GDGD企画「物書きさんに30のお題」



[01] 壊れた時計







 規則正しく刻まれる複数の時の音。
 休むことなく回る沢山の歯車は、その一つ一つが大切な役割を与えられている。
 どれか一つが欠けてしまったら、それはもう時計ではなくなってしまう。
 いや、時計には変わりないのかもしれない。しかし、時計として生きることは、もう出来ないのだ。

 現在地は街の合間に挟まるようにして佇む小さな時計屋。
 よくもこんな場所を見付けたものだと、連れのソフィアに感心されたのが小一時間前のこと。
 その彼女が、古びたカウンターに張り付いては、年老いた技師の手先に釘付けになってしまってから早数十分。
 これ幸いと店の商品…と言っても言うまでもなく主に時計なのだが…を眺め続けていたリューも、見上げ疲れて首をコキコキと捻った所だ。
 狭い店内の低い天井に届くまで、所狭しと並べられた様々な種類の時計は、どれも3時少し前を示している。
 視線を落としたリューは間近な置時計でそれを確認し、次にカウンターを振り向いた。そこには変わらず壊れた時計と向き合う二人の姿がある。
 リューは重なりあう時計の機動音に溜め息を紛れさせると、ソフィアの様子を窺う為に静かに移動を開始した。
 何時もなら「腹が減った」だの「茶の時間だってんです」だの言い始める時間だと言うのに。珍しく待たされる側になった彼は、自身がこうも退屈するとは思いもしなかったとばかりに、一人ぽりぽりと額の端を掻く。
 中央の棚に並んだ大小様々な時計のシルエット、その合間から見えた彼女の表情は思いの外真剣だ。
 何処か険しく、何処か哀しげな色を見て、リューは勝手な納得に陥る。
 何故なら彼はソフィアのその表情を、以前にも見たことがあるのだから。
 そうしてリューが肩の力を緩めたと同時、不意な騒音が室内を包み込んだ。
 鳩の鳴き声、オルゴールの音色、鐘の音、音もなく踊り始める木の玩具が立てる音…。
 全ては自分勝手に同じ時刻を知らせた後、それぞれがマイペースに演奏を終らせた。
 再び訪れた静けさの中に日常と不変を感じながら、リューはまた壁を見上げる。揃って3時を示す時計の群衆に見下ろされていると、また別の音が紛れ込んだ。
 カタリと響いたそれは、店主が工具を置いた音である。
「駄目だね。どうも」
「…直せねえんですか…?」
 静かな告知に、ソフィアは小声で食い下がった。
 彼女の下がった眉をふっと笑い、店主は俄に首を振る。
「いや。直せんことはない。ただ、部品を作り直さないと駄目だ、と言うだけで」
 聞いているだけで眠くなりそうな声は、ソフィアの安堵を呼び込んだ。
「おじいさん、部品も作ったりするんだ?」
「そうだな。この程度であれば作れんこともない」
「それならお願いしてもいい?」
「しかし…」
「お金は出すから」
「いや、こちらは構わないが。この時計は拾い物なのではなかったかな?」
 ルーペを押し上げながら不思議そうに問い掛ける店主の隣、ソフィアも同じ様に目を丸くしている。
 店主が言う通り、二人が持ち込んだのは、譲り受けた廃材に紛れ込んでいた古びた懐中時計だ。廃材の譲り主に確認した所、他から紛れ込んだ物だろうから、好きにしてくれて構わないと言われた為、取り合えず見て貰うことにしたのである。
 因みに一行は現在、ユーヒの人助けの延長線上で、町人の馬車を修理している最中。二人はその合間を縫ってこの場所を訪れたのだ。
「折角の縁だからね。担いどくのも悪くはないかなって」
 ふわりと上を見上げたまま呟くリューを見て、ソフィアは店主に向き直りその顔を覗き込んだ。
「あたしからも頼むってんです」
「ああ…ああ、構わない。だが、君達は明日発つのだろう?」
「そうだってんです。だから、直して…その後の事も、宜しくしてえんですよ」
 落ち込んだようにも、申し訳無さそうにも見える彼女の顔を暫く眺め見て、店主はふっと息を付く。
「良い縁を呼んでやれるかは分からんが…それで良ければ、喜んで引き受けよう」
 殊更穏やかに、且つ嬉しそうに頷いた老人に、二人も直ぐ様微笑を返した。














TOP





製作:ぁさぎ
HP:ねこの缶づめ