GDGD企画「物書きさんに30のお題」 [13] マスター・プラン 薄闇の中を赤が踊る。 その中程を揺らめくオレンジが、燃料の薪を飲み込む音が響いた。 夜空に抜けるわけでもなく、乾いた地面の上に落ちては消えていくだけの、小さな小さな焚き火の声。 聞き入るだけに留まらず、火の動向を食い入るように眺めていたソフィアが、仲間の会話の溝を確認するなり口を開いた。 「ここで一つ整理しておきたいんですが」 「どうしたの?ソフィア。改まって…」 次の街の名産等、情報交換に勤しんでいたリューの無表情が問い直す。その間に、他の5人もソフィアを振り向いた。 「全員の旅の目的について、なんか曖昧になっちまってるってんで、纏めて聞いてやろうと思いまして」 現在地は荒野の真っ只中。比較的岩が密集した場所で夜営中とあらば、出来るのは武器の手入れや今後の相談、そして雑談くらいである。 眠るにはまだ早く、移動するには既に遅く。かと言って武器の手入れをし尽くして、空になった皿をつつくのにも飽きたスカイアが、ソフィアの話にさらりと乗っかった。 「成る程。確かに、みんな出会った時期はバラバラだからな」 「そうだね。特にヒース君なんて、まだ殆ど知らないんじゃないかい?」 「それに、お互いに知っていた方が今後の旅先を決めるにも何かと便利そうです」 深くなってきた闇の中、焚き火の明かりで何とか書き物をしていたクラウスとクロバが同意する。 すると全員の視線が自然とリューに集まった。彼はその意図を理解して、小さく咳払い。更には片手を持ち上げて顔の横に広げた。 「おれは知っての通り、見聞を広める為に旅をしてます。自分の欲に従うも良し、皆様に流されるも良しなズブズブの関係希望です」 真顔で言い切った彼の対面。あんぐり口を開けたソフィアが、今にもツッコミを始めそうな空気の中。リューの右隣のクラウスが流れるように答えを口にする。 「僕は各地にいる顧客の元を回ったり、場合によっては顧客を増やしたり。特別急ぐ用事がなければ、みんなに付いていくよ」 「自分も特には。いく先々でいろんな人の役に立てればそれでいっすね」 クラウスの正面で焚き火をつつくユーヒがにこりと続けると、そこからはトントン拍子だ。 「私もみなさんに近いかと。色々な場所を巡って、本を集め、沢山の体験をして、それを何時かは本に纏めてみたいのです」 「俺も特別目的と言う目的はないな。強いて言うなら、こいつらに付いていくのが目的だ」 身を乗り出してクロバが、簡易食器を水に浸しながらスカイアが話終えると、隣でソフィアがすっと手を挙げる。順番的に、次は彼女だと皆の注目が集まるが。 「待ちやがりませ」 ソフィアは何とも厳しい表情で待ったをかけた。 「ん?」とか「うん?」とか言う疑問符が連なるのを、彼女の咳払いが止める。 すくっと立ち上がり、突きだした人差し指をぐるりと一周させて、ソフィアは大声で核心を口にした。 「此処まで特に、基本的な計画をきっちり決められた奴がいねえじゃねえですか!」 「やだなぁ…それはソフィアも同じでしょう?安住の地を見つけるまではブラブラのんびりするって聞いたけどなぁ」 「のんびりしてえのはやまやまだってんですが、なんかこう、漠然とし過ぎてやいねえですか?ってかその言い分だとまるであたしが怠け者みてぇじゃねえですか!ちゃんと医学も勉強してるってんです!」 リューによる冷やかしに焦りながらも弁解を終えた彼女の隣、食器を洗いがてらスカイアが話を元に戻す。 「それで、ヒースは?」 名指しで問われた彼は、焚き火から随分離れた位置で大袈裟過ぎるほど肩を跳ねさせた。ソフィアが折った話の腰が、こうも素早く直されるとは思ってもみなかったのだろう。 遅れて集まった皆の視線を一身に受けて、完全に緊張したヒースの足元では、チャーリーもこてんと腰を下ろしていた。 一秒、二秒。時は着々と刻まれていく。何か言わなければと模索するも、咄嗟に出てくるのは本当の答えだけ。 「と…友達を…」 呟きながら、こんなことを言ったら笑われるだろうか?と酷く心配になる。そんなヒースの冷や汗などお構いなしに、ソフィアが先の呟きをきちんと言い直した。 6人の眼差しが前のめりになったように感じて、ヒースは密かに後退りながら、顔の前で手を振り乱して答えを繋げる。 「百人くらい…作れたら…あの、ごめん。無謀だよね…」 最後には涙目で頭を下げた彼を、仲間たちはポカンと口を開けて眺めていた。 やってしまったか、と。ヒースが恐る恐る顔を上げたところに、ソフィアの呟きが降ってくる。 「決まりだってんです」 「…え?」 彼女にしてはか細い声に驚いて、ヒースは上目にソフィアを見上げた。するとずいっと顔面が寄せられて、何時もの調子で鼻先を押される。 「何でもっと早く言わねぇんですか!あんじゃねーですか。きちっとした目的が!」 「え…?」 瞳を輝かせたソフィアの言葉を皮切りに、他の仲間達も次々に頭を振る。うんうん、と頷くようにして。 「まずは百人っすね!」 「え…?」 輝かしい笑顔でユーヒが言う。 「お任せ下さい。微力ながら力になります!」 「え…?ええ…?」 可愛らしく力瘤を拵えながらクロバが言う。 「そうだねぇ。今のところ、他に目的も見付からないようだし…」 「ええ…?」 優しい調子でクラウスが言う。 「友達かぁ。勿論ドラゴンも数に入るよな?」 「ドラ…えぇえ?!」 にかりと笑ったスカイアの言葉に悪意は微塵も無さそうだ。 戸惑うヒースに追い討ちをかけるかのように、リューの手が彼の肩に乗せられる。 「ヒースに百人友達が出来るって事は、おれやクラウスのお得意様が増えるって事でもあるんだから、頑張ろうよね?冗談抜きに」 本気か冗談かと問われれば、言葉通り本気なのだろう真顔が放った台詞に含まれるプレッシャーは凄まじく、ヒースの体が目に見えて震え始めた。 「えぇい、怖がらせてどうするってんです!ヒースはこの旅の、大事な大事なマスタープランの要だってのに!」 「やだなぁ。ソフィアのその発言こそが、プレッシャーもプレッシャーのプレッシャー三割増しだと思うよ?おれ。…ああ、ほら」 リューは突き付けられたソフィアの人差し指を、くるりとヒースが座る方に回す。釣られて振り向いた彼女の顔が訝しげから驚愕へと変化した。 「てやんでぃ!こんなことくらいでくたばる奴がありやがりますかっ!しっかりしやがれってんですー!」 荒野にソフィアの雄叫びが響く。 ぐらぐらと揺すられるヒースの瞳からは、今にも涙が溢れ出しそうだった。 「と、言う訳だから。今日からもまあ、適当に」 翌日の出発前。 リューが放った宣言により、マスタープランは早々に廃止されることとなる。 旅は道ずれ世は情け。 気の向くまま、風の向くまま。 何処までも何処までも。 計画通りに行かなくとも。 TOP 製作:ぁさぎ HP:ねこの缶づめ |