GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[10] 銀色







 見方によっては白にも見える。
 見方によっては灰色にもなる。
 また、見方によっては虹色にも見えた。

「…ここは…」
 ヒースの呟きが細く響く。
 彼も、彼の周りに居る仲間たちも、一様に困惑して辺りを見渡していた。
 それもその筈。
 つい先程まで緑生い茂る森の中を歩いていた筈なのに、一瞬のうちに視界が変化して、目の前が銀色に染め上げられたのである。
 森の中であることに変わりはないが、生息する植物の全てが鏡のように光を集めては跳ね返していた。
 それぞれが仲間の所在を確認して息を付く間にも、視界に入り込む銀色は不思議な空気を放つ。
 柔らかそうで、固そうな木の葉の群れが七人を囲む様は、まるで他に行き場の無いことを知らせているかのようだ。
 圧迫感は確かにあるが、不思議と嫌な感じはせず、寧ろ神聖な感じすら覚える。
 存分に状況確認を終えた面々が顔を見合わせる間、クロバの腕を掴んだまま固まっていたソフィアの手が、吸い込まれるようにして近くの枝に触れようとしていた。
 触れたくなるのも理解できる。固いのかやわらかいのか。冷たいのか暖かいのか、滑らかなのか、そもそも触れられるのか。
「触っちゃだめっす!」
 彼女の動きを見守っていた面々は、ユーヒによる突然の大声に振り返る。
「すみません、なんだかヤバイ気がしたっすよ…」
「いや、僕もそう思うよ。迂闊に触らない方が良い」
 慌てて弁解するユーヒと、クラウスの助言に納得したのか、手を引っ込めたソフィアは何も言わぬまま正面に直った。その隣ではクロバも静かに銀色の先を見据えている。
「でも…珍しいね…。…あ、ごめん…なんとなくそう思っただけなんだけど…」
「慎重なソフィアが得体の知れないものに触ろうとするなんてな」
 ヒースの発言をスカイアが追いかけるも、話題の当人からは返答がなく。
「聞いてないみたいだよ?」
 リューの指摘通り、ソフィアとクロバは背後で繰り広げられている会話など全く耳に入っていない様子だ。
「…怖いくらい静かだな」
 周囲の静けさ同様、まるで何かに捕らわれてしまったかのような反応の無さに、スカイアの口から率直な感想がもたらされる。
「ただの屍になってたら困るね」
「怖いこと言わないでくださいっす!」
 リューのジョークとユーヒの大声第2段にも二人の反応はない。
 流石に不思議に思った面々がソフィアとクロバの視線の先を追いかけると、前方で何かがすくっと立ち上がるのが見えた。
「どうしてこんなところに…」
 子供がいるのだろう。ヒースが漏らした疑問の先が、それぞれの頭の中で同じように再生される。
 今、彼等の眼の前に歩み寄るその人は、確かに小さな…パーティー最年少のユーヒよりも遥かに小さな子供なのだ。
 小人と言うわけではない。子供よりも赤ん坊に近い年齢の、しかし赤ん坊と言うには大きい…微妙な年頃の子供が、よちよち歩いてくるのである。白を基調にしたその少年は確かに愛らしい姿なのだが、如何せんこの状況下では異様な光景に思えた。
「あれ…人間っすか…?」
「え?え?に、人間じゃないのなら…?人形、とか…?」
 まじまじと対象を見据えるユーヒに対し、怯えて人影に隠れたヒースが憶測を口にする。と、間近に迫った小さな人が、姿に違わぬ愛らしい声でこう言った。
「怖がらせてごめんね」
 銀の木葉が落ちる。落ちたそれは、吸い込まれるようにして彼の白い髪に乗った。
 森と同化するような色合いは、近くに来ても儚く、今にも消えてしまいそうに見える。
 戸惑う七人…もとい5人の数メートル手前で立ち止まったその人は、大きな瞳で一行を見据えた。
「急なことで驚いていると思うけど、どうしても必要だったから、無理を承知で来てもらったんだ」
「必要…?来てもらった…?」
 ユーヒの鸚鵡返しに彼は頷く。
「不躾なのは百も承知だよ。だけどお願い。この森の為に、君達が持っている物をくれないかな?」
 続く懇願を聞き付けて、数人が僅かに身構えた。小さな人はそれに気付かず傾げた首を俯かせる。
「それがあれば、あと数年は生きていられるんだ。だから…」
「あー、その…悪いが、話を整理させてくれないか?」
 捲し立てを遮ったスカイアの申し出は直ぐに了承された。ホッと息を付き、アイコンタクトで意思の疎通を終えた5人のうち、スカイアが短く口を開く。
「幾つか質問しても?」
「はい」
 白い人はハッキリと返答した。数拍置いてクラウスが訊ねる。
「この森は特殊な場所、と言うことで間違いないかな?」
「そう。人間には干渉できない特殊な場所」
「彼女達がおかしいのもこの森のせいかい?」
「そう。彼女達は今、銀色の中に理想の世界を見ている筈だよ」
 小さな人は、目の前に居る自分など見えていないかのように、森の木々を凝視する彼女達を見据えた。
 意外な解説を受けた男性陣は当然、瞬きをしながら森の奥を覗き込む。
「…どうして自分等には見えないっすか…?」
「ぼんやりとした夢がないからじゃない?」
 淡々としたリューの分析に返ってきたのは何とも言えない空気であった。その様子を面白そうに笑いながら、小さな人は簡潔に説明する。
「単に君達が男性だからだよ」
 その声には偽りこそなかったものの、一種の妖しさが付き纏った。思わず身構えた彼等に頷いて、彼は小さな眉を下げる。
「確かにここはそう言う場所だ。けど、そう安易に人の子を拐ったりはしないから。安心して」
 特別な理由は無いが、5人は不思議と、その言葉が嘘ではないと確信できた。それによって起きた脱力の中にリューの言葉が混じる。
「この場所はなんのために存在するの?」
「何のためだろうね。だけど、君達は君達の世界が何のために存在するのか、って聞かれて…答えられる?」
 確かに。
 自分達が何のために存在して、何のために世界があるのか。きっとそこに明確な理由なんて無いだろう。
 あるとすれば、個々が勝手に考えたこじつけだけだ。
「目的があって創られたものじゃないんだ?」
 思考から脱出したリューが質問の意味を明確にすると、少年は直ぐに首肯する。
「そう。君達の世界と同じだよ」
「だけど時々女性を惑わせて取り込むことがある?」
「取り込むと言うよりは、迷いこんで帰れなくなると言った方が正しいかな」
 そう言う場所、とはそう言うこと。誰かの意図で、私利私欲で行われているものではないのだろう。
 納得し、漂う疑問の全てを無に返したリューは、背後を振り向き他に質問を促した。
「それで、この場所を守るために俺達が持っている物を渡して欲しいってわけか?」
「そう。交渉の為に来てもらった。だけどこちらには交換に見合う品物はない」
「タダで寄越せってこと?」
 率直なリューの台詞に、小さな人は一瞬押し黙り。しかし確かに頷いてこう言った。
「…考えてもらえないかな?」
「それは勿論、品物次第だよ」
 リューは即答する。するとまた、相手は黙ってしまった。
「い…言いにくいものっすか?」
「流石に命とか言われたら困っちゃうんだけど」
「違うってば…そう言う類いのものではないよ。ただ、君達の世界でも高価なものだと聞いているから」
 長めの躊躇いをユーヒとリューに無理矢理こじ開けられ、困ったように手を振った白い人は、一息置いてゆっくりと指先を伸ばす。
「その袋の中のものを」
 それは、スカイアが背負う麻袋を示していた。
「これかい?」
 スカイアが開けた袋の中から品を取りだし、クラウスが目星いものを提示する。
 相手が控え目に頷くのを見たスカイアは、振り向いたリューに首肯した。
 リューは、クラウスからアメジストの結晶を複数受け取って小さな人に差し出す。
「…良いの?」
「良いよ。ね?」
 リューの疑問符に、クラウス、ユーヒ、ヒースの三人も頷いて見せた。
 小さな白い人は、屈んだリューの掌からアメジストを拾う。
 赤ん坊と変わらぬ小さな掌の、細く短い人差し指と親指が、豆粒よりも小さなひと欠片をつまみ上げた。
「そんなに少しでいいの?もう少し持っていけば…」
「大丈夫。この森は力を持ちすぎたらいけないんだ」
 思わず問い掛けたリューに首を振り、小さな人は寂しそうに呟く。
 彼はそのまま静かに後ろに下がると、最初と同じ位置で一行を振り向いた。
「快く譲ってくれてありがとう」
 小さな人の掌の上で、小さなアメジストが弾ける。それは一瞬だけ辺りを紫に染め上げて、森に拡散するように広がって行った。
「お守りくらいにしかならないと思うけど、良かったら持っていって」
 言葉と共に目の前が歪む。
 歪んだ銀色は、次第に様々な色を交えて姿を消した。
「この森が存在する証だよ」
 最後の声は、彼等の耳の中でだけ響く。
 余韻は元の森の中で。
 ハッとしたリューは状況を確認し、立ち上がる。その手元からひらりと、余韻の残りが零れ落ちた。
 躊躇った四人に構わず、ユーヒが拾い上げたそれは、あの森と同じ銀色に輝く木の葉。
「ここは…」
「夢でも見てやがりましたか…?」
 正気に戻ったクロバとソフィアが不思議そうに目を瞬かせる中、ユーヒは木の葉をリューに渡す。
 彼の指先で回ったそれは「忘れないで」と言っているような気がした。














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製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ