旅をしていられますように」
 エコーがかったその声は、それぞれの耳に単調な余韻だけを残して消える。しかしながら嬉しそうでいて照れ臭い空気は、暫くその場に留まった。
 小人はその様子を満足そうに眺めた後、一言だけ言い残して目を閉じる。
「後は任せた」
 残響は目映い光に飲み込まれた。
 七人がやっと目を開く事が出来た時には、鉢の上には「種」が一つ、落ちているだけで。
「…どうするんだい?」
 クラウスが尋ねる。
「本当に悪魔になるとは思わなかった」
 呟いて、リューは種を拾い上げた。
 彼はそれを自分の鞄の内ポケットに仕舞う。
「だって、叶ったのか叶ってないのか、まだ分からないからね」
 結果を知るまでは売れないよ、と。冗談めいて言う彼を、他の6人が密かに笑った。


 結果なんて分からなくても。
 いつの日か、あの種を任せられるような客に巡り会えたなら。














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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ