GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[12] 真昼間の話







 正午も正午。
 丁度太陽が頭の天辺辺りに昇り詰めた頃合い。
「止めて欲しいなぁ…。こんな暑い日の昼間から、あんな暑苦しい魔法を使いまくるのは」
 ぐったり気味のクラウスの台詞が、歪む大気の中をふわふわと漂った。
 サラッサラの砂に足を取られる砂漠の途中。オアシスにあやかって出来上がったと思われる休憩所で休んでいた所、幸か不幸か魔物に襲われている人を見付けてしまった…と言うのが現在の状況である。
「しっかしまあ、あっちもこっちも火の使い手とはなぁ…」
 先のクラウスと、今しがたのスカイアの言葉通り、対峙する一人と一匹はどちらも炎の魔法を繰り出していた。
 砂漠、炎天下、真昼間、加えて火の魔法とあっては、愚痴の一つも言いたくなると言うものである。
「ううう…このままじゃ茹でダコになるっす!」
「赤い帽子が更に赤くなるね」
「そう言うリューさんもお顔が真っ赤です!」
「当社比三倍となっております」
 ユーヒとクロバにそれぞれ応対し、ぼんやり顔を更にぼんやりさせたリューは、頭から湯気を出しているとは思えぬほどの舌さばきで言葉を並べた。
「このままじゃオアシスも干上がっちゃうし、何よりこの暑さの中でも着用衣服が当社比等倍のクラウスがミイラにならないか心配で仕方ないよ」
 名指しされたクラウスは、指先に光を呼び出しながら仲間たちにフラフラと歩み寄る。
「僕は大丈夫。それより彼の手助けを…と言うかこの不毛な事態を止めてきてはくれないかい?」
「その状況、もう大丈夫とは言わないっすよ!」
 暑くて暑くて、発言は元より手元までをふらつかせるクラウスから右手首に紋章を受け取ったユーヒは、慌てて狙いを魔物の手前に位置する旅人に合わせた。
「とにかくあそこまで飛んで、あの人をここまで連れて来るっす」
 言い終わると同時に「長くなれ」と唱えたユーヒはあっと言う間に小さくなっていく。
 伸びる棒に乗った彼は、数十メートル先に居る男の腕を掴もうと手を伸ばした。
「そこのお兄さん!ちょっとこっちに来てほしいっすよ!」
 ユーヒの声に従った男は攻撃の手を休め、ユーヒの方に手を伸ばした。しかし二人の掌が接触しかけた丁度その時、運悪く敵の炎が飛んできてしまう。
 ユーヒは咄嗟に右手を払い、手首で炎を受けようとした。
「ぶっふっ!」
「うぇえええ?!」
 可笑しな悲鳴と共にぶっ飛んだのは旅人の男である。体よく炎をかわした彼を追って、ユーヒも棒を伸ばしにかかった。
 ユーヒは伸びた棒で伸びた男を回収すると、直ぐ様棒を縮めて仲間の元へと帰還する。
「…しまった。防御紋章描くつもりが、うっかり強化してしまったよ」
「ほんとにうっかりっすか!?」
 遠目ながらに仲間が見た限りでは、ユーヒが手を払った拍子に紋章が男に接触、強化された払いが彼を吹き飛ばしたと言うわけだ。
「もう既に危ない状態なんじゃないか?」
「おれには通常営業のクラウスに見えるけど」
 唖然とするスカイアの呟きにリューが答える。
「ですがこれで片は付きました!」
「片付けちゃいけない方がね?」
 クロバがぐっと両手と槍を握り締め、リューがすかさずツッコミを入れた。
「まあまあ、お仲間も居ない一人旅のようだし、後でゆっくり謝ればなんとかなるさ」
「このパーティー何でこんなにポジティブなの?」
「それは勿論、真昼間だからだろう」
「そうです、昼間から暗い顔をしていてはお天道様に申し訳ありませんから」
「そっか、真昼間だからか」
 最終的に面倒になったのか、はたまたまるめこまれたのか、どちらともつかぬ様子でスカイアとクロバと声だけで笑い合い、笑いながら魔物の相手をするリューを見て、その辺に男を寝かせていたユーヒが目を見開く。
「だめっす!みんな暑さにやられてしまったみたいっすよ!」
「いやいや、僕には通常運転に見えるよ?」
 立ち上がり、光の残る指で帽子を持ち上げるクラウスを見上げたユーヒが口を開けるのを他所に、クロバが徐に槍を構えた。
「とにかくあの魔物を諫めましょう!覚悟!」
 宣言した彼女は助走の勢いのまま高く飛び、リューが風を使って水際まで押し戻した犬型魔物の真上に影を落とす。
 リューの起こした風に炎を吹き飛ばされ、同時にスカイアとも対峙する魔物は、上方のクロバのまで気を配ることが出来ないらしい。気合いの一声と共に槍の穂先に籠められた魔力が、魔物に接触すると共に解放された。
 熱気の中を冷気が走る。
 駆け抜けた風が過ぎ去った後に残ったのは、つるりと光沢を放つ一面の泉であった。
「はわわ!いつの間にやら強化紋章が…!」
 じりじりと後退していた魔物の足は、どうやら泉の水に浸かってしまっていたらしい。クラウスの紋章も手伝って、全面凝固してしまった泉を呆然と眺めるスカイアの背後、リューがくるりと振り返る。
「クラウスー?」
「いやあ、涼しくなるかなぁと思って」
 言い分けたクラウスは、既に湖畔唯一の木陰に移動して涼みにかかっていた。
「やすらいでるっす!やすらいでるっす!」
 ユーヒの叫びをポスポスと宥めながら、スカイアが朗らかに笑い声を上げる。
「まあ良いじゃないか。片も付いたようだし」
「そうだね。どうせならかき氷屋でもやろうか」
「氷付け魔物入りかき氷なんてイヤッスー!」
 そんなユーヒの絶叫によって目覚めた旅人…もとい被害者は、巻き込んだ上に助けて頂きありがとうございました!と、暑さと熱さに錯乱していてよく覚えていないようだったので、掘り起こすまいと取り敢えず労う事だけに止め、事なきを得たのであった。
 その後暑さから解放された彼等は、夜の涼しさの中で昼間の所業を思い出す。
「おれ達完全にさ」
「熱にやられていたみたいだね…」
 作りに作ったかき氷は後々やって来た旅人達に順調に売れ、持っていた果物が底をつき、たまたま居合わせた行商人からシロップを仕入れてまた売りまくり。材料費+手間賃だけの激安かき氷だったにも関わらず、かなりのおこずかい稼ぎになったわけだ。
「…暑さって怖いな。ユーヒ」
「今日会った人みんなやられてたんすね。きっと…」
 と、思い出す度にそうとしか思えなくなる程に、妙なテンションから直った彼等は一様に疲れた顔で寝袋に収まっていた。
「仕方がありませんよ。真昼間でしたから」
 むにむにと呟いたクロバが、星空に意識を吸い込まれるようにして眠りに落ちる。
「ああ、そうだな」
「真昼間なら、仕方ないよね」
 無理矢理そう納得して…もしくは納得したふりをして、スカイアとリューも瞼を閉じた。













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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ